市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
治療の品質を保証し、患者を保護する

『放射線治療の出力測定について』


地方独立行政法人堺市立病院機構市立堺病院
放射線治療科部長 池田 恢
市民のためのがん治療の会が活動を始めた10年前には、放射線治療はまだまだ一般的には「でも」「しか」放射線治療などと言われる状況であったが、最近はようやくがん治療の第一選択として、根治治療をめざした治療が行われるようになってきた。とはいえせっかく放射線治療を選択しても、投与線量が治療計画通りでなければ所期の目的を達することはできないことは自明である。
患者は投与される線量は治療計画通りであると信じているし、医療者もそうだろう。
ところが、たとえば電子レンジは電磁波の発生源としてマグネトロンという真空管の一種が使われているが、マグネトロンは使用時間と共に経時劣化し、出力が落ちてくる。そこで当初の加熱時間が30秒で良かったものが、そのうちに1分近くかかるようになってしまう。放射線治療機器も同様、いつまでも当初の出力が得られるとは限らない。
私たちが食料品を量り売りで買う場合の秤などもいい例だが、計量法によって検定を受け、一定の精度に保持されることが義務付けられている。
放射線治療機器はその出力線量が指示した線量と異なる場合は、治療成績に影響が出るばかりでなく、場合によっては大きな事故にもつながる。そこで放射線治療の品質を保証するために放射線治療機器の投与線量の定期的な測定が不可欠となる。
今まで、投与線量が適正であることを所与としていた市民にとって、このことは改めて重要なこととして考えなければならないことであり、正鵠を射たご寄稿をいただいた池田先生に、心から感謝申し上げます。
 わが国の放射線治療は今や技術面で世界に冠たる水準を誇るようになっている。ただそのほかにも、例えば放射線治療施設の構造調査は日本放射線腫瘍学会(データベース委員会が集計)により1990年から行われて2年毎(今後は毎年)のわが国の放射線治療の実勢が判るなど、幾つかの面でわが国の放射線治療を支える体制ができあがりつつあることをこの場でお伝えしたい。またその体制を支える一手段として、放射線治療装置の出力測定が事業化されていることをこの機会にご理解頂きたいと思う。


放射線治療の出力測定とはなにか、どんなことをするのか、なぜ必要か

 放射線治療は、ある標的(=腫瘍)に対してある決められた線量を放射線治療装置によって投与する医療行為である。これは2つの要素、即ち①照射範囲と、②投与線量で規定される。放射線腫瘍医は治療計画で①照射すべき範囲と、その範囲に対して②投与すべき線量(=処方線量)を決定し、指示する。治療はその指示に従って遂行され、実際の治療はその施設の放射線治療装置(リニアックなど)が実施する。実際の投与線量は処方通りに投与(即ち、投与線量が処方線量に一致)されねばならない。
 これを薬剤に例えると、ある薬の錠剤1錠の中に5 mg含有と表示されている場合、その実際の含有量は5±0.25 mg(即ち力価の±5%)であり、この薬剤5 mg 錠を処方した場合、医師はその含有量を以て所期の効果を期待する。仮に医師がこの薬剤5 mg 錠を処方し、その中に4.50 mg(10%=5%以上の過少)しか含まれていなかったとすれば、処方した医師の目的通りに治療ができるか、保証の限りではない。品質保証が必要となるが、この薬剤の品質保証はサンプリングなどによって可能であろう。同様の品質保証を各治療施設の治療装置に求めるとすれば、各施設に出向いての治療装置の個別の測定が必要となる。

 放射線治療の出力測定とは、各施設にある治療装置での投与線量を定量的に測定する行為であり、最終的には投与線量が処方線量と同一であることを保証するための、放射線治療遂行に必要な基本的な段階の一つである。
 治療装置の出力は、一定ではなく、絶えず変動している。以下のように類推できる。ある古くなった蛍光灯を、新しいのに取り替えると、ずいぶん明るくなったのに気づく。これは新しい蛍光灯になって光量が増えたこと、古いものは経時劣化で光量が減っていることを示す。治療装置も同様に放射線を電気で発生させるので、その線量は絶えず変動している。経時劣化も生じる。しかし放射線治療では、治療装置の状態がどのようであったとしても、投与線量は処方線量と(ある許容の範囲内で)正確に同じでなければならない。投与線量の正確さの精度は、ある臨床場面での標的体積内では107%から95%までという厳しい範囲の間に収めることが規定されている。治療装置の品質保証が求められる理由である。

