在宅ケアも集学的に
『在宅がん緩和ケア』
川崎高津診療所
院長 松井英男
院長 松井英男
昔は病気になると先生に往診していただき、診察が終わればクレゾール石鹸液で手を洗っていただくという風景が普通だった。クレゾールの匂いが今も記憶に残っている。いよいよ臨終という場面も同様で、多くの人達が自宅で看取られて最期を迎えたものだった。今や家族の構造も変わり、社会的な年齢構成も変化してとてもこうした対応はできなくなり、結局、生まれる時も、最期を迎える時も病院ということがほとんどということになった。一方、患者側はと言えば、できれば最後は住み慣れた我が家に戻ってという希望も多い。
さて、そのような社会経済的な構造的な変化を踏まえて、地域の医療が、システムとして機能するにはどうしたらいいか、興味深い試みを実践しておられる川崎高津診療所院長の松井英男先生にご寄稿いただいた(會田 昭一郎)
さて、そのような社会経済的な構造的な変化を踏まえて、地域の医療が、システムとして機能するにはどうしたらいいか、興味深い試みを実践しておられる川崎高津診療所院長の松井英男先生にご寄稿いただいた(會田 昭一郎)
日本人の死亡原因のトップはがんなどの悪性新生物で、3人に一人の割合を占めています。これは感染症、心臓疾患などをコントロールした成熟社会における主たる死亡原因です。がんによる死亡者数が増えているのは、高齢者人口が増加しているためにほかなりません。ヒトは長期間生存すればそれだけ、細胞が突然変異を来す、すなわちがん化する確率は増すと考えられます。
ところで、がん患者の方が亡くなる場所の多くは病院です。2012年までの5年間で、病院以外の死亡場所のデータを見ると、自宅での死亡率は12%代で変化がありません。なぜ、自宅での死亡数が少ないのでしょうか。
がんの場合、通常は治療をおこなうわけですが、その治療をどこで止めるかという判断は時として困難なため、治療途中に病院で亡くなることがあげられます。たとえば、化学療法などの途中に体調を崩し、入院後に亡くなる場合です。一方で、家族構成が変化したために、独居ないしは老老家庭が多く、自宅で介護できる人がいないという現状があげられます。せっかく家に帰ってきても、高齢な配偶者が一人でケアしなければならず、患者より先に倒れてしまうという例もあります。家族の若い方にも仕事があり、生活するためには働かなくてはならず、在宅でのケアが困難になります。症状が悪化しているのに家にいなければならないというのも辛い事です。たとえば、腸閉塞が原因で苦しむ患者や、呼吸困難や疼痛の増強、あるいは大出血を来してしまった場合には入院治療が必要です。
Iさんは、前立腺がんの終末期ということで当院が診療していましたが、あるとき胸痛が増強し、呼吸困難をきたしたため緊急入院しました。診断の結果、膿胸に加えて心不全の状態であることがわかり、治療の結果再度自宅に戻る事ができました。このように、治療を尽くす事でQOLを維持したまま生存期間の延長が得られることもあるのです。医師が関与する限り「治療を尽くさない」ということは、医療の放棄にしかなりません。がん患者さんが急変しても、救急医療を併用することによって症状の緩和がはかれ、生存期間が約3週間延長(当院データ)する可能性があります。
診断から治療、そして終末期を通して一人の医師が診療するのが、従来の日本におけるがん診療でした。現在では、診断は内科、手術は外科、化学療法は腫瘍内科というように担当が代わるのは当たり前になり、それだけ専門的な治療を受けることができるものの、終末期になってまた担当医が替わるとなると、「先生に見捨てられてしまった」と感じる患者さんも多いのです。
当院が訪問診療を開始するにあたっては、治療を受けてこられた病院との連携は継続するようにします。主治医はひとりである必要はなく、何人いてもよいし、その方が患者も心強いのではないでしょうか。当院は、「在宅看取り」にこだわらず、質の高い緩和医療を介護環境も含めて提供する事に重点を置いています。在宅医療に固執するあまりに患者やその家族が不安に陥ったり、QOLが損なわれるのでは本末転倒です。このために、介護環境とともに医療環境、すなわち病診連携にも重点を置いて、診療にあたることが重要と考えています。
在宅医療全般(がんターミナルも含めて)に関しましては、拙著「人生をわが家で終える 在宅医療の現場から」を2011年に日経より出版しております。あわせてご覧いただければと思います。
