市民のためのがん治療の会
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粒子線治療ハイライト

『粒子線治療の現状と今後の展望―今春の日本医学放射線学会総会での治療シンポジウムから―』


社会医療法人財団石心会 川崎幸病院
副院長・放射線治療センター長
田中 良明
2013年4月11日(木)~14日(日)パシフィコ横浜において第72回日本医学放射線学会総会が開催され、その中で「粒子線治療の今後の展開:世界を視野に如何に展開していくべきか」という主題で治療シンポジウムが行われた。講演内容と総合討論での議論を中心に、川崎幸病院の田中良明先生に解説していただいた。(會田)
 がんの放射線療法の中でも脚光を浴びている粒子線治療は、わが国では1979年に陽子線治療、1994年には炭素線治療が放射線医学総合研究所(以下、放医研)で始まり、この分野では世界をリードしている立場にある。すでに陽子線治療で8施設、炭素線治療で3施設(うち兵庫県立粒子線医療センターは陽子線と炭素線の両者が可能)が稼働しており、さらに建設中や計画中のものも含めると世界でも有数の粒子線治療国といってよいであろう(図)。これまでのリニアックのX線、電子線治療と異なる生物学的、物理学的特徴のある粒子線治療には、優れた治療効果が期待されているが、大規模施設に要する高額な建設コストや専門の放射線治療スタッフならびに機器の維持管理に要する技術要員の充足など、ハード面とソフト面の両方において多くの問題点を抱えているのが現状である。そのような折に、この4月11日~14日にパシフィコ横浜において第72回日本医学放射線学会総会が開催され、その中で「粒子線治療の今後の展開:世界を視野に如何に展開していくべきか」という主題で治療シンポジウムが行われた。そこでこの機会に講演内容と総合討論での議論を中心に、粒子線治療の現状と今後の展望について述べてみたい。




 シンポジウムの司会は、辻井博彦氏(放医研)と白・博樹氏(北海道大)で行われ、まず4名のシンポジストから発表があり、次いで総合討論が行われた。

 1.櫻井英幸氏(筑波大)からは、「筑波大学の陽子線治療の現状と目指すべきもの」と題しての講演があった。筑波大学では、1983年から研究学園都市内にある高エネルギー加速器研究機構で臨床研究が開始され、2001年からは筑波大学附属病院に併設した医療専用の陽子線治療施設において臨床治験が行われ、2008年8月からは「先進医療」として陽子線治療が行われている。櫻井氏は、従来の放射線治療と比較した中での陽子線治療の位置づけとして、対象疾患からみて、①通常の高エネルギーX線の延長線上にあるもの、②炭素イオン線と同等の位置づけにあるもの、③他の放射線よりも上回る可能性のあるもの、に大きく分類し、①には小児がんをあげ、正常組織の照射体積を減らせる、二次がんの発生頻度を1/10以下に下げられる、巨大腫瘍にも適用できる、治療後の低身長、側弯症などの発生を予防できる、社会的にみても生産性の向上が期待できる、などの利点をあげ、小児がんについては保険収載が妥当であり治療に要する医療費を社会全体が負担してもいいと論じた。②には肝細胞がんをあげ、門脈腫瘍塞栓を有する症例であっても2年局所制御率が91%であるという好成績をあげ、肝細胞がんの治療ガイドラインの中に陽子線治療を入れても良いと論じた。③には局所進行のステージⅢの非小細胞肺がんなどをあげ、放射線肺炎を避けられる可能性のあることをその理由にあげた。同様に食道がんに対しても肺の有害事象が減ることで、陽子線治療の適応にあげられると論じた。陽子線治療の将来性については、小型化で低コスト化の装置の開発が成功すれば、わが国では各都道府県に1台位は設置されてもいいのではないかと言及した。

