新・胃がん検診ガイドライン
『現場と乖離する"検診ムラ"の論理 前編』
ジャーナリスト 岩澤 倫彦
12年間の市民のためのがん治療の会の活動で、日々様々な相談を受けていると、定期健康診断を受けたり、人間ドックなどで健康状態のチェックを欠かさなかったのに、突然がんの宣告を受け、あっという間に残念な結果になってしまったケースに遭遇する。それらの方々は、無念の気持ちを切々と訴える。
もちろん、検診で異常を100%発見することは不可能だろうし、検診時点では異常はなくても急に発症し、急激に進行する場合もあるだろう。
だが、私が受けた舌がんの小線源による組織内照射という放射線治療のような優れた、安全で確実、治療成績の良い治療法が間もなく廃れようとしているなど、様々な医療が本当に患者のためではなく、「医療ムラ」の論理で動いている。
当会は当初から「がん医療は優れて社会経済的なフレイムワークの中にあり、医療技術だけでは解決できない」というスタンスで活動している。
今回は『胃がん検診』などのドキュメンタリー制作を通して鋭い取材をされておられる岩澤倫彦氏に胃がん検診についてのレポートをご寄稿いただき、2週にわたって掲載する。当会顧問である西尾正道医師は昨年出版した『被ばく列島―放射線医療と原子炉―』(岩波学芸出版, P36)で、2〜3年に1回でいいから胃がん検診は内視鏡検査で行うことを推奨している。
なお、本稿は2015年5月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jpに掲載されたものを、岩澤氏並びに医療ガバナンス学会のご厚意で転載させていただいたものである。ここに厚く御礼申し上げます。
*岩澤倫彦氏の「バリウム検査は危ないー胃がん検診に潜む利権と患者見殺しの闇ー」(『週刊ポスト』2015年7月3日号(6/22 発売)から3回にわ たり連載)も、併せてご覧ください。
もちろん、検診で異常を100%発見することは不可能だろうし、検診時点では異常はなくても急に発症し、急激に進行する場合もあるだろう。
だが、私が受けた舌がんの小線源による組織内照射という放射線治療のような優れた、安全で確実、治療成績の良い治療法が間もなく廃れようとしているなど、様々な医療が本当に患者のためではなく、「医療ムラ」の論理で動いている。
当会は当初から「がん医療は優れて社会経済的なフレイムワークの中にあり、医療技術だけでは解決できない」というスタンスで活動している。
今回は『胃がん検診』などのドキュメンタリー制作を通して鋭い取材をされておられる岩澤倫彦氏に胃がん検診についてのレポートをご寄稿いただき、2週にわたって掲載する。当会顧問である西尾正道医師は昨年出版した『被ばく列島―放射線医療と原子炉―』(岩波学芸出版, P36)で、2〜3年に1回でいいから胃がん検診は内視鏡検査で行うことを推奨している。
なお、本稿は2015年5月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行 http://medg.jpに掲載されたものを、岩澤氏並びに医療ガバナンス学会のご厚意で転載させていただいたものである。ここに厚く御礼申し上げます。
*岩澤倫彦氏の「バリウム検査は危ないー胃がん検診に潜む利権と患者見殺しの闇ー」(『週刊ポスト』2015年7月3日号(6/22 発売)から3回にわ たり連載)も、併せてご覧ください。
(會田 昭一郎)
<はじめに>
現在、私は『胃がん検診』と『がん緩和ケア』をテーマにしたドキュメンタリーを制作している。きっかけは、いずれも命に大きく関わる問題でありながら、医療者と一般の人々の間に、大きな情報格差と意識のギャップを感じたことだった。
「胃がんの告知を受けた時に、"えっ、俺が?"と言って絶句しました。
主人は毎年、検診でバリウムを飲んでいましたから…」
こう語る女性の夫(当時40代)は、食事の時に胸がつかえる等の違和感を覚えて、病院で内視鏡検査を受けたところ、進行した胃がんが見つかった。ガイドラインに従って受けた抗がん剤治療の副作用に苦しみ、幼い子供たちを残して息を引き取った。
すべての医療に不確実性があるように、がん検診も人間が行う以上、見落としは避けられない。それでも、取材で入手した検診事業団の内部資料に記された"バリウムX線検査で約3割の見落とし"に私は愕然とした。この数字は、検診関係者にとって常識的な範囲だという。
しかし、一般の人がこの事実を知ったら、ガイドラインが推奨するバリウムX線検査を受けるだろうか?
