市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
がん患者の治療と就労
『がん患者さんを支える法律さえあれば、
2人に1人のがん患者さんは、治療と就労は両立できる
(遠藤らの復職実態調査から見えてきた「未来のかたち」)』

東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二講座 遠藤 源樹
がん患者の当面の関心は治療に集中するが、治療方針の説明や選択などになると、特に現役で働いている人は、治療と仕事の間で悩む。特に治療費がかなりの額になると、悩みも大きくなる。
又、治療が長期にわたる場合や、治療の状況によって、通常の勤務が困難である場合も多い。
場合によっては職務内容を変更する必要もある。
こうした様々な問題を抱えながらがん患者は治療を続ける場合も多い。
このような状況を改善するには何よりも職場の理解が大切だが、全ての職場で理解があり、善処されるとは限らない。
解決策として、法的な縛りを一つの結論とした、遠藤先生の研究成果をご報告いただいた。
(會田 昭一郎)
がんになったら、職場復帰できる状態に戻れるのか?
 ある日、がんと診断されたら・・・
がんは、そのまま放っておけば、身体を蝕(むしば)んでいくものですから、生きるためには、必ず治療をしなければなりません。そして、出来る限り早く、治療をした方がいいのは周知の事実です。
 がんの種類、がんのステージなどを考慮しながら、患者さんと主治医が話し合って、治療方針を決めていきます。治療方針が決まると、仕事を休む期間がある程度、推測できます。
それは、下の図にありますように、AパターンとBパターンがあります。

図1

 Aパターンは、内視鏡による治療や、部分的な外科手術など、全身への負荷が少ない治療で終了する場合です。Aパターンの場合は、年次有給休暇等を利用することにより、数日から数週間の休務の後、復職できる可能性が極めて高いでしょう。
 しかしながら、Bパターン、つまり、開腹手術や、抗がん剤投与など、全身への負荷が大きい治療が必要となるケース。このBパターンの方が圧倒的に多く、Aパターンのような早期がんなどの方は、ある意味、「不幸中の幸い」だと思います。
 Bパターンの場合は、年休の範囲内だけでは復職は難しく、特に、中小零細企業のがん患者さんの場合、退職を選ぶ人も少なくないでしょう。なぜ、退職を選ぶがん患者さんが少なくないのか? それは、がん患者さんを支える法律が、日本にはないからです。

Bパターンになったがん患者さんの、フルタイムで復職するまでかかる日数は?
 遠藤らは、がん患者さん1278名の復職実態調査を、日本で初めて実施し、2015年8月に、国際学術誌Journal of Cancer Survivorshipに論文として発表しました。その結果は、下の表のとおりです。

図2

上の表のとおり、Bパターンになった場合の、フルタイムで復職するまで要する療養日数は、がん全体で201日(約6か月半)です。特に、がん種ごとでは大きく異なり、胃がんは126日、大腸がんは136日、乳がん212日、子宮がん等が172日、前立腺がん等は131日。(統計解析上、中央値が算出できませんでしたが)、白血病などの血液系腫瘍は、フルタイムで復職するまで1.5年間を要していました。

図3

 がんによる病休開始日から6か月までのフルタイムでの復職率は47.1%、病休開始日から12ヶ月までのフルタイムでの復職率は62.3%でした。がんの種類により顕著な差がみられ、累積フルタイムでの復職率は、2極化していました。前立腺がんなどの男性生殖器がん、胃がん、子宮がんなどの女性生殖器がん、乳がん、大腸がんなどは、企業が一年待てば、3人中2人がフルタイムで復職できることが、データからも読み取れます。
 また、このがん患者さん全員が職場復帰する際、復職直後に「短時間勤務が望ましい」か、「フルタイムで復職できる」かの産業医判断を受けていますが、「短時間勤務が望ましい」と判断された方(前者)が、後者に比べて、3.5倍でした。つまり、多くのがん患者さんにおいて、復職時、短時間勤務制度は必要な状態であったということです。それは、がん治療などに伴う疲労、痛み、食欲不振、嘔吐などのからだの症状だけでなく、メンタルヘルス不調、睡眠障害、心理的苦悩などの心の症状など、様々な因子が絡んでいるからです。

産休・育休には法律があるからこそ、多くの女性が職場復帰できる社会になった
 復職支援に関する法整備の中で最も進んでいるのは、妊娠・出産・産休後の復職支援・育児です。育児・介護休業法等が制定されたことにより、より多くの女性が出産後に安心して復職できるようになりました。昭和の日本であれば、「女性が結婚→退社」が普通だったかもしれませんが、現在では、少しずつ、妊娠・出産中も、会社に籍を残しながら、産休・育休後に復職する女性が格段に増えました。これは、まさに、法律の力です。

 しかしながら、疾病休業(がんや脳卒中など)者を支える法律はなく、がんになり、療養期間が長期になると、退職せざるを得ない方々が多数であるのが、今の日本です。

法整備による、がん患者さんの復職支援

図4

 より多くのがん患者さんが職場復帰できる社会にするためには、がんで仕事ができなくなっても、「一年間、会社に籍を残さなければならない」ことを保障(身分保障)する法律(がん対策基本法等)の整備が何よりも重要です。その理由は、多くの中小企業では、がんなどの病気で休める期間の設定が存在していなかったり、タイムリミットが3カ月や6か月などに設定されている所が少なくないからです。働く世代のがん患者さんの多くが、そのタイムリミットや、「会社の空気」を読んで、退職を選んでいるのです。
 産休・育休には法律があるために、雇用が保たれ、より多くの方が復職できるようになったのと同じように、がん患者さんにも、その雇用を守ってくれる法律さえあれば、より多くのがん患者さんが職場復帰できる世の中に変わります。遠藤らの復職実態調査の結果からは、フルタイムで復職するまで平均6か月半かかることから、1年間の身分保障期間があった方が良いでしょう。育休などに積極的に取り組んでいる企業などへの「くるみんマークのがん版」があっても良いと思います。
 また、「白血病の患者さんで骨髄移植→障害者認定」や、「抗がん剤治療中のがん患者さんを障害者雇用率の算定基準に含める」等を認めれば、企業は、がん患者さんが職場復帰しやすい環境を整えようとするインセンティブになると思います。
 現在、続きの論文を執筆中ですが、実際、このような復職支援制度の御蔭で、がん患者さんの2人に1人が、復職後、がんの治療と仕事を両立できていることが分かりました。がん患者さんを支える法律さえあれば、2人に1人のがん患者さんは、治療と就労は両立できるのです。
 より多くのがん患者さんが「復職」できる社会に、今こそ、皆で力を合わせるべきだと思います。

図5


略歴
遠藤 源樹(えんどう もとき)

 医師、医学博士、日本産業衛生学会専門医(産業衛生専門医)、第一種作業環境測定士等。専門は疫学・産業医学。主な研究テーマは「復職(Return to work)」。
 福井県大野市出身。産業医科大学医学部を卒業後、JR東京総合病院、医療法人社団こころとからだの元氣プラザ、東日本電信電話株式会社、日本クロージャー株式会社、朋和産業株式会社等の産業医として、多くのがん患者の就労支援を経験。獨協医科大学博士課程(公衆衛生学)を修了後、現在、東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二講座助教。日本医療機能評価機構EBM医療情報部(Minds)客員研究員、国立国際医療研究センタ客員研究員等も兼任。

Copyright (C) Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.