市民のためのがん治療の会
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『知っておくべき骨転移の治療について』


市民のためのがん治療の会 顧問
北海道がんセンター 名誉院長   西尾 正道

本ホームページの<がん治療の今> No.529において広島市立広島市民病院(放射線治療科)松浦寛司先生が骨転移治療に関する放射線治療について書かれているが、 本稿では放射線治療による骨転移を中心とした緩和的治療について概説する。 放射線治療はがん治療法の3大治療法の一つであり、機能と形態を温存して治す優れた治療法であるが、他に治癒は期待できなくても諸症状を緩和し患者さんのQOLを高める緩和的治療にも大きな役割がある。 資料1に緩和目的に照射する諸病態を示すが、この種々の病態の中で、最も治療症例の多いのは骨転移に対する照射である。

資料1 放射線治療の適応となる緩和目的の病態

癌が骨に転移すれば疼痛を生じるので、通常はテクネシウム(99mTc)というアイソトープを投与し、骨シンチグラフィを撮影する。 転移していれば、アイソトープが取り込まれ、濃く写り、資料2に示すように転移部位が判明する。 この画像をもとに、各転移病巣部位の単純X線写真やCTやMRIなどを撮影し、転移巣の詳細を把握し治療を検討することとなる。

資料2 骨転移部位を示す骨シンチグラフィ画像(多発性骨転移例)

資料3に骨転移に対する種々の治療法とその特徴を示すが、患者さんの状態を考慮して治療は選択される。 治療に当たって最も手軽で確実に効果が期待できるのは放射線治療である。

資料3 骨転移に対する種々の治療法と特徴

骨転移の治療はまず、疼痛緩和のために鎮痛剤投与から始まるが、最も効果が確実で手軽に行われている治療は放射線照射である。 骨転移の状態は溶骨性、造骨性、混合性とに分けられるが、この判断は単純X線写真やCTやMRIの画像を撮影して最適な対応を考える必要がある。 特に溶骨性の転移では骨折のリスクが高くなり、また脊柱の椎体などは圧迫骨折により、後方にある脊髄に影響を及ぼす。脊髄腔の中に浸潤したりすれば神経麻痺が生じるため、緊急的に放射線治療の適応となる。 資料4にこうした症例の照射前後の画像を示す。 照射により溶骨性の部位は化骨化し、骨折するリスクは無くなる。 更に溶骨性変化が脊髄腔に浸潤すれば麻痺となるが、照射により防ぐことができる。

資料4 骨転移に対する照射前後の画像

骨転移に対する放射線治療は極めて有効な治療であるが、特に脊柱部位の骨転移は神経症状を呈することから、緊急に照射が必要な場合がある。 資料5にこうした症例の画像を示すが、脊髄そのものに転移した場合もあるし、椎体に転移した病巣が脊髄を圧迫したり、脊髄腔に浸潤している場合は、神経麻痺が生じる前に緊急照射の適応となる。

資料5 緊急照射の適応となる転移病巣

骨転移の治療は単に疼痛緩和だけでなく、病的骨折の予防や神経症状を起こさない管理が大事である。 多発している場合は多くの転移病巣に照射する必要があり、Sr-89が使用できれば外来で靜注すれば疼痛は管理できる。 そこで私は以前にSr-89を日本でも使用できるように治験を行い有効性を学会誌に報告し、薬事法を通してメタストロン注として使用できるようになった。 この治験を開始するにあたって、当院でどの程度骨転移の治療をしていたかをまとめた結果が資料6である。

資料6 北海道ガンセンター放射線科での2年間の骨転移治療例の部位

この集計では2年間で骨転移例の実人数は455人、照射部位数は736部位であり、照射部位としては約半数は脊柱骨であった。 当時3台のリニアックで年間の新患者数は約1,000人、照射部位数は年間約1,500部位であったので、736/3000(2年間)=24.5となり、治療部位の四人に一人は骨転移例への照射であった。 私は最後まで診る姿勢で診療に当たっていたので、骨転移例も根気よくfollowしていたことが関係していたようである。 資料7にSr-89(商品名 メタストロン)の内容を示す。

資料7 Sr-89の詳細

Sr-89が転移した骨に取り込まれ,β線を出して疼痛を緩和する治療であり、極めて副作用も少なく良い治療法であった。 しかし、このメタストロン注は2008年に販売開始され、約10年使用できたが、2019年に販売が中止された。

資料8にSr-89の使用実績を示すが、当施設は最も多く使用していた。 また一回の静注による投与量は実効線量に換算すれば約30Svとなる。 2年間で約3カ月毎に7回投与した前立腺癌症例もいたが、死亡することはなかった。 この頃から7Svの全身被ばくが致死線量とするICRPの単位のインチキに疑問を持っていたのである。

資料8 Sr-89の全国の施設別の使用実績

文献

  • 1) 西尾 正道, 他: 疼痛を伴う骨転移癌患者の疼痛緩和に対する塩化ストロンチーム (Sr-89) (SMS. 2P)の有効性及び安全性を評価する多施設共同オープン試験.
    日本医学放射線学会誌 65: 399-410, 2005.
  • 2) 西尾正道,他:Sr-89による多発性骨転移の疼痛緩和治療.
    RADIOISOTOPE, 56:261-270, 2007.
  • 3) 西尾正道,他:ストロンチウム(Sr-89)による多発性骨転移の疼痛緩和治療.
    臨床放射線, 52:873-882, 2007.
  • 4) 西尾正道 : ストロンチウム-89による多発性骨転移の治療―新しくはじめる施設へ.
    医学のあゆみ 227(9): 841-846, 2008.
  • 5) 西尾正道 : 有痛性骨転移に対するSr-89治療の現状と課題.
    Drug Delivery System. 25(2):120-125, 2010.
  • 6) 西尾正道,他:骨転移の放射線治療.(総説) 臨床放射線, 56:963-974, 2011.

西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 2008年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。 「いわき放射能市民測定室たらちね」顧問。 内部被曝を利用した小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』(日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』(NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え!放射線の光と闇』(旬報社)、 『被曝インフォデミツク』(寿郎社)、など。 その他、専門学術書、論文多数。
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