市民のためのがん治療の会
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二次医療圏の患者のシームレスなニーズへの挑戦

『十勝における第二次予防医療の展開』


社会医療法人 北斗
理事長 鎌田 一
社会医療法人 北斗は、北海道道東の帯広市に約3万平米の広大な敷地を擁し、北斗病院、北斗クリニックからなる二次医療圏の中核医療施設である。鎌田一理事長の先進的な取り組みにより、がん、脳及び循環器障害という3大死亡原因に対応する総合的な地域医療に果敢に挑戦しておられる。北海道という広大な地域における道東の住民にとって、心強い限りである。
同時に9割近くの人々が病院で看取られている現状に鑑み、新たな緩和医療へ挑戦するため<今生の別れの場>を構築しようとしている。
今回はこのような患者の様々なステージによるニーズにシームレスな対応を試みておられるほか、既に地域的な利点を生かして、ロシアなどとの医療サービス提供などグローバル化についても視野に入れておられる先進的なお考えについて、伺った。
 2011年の死亡総数が120万人を突破しました。少子高齢化社会の一方の側面は<多死社会>と捉えることができます。将来推計では2030年には、年齢別死亡率が改善しないという前提で178万人になると予想されます。一方、死亡原因の60%近くは癌・心疾患・脳卒中である三大成人病が占める状況に大きな変動はないと考えられます。従って、これら三大成人病に対してどの様に対峙してゆくのか? これが喫緊の課題であることは論を待ちません。三大成人病に罹らないように取り組むことを軸にする<第一次予防医療>の重要性は誰もが認知するところですが、しかしこれだけでは解決にはなりません。現在の医療の水準から考えて、なされなければならない医療の軸足となるものは<第二次予防医療>であると考えます。即ち、発症する前に疾患を診断し、発症しないように治療を推し進めるということです。くも膜下出血という疾患を例に説明いたします。くも膜下出血は5-7mmの大きさの脳動脈瘤の破裂により引き起こされます。一回目の出血で25%前後の方が亡くなってしまいます。二回目、三回目の出血では殆どの方が亡くなります。そのため、二回目の出血を引き起こす前に緊急の外科的処置が必要とされます。しかし、外科的処置が万全に行われても、くも膜下出血後7-10日目位に出現する脳動脈攣縮(脳の主幹動脈が細くなり、極端な場合には殆ど血流が途絶えてしまいます)により、脳の広範な領域に虚血性病変が多くの患者さんに引き起されます。このため、亡くなる方も勿論ですが、認知機能障害、片麻痺などの後遺症のため、社会復帰する方は半数くらいになってしまいます。しかし、5-7mm位の小さな脳動脈瘤があっても出血するまでは何の症状もありません。<健康体>そのものです。突然の頭痛によって発症するのです。もし、出血する前にこの小さな脳動脈瘤を見つけることができれば、開頭手術やカテーテルによる塞栓術(GDCコイルによる)などで安全に処置することが可能となります。これらの処置により、くも膜下出血から患者さんは解放されることになります。これが、くも膜下出血という疾患に対する<第二次予防医療>の実態です。癌に関しても同様に捉えることができます。転移する前に癌を診断できれば、脳腫瘍など頻度の少ない腫瘍性病変を除き、大胆に言えば、癌患者さんは<天寿癌>を展望することが可能となります。即ち、癌を抱えながらも天寿を全うすることが可能になるということです。心疾患に関しても同様に捉えることができます。この様な<第二次予防医療>は21世紀の医療のコアとなるべきものと考えています。社会医療法人 北斗は1993年1月18日に医療活動を開始しました。社会資源として医療活動を展開する事業体が目指すべきものは何か? それは正に、三大成人病に対する<第二次予防医療>を実現する組織の構築と<第二次予防医療>の進化を展開することと私達は考えました。1990年初頭、様々な疾患に対する診断機器の中心をなすMRIのinnovationがもたらされました。一切の被爆もなく、造影剤の使用も必要とせず、脳の血管病変を診断することが可能になったのです。未破裂の脳動脈瘤、脳血管の狭窄病変を、くも膜下出血や脳梗塞を引き起こす前に発見することができるようになったことを意味します。このinnovationが、多大なリスクをとってでも新たな医療活動を展開してゆくことを私達に決断させた、といっても過言ではありませんでした。しかし丁度、日本のバブルが弾けた直後の時代でもあり、ファイナンスは困難を余儀なくされました。