患者不在の大バトル。メディアは患者に何をしようとしているのか
『報道倫理とガバナンスを喪失した『朝日新聞』の報道を断罪する』
「市民のためのがん治療の会」 代表協力医
北海道がんセンター 院長 西尾正道
北海道がんセンター 院長 西尾正道
2010年10月15日の『朝日新聞』朝刊1面に「『患者が出血」』伝えず 臨床試験中のがん治療ワクチン東大医科研、提供先に』、という記事が掲載された。
しかし調べてみると、この記事は東大医科研が有害事象を隠蔽したという印象を与え、ペプチドワクチン療法の研究そのものを妨害するとともに東大医科研中村祐輔教授個人に対する誹謗中傷を目的とした記事であることが容易に想像できる。なぜならば中村祐輔教授は、がんペプチドワクチンの開発者ではなく、また特許も保有しておらず、医科研病院の臨床試験の責任者でもないからである。
こうした事態に対して、東大医科研や関係諸学会および患者団体(41団体)から抗議されたが、朝日新聞社は釈明もなく謝罪もしていない。そればかりか、居直りとこじつけの反論を行っている。そこには事実の歪曲と無責任な捏造的報道を行っても、報道機関としての最低限の反省や基本的な対応姿勢は全く見られない。
「市民のためのがん治療の会」は、第4のがん治療法としてのペプチドワクチン治療に注目し、その研究の進歩を期待しているが、その治療法の指導的立場である中村祐輔教授は、当会の活動の趣旨に賛同し何度も玉稿を寄せられており、会報やホームページで掲載させていただいている。こうした関係から、今回の『朝日新聞社』の暴挙に対して、当会の立場を代表して私個人の感想も交え意見を述べる。
今回、『朝日新聞』が問題としたのは、2008年に東大医科研病院で実施された膵臓がんに対するがんペプチドワクチンの臨床試験で、ある患者に消化管出血が生じた有害事象を他施設に知らせなかったとされるものである。しかしこの臨床試験は、東大医科研病院が単独で行っていた治験の前の段階である医師主導の臨床試験であり、有害事象に関して関係のない他施設に報告義務はなく、基本的な事実関係の認識において朝日新聞は間違っている。また患者さんに消化管出血が起こる(2008年10月)以前の2008年2月に開催された「第1回がんペプチドワクチン全国ネットワーク共同研究進捗報告会」においても、関連性が無いと考えても「有害事象」の一つとして共同研究施設に報告し、情報を共有して臨床研究の倫理的ルールを厳守して行っていた。
次に医学的な問題として、「有害事象」という言葉に関する無理解である。一般的な例として、新薬の治験を例にとって説明すると、新薬の治験中に患者さんに生じた全ての不利益な事象は「有害事象」という言葉で表現される。しかし「有害事象」という言葉は、その新薬が原因で生じたものかどうかは問わないため、誤解を生じたり、研究や治験の結論まで異なってしまう危険性を孕んだ概念なのである。問題は、その新薬と「有害事象」の間に因果関係があるのかどうかが問われなければならないのである。『朝日新聞』の記事においては「有害事象」=「副作用」という程度の浅博な理解のレベルで報じていることである。問題となった患者さんは膵臓癌であったが、膵臓癌では進行すれば消化管出血を生じることはよくあることであり、見識のある臨床医であれば、ワクチンとの関連性については否定的な見解を取るであろう。しかし100%因果関係が無いとは断定できないため、有害事象として注意を喚起する意味でも記録される取り決めとなっている。細心の注意を払って患者さんの安全性を確保するためである。また重大な有害事象の内容は、出血により1週間入院が延長したという内容であった。これも入院期間の延長が「重大な有害事象」として取り扱う取り決めとしていたからである。ちなみに昭和天皇が膵臓癌の進行により出血し、多くの若い自衛隊員から採血し輸血したことは記憶に新しい。
