市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
患者のための治療方針の決め方

『がん治療の現場で展開されるキャンサーボード』


がん・感染症センター 東京都立駒込病院
院長 鳶巣 賢一
「市民のためのがん治療の会」は、患者は医療サービスを受ける消費者としてとらえており、 消費者の権利は保護されなければならないと考えております。 消費者の権利と言えば1962年にケネディ大統領が議会に送った有名な「消費者の4つの権利」 (安全である権利、知らされる権利、選択できる権利、意見を反映させる権利)があり、 いずれも医療サービスを受ける場合に重要な視点です。
ところが様々な要因があると思いますが、 医療現場ではこれらの権利が保護されているとはとても言えない状況ではないでしょうか。
特にがん治療は最初が肝心、最初が全てですので、最初に選択する治療方針は予後を大きく左右すると思われます。 その一つの有力な解決法となるのがキャンサーボードではないかと思い、 前々から「がん医療の今」で情報提供したいと思っておりました。
そう思っておりましたところNHK「きょうの健康」2014年12月08日(月)放送の「がんのチーム医療『キャンサーボード』」で 鳶巣先生がとても分かりやすくご解説下さいました。早速お願いをし、ご公務ご多端の中、ご寄稿いただきました。
(會田 昭一郎)
はじめに
 「キャンサーボード」という言葉は耳慣れないと思います。一人の患者さんの治療方針について、 主治医が帰属する診療科医師だけではなく、関係のある診療科医師、さらに看護師、薬剤師、リハビリ技師、 管理栄養士、生活上の課題や心のケアに関与するMSW(メディカル・ソーシャルワーカー)や臨床心理士など、 多職種が参加して検討する会議体のことです。厚労省が進めているがん診療連携拠点病院整備事業の中でも、 拠点病院と認定されるための必須要件として5大がん(胃がん、大腸がん、肝臓がん、肺がん、乳がん)を中心に キャンサーボードが運用されていることが挙げられています。
 このように多職種が一同に会して相談することの重要性が強調されるようになったのは、 約10年ぐらい前からです。以下に、その有効性、具体的な運用方法、実際にやってみてわかる課題、などについてまとめてみます。

なぜ、キャンサーボードが必要か?
 従来、個別の患者さんの治療方針は、主治医と言われる立場の医師が単独で決めてきました。 しかし、過去20年ぐらいの間に、CT、MRI、PETなどの診断機器が高度化し、治療法も多様化した結果、 様々な専門医が育ってきました。主治医が高度な画像診断を単独で行うより、放射線診断専門医の意見を聞く方が安全です。 また、放射線治療については専門の医学物理士や放射線治療医の独壇場です。 外科医でも、開放手術と内視鏡手術のように術式による専門医がでてきました。 薬物を使う化学療法でも、それを専門とする医師が誕生しています。
 それぞれの患者さんにとって最善の治療法を考え、遂行することが、がん医療の目的です。 その目的の達成のためには、従来のように、一人の主治医が単独で考えたり、 個別にそれぞれの専門医と相談するやり方よりは、結局、一同に会して相談した方が早く結論が出ます。 それが診療科を越えて、関連する医師が集まって相談する「カンファレンス」です。
 さらに「キャンサーボード」として、医師以外の多職種が参加するようになったのが、過去10年間ぐらいの傾向です。 医師以外の職種の参加が望ましいと考える理由は、次の通りです。
 一人の患者さんが治療を受けるとき、その患者さんにとっての課題は治療対象となる病気だけではありません。 病気とその治療過程で起こる機能障害(歩きにくい、飲み込みにくい、など)、 不安や生きる意欲をなくすなどの心の問題、医療費の心配や職業を失うなどの社会・経済的な問題、など、 実に多くの課題がつきまとうのです。病気がなおれば、元の通りに自宅での生活ができる場合なら良いのですが、 患者さんの高齢化、介護者不足、などを考えると、治療そのものが引き起こす問題が大きくなっています。 その意味では、個別の患者さんの課題に関連した医師以外の専門職の参加が望ましいのです。