 各治療施設での治療装置の品質保証を行うにはどのようにすればよいか。すべての臨床場面ですべての標的内線量を測る必要があるが、現実には不可能なため、治療装置の現場では基準条件(照射野10 x 10 cm、深度10 cm、など)やいくつかのモデル条件を設定し、その条件下ではある1点(参照点)での線量が必ず100±3%以内に収まっていることを測定により確認する。この条件を達成することが必須の前提条件であり、これが狂うと、他の部分の線量もそれに応じて変動する。今日の放射線治療計画装置(radiotherapy planning system : RTPS)ではコンピュータ機能を駆使してあらゆる臨床場面の標的体積内で投与線量を107%から95%までの間に収めることが可能となる(註:RTPSの演算の検証には、別の手段が必要であるが、ここでは省略する)。しかし仮にうまくRTPSで標的体積内に望みの線量が計画できたとしても、その時の治療装置の状態や、出力線量がRTPSに入力された時のモデル条件での(過去の)線量データと異なっていれば、適切・妥当な放射線治療を実施できるとは言えなくなる。

 それぞれの施設での出力線量の測定は、薬剤のようにサンプリングという訳にはいかない。そのために、各施設では絶えず出力を測定して、安定に稼働しているかどうかを確認している。見えない放射線を正確に測定するために、様々な手段を用いる。各施設には線量計があり、ある1点での線量を計測することができる。(これは、写真撮影の場合の光量計、もっと卑近には、発熱した場合の体温計、などと類推できる。)わが国では今では線量に関して国家基準があり、ほとんどの治療施設の線量計はこの国家基準に校正され、1~2年に1度の校正が義務付けられている。しかしながら、ある治療装置がある参照点に対して絶えず適切、正確な線量を投与できているかどうかは、別問題である。各施設に出向いての治療装置の個別の測定が必要となる理由である。


出力測定を実施するシステムについて

 治療装置の個別の出力測定を行うシステムが開発された。第三者検証機関が施設に出向いて出力測定を行うことが理想であるが、その前段階として、ガラス線量計素子を各施設に送付して、決められた線量をその施設で正しいと思われる方法(即ち、平常時に投与している方法)で投与し、それを返送してもらう。検証機関はそれを別個に測定して検証する、というものである。このシステムを当初は厚労省の科研研究班活動で行なっていたが、事業として原子力技術研究振興財団が引き継ぎ第三者検証・評価システムとして樹立し、2007年11月から業務を開始した(郵送調査による治療機器出力線量測定)。その結果、放射線治療線量について第三者検証が実施されていることで2008年には線量外部監査実施国として国際原子力機関(IAEA)が承認するに至り、漸く欧米並みのシステムに肩を並べられた。
 因みにここで使われるガラス線量計素子は、わが国で開発されたが、精度がよく、近年では使用がTLD (Thermoluminescence Dosimeter)に代わって世界レベルで普及している。

 第三者検証としての出力測定は、世界保健機関(WHO) も推奨している。本来はすべての治療施設で各治療装置について実施されるべきものである。欧米では放射線治療を含む多施設共同臨床試験においては、信頼性担保の前提として第三者検証の受審が必須とされている。  第三者検証としては、どのような組織が行なってもよいが、わが国の場合、器具・装置や人員、その他のシステムが最も整っているのは、上記の財団によるシステムであると考えられる。


 過去には放射線治療に関わる過剰照射などの事故が発生し、報道もされた。わが国放射線治療分野では危機感をもち、学界関係者を挙げて是正に尽力した結果、原因の調査に始まり、放射線治療および関連業務に携わる職種(医学物理士、品質管理士など)の制定、養成のほか、治療用放射線量の国家標準化など、様々な体制の整備を行なった(付表)。このような努力の結果、わが国放射線治療の品質管理・保証のシステムは格段に向上したものと自負している。また、この時点で厚労省に向けて関係者から「品質管理センター」の設立を要望したが、これは当時発足した「がん対策情報センター」内への「放射線治療品質管理推進室」設置の形で実現した。
 このようにシステムの整備は進み、現在では、これらのシステムは欧米に匹敵するものと考えられる。しかし、各施設での線量計の校正はほとんどの施設で国家基準に校正されているが、一方で上記の郵送調査による治療装置の出力測定は、現状ではすべての治療機器に実施されているとは言えない。普及が望まれ、殊に多くの放射線治療適応患者が集まる国指定のがん診療連携拠点病院、あるいは放射線治療を含んだ臨床試験を実施する施設ではすべての機器について実施が望まれる。



略歴
池田 恢(いけだ ひろし)
1967年大阪大学医学部卒業後、大阪労災病院放射線科、大阪大学医学部放射線医学教室(助手―講師)、大阪大学バイオ研集学放射線治療学教室助教授を経て1993年5月国立がんセンター(中央病院・東病院)放射線治療部長
2008年市立堺病院 副院長・放射線治療科部長、2012年4月(地方独立行政法人堺市立病院機構市立堺病院に名称変更)放射線治療科部長、現職。
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