市民のためのがん治療の会
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スマホで遠くの名医が診てくれる時代がやって来た

『遠隔診療は「質」と「コスト」の課題を乗り越えられるか』


ただともひろ胃腸肛門科院長 多田 智裕
編集子の例では、心臓の場合、3ヵ月に1回程度かかりつけ病院に行き、胸部X線撮影と心電図、血圧などのチェックの後、医師の問診と聴診などの後、処方箋をもらって帰ってくるというのがずーっと続いている。電車やバスの接続などで往復はちょっと面倒で、交通費もばかにならない。もしこれが、遠隔診療で結果と処方箋をメールで送っていただき近所の薬局で薬を買えれば、非常に便利である。X線検査は難しいかもしれないが、心電図などは何とか工夫をすれば解決できそうな気もする。
単純な比較はできないかも知れないが、朝晩満員電車で通勤する人たちも、最近は情報通信技術の進歩によって在宅でも実務が可能なケースが出てきている。
どういうものが遠隔診療に置き換え可能かを整理して、できるものから遠隔診療が可能になれば患者や家族の負担も軽減されるのではないか。
もちろん、患者の保護が十二分に行われることが最も重要であることを強調しておきたい。

なおこの原稿は2016年9月5日にJBPRESSにて配信されたもので
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47763
同年9月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jpに掲載されたものを、多田先生並びに各掲載誌等のご厚意により転載させていただきました、感謝いたします。
(會田 昭一郎)

少し前の話になりますが、2015年8月10日に厚生労働省は、医師と患者を情報通信機器でつないで行う診療、いわゆる「遠隔診療」の解釈に関する新たな通達を発表しました。

通達の内容は、「患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と組み合わせて行われるときは、遠隔診療でも差し支えない。直接の対面診療を行った上で遠隔診療を行わなければならないものではない」というものでした。

これを受けて2016年度に入ってからいくつかの遠隔診療システムが発表され、実際に使われ始めています。代表的な例としては以下のようなシステムがあります。

  • MRT社の「pocket doctor」(医師への健康医療相談が可能)
  • MEDIPLANET社の「first call」
  • MEDLEY社の「CLINICS」(かかりつけ医へのオンライン通院が可能)

遠隔診療が普及すれば、パソコンないしはスマホで、どこからでも名医やかかりつけ医に診てもらうことが可能になります。

遠隔診療は、専門診療を広範囲に提供することにより既存の医療提供体制と概念を大きく変える可能性があります。様々な課題を克服して普及することを、大いに期待したいと思います。

●医療の質が担保可能なケースとは

遠隔診療を導入する際に一番の課題とされるのは、医療の質をどう担保するかということです。

それには、まず「遠隔診療で可能なこと」と「不可能なこと」の整理から始める必要があります。

遠隔診療で通常の問診診察を行うことは可能です。また皮膚科などでは、スマホを症状の部位にかざすことで視診(見て診察すること)も可能でしょう。

一方、遠隔診療で不可能なのは、聴診と触診になります。胸の音を聴診器で聞いたり、お腹の痛い部位を触ったりする診察はできません。また、喉の奥の腫れを見る喉頭ファイバーや、痔の腫れ具合などを観察する肛門鏡などの検査も不可能です。このような検査を伴う診察が必要な場合には、直接医療機関への 受診が必要ということになります。

こう考えると、遠隔診療を行うべきでないのは、問診や視診だけではなく聴診や触診、ないしは器具を用いた検査が必要な場合です。

ですから、問診と視診のみで診察が完了するのならば、通院診療と遠隔診療を組み合わせた診療は医療の質を担保できると考えられます。

●革新的医療技術が登場すると常に起きるコストの問題

次に超えなければならないのが、コストの課題です。

これまでも革新的な医療技術が出現した場合、自費と保険診療のコストのジレンマによって普及が阻まれるという事態がしばしば起こってきました。

その一例として挙げられるのが、CT大腸内視鏡検査(CT撮影により大腸を検査する技術)です(参考「オバマ大統領はなぜ内視鏡ではなくCTで大腸検査を受けたのか?」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36004)。

CT大腸内視鏡検査は、カメラを体内に入れることなく、横になって撮影するだけで大腸の検査ができます。ところが、現状ではそれほど広がっているとは言えません。

その理由として挙げられるのが費用の設定です。CT大腸内視鏡検査を個人として自費で受けると、約4~5万円と高額になってしまいます。そのため、実際には個人として受ける人はほとんどおらず、会社の健康保険などを通して保険診療で受けることになります。

ところが医療機関側から見ると、保険診療で設定されている価格(約2万5000円。受診者が払うのは3割負担の約8000円)で検査を行うと採算が取れません。すればするほど赤字になってしまうのです。

こうした理由から、利用者は増えず、医療を提供する医療機関も増えていないのです。これは、保険診療で全国一律の価格が決まっている日本では、革新技術が登場した時に常に起こる問題と言ってよいでしょう。

●利便性の提供に数千円の価値はあるか?

では、遠隔診療の価格はいくらが妥当なのでしょうか。

Pocket doctorが設定している遠隔診療の金額は、10分で2000~3000円(ドクターにより異なる)となっています。これは、通常の保険診察で薬処方を行った場合の診察代金3500円(初診料2820円+処方箋代金680円)と同程度の価格設定です。

しかし利用者側から見ると、遠隔診療は保険診療の自己負担より2~3倍割高の金額を支払うことになります。(遠隔診療の診察代金は基本的に全額自己負担なので2000~3000円。保険診療だと3割の自己負担なので1050円)。

もちろん保険診療で遠隔診療を受ければ、3割自己負担の1050円で済みます。ただし、保険診療が可能なのは「かかりつけ医が『遠隔診療でも構わない(=問診と視診のみで診察が完了する可能性が高い)』と認めた場合のみ」という縛りがあります。

また、医療機関側から見ると、遠隔診療では再診料と処方箋料金のみの算定となり、外来診療の大きな収入源である「医学管理料金」の2250円が算定できません(「医学管理料金」は、特定疾患管理料など服薬や運動、栄養などの指導を行った際に加算可能)。そのため、参入する医療機関が少ないのでは、という懸念があります。

医療機関側のテクニックとして、2000円程度の遠隔診療・予約料金を自費徴収することは可能でしょう。しかし、その場合、受診する側は保険診療においても自己負担金額が2500円ほどになってしまいます。

直接受診の手間や時間が省かれる利便性に、どれだけの人たちが数千円の価値を感じて利用してくれるのか??そこが、遠隔診療がコストのジレンマを乗り切れるかどうかのポイントだと思われます。

●遠隔診療は医師不足の解消にもつながる

以上のような課題はありますが、遠隔診療にはさまざまなメリットがあります。

例えば、「半年に1回の通院+遠隔診療」というような組み合わせにより、1つの医療機関が、従来の市町村単位ではなくより広い都道府県単位をカバーすることも可能になります。

また、治癒率(奏効率)が95%近くの治療法の場合、遠隔診療で治療ができれば頻繁に外来に直接来てもらう必要がないため、1人の医師で現状の数倍の2000~3000名の患者の診療することが可能になるでしょう。いずれも医師不足解消に役立つはずです。

専門診療や効果のある治療が、より身近に、より広く普及するためにも、遠隔診療が医療の質の担保とコストのジレンマという課題を乗り越えて、日常生活の一部となっていくことを期待しています。


多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。

日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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