市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『会報休刊に当たって』


(独)国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長
「市民のためのがん治療の会」顧問 西尾 正道
永年ご愛読いただいておりました当会発行の「ニュースレター」は、 10月発行の通関64号をもちまして休刊とさせていただくことといたしました。
皆様にはやや唐突に感じられることでもございましょうし、 また、多くの当会をご支援いただいております皆様方からは早速、「残念」、「寂しい」といったお声をいただいております。
中にはいよいよ市民のためのがん治療の会も活動を休止か、などとお思いの方もおられるようですので、 ニュースレター64号の記事の中から西尾先生のご寄稿をニュースレターとは違う媒体でありますHPでもご紹介することとさせていただきました。 西尾先生もご寄稿中に述べておられます通り市民のためのがん治療の会の活動は継続しており、早速この25日(金)には参議院議員会館にて講演会を実施いたしました。
今後もセカンドオピニオン情報提供をはじめ免疫療法などについての講演会等企画いたしておりますので、 従前どおり市民のためのがん治療の会の活動につきましてご支援ご協力をお願い申し上げますとともに、市民のためのがん治療の会の活動に引き続きご期待ください。
(會田 昭一郎)

当会の活動を開始して16年を迎えたが、残念なことではあるが、このNews Letter(会報通巻64号)をもって休刊となる。 今まで年間4回会報を発刊してきたが、印刷は千代田テクノル社の細川敏和氏(会長兼社長)のご支援を頂き行ってきた。 もともと当会は上手に放射線治療を利用していない日本のがん治療の状況を改善するために活動を開始した患者団体であり、 放射線治療を中心としたがん治療に関する情報提供を行い、さらに医療体制の問題や外科治療や薬物療法などの情報も提供してきた。 また適切に放射線治療の選択が行われていない患者さんに対してセカンドオピニオンを受け付けてアドバイスする活動も行ってきた。 2011年3月の福島原発事故後は放射線の健康被害に関する情報も掲載させて頂いた。

こうした活動に際し、放射線治療機器や測定機器やフイルムバッジやガラスバッジなどの個人線量計を取り扱っていた千代田テクノル社は放射線安全管理総合情報誌(FB News)を全国に約3万部配布しているが、 その中に当会の会報も同封して郵送して頂いていたため、強力な広報手段として会報を全国に配布できた。 配布に当たっては医療機関だけでなく、原子力政策を推進する施設にも配布されていたため、私のようなICRP仮説の問題を指摘し、 脱原発に向けた発言が掲載されている会報を全国に配布することは会社として躊躇する状況が発生し、話し合いの結果、会報を休刊とする判断となった次第である。 そのため当会の今後の活動は①ホームページ上での医学・医療情報の提供、②セカンドオピニオンの受付、③不定期な講演会活動の3つとなる。 会員への会報の郵送業務も無くなるため、会員制度も廃止し、年会費の徴収も無くすることとした。 今まで会員として当会を支えて頂いた皆さんには心から感謝いたします。

医療における放射線の利用は、画像診断や治療に使われているが、それは他に手段がない場合に必要悪として放射線を利用している表の世界である。 しかし、原発事故後の政府・行政の対応は国際放射線防護委員会(ICRP)の報告書を基にした放射線健康被害の基準をもとに行われていることから、私はその問題点を指摘させて頂いた。 基本的な認識として、現在の教科書に書かれている放射線の健康被害に関するICRP理論を中心とした裏の世界は科学的な論理性や、 医学現場の実感から考えてみれば極めて不完全なものであり、健康被害をまともに評価できる理論ではないと私は考えている。 広島・長崎に原爆投下後、残留放射線も内部被ばくも無いとして、外部被ばくの線量だけで人体影響を評価するICRP理論は、 核兵器製造や原発稼働などの原子力政策を推進するために作られた物語なのである。 マンハツタン計画にかかわっていた人達が中心となり、1950年に設立されたICRPは第一委員会は「外部放射線被曝限度に関する委員会」とし、 第二委員会は「内部放射線被曝に関する委員会」として審議し報告書を出す活動を開始したが、2年後の1952年には第二委員会の審議を打ち切り報告書はなくなった。 限局した局所にしか被曝しない内部被曝の線量評価を、全身化換算したシーベルト(Sv)という全くインチキな単位で評価し議論しているが、 それ自体が科学的とは言えず、また最も健康被害の原因となるため、核兵器製造や原子力政策を推進するためには、内部被ばくを隠蔽する必要があったのである。 いわば「内部被ばく」は「軍事秘密」として扱われ、現在も隠蔽する姿勢が続いている。