<9年ぶりに改訂された、胃がん検診ガイドライン>
国立がん研究センターは、2005年のガイドラインで『バリウムX線検査』を対策型胃がん検診の方法として、唯一推奨した。「死亡率減少効果が認められる」という理由だ。このガイドラインは、国の方針として追認されて、自治体の胃がん検診を指定するものとなり、企業の職域健診などにも強い影響を与える。
しかし、『バリウムX線検査』については、様々な問題が指摘されてきた。
「見逃し症例が少なくない」、「胃がんを発見する感度は内視鏡検査のほうが格段に優れている」、「受診率が低迷」、「胃がんの最大リスク因子であるヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ)菌の感染等を検診に反映すべき」、等々。こうした理由から、消化器系の臨床医を中心にガイドラインの修正を求める声が高まっていた。
問題意識の高い一部の自治体や企業は、独自の判断で『内視鏡検査』や、『胃がんリスク検診(通称:ABC検診)』を導入、バリウムX線検査の2倍から3倍の胃がんを発見する成果を上げている。
このように混沌とした状況の中で、国立がん研究センターは4月2日に『有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年版』をウェブサイトで公表。(※1)実に9年ぶりの改訂である。そこで、取材した30人を超える消化器の臨床医や検診の専門家、放射線技師らの証言を基に、新ガイドラインの具体的な問題点を検証する。
<新ガイドラインの主な改訂ポイント>
1、『バリウムX線検査』と『内視鏡検査』を対策型・胃がん検診として推奨
2、対象年齢は、40歳以上→50歳以上に引き上げ
3、胃がんリスク検診(ABC検診)は、対策型検診として推奨しない
4、胃がんリスクの層別化は可能、測定結果の解釈や測定方法の検証が必要
5、ピロリ除菌による胃がん罹患抑制効果の傾向はあるが、確定的ではない
<内視鏡検査の推奨をめぐる、不可解な展開>
今回の新ガイドラインでは、新たに『内視鏡検査』が推奨された。内視鏡検査の導入は、胃がんから国民の命を守ることにつながると私は確信している。ただし、ここに至る経緯を辿ると、ガイドライン作成委員会の公平性、客観性、中立性に疑義が生じてくるのだ。
当初、新ガイドラインは2013年度の公開予定だったので、第一版ドラフトは同年7月に公表された。その時点では特に大きな変更点はなく、『内視鏡検査』は推奨されていない。6件の論文を取り上げて、「胃がん死亡率減少効果を認めていたが、個別の研究を検討した結果、研究の質については低いと判断した」と切り捨てた。
しかし、公聴会(胃がん検診公開フォーラム 2013/8/5開催)で異論が相次ぎ、これを報じた新聞記事の一節が、大きな波乱を呼ぶ。
『胃がん発見の精度は内視鏡の方が高いが、治療の必要がない早期がんを見つけてしまう可能性もあると指摘されている。』(朝日新聞 2013/8/19日付)
記事中で"指摘"したのは誰か? 脈絡的に、ガイドライン作成委員会の関係者であるのは明らかである。
それまで、日本消化器内視鏡学会はガイドラインを静観していたが、この記事に対して朝日新聞に訂正を要求。そして「治療の必要のない病変はありますが、治療の必要のない"がん"はありません」とする反論を同会のホームページに掲載した。
これには伏線がある。ガイドライン委員会の中心的な存在である、斉藤博氏(国立がん研究センター/がん予防・検診研究センター部長)は、日頃から講演会や自著において、次のような主張をしていたのだ。
