市民のためのがん治療の会
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『神経内分泌腫瘍治療に新しい世界をひらく “PRRT”』


姫路赤十字病院消化器内科
髙谷 昌宏

はじめに

“神経内分泌腫瘍”という言葉をお聞きになったことがある方は少ないのではないかと思います. ひょっとするとアップル創業者のスティーブ・ジョブスが膵臓の神経内分泌腫瘍で2011年に亡くなった時に耳にしたという方もおられるかもしれません. 神経内分泌腫瘍は従来から発生頻度が少ない“稀少がん”とされていて,米国の統計では2012年には神経内分泌腫瘍全体で年間10万人あたり6.98人発生と計算されています(JAMA Oncol. 2017;3:1335–1342). 日本では膵と消化管原発の神経内分泌腫瘍が年間人口10万人あたり5.60人発生していると推定されています(J Gastroenterol. 2015;50:58–64). しかし米国でも本邦でも,近年,年間罹患数が増加してきていることが判ってきています.

神経内分泌腫瘍は全身の様々な臓器・器官にもともと存在するAPUD細胞(amine precursor uptake and decarboxylation stem cell)に由来する腫瘍と考えられており, このため全身の様々な臓器から発生することが一つの特徴です. ただし実際には消化器諸臓器由来が60-70%程度,肺・気管支由来が20-30%程度と報告されています.

今回は神経内分泌腫瘍に対する新しい放射線治療であるペプチド受容体放射性核種治療(PRRT)について私の専門領域である消化器神経内分泌腫瘍を中心にお話いたします.

膵・消化管神経内分泌腫瘍の理解に必要な病理部類と,特徴的な内分泌による症状

本題に入るまえに,避けては通ることができない神経内分泌腫瘍の病理分類について説明をさせていただきます. 下の表1をご参照ください. 2017年と2019年にそれぞれ消化管・膵の神経内分泌腫瘍の国際病理分類が発表されました(WHO分類). それによると神経内分泌腫瘍全体としてはneuroendocrine neoplasm: NEN(ネン)と命名, そのうち高分化の場合をneuroendocrine tumor: NET(ネット), 低分化の場合をneuroendocrine carcinoma: NEC(ネック)と分類することになりました. 低分化であるNECは日本語では神経内分泌癌といい,高分化であるNETよりもはるかに悪性度が高いです. 命名について,英語ではNEN,NET,NECとそれぞれ区別できるのですが,日本語ではNENとNET両方とも「神経内分泌腫瘍」と訳されています. 紛らわしいですね. でも,ご心配は要りません. これ以降のお話は高分化型の神経内分泌腫瘍,すなわちNETに限ったものです. ちなみにNETと低分化の神経内分泌癌(NEC)は現在では全く異なった由来・性質の腫瘍と考えられていて,相互の移行(NETがNECに変わるなど)はほとんどないとされています. なお,細胞分裂をしている細胞の数(核分裂像の数)や免疫染色で調べるKi-67標識指数によってNETでは3つのグレードに分類(G1,G2,G3)され, G1→G2→G3の順に増殖能が高いため腫瘍の増殖スピードが早いと考えられています.

<表1>

神経”内分泌”腫瘍の名の通り, NETのうち一部は腫瘍細胞がホルモン(インスリン,グルカゴン,ガストリンなど)や血管作動性物質(セロトニン,ブラジキニン,ヒスタミン,プロスタグランジンなど)を分泌して症状を引き起こすものがあります. 膵臓原発NETのうちのインスリノーマはインスリンを「自律的に」分泌し,繰り返し重篤な低血糖を引き起こします. また,小腸NETから血管作動性物質が放出される場合には皮膚紅潮や下痢,腹痛,喘鳴などの症状を引き起こします(カルチノイド症候群と呼びます). このような,腫瘍からの内分泌により異常な症状をきたすNETを機能性NETといい,症状のない非機能性NETと区別されています. 最新の本邦の論文では,NETのうち 11.4%が機能性,残りは非機能性であるとされています(Int J Clin Oncol. 2022;27:840–849).

NET治療のあらましとNETの細胞表面にあるソマトスタチン受容体(SSTR)

さて,いよいよNETの治療方法です. 先にあげた機能性NETに対してはホルモン分泌やホルモンによる症状を緩和する治療がまず必要です. NETは発生臓器が違っても発生のもとの細胞が共通(はじめにAPUD細胞と申し上げました)なので,治療法も共通の部分があります. 話を端折ってとても大雑把に言いますと,外科的に根治切除できる場合には転移巣も含めて切除されます. 主要な血管への浸潤のため切除できない場合や転移がたくさんある場合には,全身薬物治療が行われます. 薬物治療として本邦ではソマトスタチンアナログ(somatostatin analogue:SSA=ソマトスタチン類似体)やエムトール(mTOR)阻害剤,キナーゼ阻害剤,抗がん剤が使われます. しかし,従来治療では充分に腫瘍の増殖を抑えることができない場合があり未解決の問題でした.