こうした放射線の健康被害は科学的・医学的に議論すべきなのであるが、その姿勢は社会全体にも報道関係にも無いことは残念なことである。 今後は、別の機会に原子力政策を推進する立場の人達とも放射線の健康被害について科学的・医学的に検討し議論したいと考えている。 いずれにしても、今まで会報の発刊と配布にご協力頂いた千代田テクノル社に深謝いたします。

さて、休刊に当たってがん医療についても一言述べたいと思う。40年以上の医療現場を振り返ると後半の21世紀となってからのがん医療は大きく進歩し変化した。 がんの3大治療法は外科的切除、放射線治療、抗癌剤を使用した化学療法であったが、それぞれの治療法も大きな進歩が見られた。 外科治療では胸腔鏡下手術や腹腔鏡下手術の普及と手術支援ロボット(ダビンチ)の使用により、低侵襲でより緻密な手術が可能となった。 放射線治療においては、物理工学とコンピューターテクノロジーが結びつき腫瘍にだけ限局して照射し、 周辺の正常組織は副作用が生じない程度の低い線量しか当たらない高精度の放射線治療が可能となった。 定位放射線治療、強度変調放射線治療、画像誘導放射線治療などの照射技術の他に、陽子線や炭素イオン線を使用する粒子線治療施設も全国20カ所以上に散在している。

第二次世界大戦後に開始された抗癌剤治療は「毒をもって毒を制す」時代から、より標的を絞り込んで薬効を期待する分子標的治療薬の開発が進んでいる。 しかし、薬剤開発などの特許争いの場ともなっている医学において、薬剤費の高騰も大きな問題となってきている。 私が医師となった1970年代は1カ月の抗癌剤費用は数千円であったが、1990年代には数万円となり、21世紀になり分子標的薬の開発により数十万円となった。 さらに2015年からは免疫療法として分類される治療も普及し、免疫チェックポイント阻害薬の使用により薬剤費は数百万円/月にまで高騰している。

また最近は、患者のゲノム情報に基づく個別化した治療を指す時代となり、 2019年6月には、複数の遺伝子を一度に精査するがん遺伝子パネル検査が保険収載され、従来の研究や臨床試験から日常臨床で使用できるようになり、令和元年は「がんゲノム医療元年」ともなった。 判明した遺伝子異常に適合した治療薬が投与される時代となり、臓器別のがん種に対する投薬から、がんの増殖に関係しているドライバー遺伝子などに対する治療となり、遺伝子治療の世界も実用化してきた。

こうした医学・技術の進歩は喜ばしいことではあるが、社会全体にバランスよく還元されるかどうかは別問題である。 金の切れ目が命の切れ目ともなりかねない社会となる可能性もあり、自分で健康管理を真剣に考えるしかない。 がん罹患者は増加するだけではなく、若年化している。 今後は増え続ける人工放射線の被ばくや農薬を中心とした化学物質による汚染、遺伝子組換え食品の普及など、生活習慣病というよりは生活環境病と言うべき多くの疾患の増加が予測される。 奇病・難病も増加し、現在では指定難病は330疾患となっている。

普及したネオニコチノイド系農薬は自閉症などの発達障害の原因となっていることもほぼ解明され、EUなどは規制し始めているが、日本の農薬残留基準は世界一緩く、さらに緩和しているのである。

また2015年に世界保健機構傘下の国際癌研究所(IARC)は、世界で最も多く使われている除草剤グリサホート(ラウンドアップの主成分)に『ほぼ確実な発ガン性』があると認定した。

人口比で比較すれば、世界一高いがん罹患率国である日本社会でがんに対する賢い対応は、「早期発見・適切治療」である。 現在のがん検診も見直し、より有効で効率的な最新の診断法も検診に取り入れ、早期がんの段階で発見し、手術か放射線治療の局所治療で済み、抗癌剤不要の治療が望ましいと考えている。 それが医療費削減にも繋がるのである。また食の安全や地球環境の悪化にも問題意識を持って共助・共生する社会を構築したいものである。 科学や医学も金儲けのためなら非科学的なフェイクサイエンスとして語られることにも気を付けるべきである。 技術的な進歩は今後も続くと思うが、医学は限界があり、冷静に正しい知識で病気に立ち向かわなければなりません。 また人間が人間を相手にする医療では、最後に残るのは「人間としての熱意と誠意」である。 好きだと思って結婚しても日本は35%離婚している社会です。たまたま受診した医師が自分にとってベストな医者とは限りません。 十分に正しい情報を集めて自分にとって最適な医師と巡り会って納得のいく治療を受けて下さい。 「医者選びも寿命のうち」の世界もあるのです。

最後に今後も会報は休刊となったとしても当会のホームページ上で情報を提供したいと思います。


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 08年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』 (日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』 (NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え! 放射線の光と闇』(旬報社)など。 その他、専門学術書、論文多数
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