現在も殆どの患者さんが病院を受診される場合は、何らかの症状を自覚してから、即ち発症してからです。しかし、<第二次予防医療>を展開するためには、発症前の<健康体>の方々を対象にしなければなりません。ひたすら、自覚症状のない方々が病院を訪れるのを待つ、この様な<待ちの医療>では<第二次予防医療>は展開できません。私達の事業理念を<地域に開かれた医療の展開>として位置づけ、啓発活動など院外活動に相当なエネルギーを注ぎ込むことが必要とされました。この活動の積み重ねにより、十勝19市町村の行政諸組織や、様々な事業組織との間で脳ドックなどの事業契約を結び、十勝における<第二次予防医療>の端緒を切り開くことができました。1997年12月、<Lancet>誌上に、PETを中心にした新たな癌検診システムによる癌ドックの成果が報告されました。検診事業において、rate of false negative(疾患を見逃す率)は限りなくゼロ%に近づけなければなりません。一方、この報告では今までの検診事業の10倍以上の成果が示されていました。私達もPETを核にした癌検診システムの構築に取り掛かりました。しかし、この時期は北海道拓殖銀行や山一証券などが破たんする、正に日本の金融システムが崩壊する危機に陥っていた時でした。付帯設備も含め数十億円単位の資金が必要とされたのですが、当然のことながら資金調達は困難を極め、4年後の2002年に、日本の医療界では初めての資産の流動化を基礎にした新たなファイナンス・スキームを組成することにより、PETセンターの竣工が可能となりました。また<第二次予防医療>においては、診断的側面のみならず可能な限り非侵襲的な治療的側面が求められなければなりません。従って同時期に実現した、IMRTの専用放射線治療機器である<TomoTherapy>の導入は、私達にとって大きな意味を持つものとなりました。現在、診断・治療両側面におけるinnovationの連鎖は私達の胸を躍らせます。10年の歳月と4000億円もの巨費を投じてなしえた<ゲノム・プロジェクト>の成果を、一日(数年内には数時間で可能となります)で、しかも数万円のコスト(数年内には数千円となります)で実現する塩基解析装置が今秋には商品として登場します。これにより数年内には、癌の臨床において重要なコンセプトとなる<個別化医療>が臨床の場を席巻することになります。陽子線治療器において最大の壁となるのは、建築コストも含め、巨額の資金を必要とすることです。患者さんにとっても、300万円もの高額な治療費が要求されることになります。この壁も、現状の1/3以下に抑えることとなる改良機器が登場することにより打開されてゆくことになります。この改良機器は現在FDAに申請されています。再生医療を基礎にした新たな癌免疫療法、FDAに申請されている新たな分子標的薬は百種以上にもなります。これらを患者さんの特性に合わせ、集学的治療として展開してゆくことにより、癌の臨床は大きく変えられてゆくと考えます。私達は今春、集学的治療の要として、温熱療法の治療機器である<Thermotron>を導入したところです。現在、日本では毎年120万人を超える方々が亡くなり、今後増加の一途をたどります。しかもその90%近くの方々が病院で看取られています。しかし、2025年に向けた医療・介護制度改革では病院・病床は減少してゆくことになります。看取りの場が大幅に無くなるということです。この現実の中で、私達は<福祉村>構想として、12000坪の敷地を活用し、新たな緩和医療へ挑戦するため<今生の別れの場>を構築してゆきます。医療人の感性とプライドをかけ、今秋着工いたします。

略歴
鎌田 一  (かまだ はじめ)

1976年札幌医科大学卒業後、群馬大学第一病理学教室(石田陽一教授)にて脳腫瘍病理の研修。1993年(平成5年)北斗病院を開設、2003年(平成15年) 7月 院長職を離れ、理事長職に専念、2009年社会医療法人 認可
この間、1987年から米カリフォルニア大学サンフランシスコ分校(UCSF)に留学し、脳腫瘍の分子生物学的研究を行う

専門医、資格 等:
日本脳神経外科学会専門医、日本脳神経外科学会 専門医日本リハビリテーション医学会認定医

所属学会:
日本脳神経外科学会日本リハビリテーション医学会日本がん学会日本がん治療学会日本分子生物学学会

2000年北海道病院協会 常任理事など公職多数
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