なお、多くのご意見もあり、ご質問も寄せられると思われますが、当会は通常の会務を限られた人員で行っているので一つ一つのご質問にお応えすることは不可能であることをご理解ください。
そこでご質問・ご意見等は下記アドレス宛てにいただき、それらをグルーピングし、適宜このHPでお示しすることとさせていただきます。
com_fukushima@com-info.org
はじめに
2011年3月11日の大震災と福島第一原子力発電所の人災事故は日本に深刻な問題をもたらした。国民の健康被害が憂慮される中、チェルノブイリ原発事故の教訓から、まず甲状腺がんの発生に配慮して福島県民の18歳以下の人々を対象に超音波装置による甲状腺検査が行われている。その結果、2015年11月30日時点で、152名の「悪性または悪性疑い」の人が発見されている。これを受け、原発事故由来かどうかが議論の的となっている。
この結果を「スクリーニング効果」や「過剰診断」とする見解と「放射線由来の甲状腺がんの多発」説が議論となっている。こうした現状について政府・行政・御用学者は事故の影響を過小評価する立場から発言し、一方で反原発・脱原発の人達は多発説を強調している。しかし、先行調査の結果を受け多発説を強調する人達に対して、私は多発と決めつけるのはまだ時期尚早であり、多発とは断定できない旨を発言したことに対して、脱原発・反原発をともに目指してきた人達から、議論する姿勢ではなく、個人的な誹謗・中傷的なクレームや偏執狂的な批判・非難も寄せられている。
そこで、甲状腺がんに関する今までの知見(がんの成長速度、食生活、検査機器の精度、甲状腺がんの自然罹患率、年齢や性差など)から私見を表明するものである。なおこの問題に関して、討論会や講演会で、顔を合わせて議論はするが、私見に対しての一方的な反論やクレームは一切お断りしたい。また個人的なメールへの返信も控えさせていただく。ただ、疑問、反論、異論などに対する見解は、「市民のためのがん治療の会」のホームページ上で随時公開する予定である。
興味のある方は、このような考え方もありうるのだという寛容な姿勢で読んでいただければ幸いである。いずれ医学的な結論は出るであろう。その時は自分の思考の反省材料となると思う。3万人を超えるがん患者の放射線治療を行ってきた立場から、医学的な知識と放射線の影響を考慮し、また2013年4月から「いわき市民放射能測定室たらちね」( http://www.iwakisokuteishitu.com/ )の活動の支援の一つとして始めた甲状腺検診の実感も交え、私見を述べることとする。
なお本稿の作成は2015年12月23日の一橋大学での講演会「福島への思い〜美味しんぼ『鼻血問題』に答える雁屋哲x西尾正道x鎌仲ひとみ講演会」終了後、短時日で市民向けに書いたものであり、学術論文ではないことをお断りしておきたい。また、手元にあるスライドの図表を使用したため、資料や図表の出典先の詳細は不充分となっていることをお許し願いたい。以下、次の項目に従って述べたい。
- はじめに
-
- がんの自然史と診断学の進歩
- 放射性ヨウ素と甲状腺がんに関する考察
- 超音波診断装置を用いた甲状腺検査について
- スクリーニング検査のA2判定を考える
- 多発説を考える
- 治療について
- 現状の甲状腺がんの発見についての私見
- 今後の対応について
- まとめ
1.がんの自然史と診断学の進歩
まず「悪性新生物(がん)は一日してならず」であることを認識すべきである。何らかの要因で遺伝子に傷がつき発がんするが、「がん抑制遺伝子」と「がん促進遺伝子」のせめぎ合いの中で細胞ががん化しても臨床的に発見できるサイズとなるためにはかなりの時間を要する。人間の細胞は6〜25μmであるが、仮にがん細胞の大きさが10μmとすると、倍々ゲームで増大しても1cm大の塊となるためには30回(230)分裂し、約10億個(=1g)の細胞集団となる。
