TPPで激変-医療と食環境
『TPPがもたらす医療崩壊と日本人の健康問題(2)』
北海道医薬専門学校学校長
北海道厚生局臨床研修審査専門員
北海道がんセンター名誉院長 西尾 正道
北海道厚生局臨床研修審査専門員
北海道がんセンター名誉院長 西尾 正道
鶴見俊介氏が亡くなった。7月24日付朝日デジタル版は「鶴見俊輔さん「理解した上で反論を」残した知の指針」と打っている。そう、賛成にせよ反対にせよ、ことは理解してからだ。
今問題になっている安保法制は10法案を一括した「平和安全法制整備法案」と、新法の「国際平和支援法案」からなる11本の法案をまとめたもので、100時間以上の審議といっても理解がどの程度進んだかは甚だ心許ない。
ところでTPPは安保法制どころではない、実に21分野にも及ぶ包括的な交渉分野の多さで、とても十分な理解は、普通の市民には無理な話だ。
米とか豚肉といった農業分野や、自動車関連についてはそれぞれの業界団体などがそれぞれの利害得失を踏まえて必死に運動している。しかしそのほかにも重要な分野については、何がどのように検討されているのかもわからない。
結着すれば21分野セットでそれぞれの分野での取り扱いが決まってしまうが、その中で今後の大きな成長分野である医療分野でも重要な取り決めがなされる。
例えばアメリカのGEはかつては家電品でも世界有数のメーカであったが、既に医療用機器などにシフトしていることからも分かるとおり、医療分野は多くの事業者にとっての狙い目である。(http://www.com-info.org/medical.php?ima_20140115_kawakami)
そこで今回は医療分野と食糧分野でのTPPの流れを西尾先生に解説していただき、医療面、健康面にどのような影響を及ぼすかを解説していただいた。皆さんの「理解したうえで反論を」に資すれば幸いである。
なお、本稿は西尾先生が北海道医報平成27年7月1日第1162号に寄稿されたものを、北海道医師会のご了解のもとに転載させていただきました。ご協力に感謝申し上げます。
今問題になっている安保法制は10法案を一括した「平和安全法制整備法案」と、新法の「国際平和支援法案」からなる11本の法案をまとめたもので、100時間以上の審議といっても理解がどの程度進んだかは甚だ心許ない。
ところでTPPは安保法制どころではない、実に21分野にも及ぶ包括的な交渉分野の多さで、とても十分な理解は、普通の市民には無理な話だ。
米とか豚肉といった農業分野や、自動車関連についてはそれぞれの業界団体などがそれぞれの利害得失を踏まえて必死に運動している。しかしそのほかにも重要な分野については、何がどのように検討されているのかもわからない。
結着すれば21分野セットでそれぞれの分野での取り扱いが決まってしまうが、その中で今後の大きな成長分野である医療分野でも重要な取り決めがなされる。
例えばアメリカのGEはかつては家電品でも世界有数のメーカであったが、既に医療用機器などにシフトしていることからも分かるとおり、医療分野は多くの事業者にとっての狙い目である。(http://www.com-info.org/medical.php?ima_20140115_kawakami)
そこで今回は医療分野と食糧分野でのTPPの流れを西尾先生に解説していただき、医療面、健康面にどのような影響を及ぼすかを解説していただいた。皆さんの「理解したうえで反論を」に資すれば幸いである。
なお、本稿は西尾先生が北海道医報平成27年7月1日第1162号に寄稿されたものを、北海道医師会のご了解のもとに転載させていただきました。ご協力に感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)
TPP締結で進行する国民の健康被害
二つ目の健康問題は本稿を書く動機となった食品の安全性の問題である。
農産物に関しては関税の問題で農業や畜産業が打撃を受けるだけではなく、農薬がらみの食品や、遺伝子組み換え作物(とうもろこし、大豆、小麦など)を食する生活がますます進むこととなる。遺伝子組み換え食品の表示もできなくなる。
さらにBSE問題も再燃する可能性もある。
