市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
『緩和医療と放射線治療』
愛知県がんセンター中央病院名誉病院長
森田皓三
【1. はじめに】
 私は11年前に、医者生活の半分以上を過ごした愛知県がんセンター中央病院を定年退職しました。残念なことに日本では放射線治療医(以下放治医)がとても少ないのですが、私には逆に幸いして、定年後の今も嘱託という身分で、名古屋から1時間余り離れた、人口が5~10万人程度の小都市市民病院で放射線治療(以下放治)に従事しています。当たり前のことですが、このクラスの市民病院では、市民の方を対象に、2次救急までを担当していますので、急性疾患である脳出血/梗塞などの脳疾患と心筋梗塞/狭心症などの心疾患が多く、慢性疾患であるがん患者さんは、いわゆる「がん拠点病院」に紹介されるのが一般的です。しかし、すでに全身にがんが広がって、治療の目的が緩和治療となった患者さん、あるいはがんは限局していても、高齢などの全身的な理由で治癒を目的とした治療が困難なために、「がん拠点病院」への受診をためらうような患者さん或いはそのご家族は、自宅の近くにある小規模の市民病院を選択されることも稀ではありません。厚労省は「がん拠点病院」では緩和ケアチームの設置に積極的で、それも当たり前の話ですが、私見では上記のような理由で、がん患者さんを管理するがん緩和ケアチームは、「がん拠点病院」ばかりでなく、私が勤務しているような小規模の市民病院にもぜひとも設置を推進して欲しいと思います。さらに言うならば、がんに対する積極的な緩和治療の中では、患者さんのQOLを保持しながら最後までがん治療に関与できるのは放治ですから、最近のIMRT(強度変調放射線治療法)のような高度の治療技術を満載した高価なリニアックではなくとも、通常の放治が可能なリニアックの設置を助成して欲しいと思います。 私にとっては、地方の市民病院での11年余りの勤務は、がんセンター病院では得られない、「緩和医療のあり方と、その中での放治の役割」について、さまざまな経験が得られ、最近では、「緩和ケアチーム」の一員として、放治医がぜひとも参加して、活躍して欲しいという思いを強くしています。

【2. がん専門医と緩和医療】
 現在癌研有明病院で活躍しておられる向山雄人先生は、すでに前任の都立豊島病院緩和ケア科におられた1998年に、「緩和医療学」を「各分野の学際的なアプローチに基づいたチーム医療により、根治不能ながんに罹患している患者とその家族のQOLの向上と、それを維持した、可能な限り長期のがんとの共生を目指した対癌治療戦略」と定義し、「緩和医療を理解し実行するためには、各分野の医療スタッフの地道な努力とともに、柔軟な対応と新たな発想の転換が求められる」と書いておられます。

 がんは明らかに慢性病であり、現在の医学ではとても治癒が望めないような遠隔転移を起こしている患者さんでも、疾病の種類によっては、適切な積極的緩和治療を実施することによって、優に数年に亘るQOLの高い予後を期待できる場合がしばしばあります。そのような患者さんでは、遠隔転移による症状が発生した場合に、モルヒネによる除痛治療のみでなく、もっと積極的な症状緩和治療を行い、できる限り速やかに症状を取り去ることによって、患者さんの全身状況を症状発生前のQOLにまで戻すことができれば、積極的な緩和医療は成功したといえると思います。そのためには、どの科のがん専門医でも、日頃から自己の領域ばかりでなく、他科の治療方法の進歩とその効果についての広い知識を持つべく努力することによって、どのような事態にあっても、担当の患者さんにとって最善の症状緩和手段をすばやく選択することが要求されるからです。

 厚労省が最初に、主としてターミナル・ケア/ホスピス・ケアを実施する病棟を、緩和ケア病棟と呼称したために、現在でも日本では、緩和ケアとターミナル・ケア/ホスピス・ケアとを同一視している人たちも多いと思います。確かに人生の最後の数週間を、痛みもなく心静かに過ごしたいという患者さんの願いは大変に重要でありましょうが、考えようによっては、がんが治らないと分かってからの数ヶ月あるいは数年の人生を、いかに有意義に過ごすかの方が、その患者さんにとってはるかに重要で、その時期を十分に生きたかどうかが、最後のターミナル・ケアにおける精神的な安らぎにつながるものではないでしょうか。この時期に積極的な緩和治療を実施することによって、患者さんに質の高いQOLを保った延命を提供しようとするために、医療スタッフ、特にがん専門医には、向山氏の定義された「緩和医療学」に熟達することが要求されていると思います。どの場面においても、患者さんとともにあろうとするがん専門医の責任はとても重いと感じています。



