市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
先端医療と患者の立場

『粒子線治療についての当会の考え方』


市民のためのがん治療の会
当会の発足した平成16年ごろ当会の会員になられた方の中にも重粒子線治療を受けられた方がおられ、 今もお元気だ。当時は治験の段階で、治療は無料であった。
それから10年以上経って、当時は千葉の放射線医学総合研究所と兵庫の兵庫県立粒子線医療センターの 2か所に設置されていた粒子線治療装置は、今や全国に設置されつつある。 標準治療ではがん患者の半数程度しか救われない中、患者は常に現状をブレイク・スルーする新薬、 新治療技術等を切望している。また、患者や家族としては、高額の治療費を必要とする治療は、 費用に比例して何やら効果があるように思ってしまうのも人情というものだ。 300万円前後の負担となると「これならきっと効果がある」と安心してしまうかもしれない。
患者の立場からはまずは粒子線治療が今まで治療が困難であったがんに対しEBMレベルで効果と安全性が確認されれば 大変ありがたく、そうなれば保険収載されるなども考えられるだろう。
まずは患者や家族は「効くのか」「安全なのか」の科学的根拠を見守りたい。
この度、当会としての粒子線治療についての考え方をまとめたので、お示しすることとした。
(會田 昭一郎)
1.Back Ground
平成27年2月5日、重粒子線治療の健康保険適用のための署名と国会への請願運動に取り組んでおられる 群馬大重粒子線医学センター「友の会」(患者会)の森川事務局長より、 粒子線治療についての当会の取り組みについての問い合わせがあった。
この機会に当会では、「患者や患者の家族の立場から」粒子線治療についての考え方をまとめておくこととし、 役員会等の協議を経て取りまとめた。
もとより科学技術の進歩は驚くべきものがあり、放射線治療技術の進歩も目を見張るものがある。 したがって、今回の見解はあくまでも現時点のものであり、当会としても粒子線治療機器をはじめ治療技術についての 革新的な開発を切望するものである。

2.粒子線治療についての基礎的事項の確認
①効果はどうか
患者や患者の家族の立場からは、まず、効果はどのようなものであるかを知りたい。
細胞実験の結果からは、粒子線は従来のX線に対し、陽子線が1.1倍、炭素イオン線が2~3倍程度と言われているが、 患者に対する効果に関しては未だ明らかではないようである。
また、従来のX線ではいわゆる放射線感受性が低いと言われる腫瘍に対しても粒子線は効果があると言われている。
最も重要な点は、放医研や筑波大学等で粒子線治療が開始されて既に10年以上が経過したが、 粒子線治療が従来のX線治療と比較して医学的に有意に良好な治療成果を示すデータは少ないようである。

②他組織への影響
患者や患者の家族の関心は、効果と同時にその安全性である。放射線治療の歴史は、いかにがん病巣だけに照射し、 周囲組織等への照射を軽減するかの工夫の歴史と言ってもよいほどである。 X線は外部照射の場合は、体表面から患部まで減衰しながら到達し、さらには患部後方へと減衰しながら透過するが、 粒子線はブラッグピークで最大エネルギを放出し、その少し先でほぼゼロとなる。 このように粒子線治療は良好な線量分布が得られることから大いに期待されたが、 最近の物理工学とコンピュータ―テクノロジーの進歩を取り入れた定位放射線治療や強度変調放射線治療や 画像誘導放射線治療などの技術により、かなりの疾患でX線治療でもがん病巣以外の組織への照射線量を軽減でき、 粒子線治療と遜色ない程度の治療成績が報告され、副作用も軽微なものとなっている。

③装置の維持費はどうか
患者や患者の家族にとっては、効果があり安全であるとしても、治療費は大きな問題である。粒子線の装置は、 近年小型化に成功してきているとはいえ、X線治療装置と比較すると大規模な設置スペースとなり、 装置も非常に高額である。
また、電力使用はX線治療装置に比較して、かなり大容量の電力が必要である。
さらに、実際に粒子線装置の運転・維持・品質管理等には、X線治療装置と比較して医学物理士等のマンパワーの充実が必要となる。 これらを総合すると、粒子線治療のコストは非常に高額となる。

④治療費はどうか
上記③装置の維持費はどうかで述べた通り、粒子線治療のコストは非常に高額であるので、治療費は重粒子で約300万、 陽子線で約260万円程度の費用が患者の全額自己負担で先進医療として行われている。 このため、保険診療である従来の放射線治療に比して、かなり高額である。

⑤患者の費用負担の軽減について
現在は希望者に対しては④で述べた通り先進医療として混合診療の枠外で治療が行われているが、 当然医療費の軽減は政府の思惑でもあり、先進医療の中で最も金額を使っている粒子線治療の支出を抑えようとしているのは 当たり前だという意見もある。

また、健康保険診療への収載については、健康保険には一定の予算枠があるので、 粒子線治療のような高額の医療費を必要とする治療等を保険収載すると、他の放射線治療に関する診療報酬の低減や、 保険適用の薬剤、手術等に関する報酬などが押し出されることが容易に予想される。
保険収載するためには、進歩した最新のX線治療では治療できない疾患や放射線感受性の低い疾患などにおいて 粒子線治療が優位であるという医学的データを提出することが必要である。 このようなEBMレベルでの理由付けがなされないまま安易に粒子線治療を一括して保険収載をすることは、 他の治療法を押し出す結果となり、問題があると思料される。

3.当会の現時点での見解
以上を勘案し、当面、当会の患者及び患者の家族の立場としての粒子線治療に対する見解は、下記の通りとする。

  1. X線治療では治療できない疾患や感受性の低い疾患などにおいて粒子線治療がX線治療より優位であるという 医学的データを公表し、まずは一日も早く学会等での承認を得、PMDA等の公的な機関での承認を得るよう、 努力されることを切望する。
  2. 上記①が達成されるまでは、通常の疾患にはコストパフォーマンスを考慮すれば、X線治療で十分と思料する。
  3. 低コスト化と小型化を進めると共に、さらなる技術革新を希望する。
  4. 保険収載については、全てのがん腫治療に対してではなく、 現状では①のようなEBMレベルでの証明がなされれば、証明されたがん腫についての部分的な保険収載を求める。
  5. 先進医療特約等、民間保険によって高額な治療費をカバーできれば、患者の希望によっては、 粒子線治療を受けることは、自由である。


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