米国では生産性を1割高めるために女性ホルモン入りの餌を与えて飼育した牛肉を輸出している。この40年間でアメリカ産の牛肉消費量は日米ともに5倍になっているが、この間、ホルモンに関係した癌が、米国も日本も5倍になっている。見事に米国産牛肉消費量とホルモンに関連した癌の罹患率の上昇カーブが重なっており、男性で言えば前立腺癌、女性で言えば乳癌、子宮体癌、卵巣癌が5倍に増えている。国立がん研究センターの2015年の罹患者数予測では男性は胃癌や肺癌を抜いて前立腺癌がトップとなり、女性ではダントツに乳癌がトップになると報告されている。私が医者になった頃、子宮癌といっても、子宮頸癌が9割、子宮体癌が1割だったが、最近は子宮頸癌が4割で子宮体癌が6割となっている。
日本は農薬の残留基準値は世界的に最も緩い国であり、EUと比較すれば、数10倍から数100倍であるが、更に緩和されようとしている。
TPPが妥結すれば多くの農作物がカビを抑えるためにポストハーベスト農薬をまぶしたものが大量に輸入される。ちなみに日本の代表的なポストハーペスト農薬の残留基準値は、猛毒とされるマラチオンの国産米の基準値は0.1ppmであるが、輸入小麦は8ppm (80倍)であり、ジャガイモの発芽防止に使われるクロルプロファムの残留基準値は以前は0.05ppmであったが、現在は1995年からは50ppm(千倍)となっている。これでは放射線照射により発芽を抑える処理をしたジャガイモのほうが安全である。
最も深刻なのは、ネオニコチノイド系の農薬の扱いである。最近はミツバチの大量死が問題視され、原因がミツバチの帰巣本能を障害しているためとされている。2015年2月には「蜂群崩壊症候群」の原因がネオニコチノイド系農薬であることをハーバード大学が特定し報告している。ミツバチの減少により授粉がなくなり植物が消え、農作物の収穫も減少することも問題視され、また人体への影響も明らかになってきた。
有機リン系やネオニコチノイド系の農薬が多くの疾患の原因の一つとして解明されてきた。特にネオニコチノイド系農薬は、水溶性で浸透性が高く効果が持続する農薬であり、子どもの脳や神経などへの発達神経毒性が指摘されている。脳の神経細胞間の神経伝達物質アセチルコリンにネオニコチノイド系農薬が作用し、小児の自閉症やアスペルガー症候群の増加をもたらしているという。
図1に単位面積当たりの農薬使用量と自閉症などの発達障害の有病率を示す。
図1 単位面積当たりの国別農薬使用量と自閉症など発達障害の有病率
自閉症スペクトラム障害やADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)などといった症状を持つ子どもが増加し、成長して成人になっても障害を持ち続ける人も増えているため、日本精神神経学会2014年6月刊の「DSM-5 精神疾患の 診断・統計マニュアル」においては、ADHDなどは子どもだけの疾患ではなく、成人でもある慢性疾患と変更され、WHOの推定では世界的に成人期のADHDの有病率は3.4%とされている(藤 卓弥:成人の発達障害の日常臨床へのインパク卜. 札医通信No572号:9-10, 2015)。
このため、EU加盟27か国は2013年12月からイミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3種のネオニコチノイド系農薬の使用を禁止し、オランダでは「ネオニコチノイド系農薬がハチや人の健康に悪影響を及ぼさないことが証明されるまで」予防原則に基づいた全面的に使用を禁止した。
また2014年6月26日には浸透性農薬タスクフォース(TFSP:Task Force on Systemic Pesticides)は「浸透性農薬世界総合評価書(WIA)」を発表し、結論の締めくくりとして、「土壌、水、空気に拡散するネオニコチノイドの影響は、ミミズなどの陸生無脊椎生物、蜂や蝶などの受粉昆虫、水生の無脊椎生物、鳥類、魚類、両生類、微生物など、さまざまな生物に及ぶものだ」としている。
しかし日本は規制値を緩和する一方で、クロチアニジンの残留基準値などは国際基準やEUと比較して 50~2千倍であるが、さらに2015年5月19日には厚労省はTPPを念頭にネオニコチノイド系農薬の残留基準値を大幅に緩和している。具体的には、ネオニコチノイド系農薬「クロチアニジン」の残留基準値はホウレンソウ40ppm(現行3ppm)、カブ類の葉40ppm(同0.02ppm)、ミツバ20ppm(同0.02ppm)などとした。
有機リン系の農薬と異なり、ネオニコチノイド系農薬は浸透性が強いため、根や茎にも浸透し葉や実にも浸透するため、洗っても落ちないことが深刻である。図2にEU加盟国でも適用が承認されているアセタミプリドの日・米・EUの残留基準値の比較を示す。
図2 アセタミプリドの残留農薬基準値(ppm)の比較