胃や食道等の粘膜に表在性に進展する厚みの無い腫瘍は別として、現在の医学では塊としてはやっと1cm程度の腫瘍がポジトロン・エミッション・トモグラフィー(PET=Positron Emission Tomography)で検出可能となってきた。また、肺野型(気管支の奥から発生する)肺がんなどでは肺野条件のCT検査で5mm程度の腫瘍を発見できるようになったが、がんかどうかを確認するためには穿刺による生検で確認する必要がある。肺病巣は呼吸性移動があり、また針生検による気胸のリスクもあり、1cm程度のサイズとなってから検査しているのが実状である。
しかし、甲状腺はほぼ均一な実質臓器であり、前頸部の皮下に位置していることから、5mm程度の腫瘍があれば超音波装置をガイドとして生検できる臓器である。このため現状では最も小さい塊のサイズで発見できるがんであるという特殊性があり、全く症状を呈しない早期の小さながんも発見できることから、スクリーニング検査を行えば高率にがん病巣を発見できる臓器である。そのため、甲状腺がんの場合は1cm以下は微小がんと定義されている。
●がんの増殖スピード
資料1にがんの自然史を示すが、1個が2個になる倍加時間は白血病や悪性リンパ腫のような進行の早いがんは1カ月程度で、比較的緩慢に増殖するがんは2〜3カ月程度の時間を要する。また全てのがん細胞が増殖している訳ではなく、休止期にあるがん細胞もあるため、がんの塊の中で増殖している増殖分画は10%〜90%と幅があり、またアポトーシス(細胞の自殺)も起こっている。
このため、進行の早いがんでも倍加時間が1カ月で、増殖分画が100%で、アポトーシスもないと考えても1cm大(10億個の細胞数)となるためには約30カ月を要することとなる。甲状腺がんの大多数を占める乳頭がんの場合は各種がん腫の中でも低悪性度の前立腺がんと同様に最も緩慢な経過を取る疾患であり、1cm大となるためにはこれよりも長い期間を要すると考えられる。この時間的な増大スピードを考えれば、1〜2年で1cm以上のがんになることは考えにくい。また前がん状態にある細胞に放射線が関与して発がんや分裂スピードを速めたという可能性は残るが、現在までこの機序の確証はない。
米国国立科学アカデミーのレビュー1)によれば、発がん因子曝露後の小児がん(白血病・リンパ腫以外)の最短潜伏期間は1年であるという報告があるが、発見できるサイズのがんはある程度時間を要すると考えるべきである。小児甲状腺がんの場合は進行が早いとしても1年で1cm大となるとは医学的には疑問が残る。
ちなみに医学の教科書では、広島・長崎の原爆投下のデータから、放射線誘発がんの潜伏期間は白血病で7年、固形がんで10年とされている。白血病の場合は血中に白血病細胞を見つければ診断できるため比較的早期に発見できるが、塊としての固形がんの場合はそれよりも発見が遅くなる。
●放射線誘発がんの発生時期
しかし、最近の画像診断の進歩により、より小さなサイズでも腫瘍を発見できるようになったため、放射線誘発がんの発見は5年程度でも可能となっていると考えられる。この発見できる腫瘍の潜伏期間も、増殖スピードの速いものか、緩慢な増殖スピードのものかにより大きく異なるが、5mm程度のサイズで発見できるようになり、その典型が甲状腺がんである。このため、チェルノブイリでは事故後4〜5年後に事故当時0〜6歳の放射線感受性が最も高い子供達に甲状腺がんが発見されている。
資料2に甲状腺の超音波画像を示すが、この症例は4.5x3.0mmの大きさの結節であるが容易に異常所見として描出できる。検査時に、まだらでびまん性の所見のみで明らかな結節を示さない症例もあるが、甲状腺は最も小さなサイズの腫瘍を画像で検出できる臓器である。もちろんこうした症例は全く無症状である。
2.放射性ヨウ素と甲状腺がんに関する考察
チェルノブイリ事故の教訓から放射性ヨウ素が甲状腺の発がんに関与していることは明確となっている。その前提として被ばく線量の評価が問題となる。この問題に関しては事故当初の出鱈目な対応により正確なデータがなく、それをいいことに国や行政側はいわき市・川俣町・飯館村の子供達1,080人の被ばく推定線量のデータを根拠にして全員が100mSv以下であり、過剰発がんのリスクはないとしているが、アリバイ的に甲状腺検査を始めた。しかし、甲状腺がんの発生は内部被ばくそのものによる影響であり、甲状腺の等価線量(人体の各臓器の被曝線量)という外部被ばくの線量で議論していること自体が全くインチキなのである。
