市民のためのがん治療の会
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官製「安全情報」は本当か?

『「チェルノブイリ原発事故」第3回ウクライナ調査報告(2)』


食品と暮らしの安全基金
代表 小若 順一
3・11の東日本大震災に続く福島原発事故後1年8カ月。巷には昨年12月の野田首相の「冷温停止で安全」との安全宣言に象徴される官製「安全情報」があふれる。前々からチェルノブイリの実態調査を進めている「食品と暮らしの安全基金」の小若順一代表は、最近もウクライナ調査を終えて帰国され、《チェルノブイリ原発事故》第3回ウクライナ調査報告を公表されたばかりだ。
なお、今回の調査も「食品と暮らしの安全基金」の小若順一代表のかねてからの市民運動の方法として、「食品と暮らしの安全」の読者のみな様から、取材費と、ガンの子どもが適切な医療を受けられるようにするためのカンパを募り実施しておられる。これは「何々していただきたいと思います」式の主として公的予算要求型の市民運動ではなく、自らが欲する事業を自らの力で行おうとする運動方式であることも注目に値する。
ここに小若代表のご好意で同報告の中から、医療関連の部分を転載させていただいた。今回はその二回目、転載をご快諾いただきました「食品と暮らしの安全基金」および小若順一代表に感謝いたします。(會田)

【ツアーと調査-全日程の概要①】



<9月 25 日(火)>
■ウクライナ保健省所属・国立ガン研究所・小児科病院

◎院長のグリゴーリー・グリムシク医師に案内され、子どもの遊戯室で話を聞く。

 「毎年 1000 人の小児ガン患者が発見されている。その半分は血液関係のガンであり、それ以外のガンの患者がガン研究所・小児科病院に来ている。その他とは、腎臓・脳などの臓器のガンのこと。
 この病院には、臓器に関わるガン患者が毎年250人入院しており、550 床、小児病棟は40床ある。
 ここで行っている治療は、化学療法、セラピー、手術などだが、西側諸国では小児ガンの70%は回復するのに対し、ウクライナでは55%である。回復とは、5年以上延命する比率。
 ウクライナの治癒率が低い理由は、第一に予算が低いことがあげられる。不足しがちだが、薬はなんとか用意できても、医療機器が古く、設備が不足している」
 ウクライナの小児ガンの第一人者グリムシク医師に、ツアー参加者は積極的に質問した。

--治癒率が55%と低いのは遺伝が関係しているか。
グリムシク医師 答えるのは難しい。そもそも小児ガンの30%は非常に治療しにくいガンだ。
 知る医師は、「遺伝による不安はある」と言っているが、おそらく環境とも関係している。最近の罹患率は安定している。ただ、同じ種類のガンなのに細かいところで違うタイプのものが増えている。5年以上延命できる子が55%。1年以上なら80%になる。

--チェルノブイリ原発の事故後、注意して小児ガンを発見しているのか。
グリムシク医師 小児ガンは発見しにくく、クリニックで別の病気だと診断されるケースが多く、発見までに時間がかかってしまう場合が少なくない。

--日本では甲状腺異常(ガン)のみが放射能の影響だと言われるが。
グリムシク医師 事故後に甲状腺ガンが急増したが、その後は安定している。罹患率は子ども10万人あたり12人。事故当時、妊娠している母親がそれほど多くなかった。統計的にみて事故当時に妊娠していた人の子どもの小児ガン発生率が高いかどうかはわからない。
 そもそも事故直後はデータが秘密にされていたし、事故後は住民の移住が多く、被害者として登録されていなかったケースもある。
 したがって、データベースは当時のものは少なく、むしろ日本、あるいはロシアのデータを参考にするくらいだ。
 1950 年代は、ウラル山脈のチェリャービンスク近辺(ウクライナから3000km離れている)で事故があり、チェルノブイリの90倍もの放射能を出したことが、今はわかっている。
 そのときガンは急増し、小児ガンも増えた。しかし、現場は地図にさえ載っていなかったのである。