日本は「ネオニコチノイドの先進国」であり、 農産物中に残留する農薬の残留基準値は多くの品目で欧州の20~500倍である。我々は知らずに「虫もつかないもの」を食べているのかも知れない。
なお、ネオニコチノイド系農薬は食物だけでなく、生活空間でも多く使われている。水田や農地での散布はもとより、住宅建材、ゴルフ場の芝の消毒、シロアリ駆除、ゴキブリ対策、ペットのノミやダニ駆除、などにも広く利用されているが、使用目的で取り締まる法律が異なる日本の縦割り行政の弊害もあり、安全性は担保されていないのが実情なのである。
さらに遺伝子組み換え作物(GM作物)の安全性の問題もある。遺伝子組み換えの過程で、害虫が作物を食べると死ぬ殺虫成分を遺伝子に組み込んだものと、除草剤に耐性のある遺伝子を組み込んだものがあるが、いずれにしても毒性の強い成分で処理されている。遺伝子組み換え作物は米国のバイオ企業「モンサント」 がほぼ独占し、日本では住友化学が業務提携している。前経団連会長の米倉弘昌は住友化学のトップであり、TPPを推進する旗頭となり、GM作物の許可が次々とおりている。TPPによって「遺伝子組換え表示義務」の規制は完全撤廃され、モンサントの市場支配に抵抗はできなくなる。
モンサントはベトナム戦争で散布された「枯葉剤」を製造していた企業であり、現在は売上世界一の除草剤「ラウンドアップ」(主成分はグリホサート)を扱っている。この除草剤は植物を根こそぎ枯らしてしまう猛毒であり、人体では肝細胞破壊、染色体異常、先天性異常、奇形、流産のリスクがあると言われている。化学薬品企業が製造しているので【薬】となっているが、本来ならば「農薬」ではなく「農毒」なのである。こうした農毒にも耐える種子を遺伝子組換えでつくり、遺伝子工学種子を扱う巨大農業ビジネス企業が世界の作物を支配しつつある。「知的財産権」や「特許」が保護され、特許を制する者が、種子を制し、種子を制する者が、食料を制するのである。
米国では遺伝子組み換え食品の表示義務はなく、日本は遺伝子組み換え作物を輸入しやすくするためにグリホサートの残留基準を1999年に6ppmから20ppmに緩和しているが、この危険性は検証されていない。モンサントの社内食堂では遺伝子組み換え食品は禁止されているという呆れた話もある(1999.12.21.AP通信)。
遺伝子組み換え(GM)作物に関しては、民間からの寄付で行われたジル・エリック・セラリーニ教授(フランス・カーン大学)の毒性長期実験(2012年)がある。遺伝子組み換えトウモロコシを平均的米国人が生涯に摂取する分量に換算して幼少時のラットに投与し、2年間(ラットの寿命)実験を継続し、人間の子どもが食べた場合と同じ条件として観察したところ、高率に発癌が観察された。非投与群は腫瘍が発生しても晩年に発生するが、遺伝子組み換えトウモロコシ投与群では、4カ月目に腎臓癌・肝臓癌が発生し、11カ月目からは爆発的に増加した。人間でいえば35~40歳で発癌するという結果である。特にメスは乳房に腫瘍が多発し、平均寿命に達する前に死亡した割合は、遺伝子組み換えトウモロコシ投与群では約2.5倍を超え、メスは70%が死亡した。なおこの実験ではGM作物の大半は「除草剤耐性」で、大量の除草剤をかけて栽培されているため、除草剤の影響なのかGM技術そのものの影響なのかを見極めるために10グループ分け実験が行われている。その結果、除草剤も健康に悪いし、除草剤を使用しないで育てたGM作物も健康に悪いことが判明した。
こうした食品の安全性と危険性の研究は販売企業に任され、結果は秘密で、公開されておらず、書類審査だけで、動物実験が必須な医薬品とは全く異なっている。ちなみに、EUではGM食品は販売されていない。輸入された安い農産物を食べることは、健康被害のリスクを覚悟しなければならず、経済優先の社会づくりが人々の健康を脅かす世界に突入していると言えよう。
遺伝子組換え食品を禁止しているEUへの参入を目論んで、アメリカ企業のモンサントはウクライナの広大な農地を取得し、2016年にはウクライナに種子工場を建設する予定だ。ウクライナ紛争の背景にはこうした問題も絡んでいるのである。
遺伝子組換え作物の中で最も普及しているのは大豆とトウモロコシであるが、これらは米国では人の食べ物ではなく、多くは家畜の餌として使われている。しかし日本では大豆は納豆としても直接食べるし、味噌や醤油の原材料として使われている。またトウモロコシはコーンスターチとして多くの食品で使われている。食生活の点では日本人が最も影響を受ける可能性は否定できない。
