『被曝影響の本態は内部被曝である―トリチウムの危険性―』
北海道がんセンター 名誉院長 西尾 正道
放射線の被曝により、健康を害することは知られているが、その本態は内部被曝であるが、深刻なため、原爆を作る過程で、米国は1943年から『内部被曝は軍事機密』扱いとした。 その延長上で80年経過し、福島原発事故が起こっても、内部被曝の問題はほとんど報道されることはない。 また原子力政策を推進するために、被曝の安全・安心神話をつくりだすために、医学教科書も嘘で書かれているため、医師も放射線技師も間違った知識で洗脳されている。 1895年にレントゲン博士がX線(得体の知れない光線であったため、X線と命名)を発見したが、翌年には皮膚がんの治療にX線が使用された。 当時のX線のエネルギーでは皮膚表面は100%当たるが、10cm深部には約30%しか届かないので、電話を発明したベル氏はラジウム(Ra-226)などの線源を患部に挿入したらよいのではないかとコメントしている。 いわば内部被曝治療である。私は低い放射能の線源を使った内部被曝を利用した治療をライフワークとしてきたため、日本一被曝している馬鹿なお人好しの医者であった。 この内部被曝を利用した治療は最も確実に治せる放射線治療であるが、術者が被曝することから現在では絶滅治療となった。 資料1にセシウム(Cs-137)針を使用した舌癌の治療例を示すが、Cs-13の粉末を金属で被覆してβ線を遮断し、γ線で治療しているのである。 γ線が当たった部位にだけ反応が出ている。
福島事故後、尿を採取してバイオアッセイでCs-137のγ線量を測定しているが、体内ではβ線にも被曝しているのであるが報じられたことは無い。 放射線は当たった細胞や部位にのみ影響があるため、医学では物理量としてのベクレル(Bq)と被曝した部位の吸収線量グレイ(Gy)しか使用していない。 しかし、被曝の健康被害を論じる時には実効線量シーベルト(Sv)という単位で議論しているが、これは最もインチキな単位である。 被曝の影響は被曝した細胞や部位にしか発生しないのに、全身化換算して議論しているインチキな単位なのである。 目薬は1~2滴でも眼に滴下するので、効果もあるが、その目薬を口から投与して内部被曝まで全身化換算して、影響は少ないですと評価しているのである。
資料2にCs-137の深部率曲線を示すが、β線は5mmの距離ではほとんど当たっていないし、γ線は1mmの距離で100%となるが、1cm深部では53%となる。 被曝の影響は被曝している部位にだけ生じるのに全身化換算した実効線量(Sv)という単位では全く評価できないのである。 放出された放射性微粒子が鼻粘膜に付着すれば、接している粘膜は膨大に被曝するので、鼻血が出るのは当然なのである。
また福島事故で放出された放射性微粒子を考える場合は、資料3に点線源として、ゴールドグレイン(Au-198)粒子状線源で治療した症例で説明する。
Au-198粒子状線源をレントゲン写真上に20秒、1分、3分と置いたり、4個置いた後に現像した時の写真では被曝した状態に応じて黒く写っている。 口腔底癌症例に対して33Gy外部照射して凸凹を軽減した後にプロテーゼ(型)を作り、線源を配置して瞬間接着剤で固定し、口腔内に装着し密着して照射した。 線源から5mmの距離の部位に54Gy照射し治癒した症例である。 こんな術者が被曝する治療は絶滅しつつあるが、最も効果的な治療法なのである。 医学における画像診断の検査では一瞬X線が突き抜けるだけなので、影響は少ないが、放射性微粒子が体内に入れば、接している細胞は膨大に長期間被曝し続けるので、影響が強くなり、発癌も生じるのである。
放射性微粒子を含んだ汚染水の海洋放出が開始されたが、これは人類に対する犯罪である。 魚介類の体内で濃縮され、人間はこの汚染された魚介類を食すからである。 ALPSで処理後も基準値以上のCsやSrなどの62核腫が残存している。 この中のトリチウムは除去できないがエネルギーが低いので、人体影響は無視できるとして放出を開始した。
しかし。1954年のビキニ環礁での水爆実験での第五福竜丸事件の時に、太平洋で捕獲したマグロを築地市場で初めて測定した時の汚染状態を資料4に示す。
海水中の放射線量は1.7~1313Bqであったが、マグロの肝臓には3万~71万Bqの放射線量が測定されていた。 こうした事実も公表されることも無く、日本人は内部被曝していたのである。 1975年に全国がん登録者が20万人を超えたが、2020年には100万人を超え、45年間で5倍となっているのは生活環境病としての悪性腫瘍の増加に被ばくが関与しているからである。 原爆投下では火災も起こり黒煙も上がり、ススなどが放射性微粒子と結合し黒い雨として降り注いだが、 火災も起こらなければ、雨の中に放射性微粒子が混じっていてもわからないが、測定では全国に降り注いでいたのである。