「がんには、放っておいても命を奪わないようなものがあり、検診では、そういうがんが非常に多く見つかる場合もあります。(中略)その人が治療を受けた場合、それは無駄な治療ですし、さらに一定の割合で副作用も生じてしまいます。これが実はよく起きる、検診の隠れた不利益なのです」(『がん検診は誤解だらけ』斉藤博著・NHK出版より)
一年遅れで公表された新ガイドラインには、『内視鏡検査』が推奨に追加されていた。その根拠として、前年には「研究の質については低い」としていた6件の論文のうち、5件をそのまま転載していたのである。
さらに重要な問題は、ガイドライン委員の公平性である。
内視鏡検査を推奨した、新たな証拠として追加された論文3件のうち1件は、ガイドライン作成委員会の濱島ちさと氏(国立がん研究センター)が、第一版で検討された研究を再解析したものだ。一度却下した論文を、自ら手を入れて採用する。これでは、"お手盛り"と批判されても仕方がないだろう。
しかも、濱島氏以外に4人のガイドライン作成メンバーが、証拠採用された他の研究に関与していた。がん検診に精通する研究者が少ないとはいえ、9人のジャッジ(ガイドライン作成委員)のうち、5人がプレイヤー(論文執筆者)では、公平性、客観性、中立性に疑問を抱かれるのは当然だ。
さらに、証拠として追加された別の1件は、第三者の専門家による評価(ピアレビュー)を通した医学論文ではなく、韓国の国家がん検診報告書だった。エビデンスレベルとしては、下位の症例報告に該当する。
これまで、死亡率減少効果を証明する"質が高い"論文を、絶対条件にしてきたガイドライン作成委員会の方針は、一体何だったのだろうか。
筆者は、5月27日に開かれた『胃がん検診ガイドライン・報告会』で、この問題を問いただした。斉藤博氏(国立がん研究センター)は、「各がん検診のガイドラインでも同じような問題はあり、できれば避けたい。ただし、ガイドラインの中で委員が書いた論文について相反が起こり得る可能性を明示している。情報をディスクローズして、批判できるように透明性を確保した」と弁明している。
<課題が大きい、内視鏡検査の普及>
新ガイドラインが、内視鏡検査を推奨した根拠の一つが、新潟市の取り組みである。
2003年度から新潟市は、胃がん検診で内視鏡検査とバリウムX線検査を選択できる方式を導入。「胃がん発見率は、内視鏡のほうがバリウムより3倍高い」と判明したという。(新潟県立がんセンター新潟病院・成澤林太郎氏)
ただし、内視鏡検査の技術格差、という課題に直面した。
バリウムX線検査の場合は、検診車などによる集団健診が主体だが、内視鏡検査は個人経営の診療所が中心となる。内視鏡の使用には資格試験がないので、医師によって経験や技術格差が存在する。そこで新潟市では、各診療所の医師が内視鏡検査を行った後、新潟大学の内視鏡指導医らによるダブルチェックを義務づけた。
すると、内視鏡検査を導入した2003年度は、発見された胃がん60件中14件がダブルチェックによるものだと判明したのである。これは、23.3%の胃がんを、診療所の医師が見逃した計算になる。
8年後、ダブルチェックで見つかる割合は、6.8%になった。各診療所の医師の"腕"が上がった事を証明しているのだと推察できる。感度が良い、と言われる内視鏡検査でも、精度管理を行わなければ"見逃し"が起こりえるのだ。
この事例から分かるように、新ガイドラインが内視鏡検査を推奨する際には、精度管理をセットで示すべきだが、「精度管理体制の整備とともに、不利益について適切な説明を行うべきである」と記述するに留まっている。これでは、ノウハウを持たない自治体が、内視鏡検査の導入を躊躇することは想像に難くない。
さらに最大の課題は、全国的にも内視鏡検査を担当できる医師の絶対数が限られていることだ。現在、日本内視鏡学会の会員は、約3万3千人、学会に属さずに内視鏡を扱う医師は存在するものの、現在バリウムX線検査を受けている約700万人の人々が、全て内視鏡検査を受けるのは不可能と言われる。