ここでまた細胞についてのお話です. NET細胞は多くの場合,細胞表面にソマトスタチン受容体(somatostatin receptor ;SSTRあるいはSSR)を持っていることが古くからわかっていました. そこで,このSSTRを利用したNETの「診断」や「治療」を行うアイデアが生まれました. 「診断」は,ソマトスタチン受容体シンチグラフィ(somatostatin receptor scintigraphy:SRS)と呼ばれ, ソマトスタチン類似体(SSA)に放射性核種をひっつけた薬剤(商品名オクトレオスキャン)を注射で投与します. 体内に入ったオクトレオスキャンのSSAの部分がNET細胞のSSTRに結合しますので,放射線核種の部分から出される放射能をシンチカメラで拾って目に見える様にして,腫瘍の位置を確認することができます(図1). 一方「治療」が本日のメインテーマであるルテチウム-177 オキソドトレオチド(177Lu―DOTATATE,商品名ルタテラ)を用いたペプチド受容体放射性核種治療(PRRT)です.

<図1>


ルタテラによるペプチド受容体放射性核種治療(PRRT)の原理と臨床試験

ルタテラはオクトレオスキャンと同様にSSAに放射性核種(ルタテラの場合はルテチウ ム-177(177Lu))を結合した薬剤で, 静脈投与されたのちNET細胞のソマトスタチン受容体(SSTR)に結合します. その後ルタテラはSSTRごとNET細胞内に取り込まれて細胞内から放射線の一種であるβ(ベータ)線を放出します. β線はNET細胞の核DNAを傷害し,腫瘍を死に至らしめます(図2). 177Luが放出するβ線の体内での飛程距離(放射線が届く範囲)は最大約2.2mmと短いため,NET以外の周辺正常組織の損傷がほとんどありません. この結果,NETへ高い選択性をもって抗腫瘍効果をもたらします. ルタテラは当然ながらSSTR陽性の腫瘍にしか効果を発揮しませんので,一般的にはオクトレオスキャン用いたソマトスタチン受容体シンチグラフィで, 標的病変に中等度以上の集積が認められる場合に限ってルタテラが投与されます.

海外での臨床試験であるNETTER-1試験では,前治療歴のある主に小腸原発(注:本邦で多い膵原発は含まれていない)の転移を有するNETのうち病理診断でG1またはG2の患者をルタテラ投与群とプラセボ投与群の2群に分けて比較しました. この結果,ルタテラ投与群で有意な無増悪生存期間の延長が認められ、増悪又は死亡イベントの発生リスクを82%低減しました(N Engl J Med. 2017;376: 125-135). 本邦での臨床試験(国内第I/II相臨床試験 P-1515-12)では,15例のNET患者にルタテラが投与され, 完全寛解CRが1例(6.7%)、部分寛解PRが6例(40.0%)であり、全奏効率は46.7%(90%CI:24.4, 70.0)という結果でした。 これらの臨床試験を経て本邦でも令和3年9月,ルタテラが『ソマトスタチン受容体陽性の神経内分泌腫瘍』を適応症として投与できるようになりました.

<図2>


ルタテラ投与の際に必要な放射線暴露対策

放射線核種である177Luは,β線の他に飛程距離が長い放射線であるγ(ガンマ)線を放出するという性質をもっています. γ線はエネルギー量が多い場合,体内では数cm,空気中で遮るものが無い場合は数10mの飛程距離があります. ルタテラが放出するγ線のエネルギー量は少ないためそこまでの飛程はありませんが, 投与後は患者さん自身がγ線放出源となり,さらにNET細胞に結合しなかった残りのルタテラは,大部分が投与後数時間のうちに腎臓を通って尿の中に排泄されるため,体外に出た尿も放射線放出源となります. このため従来の本邦の法律では,ルタテラ投与後の患者さんは病院内の放射線管理区域,すなわちラジオアイソトープ室でしか過ごす事ができず, 入院設備を備えたラジオアイソトープ室を持っている限られた病院でしか治療ができないという問題がありました. そこで令和4年4月,本邦の先進的な医師達の献身的な働きかけで医療法施行規則の一部が改正され,「特別な措置を講じた病室(特別措置病室)」での入院治療が可能となりました. 「特別措置病室」ではベッドサイドやベッドの下の床に鉛の遮蔽板を一時的に設置して,隣室や階下の患者への影響を極限まで減ずるとともに, 排泄されたルタテラを含む尿が便器やトイレの床・壁に付着して放射線汚染をきたすのを防ぐために,特殊な養生を行います(図3). この様な整備を行うことにより多くの病院で一般個室でのPRRTが実施できるようになり,令和6年11月の時点では全国96施設でPRRTが行われています. PRRT実施施設の一部はhttps://www.qlifeweb.jp/nen/ に公開されています.

