『緩和ケアセンター開設を迎えて』
今回は富山県西部においてがん診療の中核病院としてがん対策に取り組んでいる厚生連高岡病院が8月1日から開設する緩和ケアセンターについて、同センターの村上望センター長にその基本的な考え方等を含め、ご紹介いただいた。
2007年がん対策基本法において、がん医療の均てん化の促進およびがん患者の意向を十分尊重したがん医療提供体制の整備が基本理念とされました。また、これに伴う都道府県がん対策推進計画の基本となるがん対策推進基本計画においては、がん診療の重要な主軸として緩和ケアがクローズアップされて、がん拠点病院においては緩和ケア研修会開催の義務化と緩和ケアチーム(以下、PCT)の活動も必須とされ、各病院も真剣に取り組んでいる現状です。要は、国を挙げてがん診療における緩和ケアの重要性を打ち出しているということです。
では、緩和ケアのニーズはがん診療のどの段階から求められているのでしょうか。Jennifer S. Temelは2010年のThe New England Journal of Medicineにおいて、がん診断早期からの緩和ケア介入がQOLや精神面の向上に加えて生命予後にまで好影響を及ぼすことを報告して世界的な注目を集めました。この研究結果も受けて、現在本邦における緩和医療をリードする日本緩和医療学会においても、診断早期からの緩和ケアが重要であることが謳われています。
そもそもがん患者さんの苦痛はどのように考えられているのでしょうか。これは身体的苦痛・社会的苦痛・精神的苦痛そしてスピリチュアルな苦痛とするトータルペインとしての理解が最もわかり易いと思われます。では、それぞれにどのような緩和ケアの提供が行なわれているのでしょうか。身体的苦痛は医療用麻薬の使用を代表としてそのマネージメントは神経ブロック・放射線療法など多くの分野で治療は進歩しています。社会的苦痛においては、厚生労働省もがん患者さんの社会復帰あるいは休業補償など社会全体として支援制度を拡充させる方向性が打ち出されています。また精神的苦痛については近年サイコオンコロジストによる薬剤治療や対人援助技術などの普及によってそのケアは一般にも理解が進んできています。
取り組みが難しい領域として残る苦痛がスピリチュアルペインです。がん患者さんの心の奥深い痛みに対しては、残念ながら有効な処方が困難であることが多いようです。それでもがん患者さんは今日も苦しみを持って来院されます。その解決の糸口は、おそらくチームでのケアに求められると考えられます。そのチームメンバーは、病院の医療者のみならず、地域の医療・介護・福祉担当者、そして何よりも患者本人と支える家族もチーム構成の重要なメンバーであることを忘れてはなりません。
このような緩和ケアを取り巻く現状の医療体制の中に置いて、厚生連高岡病院(以下、当院)は、富山県西部においてがん診療の中核病院として歴史ある実績を持った病院であり、手術治療あるいは放射線治療、抗癌剤治療と最先端の質の高い医療を提供してまいりました。当院における過去の実績として年間約1400症例のがん患者さんの診療を行っており、それぞれの患者さんご自身、さらにご家族においても、たとえ早期の段階でのがん診断であっても苦しみを持つことになります。また当院におけるデーターにおいて、2008年におけるがん患者さんの5年生存率調査での死亡率は44.5%であり、がん治療を受けても死亡されるケースが4割以上ということも事実です。
この状況から、PCTへ依頼される症例も年々増加傾向で、年間約150件と多くのがん患者さんにおいて緩和ケアニーズが高まっていると思われます。現状では、PCT介入症例には終末期を迎える段階のケースもまだまだ多いようです。このような治癒不能である場合は、早期の緩和ケア介入症例に比較して、さらに身体的にも精神的にも苦しみは大きく医療としての介入必要性も高くなることは容易に想定できます。
また緩和ケアにおいては、入院あるいは外来を問わず提供されるものであり、その窓口が緩和ケア外来となります。院内からの緩和ケアチーム介入依頼や症状マネージメント依頼、また院外からの依頼もこの窓口を通して提供されることになります。