したがって、ガイドラインが内視鏡検査を推奨しても、医師が集中する都市部以外での普及は難しいとみられている。
ただし、こうした内視鏡医不足の問題を解決する可能性が、一つだけ残されていた。すでに一部の自治体で導入されている、『胃がんリスク検診』である。
※1[有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年版] http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/iganguide150331.pdf
略歴
現在、私は『胃がん検診』と『がん緩和ケア』をテーマにしたドキュメンタリーを制作している。きっかけは、いずれも命に大きく関わる問題でありながら、医療者と一般の人々の間に、大きな情報格差と意識のギャップを感じたことだった。
「胃がんの告知を受けた時に、"えっ、俺が?"と言って絶句しました。
主人は毎年、検診でバリウムを飲んでいましたから…」
こう語る女性の夫(当時40代)は、食事の時に胸がつかえる等の違和感を覚えて、病院で内視鏡検査を受けたところ、進行した胃がんが見つかった。ガイドラインに従って受けた抗がん剤治療の副作用に苦しみ、幼い子供たちを残して息を引き取った。
すべての医療に不確実性があるように、がん検診も人間が行う以上、見落としは避けられない。それでも、取材で入手した検診事業団の内部資料に記された"バリウムX線検査で約3割の見落とし"に私は愕然とした。この数字は、検診関係者にとって常識的な範囲だという。
しかし、一般の人がこの事実を知ったら、ガイドラインが推奨するバリウムX線検査を受けるだろうか?
<9年ぶりに改訂された、胃がん検診ガイドライン>
国立がん研究センターは、2005年のガイドラインで『バリウムX線検査』を対策型胃がん検診の方法として、唯一推奨した。「死亡率減少効果が認められる」という理由だ。このガイドラインは、国の方針として追認されて、自治体の胃がん検診を指定するものとなり、企業の職域健診などにも強い影響を与える。
しかし、『バリウムX線検査』については、様々な問題が指摘されてきた。
「見逃し症例が少なくない」、「胃がんを発見する感度は内視鏡検査のほうが格段に優れている」、「受診率が低迷」、「胃がんの最大リスク因子であるヘリコバクター・ピロリ(以下、ピロリ)菌の感染等を検診に反映すべき」、等々。こうした理由から、消化器系の臨床医を中心にガイドラインの修正を求める声が高まっていた。
問題意識の高い一部の自治体や企業は、独自の判断で『内視鏡検査』や、『胃がんリスク検診(通称:ABC検診)』を導入、バリウムX線検査の2倍から3倍の胃がんを発見する成果を上げている。
このように混沌とした状況の中で、国立がん研究センターは4月2日に『有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年版』をウェブサイトで公表。(※1)実に9年ぶりの改訂である。そこで、取材した30人を超える消化器の臨床医や検診の専門家、放射線技師らの証言を基に、新ガイドラインの具体的な問題点を検証する。
<新ガイドラインの主な改訂ポイント>
1、『バリウムX線検査』と『内視鏡検査』を対策型・胃がん検診として推奨
2、対象年齢は、40歳以上→50歳以上に引き上げ
3、胃がんリスク検診(ABC検診)は、対策型検診として推奨しない
4、胃がんリスクの層別化は可能、測定結果の解釈や測定方法の検証が必要
5、ピロリ除菌による胃がん罹患抑制効果の傾向はあるが、確定的ではない
<内視鏡検査の推奨をめぐる、不可解な展開>
