『世界で増える若年層のがん:日本ではとくに、女性の乳がんと子宮がん』
大西 睦子
ところが最近の研究によれば、50歳未満の新規がん患者が増加しているとのことである。
当会の主張である「がんは生活習慣病というよりも生活環境病、つまり大気汚染、PFASなどの化学物質、放射線、遺伝子組み換え食品などに曝されていることによる」ことも大いに関係しているのではないだろうか。
さらには極端な運動不足や極端な加工食品などを避けるなど、私たちもできるだけの努力が必要だろう。
なお、本稿の初出は、2024年07月02日MRIC by 医療ガバナンス学会 発行(http://medg.jp)で、ご関係の皆様のご許可をいただき、ここに転載させていただいたものです。 ご高配に感謝いたします。
6月10日の米医師会雑誌に、米国立がん研究所(NCI)フィリップ・ローゼンバーグ博士らは 「ジェネレーションX(1965年から1980年生まれ)世代は、60代になると、ベビーブーマー(1946年から1964年生まれ)世代よりもがん罹患率が高まる」ことを予測し、 「米国のがん罹患率は、今後数十年間、受け入れられない程に高いままであるだろう」と結論づけました(1)。
自らをベビーブーマー世代と称するローゼンバーグ博士は、 「自分の世代が両親のグレイテスト世代(1908年から1927年生まれ)やサイレント世代(1928年から1945年生まれ)よりも恵まれているかどうか」 「彼の子供たちのミレニアル世代(1981~1996年生まれ)とZ世代(1997~2012年生まれ)が、さらに恵まれているかどうか」を確かめたかったそうです(2)。
● X世代は親の世代より「がん」罹患率が高まる
博士らは、1992年から2018年までに米国でさまざまな種類(女性では20部位、男性では18部位)の「浸潤性」がんと診断された380万人のデータを用いて、X世代とベビーブーマー世代のがん発生率を比較しました。 「浸潤性」とは、発生した場所から周囲の組織に広がったがんを指します。 そして、X世代が60歳になったときの、がん罹患率を予測しました。
結果は、ローゼンバーグ博士が望んでいたものではありませんでした。 ベビーブーマー世代と比較して、X世代の女性は甲状腺がん、腎臓がん、直腸がん、子宮がん、結腸がん、膵臓がん、卵巣がん、そして非ホジキンリンパ腫と白血病の増加が予測されました。 またX世代の男性は、甲状腺がん、腎臓がん、直腸がん、結腸がん、前立腺がんの増加が予測されました。
「がん」罹患率がサイレント世代とベビーブーマー世代よりX世代が増加しているのは、アジア系または太平洋諸島民の男性を除くすべての人種および民族グループでした。
最も大きく増加したのはヒスパニック系女性で35% 、続いてアジア系または太平洋諸島系女性20%、白人女性15%、黒人女性6%。 また、ヒスパニック系男性14% 、白人男性12%、黒人男性12%の増加が示されました。
明るい話題としては、X世代の女性はベビーブーマー世代に比べて肺がんと子宮頸がんが減り、X世代の男性は肺がん、肝臓がん、胆嚢がん、非ホジキンリンパ腫が減少したことです。 これは理にかなっています。 喫煙防止キャンペーンは、過去 50 年間で最も成功した公衆衛生キャンペーンの 1 つで、肺がんが減りました。 また、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンなどの公衆衛生対策は、子宮頸がんの減少に役立っています。 ただし、すべてのがんを合わせると、増加したがんが減少したがんを数的に上回りました。
●健康的なライフスタイルは、実現できない特権
博士らは結論に以下のように議論しています。
米国がん協会(ACS)、米疾病対策予防センター(CDC)、世界保健機関(WHO)は、がんのリスクを減らすための一連の予防行動を提唱しています。 これらには、「タバコやアルコールの使用を減らすこと、身体活動を増やすこと、食習慣を改善すること、母乳育児を推進すること」などが含まれます。
しかし「所得格差、保険未加入、食の沼地や食の砂漠、建築環境の欠陥、その他の要因」で、すべての人が健康的な食生活を送り、活動的に過ごすことは難しい。 これらの調査結果を総合すると、「健康的なライフスタイルは、米国の多くの人々にとって、基本的な権利というよりも、程度の差こそあれ、実現できない特権である」ことがわかります。
ライフスタイルの格差が、世代間のがん罹患率の上昇や、他の研究における平均余命の低下をどの程度説明しているかは不明で、さらなる研究が必要です。
ところで最近、世界中で「早期発症がん(early-onset cancer)」、つまり14 歳から 49 歳までに診断されたがんが増えています。
●30年間で、世界中の早期発症がん患者が約80%増加
昨年の英医師会雑誌に、浙江大学医学部やハーバード大学、エディンバラ大学などの研究者らは、過去30年間(1990年から2019年)で、世界中の50歳未満の新規がん患者が約80%も増加していると報告しました。 この分析は、2019 年の世界疾病負担調査のデータを基にして、204 カ国の 14歳から49歳の人々のがんの罹患率と死亡率の変化を調べたものです。 2019年は、50歳未満の100万人以上ががんで死亡し、1990年から約28%増加しました(3)。
さらに研究者らは、この傾向に基づいて、2030年には世界の新たな早期発症がんの症例数とそれに関連する死亡者数が、それぞれ31%と21%増加し、最も多いのは40代と推定しました。 2019年、最も多くの死亡者数とその後の健康状態の悪化をもたらしたがんは、乳がんに次いで、気管・気管支・肺がん、大腸がん、胃がんでした。
●日本女性で増える早期発症がん:乳がん罹患率は米国を上回る
国立研究開発法人「国立がん研究センター」のがん情報サービスのデータ(4)(5)によると、日本では、特に女性の早期発症がんが増えています(表2)。 35歳から49歳までの女性では、人口10万人対の乳がん罹患率が、日本人は米国人を上回ります(表5)。