<図3>

ルタテラは8週毎に4回まで投与できます. 通常は投与の前日か当日に「特別措置病室」に入院し,ラジオアイソトープ室に移動してルタテラの投与を受けたのち,もとの「特別措置病室」に帰室します. 患者さんからは放射線がでている状態なので,ルタテラ投与後は医療スタッフが病室に入る事はありません. 検温,血圧測定,鉛容器への蓄尿などは患者さん自身で管理していただきます. 翌朝,放射線技師が患者さんの体表面から 1 メートルの距離で線量測定を行い,1cm 線量当量率が 18.5μSv/h1以下であれば「特別措置病室」からの退室および自宅退院が可能となります.

ルタテラによるPRRTの副作用とその頻度について, 国内第I/II相臨床試験 P-1515-12では,吐き気(67%)、下痢(52%)、食欲不振(52%)、リンパ球減少(48%)、だるさ(38%)、脱毛症(29%)、味覚障害(24%)、腎機能障害(17%)と報告されています. 吐き気の頻度が高いですが,これはルタテラ自体によるというよりも, ルタテラ(腎を通って尿に排泄されるのでしたね)による腎毒性を軽減するために同時投与されるライザケアというアミノ酸輸液製剤に起因する部分が大きいと考えられているようです. 嘔気予防対策としては,抗がん剤投与の際に用いられると同様の強力な制吐剤を複数併用投与することでほとんど起こらなくなっています.

実臨床でのルタテラによるPRRTの効果

ルタテラによるPRRTの効果はCTやMRIなどの画像診断で評価します. 病変の縮小は1コース(4回投与)終了直後から認められることもありますが,症例によっては直後には効果が出ず,数ヶ月から1年間かけて効果が認められることがあるとされています.

最後に当院でルタテラによるPRRTを受けられた患者さんの治療経過の一例についてお示しします. 患者さんからご了解を得て掲載いたします.

患者さんは 膵NET G1にかかられ、診断時には多数肝臓に転移していました. 一次治療として分子標的治療薬のアフィニトール,次いでソマトスタチンアナログ(SSA)である ソマチュリンを投与したところ, 腫瘍は縮小して9ヶ月間部分寛解(PR)を維持していました. しかし,10ヶ月目に薬剤による皮膚障害を発症したため,アフィニトールとソマチュリンを休薬し,副腎ステロイドホルモンを内服して皮疹を治す必要がありました. 2ヶ月たってようやく皮疹は治まり,ソマチュリンのみ再開したものの肝転移は次第に悪化してきました. 当初に効果があったアフィニトールを再投与すると非常に強い皮疹が出るため使うことができません. このため5ヶ月後にルタテラによるPRRTを導入しました. 下のCT写真のうち,左側がPRRT前,右側がPRRT1コース(4回投与)後1ヶ月目です. PRRT前,肝臓にたくさんあった転移が,PRRT後は小さくなり数も少なくなっています(図4). この患者さんはPRRTが早期に効果を発揮したケースで,患者さん自身も「PRRTで体が楽になってとても元気になりました」と喜んでおられました.

<図4>


PRRTにかかわる大切なお金のこと

まずは医療機関の負担についてから. 姫路赤十字病院ではPRRTを実施する「特別措置病室」開設の為に,鉛の遮蔽板や鉛の蓄尿容器,蓄尿容器を運搬する専用のキャリアの購入が必要で, さらに放射線遮蔽が適正になされているかどうかの専門業者による測定も行い,これらを含め初期費用として約230万円かかりました. また,治療の都度「特別措置病室」の養生,治療終了後は除染と現状復帰の為の費用も必要で,当初は大赤字での出発でした.

さすがに国もこれでは国内でPRRTが拡がっていかないと考えたのかどうかはわかりませんが, 従来は出来高算定であったものが,令和6年度の診療報酬改定で膵臓・小腸・直腸神経内分泌腫瘍に限って包括算定(DPC)が認められました. これにより,姫路赤十字病院では膵臓NET患者さんが2泊3日で治療を受けられた場合,1回の入院で,ルタテラの薬剤費も含めて440,113点(約440万円)請求できるようになりました. これにより今後PRRTを開始する医療期間は初期費用も回収できる見込みが立ちました. PRRTは非常に高額の治療であるため,患者さんは自己負担限度額を超過した分について高額療養費制度による払い戻しを受けておられます.

