『身近な「笑い」を医療として用いるために~笑いの実証研究、始めています』
阪本 亮
今回は近畿大学の阪本先生に、阪本先生のグループの研究についてご寄稿いただいた。
「笑い」は日常生活でごく自然にありふれているものです。皆さまも面白いものを見たり、おいしいものを食べたり、誰かと楽しい話をしているといった日常生活の中で、意識、無意識を問わず笑っていることがおありかと思います。
「笑う門には福来る」ということわざがあります。故事ことわざ辞典によると、いつも笑い声が溢れている家には、自然に幸運が訪れる。明るく朗らかにいれば幸せがやってくる意味とされています。このことわざにもあるように、一部の例外を除いて笑うことは、ポジティブなイメージをお持ちだと思います。
最近の「笑い」の知見として、笑うことでストレス負荷の際に増加する唾液中のコルチゾールが低下するといったことや、エンドルフィンといった鎮痛に影響する神経伝達物質やドーパミンといった意欲や多幸感に影響する神経伝達物質が放出されたり、がん細胞やウイルスに感染した細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞の活性化を引き起こすといった様々な医学的効果が報告されています。
これらのことから、笑うことが様々な良い効果を引き起こす、笑いは健康に良い、と皆さまは思われるかと思います。
それでは、ここで皆さまに想像していただきたいのですが、「笑う」というのはどういったことを笑うと言うのでしょうか?
声を出してクスクス笑うことでしょうか?大声で笑うことでしょうか?ニッコリと表情を作ることでしょうか?頭の中で楽しいとイメージをすることでしょうか?
実は何をもって「笑い」とするのかの定義づけは曖昧なのです。
最近の報告では、頬骨と眼輪筋がともに収縮するもの、上品なくすくす笑いではなく、腹式呼吸などの体の動きを伴うもの、意外なところで、割りばしを横にして口で加えて作った笑顔でもよい、といったものもあります。
このように色々と「笑い」について報告されておりますが、どれか一つが正しいというわけではないようです。
また良い効果が期待できる「笑い」について、国内外でどれくらい研究されているか興味がおありかと思います。アメリカ国立医学図書館の国立生物工学情報センターが運営している医学・生物学分野の学術文献検索サービスにPubMedというものがあります。海外の雑誌に掲載されている論文が登録されており、私はよく利用させてもらっています。そのPubMed上の「Therapy」のカテゴリーで、「laughter(笑い)」の論文を検索すると、なんと52本しか引っかかりません。同様の条件で、例えば抗がん剤の「cisplatin(シスプラチン)」の論文を検索すると、3743本の論文が引っかかります。「aerobic exercise(有酸素運動)」なら32530本もの論文が引っかかります。実はこの例からも分かるように、笑いの研究は国内外において非常に少ないのが現状です。
笑いの研究が少ない原因には、先ほど述べましたように笑いの定義が曖昧であることに加えて、笑いの文化が地域ごと、国ごとに多種多様であることが考えられます。
例えば、大阪の笑いは商人文化の影響が色濃く出ているかと思います。では日本各地はそうなのかというと、間違いなく違うと断言できますし、それぞれの地域の文化にあった笑いがあります。国内でもこのように千差万別でありますので、海外でも同様なことが容易に想像できるかと思います。
ちなみにアメリカでは笑いが医療に生かされておりまして、ホスピタルクラウンというものがあります。パッチアダムスという言葉の方が有名かも知れません。病院に入院している患者さんを笑わせることを生業にしており、患者さんはクラウンの行動を見て楽しんでいるのです。日本でも小児科病棟に出張で出向いてくれるホスピタルクラウンがいますが、まだまだ浸透しているとは言い難いです。病気で苦しんでいるのに笑うことは不謹慎…という沈黙を美徳とする文化が我が国に根付いていることも要因の一つかもしれません。
それはともかく、このような問題もあり、「笑い」について確立した尺度が作れない現状があります。皆さまもご存知のように、研究には再現性が重要なのですが、何をもって笑いとしていいのかが曖昧ですので、結果的に研究の歩みが遅くなっていると思われます。
今回我々は笑いの介入方法(お笑い鑑賞)に吉本興業さまのコンテンツ、表情やバイタルの測定にオムロン株式会社さま、西日本電信電話株式会社さまの協力をいただき、
- 定期的な笑いの刺激が身体の健康、心理的健康に与える効果について明らかにすること
- 信頼性・妥当性の高い、笑いの測定方法の開発
- 笑いの疫学的、行動医学的調査(疾病発症率や生活習慣の変化など)
結果的には、
第1に「笑い」の介入によって
- 生活の質の向上:例えば、認知の変化、免疫力の向上、行動変容、適応的なコーピング*、自律性の向上などを図り、結果的には疾病の予防や、我が国最大の懸念材料の一つである医療費の削減につなげたいと考えています。
第2に「笑い」を定義づけることで
- 笑いの新たな評価方法、測定方法を開発
- より笑いを医学的に研究できる土壌作りを行っていきたい
第3に「笑い」の介入方法について
- お笑いを始めとした、有効な「笑い」の介入方法を作り上げたいと考えています。
- 病院での実行可能なプログラム導入
- 企業でのストレスマネジメント研修
- 携帯アプリの開発
まず第1段階として、健常者の方を対象に研究を開始しておりますが、今後は様々な患者さまを対象に研究をすすめていきたいと考えております。
近畿大学医学部内科学心療内科部門 助教
2007年近畿大学医学部 卒業.近畿大学医学部堺病院にて初期研修を修了.近畿大学医学部堺病院心療内科を経て,2013年より現職.
日本心身医学会・日本心療内科学会合同心療内科専門医.