市民のためのがん治療の会
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意外に知られていない核医学検査。PETや臓器の働き具合などの機能を検査は、がんのみならず脳や心筋の血流検査など3大死亡原因に関る重要な検査だ。

『テクネチウム-99m放射性医薬品の安定供給の現状と課題』


社団法人日本アイソトープ協会
事業本部長   中村吉秀
1 核医学検査
 がん医療の今No.32「特殊な放射線治療:アイソトープ治療」で島根大学の内田伸恵先生が放射性医薬品による放射線治療(内用療法)のお話しをされましたが、放射性医薬品は放射線治療の他に、多くの疾患の診断にも使われております。放射性医薬品による診断は核医学検査、RI検査などと呼ばれ、1960年代はじめからわが国でも実施されてきました。

 人体の特定の臓器や組織に選択的に集積する、あるいは身体の臓器の生理代謝機能を反映する微量の化学物質にアイソトープ(放射性同位元素、RI)で目印を付けた(標識した)薬が診断用の放射性医薬品です。投与された放射性医薬品が目的の臓器や組織に十分集まった頃合いをみてガンマカメラ、あるいはPETカメラなどの放射線測定装置でアイソトープの分布を撮影し、コンピュータ処理をした画像から疾患を診断する手法です。レントゲン検査やCT検査、MRI検査、超音波検査も画像診断ですが、これらの検査が疾患の形や大きさを調べることが主たる目的であるのに対し、核医学検査は臓器の働き具合などの機能を検査することに特徴があります。実際には、核医学検査は必要な他の画像診断と組み合わせて、より正確な病気の診断に資するとともに、治療方針の決定や治療効果の判定にも役立つ重要な検査方法です。具体的検査としては、がんの骨転移の状況、脳の血流状態、心筋の血流状態のほか、甲状腺や肺、腎臓などの診断と多岐にわたる疾患に使われております。

2 核医学検査に用いられるアイソトープ
 筆者は医師ではなく、これ以上核医学検査について説明をする能力もありませんし、本稿の目的は核医学検査の紹介ではございません。現在、核医学検査を実施するためにはなくてはならない放射性医薬品の病院への供給に関して世界的に大きな問題が生じているのです。そのあらましと将来的課題について少しお話しをしたいと思います。

 放射性医薬品に標識されるアイソトープは、高い検査品質を得るとともに患者さんの被ばくを考慮して、検査終了後は速やかに体内から消失するように、半減期の短いものが選ばれます。半減期とはアイソトープの量が半分に減衰するまでの時間のことで、半減期が短いということはアイソトープとしての寿命が短いことを意味します。ガリウム-67、テクネチウム-99m、ヨウ素-123、ヨウ素-131、タリウム-201など、10数種類のアイソトープを利用した放射性医薬品が厚生労働省の承認を得て、現在使われています。その中でテクネチウム-99m標識の放射性医薬品を利用した検査が最も多く、核医学検査全体の約半数を占めております。少し古いデータですが、2007年の調査では、PET検査を含めた全核医学検査は年間約180万件が実施されていますが、そのうちテクネチウム-99mによる検査は約90万件となっております。

 テクネチウム-99mの半減期は約6時間と非常に短いのですが、その元となるアイソトープ(親核種と呼ばれます。)であるモリブデン-99の半減期は約66時間と、比較的長いものです。このモリブデン-99を原料として製造し、RI壊変によって自然にできるテクネチウム-99mを取り出して、テクネチウム-99m標識の放射性医薬品を製造して検査に使用します。

3 モリブデン-99の安定供給に関する世界的危機
 原料となるモリブデン-99は原子炉で製造します。原子炉といっても発電用の原子炉ではなく、研究炉あるいは材料試験炉と呼ばれる原子炉が、モリブデン-99に限らずアイソトープの製造用に利用されます。これまで全世界で必要とするモリブデン-99原料の大半(約95%)は、カナダ,オランダ、フランス、ベルギーおよび南アフリカにある5基の原子炉で製造され、我が国はモリブデン-99原料のすべてをこれらの国からの輸入に頼ってきました。

