検査数値をどう考えるか
『血圧の「健康」基準値よりも大切にしてほしいこと
数値だけでは治療の線引きにはならない』
武蔵浦和メディカルセンター
だともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
だともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
患者でなくても健康診断などで様々な検査数値にわたしたちは一喜一憂する。患者ならなおさらそれらに対する心配は大きい。検査結果表を見ると、それぞれの項目に正常値が記載されており、正常値を外れていると、赤字で表示されることもある。
一般市民には、これが正常値の範囲です、と言われれば、ああそうですかと言わざるを得ず、その範囲を外れていれば、健康状態に何らかの異常があるのではないかと心配になる。
ちょっと話が違うのかもしれないが、薬の宣伝に、「夜中にトイレに起きることがある」とか「朝起きにくい」などの症状を10件ぐらい表示して、このうち3つ以上当てはまる場合は××の疑いがあります。××には○○薬をどうぞ、などというのをよく見かける。
症状に当てはめて薬を売ろうとするよりも、検査数値の方がもっと何となく科学的に異常に対する説得力がある。この数値の見方が変わることによって高血圧症になったりならなかったり、糖尿病になったりならなかったりすることになる。
それよりも今回のような混乱を繰り返していると、正常値に対する信頼感が薄れ、個人が素人判断で勝手に大丈夫だと思ったり、売薬を服用したりするようになることも問題だ。やはり素人判断ではなく、「基本に忠実」、継続的に信頼できる医師に相談するのが一番ではないだろうか。
なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)http://jbpress.ismedia.jp/
に掲載されたものを転載した2014年6月5日付「医療ガバナンスNEWS」
(MRIC by 医療ガバナンス学会 発行)http://medg.jp からご許可を得て掲載させていただいたものです、いつもながらの多田先生のご厚意に感謝いたします。(會田昭一郎)
一般市民には、これが正常値の範囲です、と言われれば、ああそうですかと言わざるを得ず、その範囲を外れていれば、健康状態に何らかの異常があるのではないかと心配になる。
ちょっと話が違うのかもしれないが、薬の宣伝に、「夜中にトイレに起きることがある」とか「朝起きにくい」などの症状を10件ぐらい表示して、このうち3つ以上当てはまる場合は××の疑いがあります。××には○○薬をどうぞ、などというのをよく見かける。
症状に当てはめて薬を売ろうとするよりも、検査数値の方がもっと何となく科学的に異常に対する説得力がある。この数値の見方が変わることによって高血圧症になったりならなかったり、糖尿病になったりならなかったりすることになる。
それよりも今回のような混乱を繰り返していると、正常値に対する信頼感が薄れ、個人が素人判断で勝手に大丈夫だと思ったり、売薬を服用したりするようになることも問題だ。やはり素人判断ではなく、「基本に忠実」、継続的に信頼できる医師に相談するのが一番ではないだろうか。
なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)http://jbpress.ismedia.jp/
に掲載されたものを転載した2014年6月5日付「医療ガバナンスNEWS」
(MRIC by 医療ガバナンス学会 発行)http://medg.jp からご許可を得て掲載させていただいたものです、いつもながらの多田先生のご厚意に感謝いたします。(會田昭一郎)
4月4日、日本人間ドック学会が150万人の調査結果に基づき「血圧147mmHg(ミリメートルエイチジー)は健康」とする報告書( http://www.ningen-dock.jp/wp/wp-content/uploads/2013/09/プレスリリース用PDF(140409差し替え).pdf )を公表しました。
日本人間ドック学会が示す基準を端的に言うと、「血圧147を超えたら、まずは食事指導(塩分制限)と運動指導を行う。そして、医療が必要なのは“血圧160以上”」ということです。
これまで、血圧130以上を“異常値“として指導・治療対象としてきたわけですから、医学会そして、実際通院中の方に与えた衝撃は想像に余りあります。これまで高血圧とされた方の実に75%は今回の基準変更で正常となるのです。週刊誌では「高血圧なんて気にしなくてよい」などの見出しで特集が組まれました。
これに対し、日本医師会は「関係専門学会と事前の十分な検討・協議もないままに唐突に新たな値を公表したことは(中略)“拙速”と言わざるを得な い」とし、「長期的な疾病発生率を調べたものでないため(健康な人の血圧範囲を調べただけだから)エビデンスレベル(情報の信頼性)が高くはない」との声明( http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20140521_11.pdf )を出しました。