がん罹患率の上昇やがん罹患の若年化、難病・奇病の増加は戦後の経済成長に伴うものとして発生しており、疾病の病因論的な視点の中に、化学物質や農薬や遺伝子組換え作物などの要因も考慮して科学的・医学的にも検討する必要がある。世界人口の増加に対応するために食物の増産が必要だとしても、グローバル企業の利益追求ではなく、科学的にも医学的にもデータを蓄積し、社会全体として許容できる基準値設定やコンセンサスを構築していくべきである。
日本は2011年3月11日以降は放射性物質も加わった「複合汚染列島」とも言える状態であり、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の警鐘が現実のものとなってきているのである。紙面の都合で、人工甘味料の問題は割愛したが、こうした生活習慣の中で発癌のリスクを避けるとしても限界があることを考えれば、治癒できる段階で早期のがんを発見し、適切な局所治療だけで治すことが望まれる。早期であれば、高額となる抗癌剤を使用しないで済むのである。改悪化する医療制度の変化に対応した患者側の自己防衛も必要となっているのである。
略歴二つ目の健康問題は本稿を書く動機となった食品の安全性の問題である。
農産物に関しては関税の問題で農業や畜産業が打撃を受けるだけではなく、農薬がらみの食品や、遺伝子組み換え作物(とうもろこし、大豆、小麦など)を食する生活がますます進むこととなる。遺伝子組み換え食品の表示もできなくなる。
さらにBSE問題も再燃する可能性もある。
米国では生産性を1割高めるために女性ホルモン入りの餌を与えて飼育した牛肉を輸出している。この40年間でアメリカ産の牛肉消費量は日米ともに5倍になっているが、この間、ホルモンに関係した癌が、米国も日本も5倍になっている。見事に米国産牛肉消費量とホルモンに関連した癌の罹患率の上昇カーブが重なっており、男性で言えば前立腺癌、女性で言えば乳癌、子宮体癌、卵巣癌が5倍に増えている。国立がん研究センターの2015年の罹患者数予測では男性は胃癌や肺癌を抜いて前立腺癌がトップとなり、女性ではダントツに乳癌がトップになると報告されている。私が医者になった頃、子宮癌といっても、子宮頸癌が9割、子宮体癌が1割だったが、最近は子宮頸癌が4割で子宮体癌が6割となっている。
日本は農薬の残留基準値は世界的に最も緩い国であり、EUと比較すれば、数10倍から数100倍であるが、更に緩和されようとしている。
TPPが妥結すれば多くの農作物がカビを抑えるためにポストハーベスト農薬をまぶしたものが大量に輸入される。ちなみに日本の代表的なポストハーペスト農薬の残留基準値は、猛毒とされるマラチオンの国産米の基準値は0.1ppmであるが、輸入小麦は8ppm (80倍)であり、ジャガイモの発芽防止に使われるクロルプロファムの残留基準値は以前は0.05ppmであったが、現在は1995年からは50ppm(千倍)となっている。これでは放射線照射により発芽を抑える処理をしたジャガイモのほうが安全である。
最も深刻なのは、ネオニコチノイド系の農薬の扱いである。最近はミツバチの大量死が問題視され、原因がミツバチの帰巣本能を障害しているためとされている。2015年2月には「蜂群崩壊症候群」の原因がネオニコチノイド系農薬であることをハーバード大学が特定し報告している。ミツバチの減少により授粉がなくなり植物が消え、農作物の収穫も減少することも問題視され、また人体への影響も明らかになってきた。
有機リン系やネオニコチノイド系の農薬が多くの疾患の原因の一つとして解明されてきた。特にネオニコチノイド系農薬は、水溶性で浸透性が高く効果が持続する農薬であり、子どもの脳や神経などへの発達神経毒性が指摘されている。脳の神経細胞間の神経伝達物質アセチルコリンにネオニコチノイド系農薬が作用し、小児の自閉症やアスペルガー症候群の増加をもたらしているという。
図1に単位面積当たりの農薬使用量と自閉症などの発達障害の有病率を示す。
図1 単位面積当たりの国別農薬使用量と自閉症など発達障害の有病率
(PDDは広汎性発達障害、ADは自閉性生涯。日本は米国の約7倍、フランスの約3倍も農薬を使用している)
黒田洋一郎、他: 発達障害の原因と発症メカニズム.(河出書房新書、2014年5月刊) P242の図より引用。
黒田洋一郎、他: 発達障害の原因と発症メカニズム.(河出書房新書、2014年5月刊) P242の図より引用。
