市民のためのがん治療の会
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The right to be informedの重要性

『伝えられない医療改革、あらゆる世代が負担増に ~これでいいの?国民的議論がない参院選~』


武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科 多田 智裕
ケネディ大統領は有名な「消費者の4つの権利」を提唱したが、その一つに、The right to be informed つまり「情報提供してもらえる権利」がある。消費者が商品やサービスを購入する際、それらについての十分な情報提供がなされなければ、正しい購入判断ができない。買ってしまってから、こんなはずではなかったと言っても後の祭りだ。
選挙は消費活動とは違うが、どのように国を導くか、我々の税金をどのように使うかなどについて付託する人を選ぶのであるから、その人がどのような行動をするかについて事前に十分な情報提供が受けられなければならない。
今回の参院選も、改憲するか阻止するかなどばかりが喧伝されているが、特に私たちがん患者は、就中消費税増税の先送りを理由に、がん医療が今後どうなるのか、また、多くの高齢者にとっても早晩訪れる終末期がどうなるのかなど、選挙公報で各候補の言い分を何度眺めてもサッパリわからない。
先日のイギリスの国民投票では、EUとは何か、離脱したらどういうことになるか、等が分からぬまま勢いで投票してしまい、「こんなことになっていたのか」と嘆いたり反省したりだそうな。
今回多田先生がご指摘のようなことについては多田先生もおっしゃる通り、メディアも取り上げていない。後になって、「こんなことになっていたのか」と思ってもどうにもならない。出るのはため息ばかりなり、だ。
今回はいつもながらの鋭い指摘をされる武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科の多田 智裕先生のご寄稿を、先生のご許可を得て転載させていただいた。
なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47249に掲載されたものから引かせていただきました。
いつもながらの多田先生はじめご関係の皆様のご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

参議院選挙(7月10日投開票)がいよいよ今週末に迫ってきました。今回の選挙戦を見ていて残念なことがあります。それは医療改革についての議論がきわめて不十分だということです。

現有議席が最大の自民党は、「総合政策集2016」の中で「国民が安心できる持続可能な医療の実現」を謳っています。

具体的には、「後発医薬品の使用拡大、二重診療(過剰投与)の抑制、さらには給食給付(医療上必要なものは除く)など保険給付の対象となる療養範囲の適正化を図り、保険料負担をはじめ国民負担の増大を抑制します」とのことです。

一方で、総合政策集には記載されていませんが、政府は方針として、年間8000億~1兆円の社会保障費自然増加分を年間3000~5000億円に大幅に抑制することを打ち出し、2015年12月には「経済・財政アクションプログラムの工程表」を完成させています。

この工程表には、あらゆる世代にとって負担増となる具体的な患者負担増・給付抑制策が列挙されています。

ところが、このことはほとんどマスコミに取り上げられていません。国民的議論が行われることなくこのまま投票を迎えるのは、とてももったいないことだと思います。

2016年4月から行われている自己負担増

「経済・財政アクションプログラムの工程表」の中で2016年4月からすでに導入されているのは、紹介状を持たずに大病院で受診する際の窓口負担増(参考:「本当の狙いは?『大病院で再診2500円』のインパクト」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46502)、そして入院時の食事代の患者負担増です。

紹介状を持たずに大病院で受診すると、初診5000円や再診2500円の自己負担が追加されます。診察中心の標準的なケースでは自己負担は約2倍に増えることになります。また、入院時の食事代の患者負担額も「1食あたり260円から460円へ」と実に70%もの値上げとなっています。

今までが安く済んできたという事情があるとはいえ、いずれも自己負担金額の増加割合で考えると、倍近くの急激な値上げが行われています。

2016年度内に実施決定が見込まれる負担増政策

参院選後に実施されることが見込まれる医療改革も、同様のインパクトを自己負担に与えるものばかりです。

経済財政再生計画の工程表の中で、「2016年度中に法案提出および実施を目指す」と明記されているのは、以下の通りです。

  • 「かかりつけ医」以外の受診で窓口負担増
  • 保険給付は後発医薬品までとし、先発医薬品との差額は自己負担
  • 入院時の居住費(水光熱費)の負担増
  • 市販類似医薬品の負担増や保険外し
  • 70歳以上の患者負担上限額引き上げ
  • 介護利用料の1割から2割負担へと、負担上限度額引き上げ
  • 「軽症者」の福祉用具貸与などの保険外し

