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市民のためのがん治療の会
子宮頸がんへの根治的放射線治療適用率上昇
『子宮頸癌治療ガイドラインが日本の子宮頸がん診療に与えたインパクト』

琉球大学大学院医学研究科放射線診断治療学講座 戸板 孝文
がん治療において、日本は先進国では例外的に放射線治療の活用度が低い。確かに悪いところをとってしまいましょうという手術、良い薬があるからと言えば薬大好きの日本人は喜ぶような治療法に比して、放射線治療はその作用機序も分かりにくく、どこか具合が悪いからと言って初めから放射線科を受診するひとはまずいないなど、放射線治療は日本ではなじみが薄い。
先進国では機能・形態温存という見地からも、がん治療で放射線治療を第一選択にする患者も多く、ほぼ、手術と半々、アメリカでは6:4、資料によると7:3ぐらいの割合で放射線治療が選択されると聞く。
日本は一応、先進的な医療システムが整っているために放射線治療の進捗も遅々としているが、これから医療システムを構築する東南アジアなどは、却ってアメリカはじめ先進国の最先端のシステムが導入されるので、日本よりもはるかに放射線治療の活用が進んでいるようだ。だから日本は途上国などと比較しても例外的に放射線治療の普及がおくれており、患者としては放射線治療の恩恵を受ける機会を逸している。
西尾先生は当会創立当時から日本の手術偏重の事例として、初期の子宮頸がんの治療方法の選択の日米比較などを示し、世界的に見て日本のがん治療の特殊性などを指摘しておられる。
この度、婦人科腫瘍の学術会議で2011年版子宮頸がん治療ガイドラインについての検証が行われ、放射線治療の有効性等が改めて報告された。次のガイドライン改訂への展望も視野に、子宮頸癌治療ガイドライン作成委員(2007年版、2011年版)をつとめたご専門のお立場から、琉球大学大学院の戸板孝文先生にご寄稿いただいた。
(會田 昭一郎)
 子宮頸癌の罹患率は一時期減少傾向にあるとされていましたが、近年特に30-40才台の女性に急速に増加しつつあることが報告されています。がん検診受診率の向上による早期発見はもちろんのこと、適切な治療法(標準治療)の普及と均てん化は重要な課題です。子宮頸癌治療ガイドラインは2007年に第1版、2011年には第2版(改訂版)が出版されました。ガイドラインには科学的なエビデンスと専門家のコンセンサスに基づく推奨治療が示されています。臨床現場でガイドラインが正しく用いられることにより、標準治療の普及と均てん化が期待されます。
 さる8月7日から9日に、盛岡市で第57回日本婦人科腫瘍学会学術講演会が行われました。初日朝1番のセッションで「子宮頸癌ガイドライン:その検証・問題点・今後の登録事業への反映」と題して、子宮頸癌治療ガイドラインが我が国の子宮頸がん診療に与えたインパクトについての検証結果が報告されました。私も演者の一人として参加いたしました(私はガイドラインに書かれた放射線治療の内容の問題点について話をしました)。このセッションでは2人の婦人科腫瘍専門医から日本産科婦人科学会の全国患者登録データ(2000から2012年に治療された子宮頸癌患者約7万人)の解析に基づき、実際に行われた治療法や治療成績についての年次変化が報告され、大変興味深い内容でした。
 ガイドラインが発刊される前の我が国の子宮頸癌診療は、海外と比較して特徴がありました。1つめは手術中心であること、2つめは化学療法の使用法が独特であることでした。
 もともと子宮頸癌は放射線治療の効果が高いがんであり、欧米では切除可能の早期がん(I,II期)に対しても、手術ではなく積極的に根治的放射線治療(外部照射+腔内照射)が行われてきました。英国で行われたランダム化比較試験では、根治的放射線治療が手術と全く同等の生存率が得られることが科学的に証明されました(1997年Lancet誌に発表)。これらを踏まえて、海外のガイドラインでは、早期子宮頸癌に対する標準治療オプションとして、根治的放射線治療は手術と並列した選択肢でした。一方日本では、長らく手術が優先され、根治的放射線治療は合併症で手術ができない患者さんや高齢者に限定して行われてきました。2007年のガイドラインでは、「放射線治療の適用を検討してもよい」と(微妙な表現ですが…)根治的放射線治療の適応が示され、2011年版では「手術または放射線治療が適用される」と明確に根治的放射線治療の適用が推奨されました。シンポジウムでは、ガイドラインの発刊後(2008年以降)に早期がん(特にII期)の患者さんへの根治的放射線治療適用率が上昇していることが示され、ガイドラインが現場での治療法選択にインパクトを与えたと考察されました。
 子宮頸癌のIII期は、がんが骨盤壁まで進展するまたは腟の入り口近くまで浸潤するとても進んだ状態です。このようなIII期でも根治的放射線治療をしっかり行うことにより約半分の患者さんが完治し、日本でも広く放射線治療が行われてきました。しかし一方では、この切除が難しいIII期に対しても、術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy: NAC)で腫瘍を縮小させたのちに手術を行う、という果敢な治療方針をとる婦人科医も少なくありませんでした。このNACについては、海外の多くの臨床試験でその有用性が否定(かえって患者さんの治療結果を損なう)されていたのですが、10年ほど前の日本では少なからず実施されていました。このIII期に対するNACについて、2007年のガイドラインで「主治療(放射線治療や手術)前に施行する化学療法は推奨されない」こと、またIII期の患者さんに「手術療法は推奨されない」ことが明確に規定されました。また、米国で発表された複数の臨床試験の結果(1999年New England Journal of Medicine誌に発表)を踏まえ、化学療法を根治的放射線治療と同時に行う同時化学放射線療法(concurrent chemoradiotherapy: CCRT)が推奨治療として位置付けられました。シンポジウムでは、ガイドライン発刊後の2008年からIII期の患者さんに対するNACの実施率が急速に低下し、同時に根治的放射線治療(CCRT)の適用が増加した傾向がはっきりと示されました。
 シンポジウムでは、ガイドライン導入前後での患者さんの予後(生存率)の変化についても報告されました。I,II期では予後に差はなく、根治的放射線治療の適用が増加(手術の適用が減った)により、治療成績に変化はないことが示されました。この結果からは、言い方を変えれば、日本の臨床現場においても手術をしなくても根治的放射線治療で同等の完治率を得られるということが示されたといえます。一方、III期については、ガイドライン導入後の生存率が向上していました。おそらく、NAC→手術(非標準治療)の適用が減少し、標準治療の根治的放射線治療または同時化学放射線療法(CCRT)がしっかり実施されるようになったことがその理由と考察されました。
 このように、2007年に発刊され2011年に改訂された子宮頸癌治療ガイドラインは、我が国の子宮頸癌診療に大きな影響を与え、何よりも患者さんの治療成績の向上に寄与したものと考えられます。一方、ガイドラインの推奨の根拠となるエビデンスがほとんど海外のデータであり、「日本でも本当に放射線治療は有効なのか」との慎重な意見がありました。そのため、ガイドラインの推奨グレードはグレードBにとどまっていました。2011年以降、I,II期患者に対する根治的放射線治療、III,IVA期患者に対するCCRTについて、有効性と安全性を示す日本での大規模な集計結果や多施設臨床試験の結果(エビデンス)が報告されました 1-4)。次のガイドライン改訂時期は未定ですが、改訂にあたってはこれらの日本から発信されたエビデンスが反映され、放射線治療の適用についてより高い推奨グレード(グレードA)が提示されることが期待されます。それにより更に多くの患者さんに、放射線治療が適正に適用され、日本の子宮頸癌の患者さんの予後とQOLが更に改善されることが期待されます。