●ヨウ素剤服用の有無
緊急時被ばく医療のスクリーニングにおいては、人体では13,000cpm(1分間当たりの放射線計測回数)以上は除染が必要とされている。原子力安全委員会は13,000cpmでの除染と、ヨウ素剤内服(ヨウ素等価線量が1歳児で100mSvとなるため)を事故直後に勧告していたが、福島県は2011年3月14日には原子力安全委員会の勧告を無視して、基準を10万cpmに引き上げている。
また、福島県立医大は日本全国からヨウ素剤を集めながら、三春町をのぞきすべて廃棄し、自分達だけが身内を含め内服していた(福島県立医科大学のヨウ素剤 http://www.asyura2.com/14/genpatu37/msg/751.html 。三春町のヨウ素剤 http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2602.html )。10万cpmまで引き上げた除染基準の事を考えれば、実際には100mSv以上の被ばくがあった可能性は残る。なお、放射性ヨウ素が体内に入る前から直後までにヨウ素剤を飲めば93%を抑えられるが、6時間後の服用では10%に減少すると言われており、事故直後に内服する必要がある。
チェルノブイリ事故時に、ポーランドでは16歳以下の小児の甲状腺被ばく線量が年間50mSvを超えないように安定ヨウ素剤が配布された。全小児の9割に配られ、その結果、1歳から4歳までの小児の4分の3は甲状腺被ばく線量を6割、残りの4分の1の小児は4割減らすことができ、牛乳の規制などの予防措置も含め、16歳以下の小児の9割は甲状腺被ばく線量を50mSv以下に保つことができたと報告されている2)。
また、米国政府はCs(セシウム)放出量を計算した結果、チェルノブイリ原発事故のセシウム放出量は10.5京Bq(ベクレル)であったが、福島原発事故では1.8倍の18.1京Bqだったと報告し、人類が今まで爆発させた原爆や水爆を全て足した数よりも桁違いに多く、「人間を含めた地球上の生物に悪影響を与えるかもしれない」と報告している3)。
●内部被曝こそが問題
渡辺悦司氏と山田耕作氏は福島事故のヨウ素(I-131)放出量は、政府・マスコミの事故直後からの評価のようにチェルノブイリ事故の「10分の1の規模」ではなく、米国政府発表のチェルノブイリの数値と比較を行い、 @大気中+A直接海水中の放出量の合計値で、福島の方がチェルノブイリよりも大きく、「2倍超から20数倍」の放出量であると報告している。
具体的には、政府は事故当初はヨウ素(I-131)の放出量は160PBq(P:ペタは1015)としていたが、東電は2012年5月に500PBqであったと放出量を改訂している。こうした数値をヨウ素(I-131)とセシウム137の比率を考慮して再計算し、放出量は 約2,500PBq(最大値)であり、政府推計の16.7倍、チェルノブイリ事故の1.42倍だったと報告している4)。ちなみに国連科学委員会の推計は1,760PBqである。
このため、甲状腺がんのリスクは充分に高いと考えて対応する必要がある。ただ、甲状腺がんの発生は主に摂取された放射性ヨウ素による内部被ばくが原因であり、甲状腺の等価線量という概念だけでは発がんのリスクは語ることはできない。資料3にヨウ素の崩壊モードとβ線の深部率曲線を私が治療で使っている電子線の深部率曲線を参考にして手書きしたものを示す。発がんするのは大量に被ばくしている近傍の細胞であり、ロシアンルーレット(賭け)の世界なのである。
さらに詳細に検討するために、放射性ヨウ素の水中の深部率曲線を資料4に示すが、被ばくしている細胞は放射性ヨウ素の線源中心から1mmで50%以下の線量となり、2mmでは10%となる。
