市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
軽んじられる口腔ケア。命にかかわることではないから、ま、いいか?

『がん治療を口から支える口腔ケア(1)』


静岡県立静岡がんセンター
歯科口腔外科部長 大田洋二郎
【はじめに】
 がん治療に口腔ケアを導入すると、口やのどのがん、そして食道がんの手術では、傷の治りがよく、食事が早く口からとることができたり、肺炎が減ったりでき早く社会復帰できることが報告されています。

 また、最近では、抗がん剤治療は、自宅から通院しながら外来でおこなう治療が急速に普及し、患者さん自身が抗がん剤の副作用を自宅で管理する、セルフマネジメント(自分で管理することの意味)が、重要になって来ています。その抗がん剤治療により口には、口内炎や口腔内感染が非常に高い頻度でおこるので、これらのセルフマネジメントも注目されています。

 このように、がん治療をおこなう医師、看護師が、「口腔ケアはがん治療の質を高めるケア」の一つと認識され、歯科や口腔外科と連携が必要と考えるられるようになってきました。「がん治療を始めるときには歯科を受診する」、そのような仕組みが、全国規模で数年以内に構築される予定です。

【がん治療の進歩と口の問題】
 がんが、日本人の死因・第1位の病気であることは、良くご存じだと思います。最新のデータでは、男性は2人に1人、女性は3人に1人が生涯のうち、がんになるといわれています。また34万人以上ががんで亡くなっていますので、もう、がんは私たちと全く縁のない病気とは言えないでしょう。

 いまから、がん治療と口のいろいろな関係について説明します。がん治療で口がどんな影響をうけるか、またがん治療を乗り越えるのに、私達はどう口をケアすればよいのかを、理解してもらえれば、大変うれしく思います。

【口に影響があるがんの治療方法は?】
 がん治療に3つの方法があります。一つは体の悪いがんの部分を切除する手術。そして、がんの細胞を放射線で死滅させる放射線治療。もうひとつが、全身の血管を通してがん細胞を死滅させる薬を投与する抗がん剤治療です。

 口の周り、のどの周囲のがんを大きく切除する手術では、10人に4人~6人に手術の傷が感染したり、肺炎を起こしたりします。また放射線が、口を含む範囲に当たる場合は、10人のうち全員に、口の粘膜の乾燥や、炎症などの口のトラブルがおこります。

 一方、抗がん剤は点滴や飲み薬の形で投与され、体のどの部分にもがん細胞を死滅させる薬が到達します。その結果、がん細胞ばかりでなく、正常な細胞にもダメージを与えるので、体全体に様々な副作用がおこります。例えば、頭の毛がぬける、ムカムカと吐き気がする、体がだるくなる、などの症状がそうです。そのような副作用の一つに口内炎、口が渇く症状、そして口の粘膜が細菌に感染する、などの口のトラブルがあります。米国のデータによると、すべての抗がん剤治療のなかで口にトラブルがおこるのは、10人のうち4人と見積もられています。

【抗がん剤治療や放射線治療でおこる口の副作用】
 がん治療がめざましく進歩しているにもかかわらず、がん治療により口にでる副作用に対する治療やケアは、これまで十分ではありませんでした。日本の病院では、抗がん剤、放射線治療で口にいろいろな副作用や障害がでることが分かっていても、「口内炎のような副作用は一時的なもので我慢してください。」と説明されることがほとんどでした。口にでる副作用を、しっかり治す治療やケアが確立していませんでしたので、何をやっても効果がないという考え方があったのです。

 しかし、私の勤務する病院では、がん治療でおこる口にでる副作用に、症状を軽くできるかもしれないと、積極的に口腔ケアに取り組んできました。その結果、副作用のでる頻度が減ったり、でたとしてもその症状が軽かったりする事を経験しました。