*以下のグラフ:国立研究開発法人国立がん研究センターのがん情報サービスのデータを引用にして、著者作成
縦軸:人口10万人対のそれぞれのがん罹患率(ある集団で新たに診断されたがんの数を、その集団のその期間の人口で割った値)、横軸:年
表1:1990年から2019年における日本人男性の早期発症がんの10 万人あたり罹患率の変化
表2:1990年から2019年における日本人女性の早期発症がんの10 万人あたり罹患率の変化
表3:2003年から2019年における日本人女性の早期発症乳がんの10 万人あたり罹患率の変化
表4:1990年から2019年における日本人女性の早期発症子宮がんの10 万人あたり罹患率の変化
表5:日米の年齢層別乳がんの10 万人あたり罹患率の比較
http://expres.umin.jp/mric/mric_24126.pdf (表1~5)
●米国では50歳未満の大腸がんが増加
米国でも、若年性がんの罹患率が増えています。 米医師会雑誌の報告によると2010年から2019年にかけて、最も急速に増加しているのは消化器がんです。 中でも大腸がんは50 歳未満の成人の間で、1998 年は第 4 位にランクされていたにもかかわらず、現在では男性のがん死亡原因の第 1 位、女性では乳がんに次いで第 2 位となっています。 さらに、患者は高齢者から中年へとますます移行しています(6)(7)。
●若年層の老化が進んでいる?
研究者たちはその理由を解明しようと躍起になっています。 そんな中、今年4月の米国癌学会で、ワシントン大学医学部の研究者らは、若年成人のがんリスク増加と老化の加速が関連していることを指摘しました(8)。
この2つの関連を調べるため、研究チームは、英国バイオバンクに登録された約15万人のデータを使用しました。 バイオバンクは、英国の50万人の住民の情報を含む大規模な生物医学データベースです。
ところで生物学的年齢は、暦年齢に対して、その人の身体の状態を指します。 研究者らは、血液中の9つのバイオマーカー( アルブミン、アルカリホスファターゼ、クレアチニン、C反応性蛋白質、血糖値、平均赤血球容積(MCV)、赤血球粒度分布幅(RDW)、白血球数、リンパ球比率)を分析し、 参加者の生物学的年齢を算出しました。
すると、1965年以降に生まれた人は、1950年から1954年の間に生まれた人に比べて、生物学的年齢が年代より17%高まりました。
次に研究チームは、加速する老化と早期発症がん(ここでは55歳未満で診断)発症の可能性との関連を調べました。 その結果、身体の老化が早ければ早いほど、肺がん、消化器がん、子宮体がんの早期発症が高まりました。 また、晩発性の胃腸がんや子宮がんのリスクも上昇しました。
生物学的年齢に影響を与える要因として、食事、活動レベル、喫煙習慣などがあります。 さらに、生物学的年齢に影響を与えるもう一つの要因は、遺伝です。 健康的なライフスタイルを送っているにもかかわらず、早期発症がんと診断される人は、遺伝的要因が関係している可能性があります。
ほとんどのがんでは、早期発見とより良い治療が生存率を向上させていますが、がんの予防については課題が山積みです。 まず今日からできることは、座りがちで超加工食品に依存したライフスタイルを改善することです。 例えば車での移動を歩行に、エスカレーターやエレベーターを階段に置き換えましょう。 また、インスタントラーメンやダイエット飲料を、野菜や脂肪分の少ない肉類、魚介類をたっぷり使った手作りラーメンとお茶や水に変えて下さい。 ちょっとした変化の積み重ねが、老化やがんの予防になります。 検診も忘れずに。
(2)https://www.sciencenews.org/article/gen-x-more-cancers-baby-boomer-parents
(3)https://bmjoncology.bmj.com/content/2/1/e000049
(4)https://gdb.ganjoho.jp/graph_db/gdb4?dataType=30
(5)https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/14_breast.html
(6)https://acsjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.3322/caac.21820
(7)https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2808381
(8)https://ascopost.com/news/april-2024/accelerated-aging-may-be-a-risk-factor-for-early-onset-cancers-in-younger-generations/
内科医師、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ在住、医学博士。 1970年、愛知県生まれ。 東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。 国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。 2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。 2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。 ハーバード大学学部長賞を2度受賞。 現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。 著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。 『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。 『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある