『ASCO 2024(米国臨床腫瘍学会2024)に参加して』
堀池 篤
2024年5月31日から6月4日までの5日間、米国シカゴで開催された米国臨床腫瘍学会 (ASCO)2024に参加しました。 この学会は、がん治療を専門とする医師、研究者、看護師などの医療従事者が世界中から集結する、がん治療における世界最大の学会です。 がん医療に関連する企業も数多く出展し、展示ブースを競い合うように華やかに演出しており、毎年新たな知見が発信される、学会を超えた祭典のような場となっています。
アメリカでは、患者参画という考えは日本よりはるかに進んでおり、学会期間中には患者さんや支援団体向けの「Patient Advocate Program」というプログラムが実施されていました。 また、専用のブース「Patient Advocate Lounge」が設けられ、患者さんが医療者、研究者と交流できる機会が提供されていました。 私もそのブースを訪れましたが、他の会場に負けず劣らず多くの人々が集まっており、熱気に包まれていました。
ASCOでは、その年の中心的な演題が「Plenary session」として特別のセッションに採択されます。 ASCOでは多くの臓器にわたるさまざまな演題が20は超える会場で同時進行で行われます。 そのため、参加者は配布されたプログラムや専用アプリを活用して、自身が聞きたいセッションをピックアップし、スケジュールを立てて参加します。 しかし、「Plenary session」の時間帯には他の会場での発表はなく、参加者全員がそのセッションに参加できるように設定されています。 「Plenary session」が行われるホールB1は、東京ドームの4分の1ほどの広さである127,000フィートという巨大な会場なのですが、Plenary sessionの時には、その会場を参加者で埋め尽くされ、立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。
今年は、5つの演題が「Plenary session」に採択されました。 どれも標準治療が変わるほどの重要な演題でしたが、その中でも、私が専門とする呼吸器がん領域から3つも選ばれており、本稿ではそのうちの2つの演題について紹介したいと思います。
1. LAURA試験
オシメルチニブは、代表的な分子標的治療薬の1つで、肺がんの患者さんの約半分を占める肺腺癌の患者さんの中で、 その約半分を占めるEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんに対する特異的治療薬として、進行期および手術後の患者さんの標準治療として広く使用され、有効性が認められています。 今回、手術は困難で、他臓器への転移がないEGFR遺伝子変異陽性局所進行非小細胞肺がんに対するオシメルチニブの有用性を検証する試験として、LAURA試験が実施されました。
切除不能の臨床病期III期のEGFR遺伝子変異陽性(Ex19 delまたはL858R)局所進行非小細胞肺がんの方を対象に、 根治的化学放射線療法後に病状が進行していない方をプラセボ(偽薬)群、オシメルチニブ群に1対2に振り分け、それぞれにプラセボまたはオシメルチニブが投与されました。 今回の研究の主な指標であった無増悪生存期間(がんの進行が見られなかった期間)の中央値は、オシメルチニブ群で39.1か月、プラセボ群で5.6か月と大きな差を認めることが報告されました。 この結果により、進行期や手術後の患者さんだけでなく、手術が困難な局所進行非小細胞肺がんの患者さんに対してもオシメルチニブが有効であることが示されました。
さらに、局所進行非小細胞肺がんの患者さんが再発を認める時に、放射線治療が当たっていない他臓器への転移が見られることがありますが、 LAURA試験では、再発時に他臓器への転移を認めた割合がプラセボ群で68%、オシメルチニブでは22%であり、オシメルチニブ群の方が他臓器への転移による再発が少ないことが示されました。 また、副作用に関しては、オシメルチニブを含むEGFRチロシンキナーゼ阻害薬では、治療早期の薬剤性肺障害が発生するリスクがあり、放射線治療終了後にオシメルチニブを使用することでそのリスクが増加しないかが本試験の懸念事項でした。 オシメルチニブ群では薬剤性肺障害が11例(8%)に認められ、その大部分は軽微でしたが、残念ながら1例の方が亡くなられたと報告されました。 これまでの進行期や手術後の患者さんにおいても、薬剤性肺障害の発生頻度は3~8%とされており、今回の試験結果も同程度の頻度であると考えられました。
