患者にとっての治療後の問題-リンパ浮腫
『リンパ浮腫とその標準治療について』
医療法人社団 リズミック産婦人科クリニック 理事長
特定非営利活動法人 日本医療リンパドレナージ協会 顧問 山本 律
特定非営利活動法人 日本医療リンパドレナージ協会 顧問 山本 律
心臓から送り出された血液は動脈を通って抹消まで運ばれ、毛細血管で酸素と栄養分を配ると同時に、二酸化炭素などの不要物を回収し静脈を通って心臓へ戻ってきます。しかし心臓から送り出された血液のすべてが、静脈を経由して心臓へ戻ってくるわけではありません。抹消の毛細血管から漏出した血液の血漿は細胞間隙にて組織液となり、これが抹消のリンパ管に流入し静脈とは別のルートを経由して心臓に戻ってきます。すなわち心臓から出た血液は、量的な比率では9対1と静脈が圧倒的に多いのですが、静脈とリンパ管を経由して心臓に戻ってくることになります。そして、そのいずれかの経路に障害が生ずると、障害部位より抹消の体液は戻ってこられずその部位に体液が貯留し周囲組織が腫れてくることになります。
リンパ浮腫は、多量のリンパ(リンパ液)が腕や足などに貯留し発症します。この病気は生まれつきリンパの流れが悪い人や、原因がはっきりせず普通の人に突然発症することもありますが、多くは子宮がん・卵巣がんや乳がんなどの手術でリンパ節やリンパ管が摘除・切断されるとか、放射線治療・外傷・炎症などによりリンパの流れが障害され、リンパが心臓に戻ることなく腕や脚などに貯留し発症します。
リンパ浮腫は、多量のリンパ(リンパ液)が腕や足などに貯留し発症します。この病気は生まれつきリンパの流れが悪い人や、原因がはっきりせず普通の人に突然発症することもありますが、多くは子宮がん・卵巣がんや乳がんなどの手術でリンパ節やリンパ管が摘除・切断されるとか、放射線治療・外傷・炎症などによりリンパの流れが障害され、リンパが心臓に戻ることなく腕や脚などに貯留し発症します。
リンパ中のリンパ球は抗体をつくり体の防御機能をはたしています。またリンパ節はリンパ管のところどころに位置し、多数のリンパ球や大食細胞が存在して、体に侵入した細菌や異物をとらえ分解します。このようにリンパには免疫という、外敵から自分の身を守るという大切な役割がありますので、リンパ浮腫を治療しないで放置すると半数以上に、蜂窩織炎という重い感染症が発症すると言われています。もちろん、腕や脚などの著明な浮腫は、四肢を動かしたり曲げたりという基本的な運動機能を障害するとともに、通常一生涯にわたり完治しないという性質から患者の大きな心の負担につながることが指摘されています。
リンパ浮腫に対する治療は、手術療法と非手術療法に分類されます。手術療法として近年形成外科によるマイクロサージャリー手術が注目を集めていますが、欧州ではまず非手術療法を行いそれが無効であれば手術療法を検討するのが一般的とされています。10万人以上のリンパ浮腫患者を非手術療法である理学療法により治療した経験を持つドイツのフェルディ氏は、いままで彼らの複合的理学療法が無効であったリンパ浮腫患者は存在しないと主張していますが、将来マイクロサージャリー手術の進歩により術後リンパドレナージや弾性着衣を身につけることなく、手術のみで完治させられる日がやってくることをフェルディ氏自身も期待しているとしています。
現在、国際リンパ学会はその合意文書において、リンパ浮腫に対する最も科学的根拠レベルの高い治療法は複合的理学療法であり、この治療は「長年の経験に裏付けられた、小児・成人の区別無く施術することのできる通常2段階治療プログラムからなる治療である。」としています。この2段階治療プログラムからなる複合的理学療法は前述したフェルディ氏らにより確立された治療法で、治療施設における用手的医療リンパドレナージ・多層圧迫包帯(図1)・圧迫下運動療法・スキンケアにより患肢の縮小に努める治療期と、患者自身が自宅において縮小した患肢を用手的医療リンパドレナージ・弾性ストッキング着用(夜間は多層圧迫包帯)・スキンケアにより維持していく維持期で構成されます。すなわち治療期は十分にトレーニングを積んだセラピストの施術のみによって治療施設で患肢を縮小させる時期で、これには通常5-6日間を必要とします。また維持期は通常生涯続くことになりますが、この時期には患者自身の手で患肢の縮小を維持する時期で、維持出来ていればセラピストによる施術は全く必要ありません。本邦では治療期と維持期の区別なく、数週間~数ヶ月間あるいは無期限に定期的にリンパドレナージやバンデージを続ける施設も存在しますが、これは欧米の標準治療である2段階治療プログラムからなる複合的理学療法とは異なる治療法と言えるでしょう。
