人口流出を恐れ、原発事故との因果関係を認めない福島県
『甲状腺検査の問題について』
北海道がんセンター名誉院長
西尾正道
西尾正道
東京新聞は平成26年2月10日「こちら特報部」で、「(福島県では)肝心の医療体制や医療費の助成制度は脆弱だ。子どもの甲状腺がんが懸念されているが、人口流出を恐れる福島県は原発事故との因果関係を認めず、発症者への支援も十分ではない。」と報じている。福島県は高三までの医療費を無料化するなどして「子育てしやすい県」を印象付け人口流出を防ぎ早期の住民帰還を促す一方で、医療費無料化は県外に住民票を移した移住者には厳しい。
今回は自ら超音波検査装置を購入し、福島の子供たちの検診を続けておられる当会顧問で北海道がんセンター名誉院長西尾正道先生にこの問題についてご寄稿いただいた。
なお本稿は、西尾先生が「反原発新聞第427号;2013年10月20日」の「反原発講座」にご寄稿されたものを先生のご許可を得て掲載させていただいたものである。 (會田 昭一郎)
今回は自ら超音波検査装置を購入し、福島の子供たちの検診を続けておられる当会顧問で北海道がんセンター名誉院長西尾正道先生にこの問題についてご寄稿いただいた。
なお本稿は、西尾先生が「反原発新聞第427号;2013年10月20日」の「反原発講座」にご寄稿されたものを先生のご許可を得て掲載させていただいたものである。 (會田 昭一郎)
チェルノブイリ事故の教訓から、放射性ヨウ素の被曝により甲状腺癌が発生することは知られている。3.11の福島原発事故後、福島県民健康管理センターで18歳以下を対象に超音波診断装置による甲状腺検査が開始された。その結果、2013年8月20日に約2年で43人の悪性腫瘍(癌)の発見が報告された。これを受け、原発事故由来かどうかが議論の的となっている。
福島県民健康管理センターは、チェルノブイリでは事故後4~5年後から発生しており、発見された癌は放射線由来ではなく、無症状の時期に進歩した診断装置を使用しているので発見率が高いのだと主張している。一方で、有病期間も考慮した統計学的手法で、被曝による異常な癌の多発であるとする主張もある。いろいろな要因を考慮すれば現時点では結論は難しい。
小児甲状腺癌は100万人に2~3人程とされているが、このデータは不完全な古い日本の癌登録によるものであり、癌治療を行なって登録された患者数のみをその年齢層の全人口で割ったものである。潜伏癌(死後の解剖で発見される癌)の代表である甲状腺癌がこの程度の数字とは考えにくい。発症率と発見率は異なるのである。
また、腫瘍の大きさは、癌細胞の倍加時間(癌腫の違いで1~3ヵ月と異なる)と、癌組織内の細胞分裂している増殖分画(癌腫の違いで6~90%)により決まる。1cm大の腫瘍は約1gで約10億個の細胞の塊である。単純に細胞分裂回数だけの計算でも2の30乗()で約10億個となる。この時間的な増大スピードを考えれば、1~2年で1cm程度の癌になることは考えにくい。一般的に医学で言われている放射線誘発悪性新生物は白血病で7年、固形癌で10年前後である。前癌状態にある細胞に放射線が関与して早期に発癌や分裂スピードを速めたという可能性は残るが、現在までこの機序の確証はない。
放射線による確率的影響の有害事象は、被ばく線量が高ければ発生頻度は高くなり、また早期に出現する。線量が少なければより晩期に発癌する。この点を考えると、もし現在発見された甲状腺癌が放射線起因性のものであるとしたら、極めて高い甲状腺等価線量だったこととなり、また超スピード癌となる。こうした超スピード癌は転移能も高く、極めて治癒率が低くなる。
ヨード摂取状態の生活環境や民族的な違いもあり、多くの要因が絡んだ状況の中で一つの医学的結論を引き出すことは簡単ではない。今できることは精度の高い検査を淡々と行なうことである。超音波検査では、5mm以上の結節と20mm以上ののう胞のみの所見を拾い上げるだけの単純な評価法である。また何も説明もせず画像も渡さないため不信感も強い。
今後の一生涯にわたる検査で参考とするためにも、甲状腺検査の画像データは本人に渡し、進学や就職や移住により、どの地域に住んでいても長期間の検査を受けられる体制の構築が必要である。全国の甲状腺専門医を活用せず、臨床検査技師による福島県民健康管理センターでのみしか検査を受けられないという体制を再考すべきである。