実際の運用方法
 最近では、入院治療でも在院日数が短くなっています。 また放射線治療や化学療法が外来通院で行われることが多くなりました。 そのため、入院・外来を問わず、全ての患者さんに対してキャンサーボードで検討することは実際には不可能です。 例えば、病理診断や放射線診断、薬剤師、リハビリ技師、管理栄養士が、 全てのキャンサーボードに参加できるほどの人員や時間の余裕はありません。 実は関連する医師が集まるだけでも、非常に忙しい合間をぬって行われるので、並大抵の苦労ではありません。
 そこで、あまり重要な課題がないか、問題が少ない患者さんの診療に関しては、 従来通りの同一診療科内でのカンファレンス、あるいは診療科を越えた医師間のカンファレンスで相談され、 治療が遂行されるようにします。しかし、様々な複雑な課題を抱えた患者さんの時には、それでは不十分です。 キャンサーボードの運営を担当する責任者が、参加を求める職種に声をかけて、開催するという方法をとります。 急ぐときには臨時開催もありますが、通常は、毎週1回、決まった時間に集まるように設定されています。 一番便利な方法は、医師のみが行うカンファレンスの最中に、一時、 時間を割いて多職種が参加するキャンサーボードを開催する方法です。参加者は、常に一定ではありません。 特定の課題がある患者さんの検討のために必要な職種が事前に連絡され、その時間だけ参加し、 治療の方向性と各職種の役割分担を決めて行きます。別の患者さんを検討するときには、一部メンバーが変わっても良いのです。

今後の改善に向けた課題
 実は、様々な課題があり、理想的に運用することが難しいのです。 どこの疾患のキャンサーボードにも参加する可能性が高い診療科(病理診断、画像診断など)、 リハビリ技師、薬剤師、レントゲン技師、管理栄養士、MSW、などは、どんなに手分けしても全てを網羅することが困難です。 そもそも、それができるほどの人手が揃っていることがないのです。 それぞれの施設では、少ない人員で、多忙な業務の合間をぬって精一杯の努力をしているのが現状です。
 もう一つの課題は、各職種、職員のキャンサーボードの重要性に対する理解の程度が一様でないことです。 とくに診療科責任医師がキャンサーボードを重要視するかどうかが、キャンサーボードの質を決める鍵を握ります。 多忙な医師が、他職種に分かりやすく問題点を説明し、意見を求める心のゆとりがもてるかどうかが分かれ道になります。 さらに、医師以外の職種も、ある程度は疾患の特性や治療法について理解し、 さらに自分たちの専門性を生かした判断と発言ができないと、実りのある会議になりません。 日本の現状では、医師の理解と協力、及び、医師以外の職種の専門性と自立度がまだ十分とは言えません。 今後、不完全ながらキャンサーボードを継続する中で、 全ての職種が自分たちの専門性を生かせるように成長するのを待たねばなりません。

患者さん・ご家族の参加について
 本来は、患者さんもキャンサーボードに参加し、ご自分の希望や、意見などを述べても構わないのです。 ご自分の人生を選び取るという意味では、それが本来の姿です。 しかし、いくつかの問題があり、ほとんど、そのような参加が実現していません。
 まず、当たり前のことですが、患者さんの医療的な理解が、医療者のレベルに追いつけないことがほとんどです。 会議の最中に、患者さんの理解を待てるほどには時間のゆとりはありません。 複数の患者さんについて検討するので時間には限りがあります。 また、大勢の面前で、あからさまに病状、治療選択肢、それぞれの治療期間、費用、長所短所などを説明し、 検討する風景は好ましいとは言えません。やはり、患者さんの理解や思いに配慮しながら、 会議の結果を主治医が時間をかけて説明する方が良いのだろうと思います。 また医療者の側でも、患者さんの性格や理解、思いなどを理解しない状態で、 ご本人の前で意見を述べることはできないと思います。
 従って、やはり、特例的な場合を除いて、患者さんご自身が参加されるキャンサーボードは現実的でないと思います。 それよりは、自分の主治医と向かい合って、それぞれの状況に合わせて、それぞれのペースで、 じっくりと質疑応答ができる場を設定して話し合うことが大切だろうと思います。 その時には、しっかりとご自分の疑問点に対する説明を求め、ご自分の意見を述べることが大切です。

略歴
鳶巣 賢一(とびす けんいち)

1982年京都大学医学部卒業後、同大学医学部付属病院泌尿器科研修医、滋賀成人病センター泌尿器科医員、 国立がんセンター病院泌尿器科医員、同院泌尿器科医長、国立がんセンター中央病院総合病棟部長を経て、 2002年静岡県立静岡がんセンター病院長。2011年静岡県立静岡がんセンター名誉院長、 聖路加国際病院 がん診療特別顧問。2014年がん・感染症センター都立駒込病院院長、現職
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