【3. 緩和医療における放射線治療の役割】
 すでに皆さんもご承知のように、現在では緩和治療の一環として、骨転移・脳転移の治療に、或いはがん組織からの出血とかがん組織による血管・気管支などの狭窄に、放治が広く用いられています。しかし、どのような病態・症状にどの程度まで放治が有効であるかを、意外に他科の医師は知らないことが多いのです。一般に放治医は患者さんの直接の主治医になることが少ないので、主治医がまず、「このような病態・症状の場合には、放治が有効ではないか?」と考えてくださらないと、放治医には相談/依頼が回ってこないのです。最近では主治医の先生方は、その病院にある「緩和ケアチーム」のスタッフには相談されることが多くなりましたので、私見では放治医はぜひともこのチームの一員となるべきだと考えています。しかし現状は、ほとんどの病院では放治医はこのチームに参加していません。その最大の理由は、日本では放治医が極端に少なく、とても緩和医療チームに参加する時間的な余裕がないからです。さらにもうひとつの問題点は、学会辺りから種々のガイドラインが出されている治癒目的の治療と異なり、緩和目的の治療の場合には、患者さんのひとりひとりの病態で、その治療適応が異なるということです。体力的にはかなり衰えている定年後の私でも、長期に亘る放治の経験ということではいささか自信がありますので、それが現在の緩和医療の中での放治という領域で、患者さん方に大きな迷惑をかけることなく、仕事ができているのではないかと思っております。つまり緩和医療の中での放治は、治癒目的の放治よりもずっと幅広い、個別の対応が求められていることだと思います。現在の日本では、長年放治に従事した放治医は、その経験を生かして、定年後は主として緩和医療に従事することが重要ではないかと考えています。



【4.緩和治療としての放射線治療の難しさ: 】

 自画自賛するようで申し訳ないのですが、緩和目的の放治は、私のように、長い間放治に携わってきた古手の放治医が最も適当だと思います。それはどうしてかといいますと、「緩和目的の放治には、「標準治療ガイドライン」というものはなく、個別に対応しなければならない」という大原則があるからです。治癒目的の放治では、治癒率を良くするために、線量投与のスケジュールにも一定の原則があります。その原則を守るために、しばしば患者さんにかなりの我慢を強いることもあり、一次的にもせよ、治療に伴う急性の副作用のために、患者さんのQOLの低下を招くことも多いのです。しかし、緩和医療にあってはその正反対に、個々の患者さんの肉体的・精神的なQOLの低下につながるような治療は、できるかぎり避けなければならないと思います。「患者さんがいま訴えている症状に対して、放治医としては、どのような治療適応があるか」という放治の照射目的がもっとも重要です。治療の狙いが患者さんの希望と一致して、初めて患者さんから喜んでいただけます。私の経験した中に、肺・肝などに多くの転移を抱え、医師の立場からは予後が数ヶ月かと心配されている進行乳癌の患者さんがおられました。しかしこの患者さんご自身は、目に見える鎖骨の上にあるリンパ節転移が日に日に大きくなって、それを毎日触りながら大きな不安に陥っておられ、患者さんの最大の希望は、この腫瘤を小さくして欲しいということでした。週に1回、外来通院していただいて、毎回10Gyの照射を3週間続けて、腫瘤は半分ほどになり、夜も寝られるようになったと、患者さんに大変喜んでいただいた経験があります。なかには、治療効果がはっきりと患者さんに見えなくとも、「現在がんに対する治療を受けている」という意識だけでも、患者さんのQOLが上がるという経験を何度もいたしました。

 治療方法も患者さんを主体に考えなければならないと思います。治癒目的の放治の大原則として考えられている、1日1回2グレイという線量で、1週間に5回という線量配分を守ることは、緩和目的で患者さん主体の放治では標準ではありません。治療はできる限り通院で実施し、患者さん或いはそのご家族の都合で、週2回、しかも月曜と水曜しか通院できないということであっても、その条件下で、放治医は最善の治療効果を得るために、最良の線量配分を考えて差し上げなければならないと考えています。緩和医療にあっては、すべてが患者さん本位なのです。いまでも、がんセンター或いは大学病院で、通院に1時間以上も必要な、しかし、予後が半年も見込めないような進行がん患者さんに、この原則を押し付けて、週5回の通院を強いている若い放治医を見ると、心が痛みます。また逆に、自宅が遠方のために入院せざるを得ないような患者さんでは、可及的早くに自宅療養に移っていただくために、1日に2回照射するという方法も頻用されるべきと考えます。だから緩和目的の放治こそ、長年放治に携わり、数多くの患者さんを治療してきた経験豊かな定年後の放治医の役割だと思います。愛知県がんセンターで私たちが開発してきた原体照射法という、病巣に放射線を集中させる照射法が、最近はもっと進歩して、多方向から照射するIMRTという照射法が日常に使用されるようになりました。治癒目的の放治では、たしかに病巣に放射線を集中させることは重要ですが、欠点は、治療計画とその実行に時間がかかります。緩和目的の治療患者さんの中には、痛みが強くて一定の姿勢で長く仰臥できない方も沢山おられます。可及的簡単な照射方法を選択して、短時間で治療を終了させるということも、緩和目的の放治では大変に重要となってきます。要は、治癒目的と緩和目的とでは、放治の考え方を大きく変える必要があるということです。