 2.不破信和氏(兵庫県立粒子線医療セ)からは、「陽子線治療・重粒子線治療が目指すもの:どちらも使った立場から」と題しての講演があった。不破氏は、以前の所属先の南東北病院で陽子線治療を担当し、現職の兵庫では炭素線治療の経験があり、両者の治療経験を比較した上での貴重な発表であった。その両者の比較という意味では、兵庫では2001年から陽子線治療が、2005年4月からは炭素線による運用が本格的に開始されているが、線量分布の点で、臨床応用例では頭頸部腫瘍などで眼球などの重要臓器に対する線量を減らすには炭素線の方が有利であると発表した。その他では肝機能障害を有する患者の肝腫瘍や、低肺機能を背景に有する肺がんなどに対しても適応が広がると論じた。従来の放射線治療との関係では、通常のリニアックX線外部照射で治療した後の腫瘍局所へのブースト治療や、照射野内照射法(field in field)の技法で病巣のコアとなる狭い範囲に粒子線治療を追加する方法など、適用についての多様性についても言及した。さらに放射線増感効果の点からも従来の化学放射線療法の延長として、陽子線、炭素線治療においても化学療法との併用について積極的に適用すべきであると論じ、頭頸部腫瘍などで優れた治療成績を発表した。また費用的には、近い将来、施設の建設費が陽子線で30億円程度、炭素線で100億円程度になれば、医療経済的にみて十分に採算性の点でも成り立つことを明らかにした。

 3.大野達也氏(群馬大重粒子線医学セ)からは、「群馬大学での重粒子線治療の現状と目指すべきもの」と題して講演があった。群馬大学の施設は放医研で開発されたHIMAC装置の小型普及型を導入するなど、先行する粒子線治療施設の長所が多数取り入れられている。炭素線治療は2010年3月から開始して、本年3月までの3年間に621例の治療を行った。疾患別の内訳では71.5%が前立腺がんであったのが特徴で、治療内容では、前立腺がんでは1回線量が3.6GyE(グレイ等価線量)の週4回で、総治療線量は57.6GyE/16回/4週間であり、急性の有害事象の頻度は4.2%で、グレード2以上の2年晩期有害事象は、膀胱で2.3%、直腸で0.7%と低く、治療成績の優秀性を発表した。大学病院としての重粒子線治療施設の使命として、①がん診療における役割を明らかにするためのエビデンスの形成、②高度な専門技術を継承していく人材の育成、③炭素線治療の潜在的能力をさらに引き出すための研究開発、の3点をあげ、今後いかにうまく推進できるかが重要であると論じた。

 4.鎌田 正氏(放医研)は、「放医研での重粒子線治療の現状と目指すべきもの:リーダー・研究開発拠点の立場から」と題して発表があり、重粒子線治療で世界をリードしてきたパイオニアとしての豊富な臨床成績を発表した。放医研での重粒子線治療の患者数は、1994年6月の開始以来2013年3月までに計7,339例で、このうち先進医療として治療したのが4,190例で、疾患別内訳では前立腺1,726例(先進医療1,394例;以下同じ)、骨・軟部903例(690例)、頭頸部848例(525例)、肺737例(157例)、肝臓737例(451例)などであった。年度別の患者数も東日本大震災のあった2011年度を除いて年ごとに増加しており、2012年度には804例(681例)と初めて800例を超えた。この数字は年間に2か月間の装置の維持保守のための休止期間を含めての実績であり、その点を考慮すれば年間900例も実現可能であることを示唆した。このように新患治療患者が増多した背景には、1症例あたりの照射分割回数の減少があげられ、臨床試験の開始当初は平均17回程度あったのが最近は12‐13回程度に減少しており、中でも4回以下の照射回数で治療を終えたのが累計で1,000例を超えるなど、重粒子線治療の特徴である1回線量の増量と少ない分割回数での治療が安全に実施できていることを強調した。さらに技術的な進歩として、2011年5月からスポットスキャニング法が開始され、これにより症例ごとに病巣に照準するために作製していたコリメータやボーラスが不要になり、治療実施に要する費用と時間が節約できるなどの利点があることを明らかにした。そして近い将来には積層原体照射も実施可能であると論じ、技術的にみても大きな進歩であるといえよう