残念ながら現在欧米での標準治療である2段階治療プログラムからなる複合的理学療法を行う施設は、日本国内において数箇所しか存在しません。これは日本国内でこの治療を行った場合、2008年4月から維持期で用いる弾性着衣が健康保険の適応とされましたが、「弾性包帯については、弾性ストッキング、弾性スリーブ及び弾性グローブを使用できないと認められる場合に限り療養費の支給対象とする。」とされているため,維持期に弾性着衣を使用することを前提とした2段階治療プログラムからなる複合的理学療法では,治療期に要する全費用(当院での中央値:\37,500+包帯類)はいまだ健康保険適応外で、患者の全額負担となっていることが一因と考えられます。したがって日本国内の多くの施設、特に保険外診療の難しい官公立の病院では、リンパ浮腫外来と称していても実際のプログラムはリンパ浮腫の治療を行うのではなく、リンパ浮腫のケアの方法を指導するに留まっており、それによりリンパ浮腫がどの程度改善するのか公表すらされていないのが実情です。
われわれは約5年間に亘り、リンパ浮腫の臨床研究を行い国内外の学術雑誌にその結果を報告してきました。結論だけを簡単に述べさせて頂きますと、日本人を対象として欧米での標準治療である2段階治療プログラムからなる複合的理学療法を行うと、上肢が4日間(中央値)、下肢は5日間でリンパ浮腫が改善し(図2)、それにより得られるリンパ浮腫減少率は上肢59.1%、下肢73.5%ということになります。欧米の論文では上肢が60%前後、下肢は70%前後がリンパ浮腫専門治療施設での成績ですので、われわれの得た結果はほぼこれらの施設と同等の成績であると考えられます(表1)。
われわれは約5年間に亘り、リンパ浮腫の臨床研究を行い国内外の学術雑誌にその結果を報告してきました。結論だけを簡単に述べさせて頂きますと、日本人を対象として欧米での標準治療である2段階治療プログラムからなる複合的理学療法を行うと、上肢が4日間(中央値)、下肢は5日間でリンパ浮腫が改善し(図2)、それにより得られるリンパ浮腫減少率は上肢59.1%、下肢73.5%ということになります。欧米の論文では上肢が60%前後、下肢は70%前後がリンパ浮腫専門治療施設での成績ですので、われわれの得た結果はほぼこれらの施設と同等の成績であると考えられます(表1)。
海外の論文で特徴的なのは、保険適用になっている国とそうでない国の治療期の期間がかなり違うことです。ドイツのフェルディ氏は、患肢縮小後も患者教育の目的で入院治療を継続し、治療期のみで28日間の入院としています。これがすべて保険扱いですので、ドイツの患者は非常に恵まれていると言えます。
日本では2段階治療プログラムからなる複合的理学療法は保険扱いとなりませんが、日本人は体の脂肪が少ないので治療期が短い期間で済み、欧米人と比べて有利です。われわれの研究結果からは、日本人リンパ浮腫患者では浮腫容積変化の50%以上が治療期初日に得られており、また90%以上の変化が治療開始後4日間で得られていることが分かりました(図3)。