また、記事で触れられたオンコセラピー・サイエンス社(本社・川崎市、角田卓也社長)も22日、誤った記事によって「株価が一時ストップ安となり、約83億円の損失となった」として、朝日新聞社に抗議文を送った。オンコセラピー・サイエンス社も今回の事態には全く関係していないからである。このため、今回の記事は中村祐輔教授を陥れ、ペプチドワクチン療法の研究を阻止する目的で掲載されたものと容易に想像がつくものである。しかし、一般人には非倫理的な研究を行ったという悪印象を与えるものでしかなく、現実にこうしたワクチン療法の研究にブレーキをかける事態となっている。こうした『朝日新聞』の一連の記事に対して、10月27日には、帝京大学の小松恒彦教授を発起人代表とする「医療報道を考える臨床医の会」が発足し、署名活動が開始され、署名開始後2カ月で40000筆以上の署名が集まったという。医学の専門家の認識としては、この記事は事実誤認と医学的事実について朝日新聞の報道は明らかに間違っており、この臨床研究への妨害と東大医科研中村祐輔教授個人に対する名誉棄損以外の何物でもないと周囲の医師たちは判断していることを物語っている。
しかし朝日新聞社は、「研究者の良心が問われる」との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付け、居直りの報道を続けている。さらに酷いことには、各界からの反論や批判に対しては、抗議の趣旨を歪曲して自らの都合のよい内容で報道しているのである。記事を書いた出河雅彦編集委員と野呂雅之論説委員に関しては、ジャーナリストとしての人間性を疑うものであり、許し難いものである。自浄作用を失った『朝日新聞社』は取材過程の適切性の検証を行い、誤報道記事に対し真摯に謝罪すべきである。国民は馬鹿ではない。日本の代表的な公共メディアの一つとしての自覚を喪失し、自浄作用とガバナンスを失って腐敗した朝日新聞はもはや購読に値しない雑文紙となったと言えよう。なお、この記事の影響で、がんワクチン療法を含むライフイノベーションプロジェクトの予算が大幅に削減されると報道されている。効果の少ない免疫療法で金儲けしている人達のほくそ笑む顔が浮かぶが、『朝日新聞』の記事はこれが目的だったのではと勘繰られる事態となっている。
膵臓癌に関するペプチドワクチン治療に関しては、当会のホームページに2010年10月20日付で掲載された和歌山県立医科大学 山上裕機先生の情報を参考にしていただきたい。
最後に12月14日に日本医学会会長である高久史麿氏が個人の意見として、「MRIC by 医療ガバナンス学会」のネット上で発信した「【がんペプチドワクチン療法問題】に関する朝日新聞社の姿勢への懸念」と題する声明の一部を引用し稿を終わる。
しかし調べてみると、この記事は東大医科研が有害事象を隠蔽したという印象を与え、ペプチドワクチン療法の研究そのものを妨害するとともに東大医科研中村祐輔教授個人に対する誹謗中傷を目的とした記事であることが容易に想像できる。なぜならば中村祐輔教授は、がんペプチドワクチンの開発者ではなく、また特許も保有しておらず、医科研病院の臨床試験の責任者でもないからである。
こうした事態に対して、東大医科研や関係諸学会および患者団体(41団体)から抗議されたが、朝日新聞社は釈明もなく謝罪もしていない。そればかりか、居直りとこじつけの反論を行っている。そこには事実の歪曲と無責任な捏造的報道を行っても、報道機関としての最低限の反省や基本的な対応姿勢は全く見られない。
「市民のためのがん治療の会」は、第4のがん治療法としてのペプチドワクチン治療に注目し、その研究の進歩を期待しているが、その治療法の指導的立場である中村祐輔教授は、当会の活動の趣旨に賛同し何度も玉稿を寄せられており、会報やホームページで掲載させていただいている。こうした関係から、今回の『朝日新聞社』の暴挙に対して、当会の立場を代表して私個人の感想も交え意見を述べる。
今回、『朝日新聞』が問題としたのは、2008年に東大医科研病院で実施された膵臓がんに対するがんペプチドワクチンの臨床試験で、ある患者に消化管出血が生じた有害事象を他施設に知らせなかったとされるものである。しかしこの臨床試験は、東大医科研病院が単独で行っていた治験の前の段階である医師主導の臨床試験であり、有害事象に関して関係のない他施設に報告義務はなく、基本的な事実関係の認識において朝日新聞は間違っている。また患者さんに消化管出血が起こる(2008年10月)以前の2008年2月に開催された「第1回がんペプチドワクチン全国ネットワーク共同研究進捗報告会」においても、関連性が無いと考えても「有害事象」の一つとして共同研究施設に報告し、情報を共有して臨床研究の倫理的ルールを厳守して行っていた。
