市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
臨床応用に踏み出そうとするホウ素中性子捕捉療法

『ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)』


京都大学原子炉実験所・附属粒子線腫瘍学研究センター教授
小野公二
このところメディアなどでもBNCTが取り上げられ始めた。当会ではすでに本年9月26日配信の「がん医療の今」No.122において、京都大学原子炉実験所・附属粒子線腫瘍学研究センターの小野公二教授に「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」と題してご寄稿いただいた。
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20120926_ono
その後、本年10月25日、京都大学東京オフィス(東京・品川)において平成24年第4回「市民のためのがん治療の会」講演会として「BNCTって、何だ?!―ホウ素中性子捕捉療法とは」を開催した。
本稿はその講演会の講演要旨として当会ニュースレターにご寄稿いただいたものを、小野教授のご厚意でWEB上にも掲載させていただいたものである。小野先生のご厚意に感謝いたします。(會田)
 最近、「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」という言葉を時々聞かれるのではないかと思いますが、今日は「市民のための癌治療の会」の會田代表の要請により、BNCTの過去・現在、そして将来の展望をお話しすることと致します。
 先ず、BNCTの原理と特長、過去の研究から話しを始めることにします。


1.ホウ素-10( )原子核は中性子を効率よく捕獲します。 その反応を利用すると選択的細胞照射が可能です。
 中性子は原子核を構成する電荷のない粒子です。その為、エネルギーの低い熱中性子は原子核に捕獲され易く、原子核の分裂を誘発します。天然ホウ素(B) はの混合で、自然核分裂のない安定元素ですが、原子核は特に中性子を容易に捕獲します。その効率は人体の元素の中で最も能く中性子を捕獲する窒素-14()の約2000倍で、α粒子と原子核に分裂します。これら粒子はエネルギーが低く細胞直径を越えない距離しか走行しません。このため核分裂反応が生じた細胞だけを破壊します。更にこの効果が大変大きい特徴が在ります。この機序を図で説明すると図1の様になります。X線の効果に抵抗する低酸素がん細胞にも大変効果的です。こうしたBNCTの基本アイデアは1936年に発表されました。





2. BNCTの成功には腫瘍に集積性のあるホウ素化合物が不可欠です。
 世界初のBNCTは米国で1951年から暫く膠芽腫(最も悪性度の高い脳腫瘍)を対象に行われましたが結果は芳しくありませんでした。化合物の腫瘍への選択的集積性の不足が原因でした。
 その後の研究によって、現在は12個のを含むボロカプテイト (BSH)と1個のを含むアミノ酸(フェニルアラニン)の誘導体のボロノフェニルアラニン(BPA)の2種が使われています。BSHは1968年に故畠中教授が脳腫瘍のBNCTで用いました。BSHは血液脳関門の機能が破綻している悪性脳腫瘍に滲入できます。一方、BPAは神戸大学皮膚科の三島現名誉教授が、1987年の世界初の悪性黒色腫のBNCTで用いました。その後、様々ながんにも集積することが分かりました。がん細胞は旺盛な増殖のためアミノ酸が正常細胞以上に必要で、その為がんによく集積します。



3. BNCTには強度(単位面積・毎秒当たりの中性子数)の高い中性子源が必要で研究用原子炉が使われてきました。
 治療に必要な秒当たりの熱中性子数は研究用原子炉でしか得られず、専ら原子炉が使われました。1990年以降、我が国では京都大学原子炉(KUR)と原子力研究開発機構4号炉(JRR4)が利用されましたが、JRR4は2011年の大地震で運転を休止しています。熱中性子は体内で15-16mm毎に数が半減する為、膠芽腫のBNCTでは開頭手術下の中性子照射が必要でしたが、エネルギーがやや高く体内で熱中性子に変わる熱外中性子を利用すると術中の照射は不要です。



