市民のためのがん治療の会
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粒子線治療は、放射線治療の主流となるか

『粒子線治療の今後について』


兵庫県立粒子線医療センター
院長 不破信和
 3年6ヶ月南東北がん陽子線治療センターで陽子線治療に携わり、現在、まだ半年に満たない経験であるが、兵庫県立粒子線医療センターで炭素線、陽子線の両者を経験する機会を得た。粒子線治療の今後について語るには知識、経験とも不足していることは否めないが、私見の形で述べてみたい。
粒子線治療の有効性について
抗癌剤の今後の方向性が分子標的薬剤などの様にがん特異的であるのと同様に、放射線治療の流れも、がん組織への集中性が高い粒子線治療に向かうことは間違いないと考えている。
最近我が国のオピニオンリーダーというべき月刊誌に粒子線治療は無駄であるとの記事が出た。その根拠の一つに陽子線治療の生物学的効果比であるRBE (relative biological effectiveness)が陽子線治療の場合1.1であり、X線治療と大きな差がなく、最近の強度変調放射線治療(IMRT)の進歩により、陽子線治療の利点が乏しくなったという点を指摘している。確かに前立腺癌での治療においてはこの指摘は的を射ていると言って良いであろう。しかし、多くの臓器において粒子線治療の線量分布上の優位性は明らかである。図1は食道癌に対する従来の放射線治療と陽子線治療での線量分布を示すが、現在問題となっている心臓への障害1,2の軽減に陽子線治療の方が有利であることに異論を唱える人はいないであろう。
早期喉頭癌に対する標準治療は言うまでもなくX線治療であるが、両側総頚動脈の高線量被曝による狭小化に伴う脳梗塞が問題視されている3。図2は早期喉頭がんのX線治療と陽子線治療の線量分布を示すが、両側総頚動脈への線量軽減に陽子線治療の優位性は明白である。
筆者の個人的見解であるが、腫瘍の種類、あるいは正常組織の種類によりRBEは異なるという印象を持つ。つまり、ある腫瘍にはRBE1.1という数値以上の効果を示すということである。このことは同時に正常組織も部位の違いによっては障害もX線治療よりも強くでるということでもあり、陽子線治療のRBE1.1という数字のみ取り上げて議論することの意義は乏しい。
4年間に及ぶ粒子線治療の経験から言えることは、放射線治療の基盤的役割を持つX線治療の重要性は今後も続くと思われるが、「粒子線治療への流れは止められない」というのが率直な思いであり、癌治療における粒子線治療の役割は今後、益々大きくなるものと考えている。


どの様な症例が粒子線治療の対象になるか
多くの固形がんが粒子線治療の対象になり得る。特に有用性が高いとされている悪性腫瘍は頭蓋底腫瘍、頭頚部非扁平上皮癌、早期肺癌、肝癌、前立腺癌、小児癌である。米国での小児癌に対する放射線治療は陽子線治療が第一選択となっている。上記の腫瘍以外にもX線治療あるいは化学療法との併用により進行肺癌、食道癌、頭頸部扁平上皮癌、膵癌などの難治癌への適応拡大も行われつつある。さらに緩和治療あるいは症状寛解治療としても重要な役割を担うものと思われる。例えば単発での肺転移、肝転移あるいは大きな腫瘍塊を有する骨転移病巣も粒子線治療の適応になろう。その意味では粒子線治療の適応例はX線治療より広いと考えて良い。
照射技術も現在の方法よりもさらに腫瘍に近似した線量分布形成が可能な積層原体照射、spot scanningが開発されつつあり、今後の癌治療に大きな役割を占めるものと思われる。