次に医学的な問題として、「有害事象」という言葉に関する無理解である。一般的な例として、新薬の治験を例にとって説明すると、新薬の治験中に患者さんに生じた全ての不利益な事象は「有害事象」という言葉で表現される。しかし「有害事象」という言葉は、その新薬が原因で生じたものかどうかは問わないため、誤解を生じたり、研究や治験の結論まで異なってしまう危険性を孕んだ概念なのである。問題は、その新薬と「有害事象」の間に因果関係があるのかどうかが問われなければならないのである。『朝日新聞』の記事においては「有害事象」=「副作用」という程度の浅博な理解のレベルで報じていることである。問題となった患者さんは膵臓癌であったが、膵臓癌では進行すれば消化管出血を生じることはよくあることであり、見識のある臨床医であれば、ワクチンとの関連性については否定的な見解を取るであろう。しかし100%因果関係が無いとは断定できないため、有害事象として注意を喚起する意味でも記録される取り決めとなっている。細心の注意を払って患者さんの安全性を確保するためである。また重大な有害事象の内容は、出血により1週間入院が延長したという内容であった。これも入院期間の延長が「重大な有害事象」として取り扱う取り決めとしていたからである。ちなみに昭和天皇が膵臓癌の進行により出血し、多くの若い自衛隊員から採血し輸血したことは記憶に新しい。
また、記事で触れられたオンコセラピー・サイエンス社(本社・川崎市、角田卓也社長)も22日、誤った記事によって「株価が一時ストップ安となり、約83億円の損失となった」として、朝日新聞社に抗議文を送った。オンコセラピー・サイエンス社も今回の事態には全く関係していないからである。このため、今回の記事は中村祐輔教授を陥れ、ペプチドワクチン療法の研究を阻止する目的で掲載されたものと容易に想像がつくものである。しかし、一般人には非倫理的な研究を行ったという悪印象を与えるものでしかなく、現実にこうしたワクチン療法の研究にブレーキをかける事態となっている。こうした『朝日新聞』の一連の記事に対して、10月27日には、帝京大学の小松恒彦教授を発起人代表とする「医療報道を考える臨床医の会」が発足し、署名活動が開始され、署名開始後2カ月で40000筆以上の署名が集まったという。医学の専門家の認識としては、この記事は事実誤認と医学的事実について朝日新聞の報道は明らかに間違っており、この臨床研究への妨害と東大医科研中村祐輔教授個人に対する名誉棄損以外の何物でもないと周囲の医師たちは判断していることを物語っている。
しかし朝日新聞社は、「研究者の良心が問われる」との見出しで、ナチス・ドイツの人体実験まで引用し、読者に悪印象を植え付け、居直りの報道を続けている。さらに酷いことには、各界からの反論や批判に対しては、抗議の趣旨を歪曲して自らの都合のよい内容で報道しているのである。記事を書いた出河雅彦編集委員と野呂雅之論説委員に関しては、ジャーナリストとしての人間性を疑うものであり、許し難いものである。自浄作用を失った『朝日新聞社』は取材過程の適切性の検証を行い、誤報道記事に対し真摯に謝罪すべきである。国民は馬鹿ではない。日本の代表的な公共メディアの一つとしての自覚を喪失し、自浄作用とガバナンスを失って腐敗した朝日新聞はもはや購読に値しない雑文紙となったと言えよう。なお、この記事の影響で、がんワクチン療法を含むライフイノベーションプロジェクトの予算が大幅に削減されると報道されている。効果の少ない免疫療法で金儲けしている人達のほくそ笑む顔が浮かぶが、『朝日新聞』の記事はこれが目的だったのではと勘繰られる事態となっている。
膵臓癌に関するペプチドワクチン治療に関しては、当会のホームページに2010年10月20日付で掲載された和歌山県立医科大学 山上裕機先生の情報を参考にしていただきたい。