 「総合討論」では、粒子線治療の特徴について、まず線量分布の良さを第一にあげ、陽子線と炭素線では炭素線の方がやや優れているが、いずれも頭頸部腫瘍、肺がん、肝がんなどでは決定臓器への線量が減らせること、肺合併症や肝機能低下のあるような症例に対しても局所に限局して治療線量を的確に照射できることがあげられた。しかしその線量分布の良さも腫瘍体積が大きくなると周辺正常組織の低線量域も相対的に増えるので、粒子線治療といえども標的となる病巣の大きさと形状ならびにその解剖学的位置関係において限界があり、多門照射など原体照射の技術を適用しないとその利点が生かされないことも明らかにされた。いっぽう呼吸同期照射やスポットスキャニング法が臨床にルチーンに実施可能になれば、動体追跡照射などの4次元照射が粒子線治療でも可能となり、晩期有害事象の少ないより効果的な治療法となるであろう。これに炭素線に特有な生物学的特徴を生かせば、骨・軟部腫瘍などの放射線抵抗性の腫瘍に対して優れた治療効果が得られ、線量分布の良さは、小児がん治療に対しては局所制御のみならず晩期有害事象である発育障害や二次発がんの低減にも大いに期待されるものがあり、次期の保険改定の際にはこういった特定の腫瘍に対しては是非とも保険適応になってほしいと願うものである。

 いっぽう通常のリニアックX線による放射線治療との併用に関しては、IMRT(強度変調放射線治療)などを行った後に、局所へのブースと治療として陽子線や炭素線の治療を行う方法についても議論され、両者の使い分けが進めば、全体として陽子線、炭素線の利点を生かした放射線治療の全体像が構築され、高額で数少ない治療施設の有効利用にもつながるのではないかと思われた。また抗がん剤、分子標的薬剤など化学療法との併用に関しても、難治性腫瘍に対する効果的な抗腫瘍効果の得られる方法としてその重要性が論じられ、従来にも増してその適応条件を明らかにすることが必要であると思われた。さらに手術療法との併用に関しては、粒子線治療実施後の再発例などに対する救済外科手術の適用の可能性など、これまでよりも積極的でかつ集学的な治療体系の確立が望まれ、臨床腫瘍学における粒子線治療の実施とその有効的活用について熱の入った議論が行われた。

 最後にこれまでもたびたび議論されてきたIMRTなどを含む従来の放射線治療との無作為臨床比較試験の是非については、粒子線治療の場合には薬物療法と異なり比較試験の実施が困難であり、倫理的にも問題点が指摘されており、今後は治療後の患者のQOLの評価の点をも加味して総合的な評価で議論すべきではないか思われた。これに関しては、治療後の合併症や晩期有害事象の低減も含めて、医療経済的観点から粒子線治療の費用対効果についても言及されるべきであろう。このことは粒子線治療施設の国内設置計画にも関係すると思われ、粒子線治療の絶対的適応と相対的適応の疾患を明らかにして、陽子線治療と炭素線治療施設の適正な配置に対する考慮が必要であろう。例えば適応となる対象疾患の発生頻度などから勘案しても、炭素線は骨・軟部の肉腫や悪性黒色腫などの放射線抵抗性腫瘍には絶対的有用性であるという点で、将来的には国内では東北、関東、東海北陸など地域ブロックごとに最低1カ所、陽子線は線量分布の良さを生かした相対的有用性という意味で各県に1カ所程度は設置されてもいいかもしれない。いずれにしても、これらの普及には、放射線腫瘍医や医学物理士、専従の診療放射線技師、機器整備要員などの人材育成が不可欠であり、関係する学会に与えられた課題は極めて大きいといえよう。新しい放射線治療機器としてその期待が込められている粒子線治療も、ようやく臨床応用面でその方向性が見えてきたという点で、有意義なシンポジウムであったと思われた。 


略歴
田中 良明 (たなか よしあき)
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部助手(放射線医学)、同講師、浜松医科大学助教授(放射線医学)、東京都立駒込病院放射線科部長。その後、日本大学医学部教授(放射線医学講座)、同総合科学研究所教授、メディカルスキャニング大宮院長を経て現職。
主な学会主催;第2回アジアハイパーサーミア学会・第15回日本ハイパーサーミア学会(東京国際フォーラム)、日本放射線腫瘍学会第15回大会(日本都市センター)、第32回断層映像研究会(日大会館)、日本定位放射線治療学会・第16回日本高精度放射線外部照射研究会(シェーンバッハ・サボー)。
専門分野:癌の放射線治療、原体照射、定位放射線治療、温熱療法、粒子線治療。

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