『禁煙・嫌煙権運動40年を振り返って』
がん予防には様々な方法などが提言されているが、喫煙程医療者が揃ってがん予防の第一に挙げられるものは他にない。
また、健康増進法25条では受動喫煙の防止を謳っており、本年1月、WHOはタバコによる経済損失は年間116兆円と指摘している。
医学的根拠に基づいて発がん要因のNo.1とされ、日々高額の経済的損失を生じ、法的にも制限されているタバコが、どうして大手を振って製造販売されているのだろうか。
以前にも書いたが編集子が15年ほど前に入院していた北海道がんセンターの喫煙室で、 痩せ衰えた老夫人が震える手でタバコを吸っているのを見たときのおぞましい光景は今でも忘れられない。 まるで阿片だ。これが麻薬でなくてなんであろうか。早急なタバコ禁止が望まれる。
■はじめに
私は、19歳から39歳まで、20年間もタバコを吸ってしまった。最後の数年間はハイライトを一日60本という、とんでもない〝チェーン・スモーカー〟だった。
当時私は、公害問題研究会という反公害運動団体で、『環境破壊』という月刊専門誌の発行に関わっていたが、 60本も吸っていながら毎日「やめたい」「やめたい」と思いながら吸っていた苦い記憶が未だに残っている。
それは、日常的に「反公害」の立場で水俣病やイタイイタイ病、四日市の公害ぜんそく等の解決を訴え、 また自然保護運動に取り組みながら、自身が〝タバコ公害〟の発生源となっているという自責の念もあったからである。
1977年の春「公害の絵本」作りに取り組んでいたコピーライター中田みどり氏が、狭いデザイン会社の煙害に耐えかねて「日照権」「静穏権」などの運動を念頭に、 人権問題としてタバコの煙を嫌うことも当然の権利では…という思いから「嫌煙権」というネーミングを創り出した時期でもあった。
この年の5月6日、私は、スピード違反や駐車違反が重なって運転免許証の「1年間停止」という処分を受けてしまった。 当時は「宅急便」など全く無かった時代であり、私は、公害・環境問題の資料を各地の反公害運動の集会や労働組合の大会などに小型乗用車で運び販売していたが、 それができなくなってしまったのだ。その夜、NHKテレビが「イギリス王立医師会の調査で、タバコを一本吸うと5分30秒寿命が短くなる」というニュースを報じた。 さっそく電卓で計算してみると、10年以上も寿命が短くなるではないか。
『環境破壊』誌の原稿を書いたり、荷物を運ぶ際「自動車もタバコも必要悪」などと言い訳をしながら過ごしてきたが、 免許停止処分となって車の運転が出来なくなってしまい、この際タバコもやめようと決心して、いきなりその夜から「断煙」に踏み切ったのである。
■「嫌煙権運動」の発足集会
中田みどり氏は、社長の藤巻和氏と相談してこの年の夏「嫌煙権バッチ」を作成した。 幼児とチューリップの花をデザイン化した直径5㎝の丸い金属に「嫌煙・タバコの煙が苦手です」というコピーを配し、 タバコの煙に悩んでいる人や消費者運動に関わっている人たちに買ってもらい、ささやかな意思表示を始めたのである。
しかし、単に胸にバッチを付けているだけでは、なかなか運動は広がらないことから、翌1978年2月18日「嫌煙権確立をめざす人びとの会」の結成を呼びかけ、 四谷駅前の小さな会場で設立総会を開いた。その日、中田みどり氏からいきなり司会・進行役を頼まれた。 当日、約60人の関係者が参加したが、多くのメディアも取材にきた。これが「嫌煙権運動」に積極的に取り組んだ最初だった。
当時のタバコを巡る社会状況は、文字通り吸って当然、捨てて当然の世の中だった。
今年2017年は、中田みどり氏が「嫌煙権」のネーミングを誕生させてから、ちょうど40年目という節目の年を迎えている。 若い人たちにはほとんど知られていないと思われる「禁煙・嫌煙権運動」が軌道に乗るまでを紹介し、たばこ問題の抜本的な解決を訴えさせて頂きたい。
■全国に広がった「嫌煙権運動」
「嫌煙権確立をめざす人びとの会」(以下「人びとの会」)の発足は、全国に波紋を広げ、たくさんの手紙や葉書が、中田みどり氏のデザイン会社に送られてきた。 2か月間で大きなダンボールに3箱にもなったのである。多くの人々がタバコの煙に悩まされていたのだ。
この年4月4日には、伊佐山芳郎弁護士の呼びかけで、東京弁護士会を中心に「嫌煙権確立をめざす法律家の会」(以下「法律家の会」)が発足した。 法律家の会では➀公共の場所での喫煙を規制する法律案の作成、➁国鉄や専売公社に対する喫煙防止を求める訴訟提起が検討された。
法律家の会結成の五日後、全国の禁煙団体と嫌煙団体が大同団結することとなり、東京・荻窪の東京衛生病院に11団体の代表22名が集まった。 長野、横浜、富山、神戸、東京など8地方の禁煙運動団体や「人びとの会」である。 熱心な議論を行なった結果、「全国禁煙・嫌煙運動連絡協議会」が結成され、全国を視野に入れた運動に取り組むこととなった。
「嫌煙権運動」は、予想をはるかに超えてマスコミの話題となり「嫌煙権」のネーミングが知れ渡った。 そこで、6月5日から始まる「環境週間」を前に、銀座・数奇屋橋通りで、日本で初めての「嫌煙権デモ」を実施した。 禁煙団体からも多数の方々が参加、ボーイスカウトやガールスカウトの子どもたちも多数参加して、街ゆく人々の注目を集めた。