最後に12月14日に日本医学会会長である高久史麿氏が個人の意見として、「MRIC by 医療ガバナンス学会」のネット上で発信した「【がんペプチドワクチン療法問題】に関する朝日新聞社の姿勢への懸念」と題する声明の一部を引用し稿を終わる。
引用 ―
朝日新聞がこの報道の自己正当化にこだわり真摯な回答をしない事に対して非常に遺憾に思っている。同時に上述の朝日新聞の報道によって我が国のがんワクチンの臨床研究が著しく阻害される事を憂慮している。(中略) 中村教授に関しては、日本医学会に【中村祐輔研究室同窓会一同】(計91名)から中村教授は終始一貫して患者に視点をあわせたがん治療の開発に真剣に取り組んでこられた事、個人的に2億円を寄付し、あしなが育成会に医療系の学生を支援する「オンコセラピー奨学金」を立ち上げた事、又中村教授の研究姿勢から【患者さんに役に立つ研究をせよ】と言うのが中村研のDNAであるというお手紙を頂いた。この手紙は私が以前から中村教授に対して強い信頼感をもって接した理由を明示した文であり、中村教授の名誉が朝日新聞の記事によって著しく傷つけられた事を改めて遺憾に思うと同時に、この様な報道は医学研究者を貶めるばかりでなく、現在病気で苦しんでいる患者さんが最先端の治療を受ける権利を侵害する事になることを強く憂いている。
略歴朝日新聞がこの報道の自己正当化にこだわり真摯な回答をしない事に対して非常に遺憾に思っている。同時に上述の朝日新聞の報道によって我が国のがんワクチンの臨床研究が著しく阻害される事を憂慮している。(中略) 中村教授に関しては、日本医学会に【中村祐輔研究室同窓会一同】(計91名)から中村教授は終始一貫して患者に視点をあわせたがん治療の開発に真剣に取り組んでこられた事、個人的に2億円を寄付し、あしなが育成会に医療系の学生を支援する「オンコセラピー奨学金」を立ち上げた事、又中村教授の研究姿勢から【患者さんに役に立つ研究をせよ】と言うのが中村研のDNAであるというお手紙を頂いた。この手紙は私が以前から中村教授に対して強い信頼感をもって接した理由を明示した文であり、中村教授の名誉が朝日新聞の記事によって著しく傷つけられた事を改めて遺憾に思うと同時に、この様な報道は医学研究者を貶めるばかりでなく、現在病気で苦しんでいる患者さんが最先端の治療を受ける権利を侵害する事になることを強く憂いている。
西尾 正道(にしお まさみち)
独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター院長。函館市出身。1974年札幌医科大学卒業後、国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科勤務。1988年同科医長。2004年4月、機構改革により国立病院機構北海道がんセンターと改名後も同院に勤務し現在に至る。がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。
著書に『がん医療と放射線治療』2000年4月刊 (エムイー振興協会)、『がんの放射線治療』2000年11月刊(日本評論社)、『放射線治療医の本音-がん患者2万人と向き合って-』2002年6月刊( NHK出版)、『今、本当に受けたいがん治療』2009年5月刊 (エムイー振興協会)の他に放射線治療領域の専門著書・論文多数
独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター院長。函館市出身。1974年札幌医科大学卒業後、国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科勤務。1988年同科医長。2004年4月、機構改革により国立病院機構北海道がんセンターと改名後も同院に勤務し現在に至る。がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。
著書に『がん医療と放射線治療』2000年4月刊 (エムイー振興協会)、『がんの放射線治療』2000年11月刊(日本評論社)、『放射線治療医の本音-がん患者2万人と向き合って-』2002年6月刊( NHK出版)、『今、本当に受けたいがん治療』2009年5月刊 (エムイー振興協会)の他に放射線治療領域の専門著書・論文多数