さらに今年度から当院において緩和ケア病棟が開設されました。緊急受け入れ病床1床を含めて16床、全室個室での開設です。緩和ケア病棟の入棟については、緩和ケア専門の医師と、緩和ケアを専門とする看護師が緩和ケア外来にて審査・調整することになります。この病棟の特徴としては、がんに対する積極的治療は控える状態において利用可能となることが前提であるため、可能な限りトータルペインとしての症状の改善を、専門のスタッフによって時間をかけずに行うことが目的となります。ただ、終の棲家としての認識ではなく、患者さんとご家族が御希望されて、身体的症状の改善が得られて地域医療・介護・福祉担当の皆さんとの調整ができれば、可能な限りご自宅での療養を支援することが大きなコンセプトとなります。緩和ケア病棟は、このようにまずは病棟ご利用に対しての御希望あるいは必要性のある患者さんに対して、トータルペインのケアを行い、状態の安定を得たところで御希望に合わせて地域との有機的連携によって、がん患者さんのご自宅での療養、いわゆる在宅緩和ケアを推進していくベースキャンプとしての機能も発揮することが求められる病棟と考えています。ただ、自宅療養が困難な状況となった場合には、再度の入院をしていただき、穏やかな看取り場所としての必要性も大きいと思われます。多くのがん患者さんに対して緩和ケア病棟での医療・ケアを含めた緩和ケアを提供するためには、限られた資源、限られた病棟機能を工夫して患者さんとご家族にとって可能な限り満足していただけるような病棟運営が求められます。このためにも、地域との有機的連携を構築して潜在的な地域力をサポートすることで、患者さんとご家族が安心して信頼を継続できる緩和ケアの連携を行うことが重要です。現在、この高岡医療圏において地域医療者や介護担当者との共同での勉強会なども進んでおり、これまで以上に質の高い在宅緩和ケアの受け入れが進んでいます。このように緩和ケア病棟は自己完結する箱ものではなく、地域との共同体としてがん診療を支える基点となるべく運営が行なわれています。
以上の当院および近隣医療圏の現状を踏まえて、チーム医療や外来を含めた診療の質の向上を目指し、緩和ケアの提供体制について院内組織基盤の強化を図るため、緩和ケアセンターを整備することとなりました。
緩和ケアセンターとは、2016年4月から、各都道府県がん診療連携拠点病院において設置が義務付けられたセンターで、全てのがん患者やその家族等に対して、診断時からより迅速かつ適切な緩和ケアを切れ目なく提供するため、これまでの「緩和ケアチーム」、「緩和ケア外来」、「緩和ケア病棟」を統括する部門として国が進める緩和ケアの在り方を具体化したセンター機能を有するものです。当院においては、これらの機能に加えて「在宅緩和ケア支援」の4部門を統括する機能部門として2016年8月から開設する運びとなりました。
ようやく当院として緩和ケアの重要な部門が目に見える形となってきており、この緩和ケアセンターを院内外において有意義な機能部門として運用していけるように微力ではありますが努力する所存です。
本センターが地域において実りある役割を果たすためには、多くの皆様のご指摘やご意見をいただき、少しずつでも地域のニーズに答えていけることが極めて重要と考えています。どうか今まで以上のご指導やご鞭撻をいただきますよう、御願い申し上げます。
広いスペースが確保されている有償個室=厚生連高岡病院で
1990年 金沢大学第1病理学講座大学院卒業後、金沢大学旧第1外科入局、石川県立中央病院、富山赤十字病院、金沢大学旧第1外科、疋島病院外科、厚生連高岡病院外科医員等を経て石川県立中央病院一般消化器外科医長。
済生会高岡病院外科部長、同診療部長、金沢医科大学氷見市民病院一般消化器外科臨床教授等を経て厚生連高岡病院緩和ケア外科診療部長、現在厚生連高岡病院緩和ケアセンター長
日本内視鏡外科学会技術認定医、日本がん治療認定機構認定医、日本緩和医療学会 緩和医療専門医等専門医資格等多数。