金融マンががんになって見えてきたもの
『がん六回 人生全快』
日本対がん協会常務理事
関原 健夫
関原 健夫
度重なる苛酷な病魔の襲来に“病と精一杯闘った、もう手術や治療を受けるのは止めよう”と心底思ったことも何回もありました。このような大きな病と共生しながらも今日元気で活動できるのは医学の進歩と良き病院、そして私生活・寝食を忘れて治療に没頭してくれた医師達のお陰です。“医学の進歩と医師達を信頼して希望を捨てずに立向うことが患者にとって如何に大切か”、を実感しています。この稀有な体験はがんや難病に苦しむ患者や家族に役立つのでは、また患者が見た医療現場の姿を社会に伝えることはお世話になった先生方への恩返しになるのではと考え、2001年闘病記「がん六回 人生全快」(講談社文庫)を出版しました。予想外に反響を呼び、以来様々な対がん活動や医療政策に携わることになり、「がん対策推進協議会」初代委員として現行の「がん対策推進基本計画」策定にも参画しました。病の体験、一冊の闘病記が己の人生を大きく変えることになりました。現在「がん連携拠点病院の指定に関する検討会」、「高度医療評価会議」の患者委員を務める外、「中医協(中央社会保険医療協議会)」の公益委員として厄介な診療報酬問題にも携わっています。
私の現役時代の仕事は金融マン(日本興業銀行勤務)、最後の8年は銀行の統合もあり、予想もしなかった年金の仕事(前半4年はみずほ信託銀行副社長として確定給付年金、後半4年は確定拠出年金の運営管理会社社長)に直接携わることになりました。人生は不思議なもの、日本の国民の最大関心事である社会保障の車の両輪である年金と医療に当事者として係ることになった訳です。
年金や医療、介護を含む社会保障に関連するニュースは毎日マスメディアで報じられています。これらの問題に共通するのは、厳しい現実を直視し、真正面から問題解決に取組む対応力が著しく不足し、場当たり的な、時には奇策を持って現実を糊塗し、問題先送りが横行していることです。今回「税と社会保障の一体改革」と銘打った改革も、消費税5%アップだけは漸く閣議決定に漕ぎ着けましたが、肝心の社会保障の改革の具体的な中身は全く見えず、単なる税制(増税)改正に止まっており、この5%増税分も社会保障の改革なしには数年で使い果たすことになるのは必至です。
問題の所在は明らかです。第一は日本の経済がこの20年間全く成長せず、GDP(国民総生産)が500兆円のまま推移していること。20年間実質ゼロ経済成長だった先進国は日本以外にはありません。第二は少子高齢化が急速に進み、社会保障に於ける負担と給付の乖離が拡大して、不足分は財政で穴埋めし、この結果借金(国債)が急増していること。これは「最小限の負担と最大限の給付」の国民の声に迎合する政治、所謂ポピュリズムの反映でしょう。年金や医療問題の先送りは勿論政治の責任ですが、国民の責任も重大です。
年金や医療は国民の最大の関心事と言いながら、年金制度や医療保険制度を理解している国民は意外に少ない。私の周りのビジネスマンでも私の携わった確定拠出年金、確定給付年金とは何か、基礎年金、国民年金、厚生年金や共済年金の負担や給付の違い、世代間格差や世代内格差はなぜ生じるのか、税金はどのように投じられているのか、等々年金の基本的な構造や問題の知識が乏しい。医療関係者も医療問題に精通していても年金は概して無知である。医療は大揉めした後期高齢者医療保険のような保険制度の問題に加えて医療提供体制や医療の質、薬剤や医療機器等の問題もあり年金以上に複雑且つ難解だと思います。
私は国民が、特に最大受益者である高齢者が厳しい現実と現役世代の負担を直視して、負担増と給付抑制を受容する覚悟が必要だと思います。但し実行する前提となる高齢者の説得を含む国民の合意形成には大変なエネルギーと時間を要しますが、財政状況やマーケットが待ってくれるのか疑問です。そのためにも長期的な課題として、子供の頃から学校教育で年金や医療の問題をもっと教えることが肝要でしょう。この問題を学ぶことは日本の政治・経済や社会を学び、考えることに他なりません。本年3月纏まった新しい「がん対策推進基本計画」にはがん教育の重要性と検討が掲げられているのは喜ばしいことですが、義務教育とは人間が生きて行く上で不可欠な知識や考え方を学ぶ場であるなら、年金や医療こそ最優先の題材ではないでしょうか。