理想的には、血圧を130未満に保っていれば脳卒中や心筋梗塞などの動脈硬化に基づく疾患のリスクが減るというのは分かります。でも、3000万人を“高血圧“と診断してきたこれまでの基準が少し厳しすぎであった面も否めません。
●ピロリ菌陰性でも胃がん検診が必要な理由
以上は治療の線引きを血圧の数値だけで画一的に決めることの難しさを示した事例だと思います。実は、これは何も血圧に限ったことではありません。
私の専門の胃腸科部門で言うと、ピロリ菌陰性の方に対して胃がん検診を行うのは「医療費の無駄遣いなのではないか?」という議論があります。
胃がんというのは99%以上ヘリコバクターピロリ菌感染が原因であり、ピロリ菌陰性(未感染)の方の胃がんはほとんどありません。ですから、特殊な場合を除いて、ピロリ菌がいなければ胃がんにならないと言えます。
でも、「ピロリ菌検査で陰性(注:ピロリ菌除菌後ではなく、未感染のことです)ならば胃がん検診不要」とは今のところなっていません。
現実的な問題で言うと、ピロリ菌に感染しているかいないかの診断の段階で、5%程度の偽陰性(ピロリ菌に感染しているのに検査で陰性と結果が出ること)が発生してしまっているのです。
特に、ピロリ菌検査で代表的なウレアーゼ試験(胃内視鏡検査時に胃の組織を採取してピロリ菌がいるかいないかを診断する試験)では、ピロリ菌のいない部分を採取して検査すると当然ながら結果は陰性となってしまいます。
ピロリ菌検査を複数回、できれば3回別の方法(呼気検査、血液、検便など)で行い、陰性であることを確認すればピロリ菌に感染していないと言い切っても良いでしょう。でもその場合でも胃がん検診不要と言い切れるのかというと、そうではありません。
ピロリ菌陰性の胃がんは0.5%程度とはいっても、年間で1000名位の方が発症しており、ゼロではないのです。
これらの事実が一般に広く周知されるまで、“ピロリ菌陰性ならば胃がん検診不要“と画一的に言い切るのは、誤解と混乱を招くおそれがあり、“拙速”と避難されても仕方ない部分があるのです。
●血圧値だけで「治療が必要かどうか」は判断不能
冒頭で取り上げた血圧の目標値については、日本高血圧学会は今回の報道に対し声明( http://www.jpnsh.jp/files/cms/351_1.pdf )を発表し、「(75歳以上の高齢者は除いて)原則は140/90mmHg 以上で治療対象、 降圧目標は 140/90mmHg 未満」としています。
しかし、これもあくまで“原則“であり、血圧が140~159の場合、「心臓病の既往がある、糖尿病があるなどの持病の有無」「肥満の有無」「生活習慣改善(塩分制限)」「血管の硬化度や詰まり具合」(超音波検査で血管の脈派をチェック)を総合的に判断して治療の適応が決定されるのです。ですの で、血圧140以上が全員“即治療”となるわけでもありません。
また、75歳以上は血圧160~170程度でも十分とされていますし、85歳以上の超高齢者の場合、血圧を下げるのは逆にリスクもあるため、生活習慣指導以上の治療は行わない方がよいともされています。
一言で言うと、「血圧の値だけでは、治療が必要かどうかは一概に判断できないので、専門医を一度は受診ください」ということになります。単純に「血圧は160まで問題ない、人間ドック不要、薬なんか飲まなくてもよい」というわけでは決してないのです。
●線引きの基準は医師と相談して作り上げるもの
近年、さいたま市の検診では、乳がん検診ついては触診のみの検診は廃止、その代わりマンモグラフィー(レントゲン検査)を2年に1回行うように変更になりました。また、前立腺がんPSA検診も80歳以上は不要となりました。
いずれも、より良い方向に検診を改革しようという試みなのですが、マンモグラフィーを2年に1回とすることについては、検診受診者にきっちり説明して同意書をとることとなりました。また、前立腺がん検診については、「70歳以上は不要」でよいのではないかと最後までもめていました。
様々な検診の基準は個々の状況に応じて異なるため、画一的に基準を決めるのは非常に困難を伴います。また、人によって、リスクをどれだけ受け入れるのかという価値観の違いも当然あるでしょう。
結局のところ、線引きの基準は人により異なるため、医師と相談して作り上げるものだと私は考えます。
検診結果について検診施設に分からない部分・疑問点は自ら質問して問い合わせ、さらに詳しい治療方針については専門医を受診し、一度相談してみる。そんな姿勢が医療を受ける側にも求められていると思うのです。
略歴日本人間ドック学会が示す基準を端的に言うと、「血圧147を超えたら、まずは食事指導(塩分制限)と運動指導を行う。そして、医療が必要なのは“血圧160以上”」ということです。
これまで、血圧130以上を“異常値“として指導・治療対象としてきたわけですから、医学会そして、実際通院中の方に与えた衝撃は想像に余りあります。これまで高血圧とされた方の実に75%は今回の基準変更で正常となるのです。週刊誌では「高血圧なんて気にしなくてよい」などの見出しで特集が組まれました。