オシメルチニブは、これまでの進行期や手術後の患者さんのみならず、局所進行期の患者さんへの有効性が示されたことから、 発表者のRamalingam氏が発表を終えた際には、会場内からスタンディングオベーションが送られました(写真2)。 局所進行期には放射線治療が主軸となるため、これまでも進行期の患者さんに対する治療を応用するケースがほとんどで、進行期や手術前後の方の治療に比べると治療法の更新が遅れていました。 肺腺癌の約6割には、治療に結びつく遺伝子変異や転座が存在し、進行期の方ではそれぞれの特異的治療薬が標準治療となっています。 今回は、その中でも最も頻度が多く、治療が最も進展しているEGFRチロシンキナーゼ阻害薬の局所進行期の患者さんへの有効性が示されたため、 今後は、他の遺伝子変異や転座の方に対しても、早期に有効性が示されることが期待されます。
2. ADRIATIC試験
免疫チェックポイント阻害薬は、現在、肺がんの薬物療法の中心的薬剤となっており、非小細胞肺がんでは、進行期、局所進行期、そして手術前後の治療薬として複数の薬剤が使用されています。 一方で、肺がんの15%を占める小細胞肺がんにおいても進行期の患者さんに対しては、抗がん剤と併用する複合がん免疫療法が標準療法として広く使用されています。 デュルバルマブは抗PD-L1抗体という免疫チェックポイント阻害薬であり、進行非小細胞肺がん、局所進行非小細胞肺がん、進展型小細胞肺がんに対する治療薬として、既に承認されている薬剤です。
今回、局所進行の限局型小細胞肺がんの患者さんを対象として、根治的放射線療法後に病状が進行していない方を対象として、 プラセボ群、デュルバルマブ群、デュルバルマブ+トレメリムマブ群に振り分け、最大24か月間治療が行われました。今回の報告では、デュルバルマブ群とプラセボ群に関する解析が発表されました。 今回の研究の主な指標であった全生存期間(患者さんがお元気に過ごせた期間)の中央値は、デュルバルマブ群55.9か月、プラセボ群で33.4か月と、デュルバルマブの治療を行った患者さんの方がお元気な時間が長くなっていることが示されました。 また、無増悪生存期間(がんの進行が見られなかった期間)の中央値も、デュルバルマブ群16.6か月、プラセボ群9.2か月とデュルバルマブの治療を行った患者さんの方が長くがんの進行が抑えられていることが明らかになりました。
局所進行の小細胞肺がんの患者さんにも免疫チェックポイント阻害薬の有効性が示されたことから発表者のSpigel氏が発表を終えると、LAURA試験に引き続き、会場からスタンディングオベーションが送られました。 小細胞肺がんは、非小細胞肺がんに比べて患者さんが少なく、進行も早いため、従来の抗がん剤でも一定の延命効果が確認されています。 これまで、非小細胞肺がんや進行期の小細胞肺がんで治療が確立された後に限局型小細胞肺がんの治療を検証されてきましたが、 限局型小細胞肺がんで必ず実施される放射線治療と安全に併用できる抗がん剤が少ないため、従来の治療を上回る新たな治療法がなかなか生まれず、20年以上治療が変わらない領域でした。
今回の治療法が承認されれば、肺がんにおいては、切除可能な小細胞肺がんを除き、全てのステージで組織型を問わず免疫チェックポイント阻害薬が標準治療に組み込まれることになります。
3. おわりに
本年のASCOの様子を報告しました。今年のASCOでは、Plenary sessionで報告された研究を中心に、例年以上にこれまでの治療を変えるような研究成果が発表されました。 このレポートで取り上げた2つの研究も現在の標準治療に新たな治療を上乗せする意義を検証するものであり、対照群としてプラセボ(偽薬)が使用されました。 プラセボ効果という言葉があるように、何かが上乗せされている(あるいはされていない)ことは心理的に影響を与えるため、標準治療を決定するような重要な研究では、 参加される患者さんや研究者にどちらの治療に受けているかわからないようにするプラセボを使用した方がより信憑度は高いとされています。 参加された患者さんは、当然ながらインフォームドコンセントを通じて、プラセボが使用されていることを理解した上で参加されています。 がんを含め、すべての治療において、その進歩のためには、患者さんの協力を得た科学的検証が不可欠です。 発表は時間の制約がある中で、発表者は工夫を凝らしながら自身の主張を伝えていますが、どの発表でも最後のスライドでは、参加してくださった患者さん、家族への謝辞が丁寧に述べられます。 私自身、がん治療に携わる医療者として治療法の進歩を嬉しく思う一方、研究者として、研究に協力してくださった患者さんやご家族に感謝の気持ちを忘れずに、今後も取り組んでいかなければならないと改めて感じました。
写真1:シカゴ川から見たシカゴの夜景
写真2:Plenary Sessionの様子
1997年香川医科大学(現:香川大学医学部)卒業後、 同大学第一内科医員等を経て、2002年-2004年国立がんセンター中央病院内科にがん専門修練医(治療開発専攻)として研修後、2004年癌研究会附属病院内科に赴任。 2012年がん研究会有明病院呼吸器内科医長、同病院早期探索臨床試験推進室兼務、 2019年昭和大学医学部内科学部門腫瘍内科学部門准教授に就任。 肺がんをはじめとした固形がんの薬物療法、治療開発に従事。医学博士。