私の現役時代の仕事は金融マン(日本興業銀行勤務)、最後の8年は銀行の統合もあり、予想もしなかった年金の仕事(前半4年はみずほ信託銀行副社長として確定給付年金、後半4年は確定拠出年金の運営管理会社社長)に直接携わることになりました。人生は不思議なもの、日本の国民の最大関心事である社会保障の車の両輪である年金と医療に当事者として係ることになった訳です。
年金や医療、介護を含む社会保障に関連するニュースは毎日マスメディアで報じられています。これらの問題に共通するのは、厳しい現実を直視し、真正面から問題解決に取組む対応力が著しく不足し、場当たり的な、時には奇策を持って現実を糊塗し、問題先送りが横行していることです。今回「税と社会保障の一体改革」と銘打った改革も、消費税5%アップだけは漸く閣議決定に漕ぎ着けましたが、肝心の社会保障の改革の具体的な中身は全く見えず、単なる税制(増税)改正に止まっており、この5%増税分も社会保障の改革なしには数年で使い果たすことになるのは必至です。
問題の所在は明らかです。第一は日本の経済がこの20年間全く成長せず、GDP(国民総生産)が500兆円のまま推移していること。20年間実質ゼロ経済成長だった先進国は日本以外にはありません。第二は少子高齢化が急速に進み、社会保障に於ける負担と給付の乖離が拡大して、不足分は財政で穴埋めし、この結果借金(国債)が急増していること。これは「最小限の負担と最大限の給付」の国民の声に迎合する政治、所謂ポピュリズムの反映でしょう。年金や医療問題の先送りは勿論政治の責任ですが、国民の責任も重大です。
年金や医療は国民の最大の関心事と言いながら、年金制度や医療保険制度を理解している国民は意外に少ない。私の周りのビジネスマンでも私の携わった確定拠出年金、確定給付年金とは何か、基礎年金、国民年金、厚生年金や共済年金の負担や給付の違い、世代間格差や世代内格差はなぜ生じるのか、税金はどのように投じられているのか、等々年金の基本的な構造や問題の知識が乏しい。医療関係者も医療問題に精通していても年金は概して無知である。医療は大揉めした後期高齢者医療保険のような保険制度の問題に加えて医療提供体制や医療の質、薬剤や医療機器等の問題もあり年金以上に複雑且つ難解だと思います。
私は国民が、特に最大受益者である高齢者が厳しい現実と現役世代の負担を直視して、負担増と給付抑制を受容する覚悟が必要だと思います。但し実行する前提となる高齢者の説得を含む国民の合意形成には大変なエネルギーと時間を要しますが、財政状況やマーケットが待ってくれるのか疑問です。そのためにも長期的な課題として、子供の頃から学校教育で年金や医療の問題をもっと教えることが肝要でしょう。この問題を学ぶことは日本の政治・経済や社会を学び、考えることに他なりません。本年3月纏まった新しい「がん対策推進基本計画」にはがん教育の重要性と検討が掲げられているのは喜ばしいことですが、義務教育とは人間が生きて行く上で不可欠な知識や考え方を学ぶ場であるなら、年金や医療こそ最優先の題材ではないでしょうか。
略歴
関原 健夫(せきはら たけお)
1945年北京生れ(65歳)。1969年京大(法)卒、㈱日本興業銀行(取)総合企画部長、みずほ信託銀行副社長、JIS&T社長を経て現在、日本対がん協会常務理事のほか、楽天銀行㈱取締役等数社の社外役員。中医協(中央社会保険医療協議会)ほか、医療関係の政府委員。2001年、闘病記「がん六回 人生全快」を刊行(現在、講談社文庫)。2009年闘病記が「NHKスペシャルー働き盛りのがん」としてドキュメンタリードラマ化。
1945年北京生れ(65歳)。1969年京大(法)卒、㈱日本興業銀行(取)総合企画部長、みずほ信託銀行副社長、JIS&T社長を経て現在、日本対がん協会常務理事のほか、楽天銀行㈱取締役等数社の社外役員。中医協(中央社会保険医療協議会)ほか、医療関係の政府委員。2001年、闘病記「がん六回 人生全快」を刊行(現在、講談社文庫)。2009年闘病記が「NHKスペシャルー働き盛りのがん」としてドキュメンタリードラマ化。