今回の新ガイドラインでは、新たに『内視鏡検査』が推奨された。内視鏡検査の導入は、胃がんから国民の命を守ることにつながると私は確信している。ただし、ここに至る経緯を辿ると、ガイドライン作成委員会の公平性、客観性、中立性に疑義が生じてくるのだ。
当初、新ガイドラインは2013年度の公開予定だったので、第一版ドラフトは同年7月に公表された。その時点では特に大きな変更点はなく、『内視鏡検査』は推奨されていない。6件の論文を取り上げて、「胃がん死亡率減少効果を認めていたが、個別の研究を検討した結果、研究の質については低いと判断した」と切り捨てた。
しかし、公聴会(胃がん検診公開フォーラム 2013/8/5開催)で異論が相次ぎ、これを報じた新聞記事の一節が、大きな波乱を呼ぶ。
『胃がん発見の精度は内視鏡の方が高いが、治療の必要がない早期がんを見つけてしまう可能性もあると指摘されている。』(朝日新聞 2013/8/19日付)
記事中で"指摘"したのは誰か? 脈絡的に、ガイドライン作成委員会の関係者であるのは明らかである。
それまで、日本消化器内視鏡学会はガイドラインを静観していたが、この記事に対して朝日新聞に訂正を要求。そして「治療の必要のない病変はありますが、治療の必要のない"がん"はありません」とする反論を同会のホームページに掲載した。
これには伏線がある。ガイドライン委員会の中心的な存在である、斉藤博氏(国立がん研究センター/がん予防・検診研究センター部長)は、日頃から講演会や自著において、次のような主張をしていたのだ。
「がんには、放っておいても命を奪わないようなものがあり、検診では、そういうがんが非常に多く見つかる場合もあります。(中略)その人が治療を受けた場合、それは無駄な治療ですし、さらに一定の割合で副作用も生じてしまいます。これが実はよく起きる、検診の隠れた不利益なのです」(『がん検診は誤解だらけ』斉藤博著・NHK出版より)
一年遅れで公表された新ガイドラインには、『内視鏡検査』が推奨に追加されていた。その根拠として、前年には「研究の質については低い」としていた6件の論文のうち、5件をそのまま転載していたのである。
さらに重要な問題は、ガイドライン委員の公平性である。
内視鏡検査を推奨した、新たな証拠として追加された論文3件のうち1件は、ガイドライン作成委員会の濱島ちさと氏(国立がん研究センター)が、第一版で検討された研究を再解析したものだ。一度却下した論文を、自ら手を入れて採用する。これでは、"お手盛り"と批判されても仕方がないだろう。
しかも、濱島氏以外に4人のガイドライン作成メンバーが、証拠採用された他の研究に関与していた。がん検診に精通する研究者が少ないとはいえ、9人のジャッジ(ガイドライン作成委員)のうち、5人がプレイヤー(論文執筆者)では、公平性、客観性、中立性に疑問を抱かれるのは当然だ。
さらに、証拠として追加された別の1件は、第三者の専門家による評価(ピアレビュー)を通した医学論文ではなく、韓国の国家がん検診報告書だった。エビデンスレベルとしては、下位の症例報告に該当する。
これまで、死亡率減少効果を証明する"質が高い"論文を、絶対条件にしてきたガイドライン作成委員会の方針は、一体何だったのだろうか。
筆者は、5月27日に開かれた『胃がん検診ガイドライン・報告会』で、この問題を問いただした。斉藤博氏(国立がん研究センター)は、「各がん検診のガイドラインでも同じような問題はあり、できれば避けたい。ただし、ガイドラインの中で委員が書いた論文について相反が起こり得る可能性を明示している。情報をディスクローズして、批判できるように透明性を確保した」と弁明している。
<課題が大きい、内視鏡検査の普及>
新ガイドラインが、内視鏡検査を推奨した根拠の一つが、新潟市の取り組みである。