国際リンパ学会の合意文書では複合的理学療法以外の非手術療法として、間欠的空気圧迫療法・マッサージ単独療法・絞り出し療法・温熱療法・挙上法が示されていますが、乳がん患者では、マッサージや間欠的空気圧迫療法を単独に実施しても有効ではないとする科学的根拠が示されており、また絞り出し療法はリンパ管損傷につながりますので、絶対にすべきではありません。弾性ストッキングやスリーブは主に、リンパ浮腫が治療により減少した状態を維持するためのもの、あるいはこれ以上の浮腫の増悪を防止し現状を維持するもので、明らかに腫大した患肢を縮小させるためのものではありません。これらを浮腫の縮小目的で着用してもその治療効果は多層圧迫包帯に比較し劣ることが報告されており、また国際リンパ学会はリンパ浮腫で腫大した患肢に強圧を加えることはリンパ管が損傷する可能性がありこれを避けるべきとしています。温熱療法は中国で行われているようですが、まだ評価が定まっていません。また現在リンパ浮腫に有効な薬物療法は存在せず、利尿剤は急性期で使うケースもありますが、少なくとも漫然と使用すべきではないとされています。
最後に、われわれは国際リンパ学会の合意文書に基づいた標準治療を行い良好な治療成績を得ていますが、現在日本で行われているさまざまな異なったリンパ浮腫の治療法を否定する意図は全くありません。国際リンパ学会も「国際リンパ学会合意文書を作成した趣旨はリンパ浮腫の診断と治療における国際的合意を形成することであり、個別の臨床検討を無効とすることを意図してない」こと、また「医療過誤を定義する法的基準の規定を意図するものでもない」こととしていることをお断りしておきます。
略歴日本では2段階治療プログラムからなる複合的理学療法は保険扱いとなりませんが、日本人は体の脂肪が少ないので治療期が短い期間で済み、欧米人と比べて有利です。われわれの研究結果からは、日本人リンパ浮腫患者では浮腫容積変化の50%以上が治療期初日に得られており、また90%以上の変化が治療開始後4日間で得られていることが分かりました(図3)。
国際リンパ学会の合意文書では複合的理学療法以外の非手術療法として、間欠的空気圧迫療法・マッサージ単独療法・絞り出し療法・温熱療法・挙上法が示されていますが、乳がん患者では、マッサージや間欠的空気圧迫療法を単独に実施しても有効ではないとする科学的根拠が示されており、また絞り出し療法はリンパ管損傷につながりますので、絶対にすべきではありません。弾性ストッキングやスリーブは主に、リンパ浮腫が治療により減少した状態を維持するためのもの、あるいはこれ以上の浮腫の増悪を防止し現状を維持するもので、明らかに腫大した患肢を縮小させるためのものではありません。これらを浮腫の縮小目的で着用してもその治療効果は多層圧迫包帯に比較し劣ることが報告されており、また国際リンパ学会はリンパ浮腫で腫大した患肢に強圧を加えることはリンパ管が損傷する可能性がありこれを避けるべきとしています。温熱療法は中国で行われているようですが、まだ評価が定まっていません。また現在リンパ浮腫に有効な薬物療法は存在せず、利尿剤は急性期で使うケースもありますが、少なくとも漫然と使用すべきではないとされています。
最後に、われわれは国際リンパ学会の合意文書に基づいた標準治療を行い良好な治療成績を得ていますが、現在日本で行われているさまざまな異なったリンパ浮腫の治療法を否定する意図は全くありません。国際リンパ学会も「国際リンパ学会合意文書を作成した趣旨はリンパ浮腫の診断と治療における国際的合意を形成することであり、個別の臨床検討を無効とすることを意図してない」こと、また「医療過誤を定義する法的基準の規定を意図するものでもない」こととしていることをお断りしておきます。
山本 律(やまもと りつ)
昭和56年3月 北海道大学医学部医学科卒業。北海道大学病院・市立札幌病院・市立旭川病院・国立札幌病院において臨床研修後、昭和61年10月~北海道大学病院勤務。平成元年~3年 ロックフェラー奨学生として米国ペンシルバニア大学留学。北海道大学大学院医学研究科 婦人科学分野 助教授を経て、平成17年9月 リズミック婦人科クリニック開設。平成18年12月 医療法人社団 リズミック産婦人科クリニック 理事長
昭和56年3月 北海道大学医学部医学科卒業。北海道大学病院・市立札幌病院・市立旭川病院・国立札幌病院において臨床研修後、昭和61年10月~北海道大学病院勤務。平成元年~3年 ロックフェラー奨学生として米国ペンシルバニア大学留学。北海道大学大学院医学研究科 婦人科学分野 助教授を経て、平成17年9月 リズミック婦人科クリニック開設。平成18年12月 医療法人社団 リズミック産婦人科クリニック 理事長