参考文献
  1. Toita T, 他. Prospective multi-institutional study of definitive radiotherapy with high-dose-rate intracavitary brachytherapy in patients with nonbulky (<4-cm) stage I and II uterine cervical cancer (JAROG0401/JROSG04-2). Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2012 Jan 1; 82(1) :e49-56.
  2. Toita T, 他. Feasibility and acute toxicity of Concurrent Chemoradiotherapy (CCRT) with high-dose rate intracavitary brachytherapy (HDR-ICBT) and 40-mg/m2 weekly cisplatin for Japanese patients with cervical cancer: results of a Multi-Institutional Phase 2 Study (JGOG1066). Int J Gynecol Cancer. 2012 Oct ;22(8) :1420-6.
  3. Toita T, 他. Phase II study of concurrent chemoradiotherapy with high-dose-rate intracavitary brachytherapy in patients with locally advanced uterine cervical cancer: efficacy and toxicity of a low cumulative radiation dose schedule. Gynecol Oncol. 2012 Aug ;126(2) :211-6.
  4. Ariga T, 他. Treatment outcomes of patients with FIGO Stage I/II uterine cervical cancer treated with definitive radiotherapy: a multi-institutional retrospective research study. J Radiat Res. 2015(in press).

略歴
戸板 孝文(といた たかふみ)

1988年千葉大学医学部卒業後、同大学放射線医学教室入局、1989年国立国際医療センター臨床研修医、1991年琉球大学医学部放射線科助手、講師を経て、2002年助教授、2007年准教授、現在に至る。

役職:日本放射線腫瘍学会(JASTRO)代議員、日本婦人科腫瘍学会代議員、婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構(JGOG)理事・放射線治療委員会委員長、日本放射線腫瘍研究機構(JROSG)理事・婦人科腫瘍委員会委員長、日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)放射線治療委員
ガイドライン関係の委員等:子宮頸癌治療ガイドライン作成委員(2007年版、2011年版)、子宮体がん治療ガイドライン評価委員(2009年版)・作成委員(2013年版)、卵巣がん治療ガイドライン評価委員(2010年版、2015年版)、日本癌治療学会がん診療ガイドライン委員会協力委員(子宮がん担当)、JASTRO放射線治療計画ガイドライン:婦人科章作成委員(2004年版、2008年版)・婦人科章責任者(2012年版、2016年版)、子宮頸癌・体癌取扱い規約改訂ワーキンググループ委員(2012年第3版)


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