放射線量の測定は1cc弱の気体中の平均線量を測定しており、点線源の近傍の線量は厳密には測定できないため、この深部率曲線は水中(人体の密度と想定)での吸収線量をモンテカルロ法(シミュレーションや数値計算を乱数を用いて行う統計の手法)で求めたものである。被ばくしている細胞は取り込まれた放射性ヨウ素のごく近傍の細胞であり、これらの細胞ががん化しても不思議ではない。
これを甲状腺全体に換算した等価線量と発がんの相関を議論しても説明はつかない。もちろん等価線量が高いほど発がんのリスクは高くなると考えられるが、等価線量は参考程度と考えるべきなのである。したがって、等価線量と過剰発がんのリスクは直線的に相関しないことがJacobらの報告から窺える(資料5)。なお以後の文章において、出典に関しては資料図表の中に記載されている場合は、末尾の参考文献の中には記載しないことをお許し願いたい。
ちなみに、山下俊一氏はチェルノブイリ甲状腺がんに関する2009年の総説で、「10〜100mSv以下でも発がんは起こりうる」と述べているが、福島原発事故後は態度を変えて国や行政側と共に、100mSv以下では発がんのリスクはないと言っている。資料6にその山下俊一氏の発言要旨とウクライナでの甲状腺がんの被ばく線量を示す。
チェルノブイリ事故では甲状腺がんの半数以上は100mSv未満の被ばく線量であった。このため、チェルノブイリ事故後の知見より安定ヨウ素剤の服用基準に関するWHOのガイドラインでは、若年者に対し甲状腺等価線量10 mSvとすることを推奨している。これを受けて発がん回避線量の介入レベルの実例としてベルギー(0〜19歳)では10mSv、ドイツ(0〜12歳)、オーストリア(0〜16歳)、アメリカ(10〜18歳)は50mSvとしている。そのため日本政府は100mSv以下では発がんは起こらないとしつつも、検診を始めたのである。
●日本人のヨウ素摂取量
次の問題は、大量に放出された放射性ヨウ素をどの程度摂取したのかが問題となる。海に取り囲まれている日本人の食生活は海藻類の摂取により、甲状腺はヨウ素で飽和されていると考えられる。そのため甲状腺のヨウ素摂取率(ヨウ素摂取率の基準値は15〜40%)の検査においては2〜3週間のヨウ素制限食とし、ヨウ素摂取率の検査を行っている。
この摂取率の検査で甲状腺機能亢進や機能低下の判定を行っている。このため食生活においてヨウ素の摂取が充分であれば、事故時に体内にヨウ素が入り込んでも早期に尿中に排泄される。ヨウ素は成人の体内で13 mg程度存在し、そのほとんど (12 mg) が甲状腺にあると言われているが、子供も同様かどうかはデータが無いが、ヨウ素は甲状腺以外は必要としないため同様な状態と考えられる。
資料7にヨウ素の年齢毎の食事による摂取基準値を示すが、小児では1日の維持量は50〜130μgである。
また資料8に幾つかの食品中のヨウ素含有量を示す。昆布の出汁でわかめの味噌汁を飲めばほぼ飽和される。最近は昆布で出汁を取らない家庭も多いが、昆布以外にも多くの食品にヨウ素は含まれている。
こうした食生活の違いも考慮して放射性ヨウ素の取込み量を検討する必要がある。食生活の違いによるドイツと米国と日本のヨウ素摂取の状態を資料9示す。
またチェルノブイリと英国および日本の尿中ヨウ素排泄量をと資料10に示すが、日本ではダントツに排泄されており、維持量の数倍のヨウ素が尿中に排泄されている。チェルノブイリでは少なく、放射性ヨウ素を取り込む背景があったが、日本人の甲状腺は日常の食生活でヨウ素は飽和されていると考えることができる。
事故による甲状腺がんの多発について論じる場合、こうした放出量と摂取量についての確かなデータも検討され議論する必要があるが、現状はがんを発見した人数だけで議論されている。日本の食生活ではヨウ素を世界一摂取しており、放射性ヨウ素があっても飽和されているため取り込みは少なかった可能性もある。
放射線による確率的影響の有害事象は、被ばく線量が高ければ発生頻度は高くなり、また早期に出現する。しかし、少なかった場合は、発がんなどの放射線の晩発性の影響も発生頻度が少なくなるばかりでなく、発生時期がより晩発性となる。
●ヨウ素摂取量と甲状腺がんの成長スピード
