市民のためのがん治療の会
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『食道がんのリスク検査をスポンジで!?
―ランセットに掲載された論文より―』


相馬中央病院 内科
福島県県立医科大学 放射線健康管理学講座 博士研究員
医師 医学博士
齋藤 宏章
なお、本稿の初出は、2025年07月30日MRIC by 医療ガバナンス学会Vol. 25141(http://medg.jp)で、 齋藤先生のご許可をいただきここに転載させていただきました。 ご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

世界的に著名な医学雑誌「ランセット」に、食道がんの新しい検査方法に関する注目の論文が掲載されました。 今回はその内容を紹介していきたいと思います。

論文のタイトルは「バレット食道サーベイランスにおけるカプセル・スポンジによるバイオマーカーリスク層別化:英国における実地実施の前向き評価」。 この論文は、食道がんの前段階であるバレット食道を持つ人の定期的な検査方法における画期的な検査手法の評価について報告しています。 「飲み込むだけの簡単な検査で、食道がんのリスクを見分ける方法」を検証したという内容です。

●食道がんの種類と対策

日本では、食道がんの多くが「扁平上皮がん」と呼ばれるタイプですが、欧米では「食道腺がん」が主流です。 食道腺がんは、治療が非常に困難ながんであり、欧米では5年生存率はわずか15〜20%と低迷しています。 このがんの主要な前兆となるのがバレット食道です。

バレット食道は、本来食道にある正常な扁平上皮という細胞が、胃酸の逆流などの炎症の影響によって、“腺上皮”という別のタイプに置き換わってしまう状態のことを指します。 バレット食道からがんへ進行する割合は低いものの、がんの前段階である異形成(dysplasia)が発生するとそのリスクは大幅に増加します。 このため、バレット食道を持つ人は定期的に内視鏡検査を受けて、異形成や早期がんを発見することが大切です。

●なぜ新しい検査が求められているのか?

しかし、この定期検査の方法にはいくつかの課題が指摘されてきました。 一つは医療費と患者の負担です。 バレット食道のある人が実際に発癌する割合自体は低いため、定期的な内視鏡検査は費用がかさみ、患者にとっても身体的負担が伴います。 二つ目は検出の難しさです。 内視鏡による異形成や早期がんの検出は、機器の質や検査を行う医師および病理医のスキルに依存し、一貫性に欠ける場合が指摘されています。 内視鏡検査後に見逃されたと思われる食道がんが診断される問題も指摘されています。 これらの課題から、より侵襲性が低く、検査者の技量に依存しない、質の高い代替の検査方法が探索されてきました。

そこで登場したのが、カプセルスポンジテストというわけです。 一体どのような検査手法なのでしょうか。

●カプセルスポンジとは?

本研究で評価されたのは、「カプセルスポンジ」と呼ばれる細胞採取装置と、それに連携したバイオマーカーによるリスク層別化ツールです。 検査の仕組みですが、患者は紐がついたカプセル状の装置を飲み込みます。 このカプセルは食道を通過後、胃内でカプセル内のスポンジが展開します。 検査者は患者の口から出ている紐を引っ張ることでスポンジを回収し、スポンジに付着した食道の細胞を評価する、というわけです。

この検査のウリは特殊な医療機器を使用しないため、オフィスベースで行われ、看護師によって10分以内に完了するという手軽さです。 このカプセルスポンジテストの主な目的は、バレット食道患者を異なるリスクグループに層別化し、内視鏡検査のタイミングを最適化することです。

研究では過去にバレット食道と診断された患者を対象に評価が行われました。 患者は、臨床的要因(年齢、性別、バレット食道の長さ)とカプセルスポンジのバイオマーカーの結果に基づいて、以下の3つのリスクグループに分類されました。