また、原発事故による健康被害対策を厚労省が環境省に丸投げしたため、福島県以外の検査に対する診療報酬上の対応も決まらず、適切な健康管理が行なわれていない事態こそ改善すべきである。
セシウムはカリウムと類似した体内勤態であり、ほぼ全臓器に取り込まれるが、子供の場合は甲状腺に最も多く取り込まれる。汚染地域に住み続けることが甲状腺がんの発生を助長する可能性は否定できず、移住も考慮すべきなのである。
福島県民健康管理センターは、チェルノブイリでは事故後4~5年後から発生しており、発見された癌は放射線由来ではなく、無症状の時期に進歩した診断装置を使用しているので発見率が高いのだと主張している。一方で、有病期間も考慮した統計学的手法で、被曝による異常な癌の多発であるとする主張もある。いろいろな要因を考慮すれば現時点では結論は難しい。
小児甲状腺癌は100万人に2~3人程とされているが、このデータは不完全な古い日本の癌登録によるものであり、癌治療を行なって登録された患者数のみをその年齢層の全人口で割ったものである。潜伏癌(死後の解剖で発見される癌)の代表である甲状腺癌がこの程度の数字とは考えにくい。発症率と発見率は異なるのである。
また、腫瘍の大きさは、癌細胞の倍加時間(癌腫の違いで1~3ヵ月と異なる)と、癌組織内の細胞分裂している増殖分画(癌腫の違いで6~90%)により決まる。1cm大の腫瘍は約1gで約10億個の細胞の塊である。単純に細胞分裂回数だけの計算でも2の30乗()で約10億個となる。この時間的な増大スピードを考えれば、1~2年で1cm程度の癌になることは考えにくい。一般的に医学で言われている放射線誘発悪性新生物は白血病で7年、固形癌で10年前後である。前癌状態にある細胞に放射線が関与して早期に発癌や分裂スピードを速めたという可能性は残るが、現在までこの機序の確証はない。
放射線による確率的影響の有害事象は、被ばく線量が高ければ発生頻度は高くなり、また早期に出現する。線量が少なければより晩期に発癌する。この点を考えると、もし現在発見された甲状腺癌が放射線起因性のものであるとしたら、極めて高い甲状腺等価線量だったこととなり、また超スピード癌となる。こうした超スピード癌は転移能も高く、極めて治癒率が低くなる。
ヨード摂取状態の生活環境や民族的な違いもあり、多くの要因が絡んだ状況の中で一つの医学的結論を引き出すことは簡単ではない。今できることは精度の高い検査を淡々と行なうことである。超音波検査では、5mm以上の結節と20mm以上ののう胞のみの所見を拾い上げるだけの単純な評価法である。また何も説明もせず画像も渡さないため不信感も強い。
今後の一生涯にわたる検査で参考とするためにも、甲状腺検査の画像データは本人に渡し、進学や就職や移住により、どの地域に住んでいても長期間の検査を受けられる体制の構築が必要である。全国の甲状腺専門医を活用せず、臨床検査技師による福島県民健康管理センターでのみしか検査を受けられないという体制を再考すべきである。
また、原発事故による健康被害対策を厚労省が環境省に丸投げしたため、福島県以外の検査に対する診療報酬上の対応も決まらず、適切な健康管理が行なわれていない事態こそ改善すべきである。
セシウムはカリウムと類似した体内勤態であり、ほぼ全臓器に取り込まれるが、子供の場合は甲状腺に最も多く取り込まれる。汚染地域に住み続けることが甲状腺がんの発生を助長する可能性は否定できず、移住も考慮すべきなのである。
略歴
西尾 正道(にしお まさみち)
独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年がんの放射線治療に従事。
がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、収善するための医療を推進。「市民のためのがん治療の会」顧問。
独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年がんの放射線治療に従事。
がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、収善するための医療を推進。「市民のためのがん治療の会」顧問。