原発は通常運転でも、地域住民に健康被害を及ぼしている報告は多いが、その原因は私はトリチウムが関与していると考えている。 カナダのトリチウムを大量に放出するCANDU原子炉が稼働した時、地域住民が健康被害の増加を実感し問題となった。 調査した結果、ダウン症や新生児死亡や小児白血病が増加し、トリチウムが関係しているという結論となり、カナダでは排出基準が世界一低く抑えられている。 資料5に各国のトリチウムの規制値を示すが、日本は50年前に稼働した福島原発が年間20兆Bqのトリチウムを放出していたので、1割増の22兆Bq/年を放出基準としたのであり、 それをLに換算すると6万Bq/Lなのである。また飲料水としての基準はない。
トリチウムは体内に入れば、有機結合型トリチウムとなり、人体内の糖質・蛋白質・脂質などの全ての物質の化学構造式の中に水素が結合する部位に入るのである。 当然代謝物室やエネルギー伝達物質やDNA・RNAなどの化学構造式の構成元素として入ることとなる。 トリチウムを含む処理水は現在も1日に150トン増え続けているが、デブリの取り出しは不能であり、永久にトリチウムは発生するのである。 そもそもデブリを取り出そうとしているが、ロボットを制御するCPUは高線量の環境では壊れてしまうため、デブリは取り出せないのである。 政府はトリチウムは自然界にも存在するものであるとしているが、大気中トリチウム濃度は1950年代の千倍以上となっているが、原因は核実験と原発稼働によるものなのである。 東電はトリチウムの除去はできないとしているが、これも大嘘である。 資料6にトリチウムの分離方法を示す。
2016年に経産省はトリチウムの分離・除去技術の開発に関して、国際入札を行っている。 この除去技術はロンアの国営企業「ロスアトム」の子会社であるロスラオ(RosRAO)が落札し、分離技術を開発し、実証実験で分離除去できる方法が開発されている。 この事実は2020年6月22日の朝日新聞や2020年7月13日の日本経済新聞で報じられていた。 水(100度)とトリチウム水(101.5度)の沸点の違いを生かし、水は蒸発させ、トリチウムは沸点が高いので、下に残るという方法で分離できるという。 高さ43mの蒸留塔で99.8% 分離でき、残ったトリチウム水の体積は6千分の一となり、固化して保管できるというのである。 カナダではこの方法でトリチウムを除去している。 しかし、この技術は当時の世耕大臣がこの案を却化し海洋放出にしたのである。
汚染水の各種の処分方法別の費用は34億円~3976億円と大きな幅があるが、結論としては最も安い費用で済む海洋放出(費用34億円)を行なうと決めたのである。 しかし、六ケ所村の再処理施設が将来稼働すれば、原発1基が1年間で放出するトリチウム量を、一日で排出するため、六ケ所村の排出基準は原子力規制法から除外しているが、 これを機会に分離技術を確立すべきなのである。
千兆Bq以上のトリチウムを含む数万トンの汚染水を政府は「2015年に関係者の理解なしには流さないと約束した」が、全く科学的な知識ゼロの政府が海洋放出を決めた。 これは長い視点で考えれば、緩慢な殺人行為である。DNAを構成している塩基の化学構造式が変わるため、将来的には人間は別の動物となる可能性が想定されるほど深刻な問題なのである。 1980~1990年代に苫小牧工業団地に未来のエネルギーとして期待された核融合の実験炉を作る計画があり、 その時にトリチウムの影響に関して動物実験が行われ、1988年に厚生省から報告書が出されているが、そこでは染色体異常を起こすことなどが報告されている(資料7)
さらに、具体的にDNAを構成している塩基であるアデニンを例に化学構造式の変化を資料8に示す。
今後は廃炉が決定した福島第二原発には広大な敷地があり、大型貯蔵タンクを造設し長期間地上管理すればよいのである。 原子力ムラの人達は、「トリチウムは自然界にも存在し、また「トリチウムはエネルギーが低く人体影響はない」と安全神話を振りまいているが、 世界各地の原発や核処理施設の周辺地域では事故を起こさなくても、稼働させるだけで周辺住民の子供たちを中心に健康被害が報告されていますが、その原因の一つはトリチウムだと考えられる。 こうした深刻な影響については全く報じられることも無い日本のジャーナリズムの現状は深刻なものであり、政府の洗脳機関化した広報組織となている、日本は滅びゆく道へと進んでいるのである。
(了)
1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 2008年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。 「いわき放射能市民測定室たらちね」顧問。 内部被曝を利用した小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』(日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』(NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え!放射線の光と闇』(旬報社)、 『被曝インフォデミツク』(寿郎社)、など。 その他、専門学術書、論文多数。