【5. 緩和医療とインフォームド・コンセント(IC):】
 がん治療に伴う種々の副作用が避けられないこともあって、現在では治療前にその前提として、病名とその進展状況および治療方法などを告知するIC(インフォームド・コンセント)の重要性が認識され、がん専門病院或いは大きな総合病院では、治療に先立って患者さんとそのご家族に、詳細に説明がなされています。しかし、初診時にすでに遠隔転移があったり、患者さんの一般状態が悪くて、治癒的な治療が不可能な患者さん、或いは治癒治療後にがんが再発して、治癒が困難となった患者さんに関しては、現在でもその状況を正確に患者さん或いはそのご家族に告知する(IC)ことを躊躇する医師は決して少なくはありません。以前、毎日新聞のICに関するアンケート結果を読んだことがあります。それによれば、がんが全身に拡大して、治る見込みのない場合には、告知をためらう医師が76%を占めて、治らない場合には告知してほしくないと答えた一般人の39%を大きく上回ったとのことでした。おそらくがんの告知に対して、真剣に取り組んでいる医師ほど、告知を躊躇することが多いのではないでしょうか。なぜなら、砂原茂一氏は彼の著書の中で、「死に至る病気を告知することは、医者にとって決して医者としての責任から解放されることを意味するのではなく、むしろ死に直面させられた患者と、どのようにして最後の時間を有意義に共有すべきかという、新しいそしてきわめてシリアスな問題を自らに課することを意味します。」と述べておられるからです。緩和医療の中にある”患者さんとともに生きる”という「医師としての生の重さ」を何度も経験した結果、多くの医師はその状況を無意識に回避しようとして、患者さん或いはそのご家族への告知をためらうからだと思います。

 しかし、がんが慢性病であって、およそその半分が治癒不能な緩和医療の中におかれているという現実にあっては、少なくともがん専門医には、患者さんに病名の告知ばかりでなく、病状或いはその予後予測についても、できる限りのことを告知することによって、患者さんに残された人生を、いかに有意義に過ごしてもらうかを、患者さんとそのご家族とともに考えることが要求されています。緩和医療における医師の立場を、砂原氏は同じ本の中で、「科学としての医学がこのように進歩した今日でも、人間の暗箱性 (black box) が完全に消滅したわけではなく、現実の医療は多くの不確実性に満ちたシステムであります。従って、医者は、現段階では完全な情報が得られないことも多いのですが、そのような不確かさの中でも、専門家としての立場で、患者のために最善を尽くし、冷静に意思決定をすることが医者の免れることのできない責任なのです。医者はこの責任を持っていますから、果断な判断力を備えていなくてはなりませんが、それにも増して医者に必要なのは、見通しのつきにくい闇夜でも、激しい嵐の中でも、患者とともにあるという姿勢です。」と述べておられます。がんの緩和医療にあっては、一人一人の患者さんの人生に責任を持つ立場におかれるがん専門医の仕事は、まじめに取り組めば、かぎりなく高い緊張を強いられることになります。これががんの緩和医療においては、ときに医師側が現在の状況を告知することを躊躇する最大の原因となっているのだと思います。


【6 終わりに】
 厚労省は年々増加しているがん患者さんの治療成績向上のためには、全国にがん治療を専門とする医師をひとつの病院に集めて、いわゆる集学的治療をすることが有効であるとの考え方から、全国に「がん拠点病院」を作り、その機能を強化しようとしています。これは大変重要な施策で、治癒率向上と共に、とくに高価な放射線治療機器或いはその前提となる画像診断機器の集中化による経済的な利点も生きてきます。しかしそれとともに、解決すべき将来の問題ではありましょうが、進行がん患者の緩和ケアの医療難民化が、依然として未解決のままです。すでにがんが全身に広がって、現状ではがんの治癒が困難となった患者さん、或いは高齢或いは他の合併症のために、治癒目的の治療を受けることが不可能な患者さんに対する緩和医療は、できるかぎり、患者さんが住んでおられる地域の中・小程度の病院で実施することが望ましいと思います。患者さんは入院する必要もなく、手軽に通院できます。全国にがん拠点病院ができたとはいっても、通院に不便なところに住んでおられる患者さんもまだまだ数多くおられます。がんの緩和医療のために、地方の中小病院にも、できれば「がん緩和ケア病床」も備えた最小限のがん緩和医療体制を充実させていただきたいと思います。


文献:
1. 向山雄人:癌のQOL治療 I 総論。治癒不能固形癌治療における臨床試験と緩和医療.QOLの向上を目指した治療の選択とインフォームドコンセント、臨床科学34: 586-604, 1998
2. 砂原茂一:医者と患者と病院と。岩波新書 No.236, 1-228, 1983.
略歴
森田 皓三(もりた こうぞう)

1958年 名古屋大学医学部卒
1959年 名古屋大学医学部放射線医学教室(高橋信次教授)助手
1966年から2年間文部省在外研究員として、西ドイツ・ハイデルベルク大学医学部放射線医学教室に出張
1968年 名古屋大学医学部放射線医学教室(高橋信次教授)講師
1971年 愛知県がんセンター放射線治療部長
1994年 科学技術庁放射線医学総合研究所重粒子治療センター長
1996年 愛知県がんセンター病院長
1999年 同上を定年退職


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