 5基の原子炉の中でも最大の生産量であったカナダの原子炉が、昨年(2009年)5月に原子炉本体のトラブルで稼働を停止しました。その後、改修作業が進められていますが、非常に困難な作業であり、長期間の日数を要する大改修となっており、すでに1年以上が経過していますが、現時点(7月7日)での復旧はしておりません。また、オランダの原子炉にも同様のトラブルがあり、今年(2010年)の2月から8月までの半年間をかけた改修のために稼働を停止しております。5基のうち2基の原子炉が停止しているため、世界のモリブデン-99原料の製造量は半減しています。この1年間、わが国のモリブデン-99原料の入手量は平均して40%程度に減少しておりますし、一時的にはその半分も輸入できないという時もありました。モリブデン-99の半減期は比較的長いと前に述べましたが、それでも66時間(2.7日)経つと半分となり、すぐに減衰してしまいます。すなわち、モリブデン-99を原料としてストックしておくことはできず、今回のように原料製造側に何らかのトラブルが発生すると、それはすぐに病院への供給に支障をきたす結果となります。

4 これまでの核医学検査の実施状況
 国内の放射性医薬品メーカー2社(日本メジフィジックス社と富士フイルムRIファーマ社)では、少量の原料からできるだけ多くの製品を供給できるように製造工程を組むなど、少しでも多くの検査ができるように努力してきました。その結果、短期間には非常に厳しい時もありましたが、この1年間を通して見ると、通常時の80%程度のテクネチウム-99mによる検査が実施できていると思います。また、日本アイソトープ協会と上記放射性医薬品メーカーとは、日本核医学会や日本核医学技術学会などの関連学会とも連携をもって、核医学検査を実施している全病院に対して,電子メール及びファックスにより供給製品に関する情報を逐次伝達して,病院側で早めの対応が取れるように図るとともに、他のアイソトープによる代替検査が可能な場合は(例えば心筋血流の検査にタリウム-201の放射性医薬品)、そちらの検査に切替えをお願いするなどの方策を取ってきました。このような他のアイソトープを利用した検査も含めますと、平常時の90%程度の核医学検査は実施されているものと考えております。しかしながら、検査の延期や他の検査に切り替えられるなどのご迷惑を患者さんにおかけしていることも少なくないと思っております。

5 今後の見通しと将来的取組み
 6月16日(日本時間17日)に、ようやくカナダから朗報を得ることができました。原子炉の全修理工程を100%完了し、最終検査と国の安全確認を経て7月末には稼働再開の予定であるとカナダ原子炉側の発表がありました。また、オランダの原子炉の修理も順調に進められていて、8月には両原子炉とも復旧するものと思われます。1年以上にわたって長いことご不便をおかけいたしておりますが、もう少しで平常の供給が可能になると考えております。

 しかしながら、今回平常に戻ってもすべてが解決したということにはなりません。カナダとオランダの原子炉がモリブデン-99原料の製造を再開すれば、当分の間は安定供給を期待することができますが、これらを含める上記5基の原子炉の耐用年数から見ると将来にわたって安定供給を望むことは難しく、例えば5年を超える長期安定性を考えると決して安心できるものではありません。

 このような状況は世界の核医学検査に関わることであり、パリに本部を置く経済協力開発機構の原子力機関(OECD/NEA)が中心となって、医療に用いるアイソトープの安定供給に関して短期的、中・長期的な議論、検討が進められております。新規原子炉の建設計画や既存原子炉でのモリブデン-99製造の開始、あるいは原子炉によらずに加速器でモリブデン-99を大量に製造できないかなどの具体的検討が進められ、一部ではすでにモリブデン-99の製造を始めた原子炉もあります。まだ少量ではありますが、日本にもオーストラリアやインドネシアの原子炉で製造したモリブデン-99原料が輸入できるようになっておりますし、最近ポーランドの原子炉で製造されたものが間接的に日本にも輸出されるようになりました。また、モリブデン-99原料などの大量のアイソトープを海外から輸入するには、輸送も重要な問題となってきます。先日のアイスランドの火山噴火の時のように、航空機輸送に何らかのトラブルが発生しますと、原料輸入にも大きな影響が生じます。

 当面はカナダとオランダの原子炉の早急な復旧を期待しておりますが、既存の5基の原子炉以外の新たな入手先、できれば近隣諸国からの入手を確保する必要があると考えております。また、これまでのように、すべてを海外からの輸入に頼ることはいろいろな面でリスクが高く、必要量の一部国産化の検討も国内で並行して進められております。このような多方面にわたる検討、実行を民間レベルだけで推進することは難しく、産学官の十分な協力、連携による取組みが不可欠で、将来にわたる放射性医薬品の安定供給のもと、有効な核医学診断が滞ることなく国民の健康が守られることを目指して国内外で最大限の努力が払われております。