自閉症スペクトラム障害やADHD(注意欠陥多動性障害)、LD(学習障害)などといった症状を持つ子どもが増加し、成長して成人になっても障害を持ち続ける人も増えているため、日本精神神経学会2014年6月刊の「DSM-5 精神疾患の 診断・統計マニュアル」においては、ADHDなどは子どもだけの疾患ではなく、成人でもある慢性疾患と変更され、WHOの推定では世界的に成人期のADHDの有病率は3.4%とされている(藤 卓弥:成人の発達障害の日常臨床へのインパク卜. 札医通信No572号:9-10, 2015)。
このため、EU加盟27か国は2013年12月からイミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムの3種のネオニコチノイド系農薬の使用を禁止し、オランダでは「ネオニコチノイド系農薬がハチや人の健康に悪影響を及ぼさないことが証明されるまで」予防原則に基づいた全面的に使用を禁止した。
また2014年6月26日には浸透性農薬タスクフォース(TFSP:Task Force on Systemic Pesticides)は「浸透性農薬世界総合評価書(WIA)」を発表し、結論の締めくくりとして、「土壌、水、空気に拡散するネオニコチノイドの影響は、ミミズなどの陸生無脊椎生物、蜂や蝶などの受粉昆虫、水生の無脊椎生物、鳥類、魚類、両生類、微生物など、さまざまな生物に及ぶものだ」としている。
しかし日本は規制値を緩和する一方で、クロチアニジンの残留基準値などは国際基準やEUと比較して 50~2千倍であるが、さらに2015年5月19日には厚労省はTPPを念頭にネオニコチノイド系農薬の残留基準値を大幅に緩和している。具体的には、ネオニコチノイド系農薬「クロチアニジン」の残留基準値はホウレンソウ40ppm(現行3ppm)、カブ類の葉40ppm(同0.02ppm)、ミツバ20ppm(同0.02ppm)などとした。
有機リン系の農薬と異なり、ネオニコチノイド系農薬は浸透性が強いため、根や茎にも浸透し葉や実にも浸透するため、洗っても落ちないことが深刻である。図2にEU加盟国でも適用が承認されているアセタミプリドの日・米・EUの残留基準値の比較を示す。
図2 アセタミプリドの残留農薬基準値(ppm)の比較
なお、ネオニコチノイド系農薬は食物だけでなく、生活空間でも多く使われている。水田や農地での散布はもとより、住宅建材、ゴルフ場の芝の消毒、シロアリ駆除、ゴキブリ対策、ペットのノミやダニ駆除、などにも広く利用されているが、使用目的で取り締まる法律が異なる日本の縦割り行政の弊害もあり、安全性は担保されていないのが実情なのである。
さらに遺伝子組み換え作物(GM作物)の安全性の問題もある。遺伝子組み換えの過程で、害虫が作物を食べると死ぬ殺虫成分を遺伝子に組み込んだものと、除草剤に耐性のある遺伝子を組み込んだものがあるが、いずれにしても毒性の強い成分で処理されている。遺伝子組み換え作物は米国のバイオ企業「モンサント」 がほぼ独占し、日本では住友化学が業務提携している。前経団連会長の米倉弘昌は住友化学のトップであり、TPPを推進する旗頭となり、GM作物の許可が次々とおりている。TPPによって「遺伝子組換え表示義務」の規制は完全撤廃され、モンサントの市場支配に抵抗はできなくなる。
モンサントはベトナム戦争で散布された「枯葉剤」を製造していた企業であり、現在は売上世界一の除草剤「ラウンドアップ」(主成分はグリホサート)を扱っている。この除草剤は植物を根こそぎ枯らしてしまう猛毒であり、人体では肝細胞破壊、染色体異常、先天性異常、奇形、流産のリスクがあると言われている。化学薬品企業が製造しているので【薬】となっているが、本来ならば「農薬」ではなく「農毒」なのである。こうした農毒にも耐える種子を遺伝子組換えでつくり、遺伝子工学種子を扱う巨大農業ビジネス企業が世界の作物を支配しつつある。「知的財産権」や「特許」が保護され、特許を制する者が、種子を制し、種子を制する者が、食料を制するのである。
米国では遺伝子組み換え食品の表示義務はなく、日本は遺伝子組み換え作物を輸入しやすくするためにグリホサートの残留基準を1999年に6ppmから20ppmに緩和しているが、この危険性は検証されていない。モンサントの社内食堂では遺伝子組み換え食品は禁止されているという呆れた話もある(1999.12.21.AP通信)。