これに対し、日本医師会は「関係専門学会と事前の十分な検討・協議もないままに唐突に新たな値を公表したことは(中略)“拙速”と言わざるを得な い」とし、「長期的な疾病発生率を調べたものでないため(健康な人の血圧範囲を調べただけだから)エビデンスレベル(情報の信頼性)が高くはない」との声明( http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20140521_11.pdf )を出しました。
理想的には、血圧を130未満に保っていれば脳卒中や心筋梗塞などの動脈硬化に基づく疾患のリスクが減るというのは分かります。でも、3000万人を“高血圧“と診断してきたこれまでの基準が少し厳しすぎであった面も否めません。
●ピロリ菌陰性でも胃がん検診が必要な理由
以上は治療の線引きを血圧の数値だけで画一的に決めることの難しさを示した事例だと思います。実は、これは何も血圧に限ったことではありません。
私の専門の胃腸科部門で言うと、ピロリ菌陰性の方に対して胃がん検診を行うのは「医療費の無駄遣いなのではないか?」という議論があります。
胃がんというのは99%以上ヘリコバクターピロリ菌感染が原因であり、ピロリ菌陰性(未感染)の方の胃がんはほとんどありません。ですから、特殊な場合を除いて、ピロリ菌がいなければ胃がんにならないと言えます。
でも、「ピロリ菌検査で陰性(注:ピロリ菌除菌後ではなく、未感染のことです)ならば胃がん検診不要」とは今のところなっていません。
現実的な問題で言うと、ピロリ菌に感染しているかいないかの診断の段階で、5%程度の偽陰性(ピロリ菌に感染しているのに検査で陰性と結果が出ること)が発生してしまっているのです。
特に、ピロリ菌検査で代表的なウレアーゼ試験(胃内視鏡検査時に胃の組織を採取してピロリ菌がいるかいないかを診断する試験)では、ピロリ菌のいない部分を採取して検査すると当然ながら結果は陰性となってしまいます。
ピロリ菌検査を複数回、できれば3回別の方法(呼気検査、血液、検便など)で行い、陰性であることを確認すればピロリ菌に感染していないと言い切っても良いでしょう。でもその場合でも胃がん検診不要と言い切れるのかというと、そうではありません。
ピロリ菌陰性の胃がんは0.5%程度とはいっても、年間で1000名位の方が発症しており、ゼロではないのです。
これらの事実が一般に広く周知されるまで、“ピロリ菌陰性ならば胃がん検診不要“と画一的に言い切るのは、誤解と混乱を招くおそれがあり、“拙速”と避難されても仕方ない部分があるのです。
●血圧値だけで「治療が必要かどうか」は判断不能
冒頭で取り上げた血圧の目標値については、日本高血圧学会は今回の報道に対し声明( http://www.jpnsh.jp/files/cms/351_1.pdf )を発表し、「(75歳以上の高齢者は除いて)原則は140/90mmHg 以上で治療対象、 降圧目標は 140/90mmHg 未満」としています。
しかし、これもあくまで“原則“であり、血圧が140~159の場合、「心臓病の既往がある、糖尿病があるなどの持病の有無」「肥満の有無」「生活習慣改善(塩分制限)」「血管の硬化度や詰まり具合」(超音波検査で血管の脈派をチェック)を総合的に判断して治療の適応が決定されるのです。ですの で、血圧140以上が全員“即治療”となるわけでもありません。
また、75歳以上は血圧160~170程度でも十分とされていますし、85歳以上の超高齢者の場合、血圧を下げるのは逆にリスクもあるため、生活習慣指導以上の治療は行わない方がよいともされています。
一言で言うと、「血圧の値だけでは、治療が必要かどうかは一概に判断できないので、専門医を一度は受診ください」ということになります。単純に「血圧は160まで問題ない、人間ドック不要、薬なんか飲まなくてもよい」というわけでは決してないのです。
●線引きの基準は医師と相談して作り上げるもの
近年、さいたま市の検診では、乳がん検診ついては触診のみの検診は廃止、その代わりマンモグラフィー(レントゲン検査)を2年に1回行うように変更になりました。また、前立腺がんPSA検診も80歳以上は不要となりました。
いずれも、より良い方向に検診を改革しようという試みなのですが、マンモグラフィーを2年に1回とすることについては、検診受診者にきっちり説明して同意書をとることとなりました。また、前立腺がん検診については、「70歳以上は不要」でよいのではないかと最後までもめていました。
様々な検診の基準は個々の状況に応じて異なるため、画一的に基準を決めるのは非常に困難を伴います。また、人によって、リスクをどれだけ受け入れるのかという価値観の違いも当然あるでしょう。
結局のところ、線引きの基準は人により異なるため、医師と相談して作り上げるものだと私は考えます。
検診結果について検診施設に分からない部分・疑問点は自ら質問して問い合わせ、さらに詳しい治療方針については専門医を受診し、一度相談してみる。そんな姿勢が医療を受ける側にも求められていると思うのです。
多田 智裕(ただ ともひろ)
平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士