そこが聞きたい
Q最近の核医学の発達には目を見張るものがありますが、私は実は心筋梗塞の既往があるんです。で、定期的な検診を受けており、心筋血流検査なども受けたことがあります。がんだけでなく、多くの患者にとって核医学検査はますます重要になってきていますね。

A その通りです。本文の最初の方で説明いたしましたが、核医学検査は身体の機能を調べる手段であることに特徴をもつ重要な検査方法です。CT検査やMRI検査などの画像診断と核医学検査のどちらを選択するかではなく、それらの画像診断と適切に組み合わせて検査をすることで、より精度の高い診断を可能にします。テクネチウム-99mによる検査は日本では年間約90万件ですが、世界第一位の米国では年間1500万件以上が行われており、その半分程度は心筋血流検査が占めております。人口、患者数など、日米間の比較は簡単にはできませんが、日本でさらに普及する可能性もあると思っています。

Q核医学検査に用いられる放射性物質がなぜそんなに半減期が短いのかと思ったら、からだへの影響を少なくするためということなんですね。でもいくら短ければ短いほど良いと言っても、6時間などというのは、普通の生鮮食料品よりもっと「足が速い」ということで、無理なんではないでしょうか。

A テクネチウム-99mによる検査が世界でここまで普及した理由はいくつかありますが、その一つに、半減期が6時間ということがいえます。からだへの影響を少なくするためだけでしたら、もっと半減期の短いアイソトープを利用することもできます。しかしながら、核医学検査は臓器などの機能を検査するわけで、患者さんに投与(一般的には静脈注射)してから、アイソトープを含んだ薬が検査対象の臓器に集まるまでにある程度の時間がかかります。半減期が短すぎて、薬が集まる前にアイソトープが消失してしまったのでは検査ができなくなります。そういう意味では、テクネチウム-99mの6時間というのは非常に好都合なのです。更なる利点は、原子炉で製造するのは半減期6時間のテクネチウム-99mではなく、その元の原料となるモリブデン-99を原子炉で製造すれば、自然にテクネチウム-99mを得ることができます。モリブデン-99の半減期の2.7日というのは生鮮食料品と同程度と考えられます。海外の原子炉から日本の放射性医薬品メーカーまでは、モリブデン-99を輸送しています。放射性医薬品メーカーでモリブデン-99原料からテクネチウム-99mを取り出して製剤化し、病院に供給します。モリブデン-99原料からテクネチウム-99mを取り出した瞬間から半減期6時間との勝負が開始されます。

半減期との勝負にはもう一つの方法があります。モリブデン-99を充てんしたテクネチウム・ジェネレータと呼ばれる特殊な装置を病院に供給して、病院でテクネチウム・ジェネレータからテクネチウム-99mを取り出して、別に供給される標識キットを用いてテクネチウム-99m製剤を作る方法です。この方法では、医薬品メーカーから病院に輸送されるアイソトープはモリブデン-99ですから、病院でテクネチウム-99mを取り出すまでは、6時間という半減期には縛られません。米国を除くヨーロッパ各国やその他の国ではテクネチウム・ジェネレータによる病院への供給が行われております。日本でも以前はこの方法による供給が主力でしたが、最近の迅速な輸送システムの発達により、テクネチウム-99m製剤を病院に供給する方が多くなっております。

テクネチウム・ジェネレータによる病院への供給の最大の利点は、モリブデン-99の半減期が2.7日ですから、数日間は病院でストックしておくことができ、検査予約なしの急な検査にも対応できるということです。この1年間は、特にテクネチウム・ジェネレータの供給が十分にできず、大変なご不便をおかけしてしまっているわけです。

Q テクネチウム-99mによる核医学検査が年間約90万件もおこなわれるというのに、使われる放射性物質がすべて海外の5基の原子炉での製造に頼っているのは、何とも心もとないですね。カナダで原子炉が故障したとか先日のアイスランドの火山の噴火で飛行機が飛べなくなったら、とたんに輸入できなくなった、というのでは困ったものです。食料自給率も30%台というのは大問題ですが、核医学検査に使われる放射性物質は0%というのですから。需要量のすべてを国産でとまではいいませんが、ある程度は国内で生産しないと。