遺伝子組み換え(GM)作物に関しては、民間からの寄付で行われたジル・エリック・セラリーニ教授(フランス・カーン大学)の毒性長期実験(2012年)がある。遺伝子組み換えトウモロコシを平均的米国人が生涯に摂取する分量に換算して幼少時のラットに投与し、2年間(ラットの寿命)実験を継続し、人間の子どもが食べた場合と同じ条件として観察したところ、高率に発癌が観察された。非投与群は腫瘍が発生しても晩年に発生するが、遺伝子組み換えトウモロコシ投与群では、4カ月目に腎臓癌・肝臓癌が発生し、11カ月目からは爆発的に増加した。人間でいえば35~40歳で発癌するという結果である。特にメスは乳房に腫瘍が多発し、平均寿命に達する前に死亡した割合は、遺伝子組み換えトウモロコシ投与群では約2.5倍を超え、メスは70%が死亡した。なおこの実験ではGM作物の大半は「除草剤耐性」で、大量の除草剤をかけて栽培されているため、除草剤の影響なのかGM技術そのものの影響なのかを見極めるために10グループ分け実験が行われている。その結果、除草剤も健康に悪いし、除草剤を使用しないで育てたGM作物も健康に悪いことが判明した。
こうした食品の安全性と危険性の研究は販売企業に任され、結果は秘密で、公開されておらず、書類審査だけで、動物実験が必須な医薬品とは全く異なっている。ちなみに、EUではGM食品は販売されていない。輸入された安い農産物を食べることは、健康被害のリスクを覚悟しなければならず、経済優先の社会づくりが人々の健康を脅かす世界に突入していると言えよう。
遺伝子組換え食品を禁止しているEUへの参入を目論んで、アメリカ企業のモンサントはウクライナの広大な農地を取得し、2016年にはウクライナに種子工場を建設する予定だ。ウクライナ紛争の背景にはこうした問題も絡んでいるのである。
遺伝子組換え作物の中で最も普及しているのは大豆とトウモロコシであるが、これらは米国では人の食べ物ではなく、多くは家畜の餌として使われている。しかし日本では大豆は納豆としても直接食べるし、味噌や醤油の原材料として使われている。またトウモロコシはコーンスターチとして多くの食品で使われている。食生活の点では日本人が最も影響を受ける可能性は否定できない。
がん罹患率の上昇やがん罹患の若年化、難病・奇病の増加は戦後の経済成長に伴うものとして発生しており、疾病の病因論的な視点の中に、化学物質や農薬や遺伝子組換え作物などの要因も考慮して科学的・医学的にも検討する必要がある。世界人口の増加に対応するために食物の増産が必要だとしても、グローバル企業の利益追求ではなく、科学的にも医学的にもデータを蓄積し、社会全体として許容できる基準値設定やコンセンサスを構築していくべきである。
日本は2011年3月11日以降は放射性物質も加わった「複合汚染列島」とも言える状態であり、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の警鐘が現実のものとなってきているのである。紙面の都合で、人工甘味料の問題は割愛したが、こうした生活習慣の中で発癌のリスクを避けるとしても限界があることを考えれば、治癒できる段階で早期のがんを発見し、適切な局所治療だけで治すことが望まれる。早期であれば、高額となる抗癌剤を使用しないで済むのである。改悪化する医療制度の変化に対応した患者側の自己防衛も必要となっているのである。
(了)
西尾 正道(にしお まさみち)
北海道医薬専門学校学校長、厚生労働省北海道厚生局臨床研修審査専門員、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。 国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年がんの放射線治療に従事。
がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。 「市民のためのがん治療の会」顧問。認定NPO法人いわき放射能市民測定室 たらちね顧問。
北海道医薬専門学校学校長、厚生労働省北海道厚生局臨床研修審査専門員、独立行政法人国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)
1947年函館市生まれ。1974年札幌医科大学卒業。 国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科に勤務し39年がんの放射線治療に従事。
がんの放射線治療を通じて日本のがん医療の問題点を指摘し、改善するための医療を推進。 「市民のためのがん治療の会」顧問。認定NPO法人いわき放射能市民測定室 たらちね顧問。