http://www.amazon.co.jp/dp/4532168147
略歴ところで、がん患者の方が亡くなる場所の多くは病院です。2012年までの5年間で、病院以外の死亡場所のデータを見ると、自宅での死亡率は12%代で変化がありません。なぜ、自宅での死亡数が少ないのでしょうか。
がんの場合、通常は治療をおこなうわけですが、その治療をどこで止めるかという判断は時として困難なため、治療途中に病院で亡くなることがあげられます。たとえば、化学療法などの途中に体調を崩し、入院後に亡くなる場合です。一方で、家族構成が変化したために、独居ないしは老老家庭が多く、自宅で介護できる人がいないという現状があげられます。せっかく家に帰ってきても、高齢な配偶者が一人でケアしなければならず、患者より先に倒れてしまうという例もあります。家族の若い方にも仕事があり、生活するためには働かなくてはならず、在宅でのケアが困難になります。症状が悪化しているのに家にいなければならないというのも辛い事です。たとえば、腸閉塞が原因で苦しむ患者や、呼吸困難や疼痛の増強、あるいは大出血を来してしまった場合には入院治療が必要です。
Iさんは、前立腺がんの終末期ということで当院が診療していましたが、あるとき胸痛が増強し、呼吸困難をきたしたため緊急入院しました。診断の結果、膿胸に加えて心不全の状態であることがわかり、治療の結果再度自宅に戻る事ができました。このように、治療を尽くす事でQOLを維持したまま生存期間の延長が得られることもあるのです。医師が関与する限り「治療を尽くさない」ということは、医療の放棄にしかなりません。がん患者さんが急変しても、救急医療を併用することによって症状の緩和がはかれ、生存期間が約3週間延長(当院データ)する可能性があります。
診断から治療、そして終末期を通して一人の医師が診療するのが、従来の日本におけるがん診療でした。現在では、診断は内科、手術は外科、化学療法は腫瘍内科というように担当が代わるのは当たり前になり、それだけ専門的な治療を受けることができるものの、終末期になってまた担当医が替わるとなると、「先生に見捨てられてしまった」と感じる患者さんも多いのです。
当院が訪問診療を開始するにあたっては、治療を受けてこられた病院との連携は継続するようにします。主治医はひとりである必要はなく、何人いてもよいし、その方が患者も心強いのではないでしょうか。当院は、「在宅看取り」にこだわらず、質の高い緩和医療を介護環境も含めて提供する事に重点を置いています。在宅医療に固執するあまりに患者やその家族が不安に陥ったり、QOLが損なわれるのでは本末転倒です。このために、介護環境とともに医療環境、すなわち病診連携にも重点を置いて、診療にあたることが重要と考えています。
在宅医療全般(がんターミナルも含めて)に関しましては、拙著「人生をわが家で終える 在宅医療の現場から」を2011年に日経より出版しております。あわせてご覧いただければと思います。
http://www.amazon.co.jp/dp/4532168147
松井 英男(まついひでお)
1986 慶應義塾大学医学部卒業
1989 慶應義塾大学外科助手
1996 米国テネシー大学内科学、薬理学、医用工学
1997 米国退役軍人省連邦職員(VAMC research fellow)
2000 藤田保健衛生大学専任講師(外科学)
2003 ライフ・エクステンション研究所付属永寿総合病院外科 部長
2006 東海大学医学部消化器外科 准教授
2010 川崎高津診療所 院長
2013 医療法人社団ビジョナリー・ヘルスケア 理事長 現在に至る
現職:医療法人社団ビジョナリー・ヘルスケア理事長、川崎高津診療所 院長
専門領域:消化器外科、内視鏡外科、外科腫瘍学、緩和医療
1986 慶應義塾大学医学部卒業
1989 慶應義塾大学外科助手
1996 米国テネシー大学内科学、薬理学、医用工学
1997 米国退役軍人省連邦職員(VAMC research fellow)
2000 藤田保健衛生大学専任講師(外科学)
2003 ライフ・エクステンション研究所付属永寿総合病院外科 部長
2006 東海大学医学部消化器外科 准教授
2010 川崎高津診療所 院長
2013 医療法人社団ビジョナリー・ヘルスケア 理事長 現在に至る
現職:医療法人社団ビジョナリー・ヘルスケア理事長、川崎高津診療所 院長
専門領域:消化器外科、内視鏡外科、外科腫瘍学、緩和医療