--山下俊一教授は、事故後4年は、ガンが増えたが、その後はあまり出ていないといっているが。
グリムシク医師 私自身、1990 年代の初めごろからデータを調べ始めた。新しくガンにかかる人は年間900~1200人くらい。ウクライナで、ガンのデータがきちんとでき始めたのは1990年代から。イギリスでは、子ども10万人中14~15人、ウクライナで12人くらい。

--白血病は多いのか。
グリムシク医師80年代後半に白血病についてよくわかるようになった。当時の検査技術は不完全だった。


◎2つの病室

 入院中の子どもがいる隣り合わせの 2 部屋を見させてもらった。
 みんな恐るおそる覗いたが、抗ガン剤で髪の毛が抜け落ち、痩せていて目に生気がない子を見ると、胸がしめつけられる思いがする。
 子どもへのお土産を、みんなそっと渡した。



◎リハビリ室

   患者支援団体「ザポルーカ」はウクライナ語で「蝶々」。
 会長のナターリャ・オニプコさんに案内され、リハビリ室を見学。
 「この小児科病棟は、血液以外のガン患者が多いですが、とくに骨の病気が多く、手術を無事に終えても、その後にリハビリができるかどうかで、回復の速度が違う」
 このリハビリ室ができたのは2009年。器具を使って身体能力を快復させる先生が1人、もう1人はマッサージを行う。 こうしたリハビリを経て快復した子が、ガン患者のスポーツ大会に数多く出場している。「勝利者のクラブに入っている子どもたちが多い。これは病気との闘いに勝利したという意味で、これを一番の誇りにしています」と、ナターリャ会長は何度も強調した。


■外来病棟の「ザポルーカ」オフィスで
 入院病棟と正面玄関を出て、隣の外来病院に。ここの精神科の医師をザポルーカが援助しており、その部屋がザポルーカの出先事務所になっている。
 ザポルーカのスタッフであるオクサーナ・コバリチュクさんが常駐し、子どもたちをケアする。
 ナターリャ会長によると、精神科的サポートは子どもを回復させるのに非常に役立つ。
 しかし、精神科というと親たちが快く思わなかった。それを説得したという。


■ザポルーカ本部で寄附金贈呈
 「食品と暮らしの安全」読者からの寄付金6000ドルを贈呈。5月に6000ドルを寄付しており、合計1万2000ドルになる。
 「(今回の)6000ドルは、主にクスリの購入に充当したい」とナターリャ会長。







■「家族の家」(ザポルーカ運営)
 キエフ郊外のジュリャーニ村にある「家族の家」を訪問。
 田舎に住む人にとっては、子どもを連れて首都キエフまで往復する交通費と、医療費と宿泊代の負担が非常に大きいので、親子が無料で滞在できる施設は非常に貴重で、「家族の家」はザポルーカの活動の柱である。  5家族が同時に宿泊できる。
 「泊まるだけでなく、子どもどうしが友だちになり、同じ悩みを抱える者として親たちも親しくなり、子どもたちは回復してからもまた “家族の家”に行きたいと言っているくらいです(」母親の1人)
 ツアー参加者は、2階に上がり、子ども用の土産をそれぞれが配った。この国の子どもたちは素直で、ノートとクレヨンをもらうと、すぐに絵を描き始める。

◎ナターリャ・オニプコ会長の講演

 スライドを使ってザポルーカの活動を紹介。
 2010年に、優秀慈善団体としてウクライナ国内で表彰された。現在、医療機器や薬の支援、治療する親子が宿泊する「家族の家」の運営を中心に行っている。
 最近は精神医療の視点を取り入れることや、セラピーも重視している。
 老朽化した病棟では冬に冷たい隙間風が入ってくるので、最近、修復費を病院に寄付した。
 また、小児ガンなどにかかわる若手医師向けの教科書、病気の子どもを抱える親向けの本の出版にも協力している。
 「家族の家」は、小児ガンの子どもたちの複数の家族が出入りするが、そのことを家主は嫌がる。この家は2軒目で、なんとか賃貸を続けてもらっているが、10月に賃貸契約が切れる。新しい家を探しながら、今の家主とも交渉中。
 近い将来、寄附を募って自前の家を建てたいと考えている。