陽子線治療か炭素線治療か
上述した様に陽子線のRBEはX線との差は僅かであり、炭素線のRBEの高さ、またOER(oxygen enhancement ratio)についても炭素線は陽子線よりも低く、このことが多くの放射線腫瘍医が炭素線治療を推す理論的根拠になっている。そのため通常の放射線治療抵抗性腫瘍である骨肉腫などの肉腫系には炭素線治療の方が陽子線治療よりも抗腫瘍効果は高いと考えられている。また線量分布のシャープさという点においても図3に示すように炭素線の方が側方向での線量分布は優れており、両方の線種での治療が可能な兵庫県立粒子線治療センター(以下兵庫)においても炭素線治療の比率は年々高くなってきている。兵庫での線種の決定はRBE、OERを考慮してではなく、主にDVH上の比較検討から行われている。兵庫の特徴として炭素線では水平、垂直以外に他の施設にない45度からの照射が可能であること、またnon coplanarでの照射が可能であり、色々な部位の腫瘍に対応可能であることも一因であろう。
放射線治療では腫瘍周囲の正常組織の障害が許容できる範囲での線量での治療が原則であるが、粒子線の場合でも特に直列臓器においてはこの原則から逃れられない。炭素線で治療した場合の腫瘍のRBEが2―3と高くても、周囲正常組織のRBEが3以上であれば、治療として成立しなくなり、むしろ陽子線あるいはX線の方に治療効果比の点で分があることになる。単純にRBE、OERの数値のみから優劣を論じることは間違いであろう。
兵庫での肺癌、頭頚部癌(非扁平上皮癌)、肝癌での遡及的検討では陽子線と炭素線の間には有意な治療成績の差は認められていない。現在、無作為比較試験を肝癌で進行中であるが、その他の部位にも検討中であり、RBE、OERの数値が臨床結果に反映されるかどうかについては今後、明らかにされるであろう。
粒子線治療の採算性について
最近、治療室が1室である陽子線治療施設は50億円を切る価格設定になっており、この場合の採算ラインに乗るための必要照射人数は年間250人と試算されている。複数の治療室を備える陽子線治療施設では70-80億円必要であり、その場合の採算ラインは年間450人の治療患者が必要とされている。
一方で炭素線治療施設の場合は150億円程度必要とされ、採算面でプラスになるには概算で年間800人は必要になる計算になる。
現在、陽子線治療の治療費は250~290万、炭素線治療の場合は320万円前後であるが、年間800人以上の治療人数の達成は至難の技であり、公的援助なしでの運営は現実的に不可能であり、採算性については現時点では陽子線治療のみであると言って良い。

おわりに
粒子線治療は根治治療だけでなく、緩和治療としても今後、重要な役割を果たすものと期待される。装置の小型化と低価格化は進められると思われるが、依然として高額な機器であることに変わりはなく、採算性は大きな問題として残る。我が国には世界的に見ても多くの粒子線治療施設があるが、現在、複数施設の建設が行われており、また計画されている。しかしながら、採算性については深い議論なしで粒子線治療の導入進められて来た経緯があり、また現在においてもなされていない。採算性については今後は充分、検討されるべきであろう。

文献
1.Morota M, et al. Late toxicity after definitive concurrent chemoradiotherapy for thoracic esophageal carcinoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys 75(1):122-128,2009
2.Ishioka S, et al. Long-term toxicity after definitive chemoradiotherapy for squamous cell carcinoma of the thoracic esophagus. J Clin Oncol 21(14):2697-2702,2003
3.Rosentahl DI et al. Simple carotid sparing IMRT technique and preliminary experience for T1-2 glottic cancer. Int J Radiat Oncol Biol Phys 77(2): 455-461. 2010

そこが聞きたい
Q生物学的効果比率であるRBE(relative biological effectiveness)というのは、異なる医療技術間の治療効果の比率ということですね。つまりこの場合は、X線の治療効果より、陽子線治療の効果が1.1倍よかった、ということはほとんど変わらないじゃないか、それならIMRTで十分で、15倍も20倍もする高額な粒子線治療装置など無駄だと・・・。

A RBEはX線を1とした場合の効果を示す指標ですが、ある一部の細胞系での実験で得られた数値であり、絶対的なものではなく、臨床例、全てに当てはまるものではないと考えられています。