2003年度から新潟市は、胃がん検診で内視鏡検査とバリウムX線検査を選択できる方式を導入。「胃がん発見率は、内視鏡のほうがバリウムより3倍高い」と判明したという。(新潟県立がんセンター新潟病院・成澤林太郎氏)
ただし、内視鏡検査の技術格差、という課題に直面した。
バリウムX線検査の場合は、検診車などによる集団健診が主体だが、内視鏡検査は個人経営の診療所が中心となる。内視鏡の使用には資格試験がないので、医師によって経験や技術格差が存在する。そこで新潟市では、各診療所の医師が内視鏡検査を行った後、新潟大学の内視鏡指導医らによるダブルチェックを義務づけた。
すると、内視鏡検査を導入した2003年度は、発見された胃がん60件中14件がダブルチェックによるものだと判明したのである。これは、23.3%の胃がんを、診療所の医師が見逃した計算になる。
8年後、ダブルチェックで見つかる割合は、6.8%になった。各診療所の医師の"腕"が上がった事を証明しているのだと推察できる。感度が良い、と言われる内視鏡検査でも、精度管理を行わなければ"見逃し"が起こりえるのだ。
この事例から分かるように、新ガイドラインが内視鏡検査を推奨する際には、精度管理をセットで示すべきだが、「精度管理体制の整備とともに、不利益について適切な説明を行うべきである」と記述するに留まっている。これでは、ノウハウを持たない自治体が、内視鏡検査の導入を躊躇することは想像に難くない。
さらに最大の課題は、全国的にも内視鏡検査を担当できる医師の絶対数が限られていることだ。現在、日本内視鏡学会の会員は、約3万3千人、学会に属さずに内視鏡を扱う医師は存在するものの、現在バリウムX線検査を受けている約700万人の人々が、全て内視鏡検査を受けるのは不可能と言われる。
したがって、ガイドラインが内視鏡検査を推奨しても、医師が集中する都市部以外での普及は難しいとみられている。
ただし、こうした内視鏡医不足の問題を解決する可能性が、一つだけ残されていた。すでに一部の自治体で導入されている、『胃がんリスク検診』である。
※1[有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年版] http://canscreen.ncc.go.jp/pdf/iganguide150331.pdf
(後編に続く)
略歴
岩澤 倫彦(いわさわ みちひこ)
1966年生まれ、テレビ朝日「Jチャンネル」、フジテレビ「ニュースJAPAN」など報道番組ディレクターを歴任。
肝炎問題、臓器移植、救急医療などの調査報道をてがけ、東日本大震災以降は福島の実状をレポート。薬害C型肝炎については、存在しないとされた血液製剤フィブリノゲンを独自調査で発見、C型肝炎ウィルスの遺伝子解析を名古屋市大と共同で行って、感染ルートを科学的に立証。このスクープで、新聞協会賞、米ピー・ボディ賞、USインターナショナル・フイルムフェスティバル・ドキュメンタリー部門などを受賞。
現在は、ノーザンライツ・プロダクション代表として、主にドキュメンタリーを制作している。
1966年生まれ、テレビ朝日「Jチャンネル」、フジテレビ「ニュースJAPAN」など報道番組ディレクターを歴任。
肝炎問題、臓器移植、救急医療などの調査報道をてがけ、東日本大震災以降は福島の実状をレポート。薬害C型肝炎については、存在しないとされた血液製剤フィブリノゲンを独自調査で発見、C型肝炎ウィルスの遺伝子解析を名古屋市大と共同で行って、感染ルートを科学的に立証。このスクープで、新聞協会賞、米ピー・ボディ賞、USインターナショナル・フイルムフェスティバル・ドキュメンタリー部門などを受賞。
現在は、ノーザンライツ・プロダクション代表として、主にドキュメンタリーを制作している。