◎庭でリハビリのための遊び


 天気がよかったので、芝生で子どもたちのリハビリを促進するイベント。
 「ピエロ」という淡いピンクの衣装の女性が子どもたちを遊ばせる。
 最初は、ただの遊戯のような感じで、ツアー参加者は何となく見ていたが、子どもたちが本当に笑い、思い切り遊ぶようになって、笑顔が心の底からはじけるようになると、子どものガンを快復させるためには、心から笑える遊びが役に立つとに気づいて、輪の中に次々と入って一緒に遊んだ。
 プロの演技者が、子どもに歓喜を与えると、子どもに希望が芽生え、回復を促進することは間違いないだろう。


◎子どもがかかえている症状


 屈託のない笑顔を見せて遊ぶ子どもたちも、次のように重い症状を抱えている。

○1歳9ヵ月女児エフゲーニャ
 2週間前に腎臓ガンを手術し、9月29日に行われる化学セラピーのため、母アナスタシア(21歳)とともに家族の家に滞在していた。





○6歳男児エフゲーニー・イリイン
 エフゲーニー君は左足に悪性腫瘍で手術待ち。母は下の子を産んだばかりなので、代わりに祖母のリュドミラがめんどうを見ている。ドニエツク市在住。





○5歳男児ニキータ・ジェミガ
 背中にガン。3歳7ヵ月のときに病気が判明した。オデッサからやって来た。






○16歳男子11年生(高2)
 脚に腫瘍があり9月27 に手術予定。






○16歳女子アーラ・メルニチュク
 2週間前に肩甲骨からガンの摘出手術。父ビクトルが付き添っていた。






<9月 25 日(火)>
■放射線の胎児影響研究で第一人者
 ウクライナ医学アカデミー放射線医学研究センター
 コスチャンチン・ロガノフスキー教授講演会


・受胎から2週間に放射線を浴び、遺伝子が傷つくと死ぬ。
・8週から16週は、そのときにつくられている臓器が強い影響を受ける。
・脳の影響は IQに現れる。とくに左脳・言語系能力(数学の能力も)が著しく低下する。非言語能力は低下しないので、両者にアンバランスが生じる。
・5歳~7歳の子どもの脳機能を調査。同じ子どもを10~12歳、23~25歳と、3回にわたり調査した。脳に損傷を受けても、適切な治療によって、左脳(言語系能力)と右脳(非言語系能力)のアンバランスが解消される例もある。

<9月 28 日(金)>
■ピシャニッツア村学校
<司会の生徒>
 ウクライナは、私たちの生まれた国です。この国は、緑の多い素晴らしい国です。
 1986年4月26日、原発で事故が起こりました。
 そのときからウクライナ人にとって辛い日々が始まりました。
 チェルノブイリ原発事故はとても辛いことです。  しかし、人々はすごく頑張っています。
 私たちには、とても苦しい、忘れられないことです。
 事故は、私たちの生活に、とても暗いものを残しました。  私たちは今悩んでいます。
 もう 26 年が経ちましたが、今も“チェルノブイリ”は続いています。
 まだ、毎年多くの犠牲者が出ています。

<校長>
 今回の準備はそれほど難しくありませんでした。学校にはいろいろなお祭りや行事があるので、そのためにいつも準備しています。
 チェルノブイリ事故の起こった4月26日には必ず行事を行います。
 子どもたちは、日本の福島のことを、映像や番組を見てよく知っています。
 子どもたちは、福島とチェルノブイリと大きな関わりがあることを理解しています。

略歴
小若順一(こわか じゅんいち)

NPO法人『食品と暮らしの安全基金』代表。
1950年、岡山県生まれ。1984年に「日本子孫基金」を設立、ポストハーベスト農薬の全容解明など、食品の安全を守る活動の第一人者。
著書: 『食べるな、危険!』(講談社)、『食べ物から広がる耐性菌』(三五館)、『使うな、危険!』(講談社)、 『食べなきゃ、危険!』(三五館) 『食事でかかる新型栄養失調』(三五館)、 『放射能を防ぐ知恵』(三五館)、『生活防衛ハンドブック』(講談社α文庫)など多数。
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