これらの狙いと効果、インパクトについて見ていきましょう。

「かかりつけ医」と相談して疑問点の解決を

まず、「『かかりつけ医』以外の医師に診てもらう際は、窓口負担増」とされています。医療のフリーアクセス制度がとられている日本では、複数の医療機関を回る利用者が少なくありません。その状況への対策と考えられます。

例えば、1カ月前に胃内視鏡検査を受けて「異常なし」だったにもかかわらず、「検査結果が正しいかどうか不安だから、別の医療機関で診てもらって、もう一度胃内視鏡検査をしてほしい」と希望する人がいます。医師が必要性を認めず患者希望で行う検査は保険対象外なので、患者は、検査を受けた医療機関に不明点を改めて問い合わせるべきでしょう。

また、「このような検査結果でこの薬を処方されて飲んでいるけれども、それが正しいのか確認したいから、別の同じ科目の医療機関を受診したい」という場合、これも、セカンドオピニオンなので本来は保険の対象外になります。検査と処方を受けた医療機関で、まずは疑問点を相談するべきということになります。

このように、「かかりつけ医」としっかり相談して疑問点を解決すれば、無駄な受診や検査を防ぐことができます。フリーアクセスの悪用対策という意味で、利用者にとっては不便かもしれませんが一定の意義のある方策だと思います。

保険給付薬剤は必要最低限でも十分か?

次は、「保険給付は後発医薬品までとし、先発医薬品との差額は自己負担とする」という項目です(後発医薬品と先発品の違いは、以前のコラム「先発品と『同じ』?誤解されているジェネリック」[http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44202]をご覧ください)。

「後発医薬品と先発品の成分は同じだが、有効性が違う場合がある」「後発医薬品には安定供給に不安なものがある」という2つの点をしっかり認めた上で、“医療費節約のために、保険適応は後発医薬品までとする”ということであれば、政策として「あり」かとは思います。

もちろん、作用機序の上で血中濃度の測定だけでは有効性が担保できない可能性のある後発医薬品について、そして安定供給が不十分な場合には、救済措置の整備が必須でしょう。

この項目については、「2017年度中に結論を出す」とされていますが、せっかくの選挙の機会に、「保険で給付する薬剤は必要最低限でも十分か?」ということに関して国民の間で議論がなされないのは残念な限りです。

制度上はすっきりするけれど自己負担は・・・

「市販類似医薬品(=薬局でも購入可能な医薬品)は負担を増やし、保険の対象から外す」としている項目はどうでしょうか。

それまで3割負担だった患者負担が10割負担になったら、大きなインパクトをもたらします。

私が専門としている胃腸科と肛門科では、薬局でも購入可能な胃薬や痔の軟膏を「今は痛くないけれど、(胃や肛門が)痛くなった時のために処方してほしい」という要望を受けることがほぼ毎日のようにあります。

薬を希望される気持ちはよく分かるのですが、現在、症状がないのであれば、保険処方の対象外のはずです。しかし、2~3カ月に1回は必要になることが見込まれる場合にも保険対象外の自費で処方するべきなのか、現在の制度ではグレーゾーンとなっています。

薬局で購入可能な薬については、自己負担割合を増やす、ないしは保険対象外になれば、確かに制度上はすっきりすると思います。「せっかく医療機関に来たのだから、ついでに薬をもらった方が“お得”」という状況も解消されることしょう。でも、これこそが、自己負担増に多大なインパクトを与えることが必至の変更です。

「70歳以上の患者負担上限額引き上げ」や「介護利用料の1割から2割負担へと、負担上限度額引き上げ」という項目も、対象となる人にとって自己負担が倍増することは言うまでもありません。

選挙戦で議論されないのは大きな問題

このように見ていけば、“国民が安心できる持続可能な医療の実現”という文言が、いかに選挙向けのキャッチフレーズにすぎないかということが分かるのではないでしょうか。「今のところ決定した事実はない」という政治的答弁で、議論されないまま選挙が行われてしまうのは大きな問題と言わざるをえません。

選挙戦では、「保育士さんの処遇改善をやっていく」「介護離職をゼロにしていく」といった耳障りのいい演説をする候補も見受けられます。

けれども、医療においては、これまで述べてきたことが既に決定されており、あらゆる世代に負担増となる医療改革が迫っています。今回の選挙戦ではほとんど議論されていないようですが、そのことを皆さんにはぜひ知っていただき、心構えを持ってほしいと思います。

略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。

日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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