このため、ヨウ素摂取量の問題を考えると、福島原発事故では発がんするとしてもより晩発性となる可能性は否定できないのである。もし3年間の先行調査で発見された甲状腺がんが放射線由来だとすれば、がんの自然史の常識を覆すほどの超スピードがんであり、被ばく線量もチェルノブイリ事故以上に高線量だったこととなる。
また超スピードがんであれば、転移能も高く、極めて予後不良ながんと考える必要がある。診断された症例では3例の低分化がんを含んでいるが他の全ては分化型の乳頭がんであり、通常の甲状腺乳頭がんの場合はこうした超スピードがん的な発育増大を示すことは従来の医学では報告されていない。
がん罹患者の統計では食生活が大きく関与しており、最近では肉の赤身の摂取が大腸がんの増加に関係しており、日本の食生活の欧米化により、大腸がんが増加している。甲状腺がんについても、ヨード摂取量が関係している可能性もある。ヨウ素不足が甲状腺の発がんを促進すると言う知見もあるが、日本人の中年女性では、海藻摂取量が多いほど閉経後女性の甲状腺がんリスクが高まると言う報告5)もある。食生活や生活環境などの多くの要因が絡んだ状況の中で一つの医学的結論を引き出すことは簡単ではない。
3.超音波診断装置を用いた甲状腺検査について
2001年10月より福島県民健康管理センターで18歳以下を対象に超音波診断装置による甲状腺検査が開始された。その結果、2015年11月30日の報告では、「悪性または悪性疑い」が152人であるいう。その内容を資料11に示す。
●甲状腺がんの発見率
2011年10月から2013年まで3年間で行われた先行調査の結果、32万2,267人の結果判定者の中で113人が「悪性または悪性疑い」と報告され、99人が手術を終えている。1例は良性腫瘍だったため98例が術後の病理診断で甲状腺がんと確定している。また2014年4月から開始された2巡目の本格検査では、結果判定者18万2,547人のうち39人が「悪性または悪性疑い」と診断され、15人が手術されがんと確定されている。
先行調査の3年間は各年約2,800人に一人の確率で発見され、先行調査全体では1/2852人の確率であった。また本格検査では1/4,680人の確率である。
本来、先行調査で有病者の全員が発見されれば、本格調査では発見率が下がると思われるが、実際には@見落とされた人、A5mm以下の結節が増大して5mm以上となり生検が行われた人、Bびまん性のパターンで結節として捉えにくかった人、C嚢胞(のうほう)と判断したが、嚢胞の中に充実性の部分があり、それががん細胞を含んでいた人、などが混在した数字だと考えられる。検査開始当初は胸腺の迷入やSkillの問題などもあり、見落とされた症例も考えられる。人間が人間を相手にした医学の検査では、パーフェクトは望めず、多少の幅と奥行きを考慮する必要がある。これは今後の発見率を見守るしかない。
Cのグループの1例として、実際に嚢胞とするか、結節とするか自分で検査していて迷う症例も多い。資料12にその画像を示す。甲状腺結節は一般人口の4〜7%で認められ、その中で15〜25%は嚢胞性病変と言われている。
なお、見落としをできるだけ防ぐために、福島県民健康管理センターの検査においてはこうした充実成分を含んだ混合型の場合は結節として判断するように指導しているが、こうした症例では術者の判断次第で見落とされる可能性を含んでいるのである。
●甲状腺がんの罹患年齢と性差
次に、先行調査における年齢の因子を検討する。小児の定義は15歳以下とされるが、18歳以下の人を対象とした先行調査で発見された甲状腺がん症例112例のうち15歳以下は56人であり、16歳〜18歳が56人である。この中には10〜20年後に症状を呈してがんと診断される症例を前倒しして発見している可能性がある。
資料13に年齢の詳細を分かりやすくまとめたものを、「甲状腺がん異常多発とこれからの広範な障害の増加を考える」(医療問題研究会編著P11より引用,、耕文社、2015年8月刊)より引用させていただく。チェルノブイリ事故では事故後4〜5年目から事故時0〜5歳児の小児がまず発見されたが、福島では事故当時0〜5歳の小児にはまだがんは発見されていない。