A おっしゃる通りだと思います。欧米と日本で核医学検査が普及し始めた1970年代に、わが国でも当時の日本原子力研究所(現在の(独)日本原子力研究開発機構)が中心となってモリブデン-99の国内製造の開発研究が行われておりましたが、海外の原子炉での十分な供給体制が確立したために、日本も含む欧米各国が5基の原子炉に頼る形となったのです。世界最大の使用国である米国も国内製造を全くしてこなかったのです。当時は、5基の原子炉はまだ稼働開始から年数も経ってなく、十分な将来的見込みも立っていたのですが,核医学検査の普及とともに40年近くが経ち、5基の原子炉の経年による問題が起こり始めているのが現状です。

国内の原子炉で製造することが可能になったとしても、それだけに頼ることもまた危険性があります。国産化を検討するとともに、アジア圏を含めた海外からの輸入など、多方面からの入手方法を確立する必要があります。

なお、テクネチウム-99m(原料モリブデン-99)以外の放射性医薬品に用いるアイソトープのガリウム-67、ヨウ素-123、タリウム-201などは、国内の放射性医薬品メーカーがそれぞれに所有するサイクロトロンと呼ばれる装置で製造できますので、これまでも供給に支障をきたすような問題は生じておりませんし、今後も安定的な供給が続けられます。

Q原子炉というと建設地では反対運動などが起こるのかもしれませんが、先程のご説明にもありましたが研究炉というものの説明をもっと良くしなければならないでしょうね。

A これも大変難しい問題ですが、同感です。研究炉と呼ばれる原子炉では医療用のアイソトープ製造だけではなく、いろいろな研究開発が行われ、社会に役立ってきました。原子炉そのものの安全性に関する開発研究も重要な役割の一つです。 多くの技術には大なり小なりのリスクはつきものです。可能な限りリスクを低減した上で、その技術によって社会が受ける利益と比べて、技術の採用を決定するのが基本だと思います。日本で年間90万人の、世界では3000万人の患者さんの健康に関する利益との比較になります。

Q同時に世界中で手を結びあって相互安全保障体制を構築するべきですね。また、今回のアイスランド火山噴火のような自然災害に備え、5基のうち3基がヨーロッパにかたまっているのもまずいですから、南米、アジア、南半球などに分散して施設を作ったらどうでしょう。アジアでは技術的に進んでいることや使用量も多いでしょうから、日本が手を挙げても良いでしょうね。

A 原子炉を新しく建設する、あるいは既存の原子炉でモリブデン-99製造のための新規施設を整備しなければならないので、すぐに短期間のうちに実現することは難しいことです。前のご質問でもお答えいたしましたが、世界的動向をよく見極めたうえで、将来的構想としては、多方面からの入手の必要性を考えております。もちろん同じ輸入をするにしても、近隣国からの輸入は半減期の短いアイソトープを輸送することからも時間的に有利ですし、国産はさらに安心が加わると考えております。将来的にアジア・オセアニア圏での医療用アイソトープの供給に関するネットワークを結ぶことも必要かと思っております。

Q問題はいつもこういう問題が、「非常に高度な専門的知識を必要とする作業で、素人にはわからないから任せて」と、いわゆる専門家と言われる人たちだけが「訳知り顔」で決めて行って、肝心のエンドユーザの切実な声が一向に反映されないことです。結局、国産原子炉についても患者はじめ一般市民に何も情報提供せず必要性をアピールしてこなかったから、事業仕分けなどで蹴飛ばされても反論出来なかったのではないでしょうか。メディア対策も甘かったのでは。

A 専門家の人たちも決して自分たちだけで考えているわけではなく、患者さん、一般市民の方々が適切な医療を受けられるようにすることを最終の目的として頑張っております。これまでは確かに、病院関係者の方々でもテクネチウム-99mの放射性医薬品がどこで作られ、どのように流通されているかをご存じの方は少なかったかと思いますが、この1年を通じて関心と危機感が高まったと感じております。また、メディア関係の人たちもこちらからの働きかけもあって、この1年間にモリブデンの問題には関心が高まっております。そのためにアイスランドの噴火の時はメディアからの問い合わせ、取材などの対応が従前に比較して多かったと認識しております。 いずれにしても本格的対策はこれからですので、情報提供とともに多くのご意見とご支援を賜りたいと思っております。


略歴
中村 吉秀(なかむら よしひで)

昭和48年立教大学理学部物理学科卒業後、(社)日本アイソトープ協会入社、 技術課に配属され、主として放射線計測、放射能標準の業務に携わる。
平成11年アイソトープ部長、平成17年医薬品部長を経て、平成21年より事業本部長、現職。
医薬品部長就任後は医療用アイソトープ、特にモリブデン-99の安定確保を大きな問題として取り組んでいる。
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