気になるルタテラの薬価について. 1回分1瓶で2,647,734円です. スペインで製造されていて週2回空輸されてくるため,その費用も上乗せされているのでしょう.

拡がりが期待されるPRRT

先の『ルタテラによるペプチド受容体放射性核種治療(PRRT)の原理と臨床試験』の項で,海外での臨床試験であるNETTER-1試験についてお話いたしました. 2024年にはこれに次ぐNETTER-2試験の結果が公表されました(Lancet. 2024;403:2807-2817). NETTER-2試験では,転移を有する手術以外の前治療のない膵原発を含むKi-67標識指標が10%~55%のNET G2とG3に対してもルタテラによるPRRTが有効であることが明らかにされました. やや込み入った話ですので,下の表2にまとめてみました.

<表2>

NETTER-2試験の結果から, NETに対する治療の幅が拡がるとともに,一つの問題が提起された事になります. それは,従来は手術や薬物治療を行って奏功しなくなった患者さんに対してのみPRRTが実施されていましたが, NETのなかでも本邦で多い膵臓原発を含む,増殖スピードが速いNET G2とG3(高Ki-標識指標のグループ)に対しては,最初からPRRTを検討する必要が出てきたという事です. NETTER-2試験の結果がわかった現在では,NETと診断を受けたらできるだけ早期にPRRT実施医療機関を紹介受診する事が望まれます.

一方,本邦でのPRRT実施施設はまだまだ少ないのが実情です. 図5に実施施設の属性を示しました. 全96施設のうち約4分の3は大学病院や国・都道府県のがんセンターで,すでにこれらの施設でのPRRT導入はほぼ充足していてさらなる増加は見込めません. このため,今後は全国の公立・公的・私立病院でのPRRT導入が強く期待されるところです. 私の所属する赤十字病院グループのうち,PRRTをすでに導入しているのは,諏訪,姫路,秋田の3施設のみとまだまだ十分ではありません. そこで,全国で91施設ある赤十字病院でのPRRTを広めるべく, 機会を頂きまして2024年10月に仙台で開催された日本赤十字社医学会総会で,姫路赤十字病院でのPRRT導入の経験について講演を行わせていただき,聴衆からはとても良い感触を得ました.

<図5>


終わりに

PRRTは現在単独治療として実施されていますが, 海外では切除できない局所進行病変に対してPRRTを先行実施し,腫瘍のステージを下げて手術を目指す集学的治療が報告(Eur J Nucl Med and Molecular Imaging. 2022;49:3203–3214)されているほか, 抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤,あるいは様々な分子標的治療薬との併用療法について多数の臨床試験が開始されています(Theranostics. 2024;14:940–953). また,PRRTと同様の腫瘍特異的治療の手法はNETに対してだけでは無く他の悪性腫瘍に対しても今後応用・実用されてきます.

PRRTが本邦でも拡がり,NETを患われた患者さんが最新の治療に容易にアクセスできるよう,医療者として今後も努めてまいります.


【用語】

NEN:neuroendocrine neoplasm(神経内分泌腫瘍)
NET:neuroendocrine tumor(高分化神経内分泌腫瘍,神経内分泌腫瘍)
NEC:neuroendocrine carcinoma(低分化神経内分泌腫瘍,神経内分泌癌)
SSTR:somatostatin receptor(ソマトスタチン受容体)
SSA:somatostatin analogue(ソマトスタチンアナログ,ソマトスタチン類似体)
SRS:somatostatin receptor scintigraphy(ソマトスタチン受容体シンチグラフィ)
PRRT:peptide receptor radionuclide therapy(ペプチド受容体放射性核種治療)
CR:complete response(完全奏効,完全寛解)
PR:partial response(部分奏効,部分寛解)
ORR:overall response rate(全奏効率)


髙谷 昌宏(たかたに まさひろ)

昭和63年3月  岡山大学医学部卒業
昭和63年4月  岡山大学医学部第一内科入局
昭和63年8月  国保市立備前病院内科勤務
平成2年4月  松赤十字病院消化器内科勤務
平成4年4月  岡山大学病院消化器内科勤務
平成7年7月  鳥取市立病院内科勤務
平成10年9月  医学博士 取得
平成13年4月  神戸赤十字病院消化器科勤務
平成15年7月  姫路赤十字病院消化器科勤務
令和3年4月  同第一消化器科部長
現在に至る


学会
日本内科学会 総合内科専門医、教育研修指導医
日本消化器病学会 専門医、指導医,近畿支部評議員
日本消化器内視鏡学会 専門医、指導医,近畿支部評議員
日本プライマリケア連合学会 認定医、指導医

賞罰
平成10年度 日本肝臓学会研究奨励賞 受賞
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