次に男女比についても触れておく。甲状腺の病気は、機能異常としては甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症に分けられる。慢性甲状腺炎でいわゆる橋本病となれば機能低下となったりする。機能亢進の代表的な疾患はバセドウ病である。また形態学的な疾患としては腫瘤性病変があり、これは結節性甲状腺腫と嚢胞に分けられる。嚢胞は大きくなり圧迫症状がなければ放置していてもかまわないが、結節の場合は腫瘍であり良性の甲状腺腫と悪性の甲状腺がんが混在しており、経過観察が必要となる。
一般にこうした結節では1〜2割ががんを含んでいるとされている。こうした甲状腺の病気は圧倒的に女性が多く、男性の橋本病もバセドウ病も多くはない。また甲状腺がんも男女比は1対3〜5であり、30〜60歳の女性に多い。これは成人の男女のホルモン環境の違いが関与している可能性が考えられる。
女性に機能異常も含めて甲状腺疾患が多いため、病院を受診し検査を受ける女性は男性に比較して数倍多いことから、この検査過程で甲状腺がんが発見される女性が多いという受診者数の違いによるバイアスも考慮する必要がある。福島でのスクリーニング検査では男女比は1対2前後となっているのは、成人期前の男女のホルモン環境や、ほぼ男女同数の被検者数であることなどががん保有の男女比の比率を少なくしていると考えられる。
4.スクリーニング検査のA2判定を考える
超音波検査においては、5mm以下の結節と、20mm以下の嚢胞はA2判定とされているが、嚢胞保有者の頻度が多く不安を与えている。チェルノブイリでは当時のエコー画像の限界もあり、5mm以上の嚢胞を検出し、その頻度は0.5%前後と報告されている。当時の画像と現在の画像の比較を資料14に示すが、25年前の画像解像度は荒かったためチェルノブイリでは5mm以上の嚢胞を拾い上げているが、日本では高精度の機器を使用しているため1mm以上の嚢胞をA2判定としている。
●発育期の嚢胞の大きさ
しかし実際に検査をしていると、嚢胞のサイズが大きいものは少なく、1mm以下の黒点としか言いようのない所見も多い。A2判定となる多発性嚢胞の一例を資料15に示す。多くは1〜3mm程度の嚢胞が多く、嚢胞内には白い粒状の所見も見られ、典型的なコロイド嚢胞の像を呈している。この高い嚢胞検出率の数値は非常に高いものでその医学的な意味を考えてみた。
こうした現象の医学的意味について、私の現在の結論は、甲状腺組織が増大する発育期の過程における対応でしかないと考えている。これはあくまでも私の個人的な仮説である。発育期の小児甲状腺内の小嚢胞は次のような特徴がある。
- @多発性である。
- A背側・足側・外側(発育増大方向)にある。
- B左右ともに同様な所見である。
- C年齢と関係している。
こうした小嚢胞の多発像は半数以上の人に認められるが、「たらちね」で検査した年齢別の嚢胞保有率と照合すると、甲状腺が増大時期に達していない幼少の子供にはあまり見られず、成長期の小学生から出現し中学生や高校生に多く、成人となれば消失・減少している。成人になる頃には細胞増殖や細胞構築が完成し間隙を埋めて大人の充実性の甲状腺組織の画像となる。
こうした小嚢胞の多発像は半数以上の人に認められるが、「たらちね」で検査した年齢別の嚢胞保有率と照合すると、甲状腺が増大時期に達していない幼少の子供にはあまり見られず、成長期の小学生から出現し中学生や高校生に多く、成人となれば消失・減少している。成人になる頃には細胞増殖や細胞構築が完成し間隙を埋めて大人の充実性の甲状腺組織の画像となる。
もちろん全ての嚢胞状所見が消失せず、成人になっても残存することもあるが、病的な意味はない。ヨウ素摂取も多い日本人は細胞が増殖して充実性の甲状腺組織となる過程で、細胞で埋め尽くすスピードが追いつかず、細胞間に隙間が生じ、その隙間に甲状腺ホルモンをつくる液性成分が貯まり、小さい場合は黒点として、ある大きさになれば嚢胞と表現される所見を呈するものと考えられる。ちなみに、この所見は家族性があり、ヨウ素摂取が少ない家庭の兄弟は嚢胞が少なく、多い家族は兄弟がともに嚢胞を所有しているようである。
