市民のためのがん治療の会
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子宮頸がん予防/ワクチンと検診の効果的・効率的運用を図るには

『欠かせない「登録」と「フォローアップ」』


公益財団法人日本対がん協会マネジャー
小西宏
原因が分からないために根本的な治療はおろか予防もおぼつかない、厄介な病気、がん。 その中で例外的に発がんの原因が判明した子宮頸がんは、原因となるヒトパピロマビールスの感染を予防するワクチンが開発され、日本でも2010年度から接種が始まった。だが、子宮頸がんを効果的に予防するには、「登録」と「フォローアップ」がカギになるとする日本対がん協会の小西宏氏にご寄稿いただいた。(會田)
 子宮頸がん対策がいま、大きく変わってきています。理由は、ワクチンと検診という、予防医学、公衆衛生上の大きなツールを手にしたことです。ワクチンで子宮頸がん発病のリスクを大きく減らすとともに、検診でがんになる前に「異常」を見つけて対処する――すなわち理論的には「予防」が可能になってきたのです。それを効果的かつ効率的に実現するには、「登録(レジストリー)」と「追跡(フォローアップ)」がカギになります。ただ残念ながら、日本ではまだ、それが重要だという認識が広がっていません。厚生労働科学研究費を受けた研究班のメンバーとして、どうすれば日本で「登録・追跡」が可能になるか、日本対がん協会では、専門家の先生方の協力を得て、研究を進めています。

 子宮頸がんは、そのほとんどが、ヒトパピローマウイルス(HPV)が原因となっています。HPVの感染ルートは主に性交渉で、性交渉経験のある女性の8割が生涯に一度は感染すると言われます。多くの場合は免疫の働きで自然に排除されてしまい、発病するのはごく一部です。過剰な心配は要りませんが、HPVには誰もが感染する可能性があり、誰が発病するかは、現在は事前に知ることができません。
 子宮頸がんを引き起こすHPVは15種類ほどあり、ワクチンは、そのうち16型と18型のHPVの感染防止を目的に開発されました。この2種類で原因の7割ほどを占めているので、計算上はワクチンで子宮頸がんの発病を7割ほどは防げることになります。
 このワクチンと、子宮頸部の細胞をこすり取って顕微鏡で調べる検診を組み合わせることで、予防効果が高まるのです。

 2012年7月上旬、チェコ・プラハで開かれた子宮頸がんに関する世界的な学会「EUROGIN」で、次のような計画が、スウェーデンやベルギーの研究者らから発表されました。
 まずスウェーデンの計画を紹介します。「全国HPVワクチンモニタリングプログラム」と呼ばれる「登録」に基づくフォローアップ計画です。
 スウェーデンでは2007年、中学生から18歳までを対象にワクチンの公費接種が始まりました。そのワクチンの接種について登録し、HPVの感染をモニタリングしながら、ヘルスデータ登録、バイオバンクなどと連携してフォローアップする内容です。
 発表では、2022年に評価されることになっていました。
 ベルギーでも、5つの大学を含めた研究機関が協力してワクチンモニタリングプログラムを始めた、と報告されていました。
 登録とフォローアップのお手本はオーストラリアです。
 オーストラリアでは2006年に中学生世代(12、13歳)を対象に学校ベースのワクチン公費接種が始まり(2009年までは26歳まで)、それが「The National Papillomavirus(HPV) Vaccination Program Register」に記録されています。保護者が「拒否」しなければ記録されることになっています。
 オーストラリアでは、2000年ごろから国を挙げて子宮頸がん対策に取り組んできました。検診の受診呼びかけと、結果の登録です。これと、HPVワクチン接種の記録がリンクされたのです。
 その結果――子宮頸部の「異常(High-grade abnormality)」の発症率(1000人あたり)に変化がみられてきました。
 20歳以下では、2007年は11.1だったのが、08年は10.8に、09年は8.9.10年には7.8にと「順調に」下がってきました。
 オーストラリアで接種されてきたワクチンは、子宮頸がんの原因となる2タイプのほか、性器に良性のイボをつくる2つのタイプのHPVの感染も防ぐ効果があります。その性器のイボの発症ぶりをみても、30歳以上では近年増加の傾向にあるのに、21歳以下と21~30歳では2007年を境に大きく減少していることが示されました。プラハでのEUROGINでも「異常ぶりの変化」が、登録、フォローアップの仕組みとともに報告されました。
 こうした変化が把握できるのも、ワクチンの登録と、検診とリンクしたフォローアップの仕組みが整えられているからです。