Q多くの臓器において粒子線治療の線量分布上の優位性は明らかということで、心臓などへの影響その他、X線ではどうしても防ぎきれない多臓器への影響を抑えられるというのは、患者にとってもありがたいことです。結局、ブラッグピークという極めて特徴的なエネルギー曲線を持つ粒子線は、狙ったところでエネルギーを放出して、突き抜けることがない、という特性が活かされているわけですね。

A そのとおりです。特に食道癌治療で問題となる心臓への被曝が避けられる点は大いに評価できます。

(ブラッグ・ピークについて 編集:注 平成22年4月2日がん医療の今No.29掲載  東京医科大学茨城医療センター 菅原信二先生ご寄稿より)
原子核あるいは原子核を構成する粒子を光速近くまで加速したものは粒子線と呼ばれ,照射された物質や細胞に様々な変化を与えます.粒子線の中でも原子番号が2より大きな原子の原子核を加速したものは重粒子線と呼ばれ,その物理的特性から非常に優れた線量集中性が実現できます.この重粒子線は加速された速さに応じてブラッグピークという吸収線量のピークがあり,一定の深さで大量のエネルギーを放出して停止し,それより先にはほとんど影響を及ぼさない性質があります.

このブラッグピークを腫瘍と一致させられれば,腫瘍に高線量を集中することができます.


Q 効果のほかに粒子線が問題にされるのは、適応症例が少ない、粒子線でなければ治せないというものが少ないという点ではないでしょうか。

A適応症例については線量分布(腫瘍への線量集中性)が高く、適応症例はむしろX線より多いと考えています。

Q しかしそれは結局まだ歴史が浅いということで、今後の研究でだんだん実績を積んでゆくしかないのではないでしょうか。ブラッグピークを考えると、最難治がんの一つである膵がんなどにも活用できるのではと思いますが。

A 実は粒子線治療の歴史は1950年代から始まっており、歴史はライナックX線治療とほぼ同じです。膵癌には兵庫県立粒子線医療センターで多くの症例を治療としていますが、局所制御は良好ですが、肝転移などで死亡する症例が多く、まだまだ解決すべき点は多いと思います。

Q OER(oxygen enhancement ratio、酸素増感比)というのはどういうことでしょうか。

A 通常のX線治療では酸素が充分ないと効果が減弱するとされていますが、炭素線治療では関係がないとされています。

Q DVHというのはどういうことでしょうか。

A DVHとは線量分布と照射される部位の体積を表すグラフです。

Q non coplannarとは。

A non coplannarとは通常の放射線治療ではある一面での照射での治療ですが、違う面からの治療を追加する方法です。

Q 直列臓器というのは、どういう意味でしょうか。

A 直列臓器とはある部位の障害が致命的な障害になる臓器です。例えば脊髄がこれに当たります。並列臓器とはある部位の障害が致命的な障害にならない臓器です。例えば肝臓の末梢部分がこれに当たります

Q 採算については、健康保険に収載されるような動きが鈍いようですが。保険が効くようになれば当然、粒子線を選択する人も増えますね。

A 陽子線治療は小児がん、炭素線治療は骨・軟部腫瘍に適用される日は近いと思います。

Q 技術革新は小型化と低価格化を加速させると思いますが、患者にとっては一層の研究が待たれます。

A 今後、その方向で確実に進むものと思います。是非、日本のメーカーに頑張って頂きたいと思います。

略歴
不破 信和(ふわ のぶかず)

三重大学医学部卒業後、三重大学病院研修医、浜松医科大学放射線科を経て昭和59年7月より愛知がんセンター放射線治療部勤務。平成10年4月同部長、平成18年4月愛知県がんセンター副院長兼放射線治療部部長。平成19年9月南東北がん陽子線治療センター長。平成24年4月兵庫県立粒子線医療センター 院長、現職
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