当初A2判定が多かったため、「市民と科学者の内部被ばく問題研究会」は2012年7月20日付けで、抗議と要請文を小宮山厚労省大臣(当時)、福島県知事、山下俊一(福島県民健康管理センター長)の3者に提出した。この草稿を書かせてもらったが、その要請内容の主なものは以下の諸点である。
- @超音波画像等の検査結果を被験者本人または保護者に渡すこと。
- A甲状腺超音波検査を低放射線汚染地域の子供達に実施し比較することすること。
- B全国の甲状腺専門医による検査体制を作ること。
- C所見のあった被験者は年一回の検査をすること。
こうした動きの中で、他県でも検査を行った結果ではA2判定者は青森県(57.6%)、山梨県(69.3%)、長崎県(42.5%) であり、同様な頻度となっていた。また県外の推薦した医療機関でも検査ができるようになった。しかし長期的に検査を継続する必要があり、その検査を全国どこでも経済的な負担なしで受けられるためには為政者に、「検査を受ける権利を証明する書類」を発行させるべきであり、今必要なのは、このような永続的な検査体制を構築することである。
●検査機器の解像度の向上
解像度の高い最近の超音波装置を用いて小児の検査をしたことがなかったため、発育期にこうした現象が生じていることを認知していなかったのである。
福島の検査においては1mm以上の嚢胞を拾い上げ、あたかも異常所見としてA2判定としているため、説明もしないので不安を与えているが、画像を渡し、医学的な意味を説明すべきである。
そのため、私も関係して検診を勧めているNPO法人いわき放射能市民測定室「たらちね」の甲状腺検診プロジェクトでは、2015年4月からはA2判定を3つに亜分類して集計することとしている。資料16にそのA2判定の3亜分類を示す。
A2判定の亜分類は、A2aは20mm以下の嚢胞が主に甲状腺の増大部位方向に見られ成長期の反応と考えられるもの、A2bは20mm以下の嚢胞でも上記のものとは区別し何らかの原因で変性し嚢胞を形成しているもの、A2cは5mm以下の結節、としている。
なお、長期的には放射線の影響で甲状腺機能低下が生じる可能性もあることから、採血による甲状腺関連のホルモン測定も適時行われることも望まれる。
参考文献
- 1) http://www.cdc.gov/wtc/pdfs/wtchpminlatcancer2013-05-01.pdf
"Minimum Latency & Types or Categories of Cancer" John Howard, M.D., Administrator World Trade Center Health Program, 9.11 Monitoring and Treatment, Revision: May 1, 2013. - 2)関谷悠以、他:『DRUG magazine』2011年9月号
- 3)「真実を探すブログ」 http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2612.html
- 4) http://blog.acsir.org/?eid=35
- 5)道川武紘, 他: 日本甲状腺学会雑誌 3(2): 142-145, 2012.
略歴
北海道医薬専門学校学校長、厚生労働省北海道厚生局臨床研修審査専門員、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)、市民のためのがん治療の会顧問、認定NPO法人いわき放射能市民測定室「たらちね」顧問。
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年間、がんの放射線治療に従事。がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。