【抗がん剤治療で口におこる副作用の対処方法】
抗がん剤でおこる口腔粘膜炎
 口の中でも頬粘膜、舌、くちびるの粘膜は、抗がん剤による口内炎が起こりやすい場所です。口内炎が強くなると、食事や水をとることが難しくなり、点滴や管を使って水や栄養を補給します。抗がん剤治療を開始して、1週間から10日ほどで粘膜の赤みや粘膜がはがれる潰瘍(かいよう)ができます。使う抗がん剤の種類、患者の身長や体重、抗がん剤の投与量など、様々な条件が異なるので、口内炎の程度は患者によりまちまちです。

写真1
抗がん剤による口内炎
錠剤の抗がん剤をのんでできた唇の口腔粘膜炎
痛くて食べものがしみます
<対処方法>
 口腔粘膜炎の対策は、①口の中をきれいに保つ、②口の中を乾燥させない、そして③粘膜炎の痛みに痛み止めを確実に使うこと この3つが基本になります。
 実際、粘膜炎に使う痛み止めとしては、風邪の時に使う熱を下げるアセトアミノフェンという薬や、非ステロイド系消炎鎮痛剤などが効果があります。また表面麻酔薬といわれる、粘膜の知覚を一時的に麻痺させる薬を、粘膜炎の部分に直接塗ったり、うがい薬に混ぜて使ったりします。ただ、こうした薬は、担当の先生に処方(保険適応)してもらう必要があります。

体力の低下による虫歯や歯周炎の悪化
 虫歯や歯周炎が治療されないまま、がん治療が始まってしまうと、抗がん剤治療後、からだの抵抗力が一時的に落ちて、健康なとき痛いとか腫れたという症状が全くなかった部分が急に炎症を起こし、歯肉や顎骨に痛みや腫れが起こります。

写真2
歯根(しこん)部の感染
抗がん剤治療後、1週間ほどで歯茎が腫れてきた状態
体力が落ちて、根の部分に感染をおこしました
<対処方法>
 虫歯や歯周炎の悪化は、抗がん剤治療を開始する前に、歯科を受診して、虫歯、歯周炎のチェックや治療を受けることで予防が可能です。がん治療開始までに、歯科の治療期間が短いことが多いのですが、かかりつけの歯科医師に、自分が予定しているがん治療のスケジュールを説明し、なるべく短期間で、症状の重い歯や歯茎の治療を優先してもらうようにします。




口の細菌やウイルスが原因の口内炎
 口のなかの細菌やウイルスが関係する感染は、抗がん剤の投与を受け全身状態が低下した状態の時によくおこります。口の中の細菌で、カビの一種であるカンジダ菌が増殖するカンジダ性口内炎、そしてヘルペスウイルスが増殖しておこるヘルペス性口内炎などがあります。これらは、いずれも診断がつくと、薬で治癒することができます。

写真3 カンジダ性口内炎
両方の頬やのどの奥の粘膜に白いものが全体についています
カンジダというカビの菌の仲間です
ピリピリ、チクチクという弱い痛みが特徴です。












写真4 ヘルペス性口内炎
舌の横の粘膜に浅い粘膜のただれが数個できています
はじめは、水疱ができすぐに破れて潰瘍になります
強い痛みを伴います













<対処方法>
口内炎の症状を、早めに医師、看護師または歯科医師に報告しましょう。診断がつき、抗かび薬や抗ウイルス薬を服用すれば、速やかに症状は改善します。カンジダ性口内炎は、義歯を使用している場合は、義歯表面にカンジダ菌が付着しているので義歯洗浄剤を使った清掃をしっかりおこなうようにします。

略歴
大田洋二郎(おおた ようじろう)

学歴
昭和61年 3月 北海道大学歯学部卒業

職歴
自昭和61年 4月 北海道大学歯学部 第一口腔外科講座入局
自昭和63年 4月 国立がんセンター歯科医員
平成 2年 4月 西ドイツ スツットガルトカタリネン病院 短期留学
自平成13年 4月 国立がんセンター中央病院 歯科口腔科医長
自平成14年 4月 静岡県立静岡がんセンター歯科・口腔外科部長

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