低リスク群: 臨床的要因とカプセルスポンジのバイオマーカーが両方とも陰性。 中リスク群: カプセルスポンジのバイオマーカーは陰性だが、臨床的要因が陽性。

高リスク群: カプセルスポンジで採取した細胞のがん抑制遺伝子p53染色の異常や腺上皮異型(glandular atypia)といったバイオマーカーが陽性。

高リスク群はさらに細分化され、腺上皮異型とp53の異常が両方存在する患者は「高リスクティア1」と分類され、最もリスクが高いと推定されました。

●食道がんのリスクをうまく反映することが示された

研究では、英国の13の病院から910人の患者が参加し、リスク評価とその後の異形成やがんの発見が前向きに調査されました。 結果として、この分類が効率的に食道がんのリスクを表していることが示されました。 カプセルスポンジによって低リスクと分類された患者(全体の54%にあたる489人)では、高悪性度異形成またはがんの発生率がわずか0.4%(95%信頼区間0.1-1.6%)でした。 また陰性的中率は97.8%と非常に高い結果でした。この結果は低リスクとされる多くの人が不要な内視鏡検査を受けなくて良いということを示しています。

一方、高リスクと分類された患者(全体の15%にあたる138人)では、何らかの異形成またはがんの割合が37.7%と高く、 特に、腺性異型とp53の異常の両方を持つ患者(高リスクティア1)は、何らかの異形成またはがんの割合が85.2%、高悪性度異形成またはがんの割合が55.6%でした。 低リスク群と比較して高悪性度異形成またはがんのリスクが135.8倍と計算されています。

カプセルスポンジの結果を利用した方が、従来の内視鏡や臨床要因のみを用いるだけのリスク分類よりも精度が高いことも示されました。

●AIによる診断支援も

また、本研究では、病理診断にAIの補助が行われました。 このAIは採取した細胞の病理画像からp53が陽性あるいは陽性かが不明瞭であるものをAIが選択して病理医に提示するというものでした。 AIアルゴリズムは、p53過剰発現を100%の感度で検出し、病理医の作業量を68%削減できたと報告されています。

●臨床への影響と将来展望

この研究結果を受けて、筆者らは今後は、バレット食道と診断された人はカプセルスポンジを実施し、 低リスクの人は定期的にスポンジ検査のみ、高リスクと判定された人は内視鏡検査を行うという新しい検査の流れを提案しています。 この方法は冒頭で紹介したように、患者負担を少なくし、医療費用を軽減し、より効果的な検査を提供できる可能性があります。

●日本での応用は?

このカプセルスポンジ法は残念ながら日本ではまだ導入されていません。 また、日本では欧米ほどバレット食道の割合は高くありませんが、近年はその頻度が増えてきているという報告もあります。 このような画期的な方法が、日本でも多い扁平上皮食道がんでも応用可能になると面白いと思います。

日本では胃がんに対するリスク層別化検診として「A B C検診」が以前から用いられてきました。 これは胃がんの主要な要因であるピロリ菌の検出とそれによる胃炎の進行度合いを反映するものですが、今回の手法との類似性を感じます。 特にリスクが高い人に内視鏡検査を届けるためにはこのような効率化する仕組みの探索が不可欠でしょう。 将来的には、今回紹介した簡便な検査法が日本でも導入され、検査の選択肢が増えることで、より多くの人が気軽にがんリスクを把握できるようになるかもしれません。


齋藤 宏章 (さいとう ひろあき)

内科医、医学博士 2015年東京大学医学部卒 2022年9月福島県立医科大学大学院修了
北見赤十字病院で初期研修医を行ったのち、2017年に一般財団法人厚生会 仙台厚生病院 消化器内科、2022年6月より相馬中央病院 内科勤務
2019年2月の米国医学会雑誌内科版(JAMA Internal medicine)への論文発表を始め、日本の医学会の利益相反問題の研究に取り組む。 一般診療では上部・下部内視鏡検査をはじめ、消化器内科診療全般の修練を行ない、仙台厚生病院では内視鏡AI研究にも取り組んだ。
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