 なぜ、登録、フォローアップが必要なのでしょうか。理由はたくさんあります。
 まず、ワクチンの効果の検証です。規制当局の承認をめざした臨床試験では効果が確認されています。その後のフォローアップでも、確かに、有効性が報告されています。
 ただ、それが、「試験のために集めた集団」ではなく、「一般の社会集団」においても、同様の効果があるのかどうか。それを確かめる必要があるでしょう。効果があった場合に、子宮頸がんという病気の発症の状況が、死亡者の減少を含めて、どのように変化していくのでしょうか。それを把握することで、予防医学の成果の検証につながるのです。
 それだけではありません。一般的に、薬には、予期しなかった効果が確認されることがままあります。このHPVワクチンにもそうした期待がない、というわけではありません。
 子宮頸がんに関して、ワクチンが対象としている16型、18型のHPVで原因の7割程度を占めるとされています。しかしながら、「クロスプロテクション」といって、子宮頸がんの原因となる他のタイプのHPVの感染を防ぐ、ということも報告されています。とすれば、子宮頸がんの発症状況が、もっと大幅に減少するかもしれません。
 良い期待ばかりではありません。ワクチンの効果は、20年は続くことが、推測されています。ですが、実際に一般への接種が始まったのは世界でも2006年からです。すなわち、2012年までで6年。その前の臨床試験を入れても、10年ほどです。20年、30年と効果が続くことを実際に確かめたわけではありません。
 もし、将来、効果が下がって、追加的な処置(ブースターなど)が必要になったら……接種した人を登録、フォローしていれば、対応がしやすくなります。オーストラリアでは、登録の必要性に関する説明文書に、そのこともきちんと記載されています。
 副反応の調査にも役立ちます。これまでの摂取状況から、短期的に重篤な副反応が生じることはまずないだろうことは推測されます。中長期的に、軽いものを含め、副反応がないかどうか、当然ですが、それはまだわかっていません。これも長期的にフォローすることで検証することが可能になります。
 HPVの「タイプの交代」が起きないかどうか。HPV自体が変化しないかどうか。こうした調査にも、フォローアップしている集団を対象にHPVの感染モニタリングを行うことが重要です。
 何より、多額の税金を投入した政策の検証になりますし、将来的に予防医学のデータベースの構築から、エビデンスに基づく厚生行政の実現にもつながります。
 現在、こうした仕組みをつくってフォローアップしているのは先にも紹介したオーストラリアをはじめ、一部の国でしかありません。日本ではまだ、その必要性さえ論議されるには至っていません。ましてや、国や地方自治体などの行政機関には、実際に登録の仕組みを考えようとしている部署はありません。
 しかし、自治体には、予防医学に役立てるためではありませんが、「登録」をすでに実施しているところが少なくありません。いや、ほとんどの自治体が何らかの「登録」をしていると言えるでしょう。接種者名、接種年月日、接種医療機関、ワクチンの種類、ロット番号……自治体によって多少の違いはあっても、こうした項目について「ワクチン台帳」が設けられているのです。
 それは、「公費助成による接種」に関する記録です。日本では、2010年度途中から、中学生を中心として公費助成による接種が始まりました。接種費用の自己負担分を除いて、国が2分の1、都道府県が2分の1を負担して設けた「基金」から支払う仕組みです。
 この際に、「何人に接種したか」分からないと、基金側は、いくら支払うのか、分からなくなります。つまり、「経理上の必要性」からの記録なのです。これを、予防医学上の必要性からの記録にすることができれば、かなりの規模の登録制度が実現することにンあります。
 日本対がん協会では2010年度から、ワクチンの接種を始めた一部支部の協力を得て、20歳以上を対象にして、支部で接種をした人たちを登録しています。ワクチンの接種は医療行為ですので、記録することは法律で義務付けられているので、あえて登録という必要はないのですが・・・。  先に述べましたように、ワクチン接種だけで子宮頸がんの発病を100%予防できる、というわけではなく、検診を受けることが欠かせません。ワクチン接種者に対し、検診の受診を勧奨することも健康管理のサービスだと考え、それを実行しようという目的もあります。
 さらに厚生労働科学研究費による研究班のメンバーとして、ウェブ上に「子宮頸がんワクチン手帳(仮称)」を設けることに関する研究をしています。
 この取り組み関しては、可能なら来年度にモデル事業の準備に着手できないか、検討したいと考えています。法理的な課題の検証も含めた実行可能性調査です。
 当然のことながら、検診の登録に関しても整備し、ワクチン登録とリンクさせないことには、「検証」にはつながりません。日本対がん協会グループの全国46支部のうち、41支部でがん検診を実施し、延べ1200万人が受診しています。子宮頸がん検診の受診者は140万人になります。
 この検診の登録を整備して、ワクチン登録と連携させることで、海外の先進例に負けない仕組みをつくれるのではないかと考えています。科学的根拠に基づく予防医学、公衆衛生の実現、が目標です。子宮頸がんでこれが実現すると、波及効果は大きいと考えます。ほかのがんにも生かせるでしょうし、HPVワクチンだけでなく、各種ワクチンの登録・フォローアップにもつながる、と期待しています。



略歴
小西 宏(こにし ひろし)
関西大学法学部卒。産経新聞社を経て朝日新聞社入社。広島、福井、大阪本社社会部、東京本社科学部等で原発、基礎医学、生殖医療等の取材を担当。東京本社科学医療部や企画報道部でデスクをし、2008年9月より公益財団法人日本対がん協会マネジャー(広報担当)。東京大学大学院医学系研究科生物統計学分野客員研究員。)


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