4.治療の成功にはBPA集積性の事前検索が役立ちます。
 化合物のがん(Tumor):正常組織(Normal tissue)への集積比(T/N)が事前に分かれば対象となる患者さんを適切に選択できます。18F で標識した-BPAを用いたPETによって、BPA のT/Nをある程度の精度で予測できます。脳腫瘍の-BPA PET画像での高集積の部分はMRI画の造影陽性域とよく一致します。



5.  実施例が示すがんへの選択的効果
5-1.悪性神経膠腫
 大阪医大脳神経外科との共同研究では診断時起算の生存期間中央値が17.3-23.0ヵ月に達し、直近のデータでは2年生存率が50%を超えます。標準のTMZ(Temozolomide、商品名:テモダール)
 併用X線治療と比べてもBNCTの方が良好です。確かな結論を得る為に多施設共同臨床研究が進行中です。BNCTでは他の放射線では不可能な腫瘍への一回大線量照射が可能で、照射後早期から腫瘍の縮退や浮腫域の縮小が得られます。原発巣の制御向上に伴い脊髄等への播種が顕在化し、2年以降の死因の多くがこれに因るため播種対策も今後の研究課題です。



5-2.再発頭頸部がん
 有効な再治療に乏しい標準治療後の再発頭頸部がん症例にBNCTを試行したところ奏効率は>90%、24%の長期生存率が得られました。通常は制御不能の巨大な再発腫瘍例で、皮膚反応は軽度発赤の程度で腫瘍の完全消失を得ました(阪大・歯・口腔外科との共同研究)。別の症例ではがん選択的効果がBNCT後の手術で病理学的に確認できました(川崎医大・耳鼻咽喉科/放射線治療科との共同研究)。



6.  一つの臓器に複数のがん病巣がある場合にも治療の可能性が在ります。
 臓器全体に広がるがんの放射線治療は、がん細胞が放射線に弱い場合や臓器が放射線に強い場合に限定されますが、我々は動脈塞栓術でBSHを正常肝の数十倍の濃度で腫瘍に閉じ込める手法で、2005年より多発肝臓がんのBNCTを試みています。2005年12月、胸膜全体に複雑に進展するアスベスト悪性胸膜中皮腫に世界初のBNCTを試みました。QOLの顕著な改善と腫瘍の縮小が確認できました。現在、多施設共同の臨床研究がKUR(京都大学原子炉実験所)で進行中です。臨床研究が加速した2001年以降、KURでは外にも多くの世界初の試みを行っています。



7. 加速器中性子源の開発に成功しました。
 原子炉では固有の規制や設置場所の不自由等のため臨床が非常に制約されます。BNCTの承認がん治療へ発展には、制約の無い小型加速器中性子源が不可欠です。我々は住友重機械工業株式会社と共同で世界初のサイクロトロン中性子源を開発しました(図2)。加速陽子の標的は実績があり安全性も確認済みのベリリウム(Be)です。性能はKUR附設のBNCT設備の約2倍です。10月より薬事治験第1相を開始しました。
BNCTはがん細胞選択的照射の特長を有し、20世紀のがん放射線治療を支配してきたパラダイムを革新する可能性を持った別次元の治療です。



略歴
小野 公二(おの こうじ)

1974年、京都大学医学部卒業。川崎医科大学助手(放射線治療教室)を経て、京都大学医学部附属病院助手。その後、カリフォルニア大学サンフランシスコ校で博士研究員、エッセン大学医学放射線生物学研究所で客員研究員を経て、1988年、京都大学医学部講師(放射線医学講座)。1991年、京都大学教授(原子炉実験所附属原子炉医療基礎研究施設)。1992年、同施設長、2005年、同粒子線腫瘍学研究センター長(名称変更)。現在に至る。
日本放射線腫瘍学会前理事・元会長、前監事、日本医学放射線学会・元生物部会長、放射線治療専門医(JASTRO/JRS共同認定)、国際放射線研究連合理事(医学担当)、日本中性子捕捉療法学会初代会長、国際中性子捕捉療法学会評議員、日本学術会議連携会員(平成20年~24年

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