■日本専売公社を初訪問
「人びとの会」と「法律家の会」は、6月22日、日本専売公社を訪ねた。 副総裁が応対し、私たちは①タバコの箱に「吸う場所に注意」を印刷する、②箱に有害成分の表示を行なう、③喫煙マナーの徹底をPRする、④タバコ広告の禁止、の要望書を持参したが、 公社側は「普通の社会生活では一般人への影響は認められない」と主張し、話し合いは平行線となり、私たちは文書での回答を求めた。
7月19日、専売公社から広報課長名の回答が送られてきた。 回答は「嫌煙権をめぐる問題は、吸う人と吸わない人がお互いの立場を尊重する心づかいの問題」 「特異な体質や疾患のある人、乳児は別にして、普通の社会生活の中では健康への影響は認められない」というものだった。 ①箱への表示は変更しない、➁ニコチン・タールの量は店頭に掲示している、③タバコに関する広告は外国に比べれば控えめのはず、 という木で鼻をくくった内容で、私たちは怒り心頭だった。
■国鉄に「禁煙車」設置を申し入れ
1978年6月23日「人びとの会」と「法律家の会」は、専売公社に続いて、国鉄(現在のJR)を訪ねた。 当時「こだま」の16号車以外は、すべて新幹線も在来の特急・急行列車も、通勤の長距離列車にも「禁煙車」はゼロだった。面会に出てきたのは旅客サービス課長と課員の3名だった。
要望の内容は、①すべての列車、電車、バス等に禁煙車両を半数以上設けよ、②駅構内は喫煙場所を限定し他は禁煙にせよ、というもので、今日から見ると極めて控えめなものだった。
私たちは「ひかり号にも禁煙車を!」と強く主張したが、サービス課長は「窓口が煩雑になる」「愛煙家の客に迷惑をかける」などと議論は全くかみ合わず、 駅構内のタバコ規制についても「すでに禁煙タイムを導入している駅がかなりあるので…」などと回答を避けたのである。そこで私たちは、文書による回答を求め、再三申し入れを行った。
2ヶ月後の9月11日、ようやく回答が届いた。 その内容は、①大都市周辺の国鉄・近郊電車、一部の通学・通勤電車、こだま16号車、寝台車の寝台内の禁煙を実施している、 ②東京近郊での禁煙タイム実施駅が37駅あり、10月からは山手線内全駅で実施する、 というもので、禁煙車の増設も駅構内の禁煙などとんでもないというふざけた回答だった。
■「喫煙の場所的制限を考えるシンポジウム」開催
同年11月25日、東京・家の光会館で、シンポジウムが開催された。全国各地から禁煙・嫌煙権運動の関係者が出席した。 作曲家・中田喜直、新宿駅長・熊沢健三、国立がんセンター疫学部長・平山雄、東京衛生病院・林高春、法律家の会・伊佐山芳郎、各氏からそれぞれ挨拶があった。
パネルディスカッションでは、まず愛知県での15年間の活動と反省から、病院・保健所などの禁煙化の緊急性が訴えられた。 次いで、札幌から道内各地の病院・行政機関、国鉄、日本航空などに対する粘り強い活動経験をもとに総論的な問題が提起された。 また学校・家庭などでの問題について、東京都教育委員会から、外国の状況についてはオランダの国際会議参加者から報告があった。
これらの提言をもとに熱心な討議が行なわれ、喫煙の場所的制限を実現させる方針として、 ①立法化の促進、②投書作戦の徹底、③署名・申し入れ等の活動の活発化、の3点が確認された。
■「禁煙車両設置署名運動」始まる
「人びとの会」は、いろいろと話し合った中で、やはり国鉄の新幹線「ひかり号」に焦点をあて、署名運動に取り組むこととした。 その時の呼びかけ文は「ひかり号自由席4両の内1両を禁煙車に、在来線にも禁煙車を」を内容とするものだった。 この署名運動と平行して、弁護士からは「国鉄相手の訴訟も…」と題する呼びかけがあった。 「人びとの会」が呼びかけた「ひかり号に禁煙車を!」の署名運動は、全国各地から11月までに3万5千余の署名が集まった。
12月10日「人びとの会」や全国協議会加盟の禁煙団体代表など15名が国鉄本社を訪ね、この署名簿を提出。対応したのは、常務理事とサービス課長だった。 両氏とも非喫煙者にも関わらず「愛煙家の乗客にがまんを強いるのは申しわけない」などと喫煙者寄りの発言が続いたが 「今年度中には禁煙車両を設置するかしないかを決める」という回答で、この日の申し入れが終了した。
■日本で初の「嫌煙権訴訟」提訴へ
アメリカでは、すでに70年代から、タバコ関連の訴訟が数多く行なわれており、また受動喫煙による健康被害についても、いくつかの州で裁判が行なわれていた。
ところが日本では、このような動きは全くなかった。 日本では明治時代からタバコは国の専売事業であり、政府を相手どっての裁判など考えられなかった時代背景があり、 国鉄の車両についても、タバコを吸うのが当たり前で、これを規制するなどということは、考えも及ばなかったのである。 この状態を打開するにはどうしたらよいか「法律家の会」と話し合った。「これはもう裁判闘争をするしかない」というのが結論だった。
しかし裁判を起こすためには原告が必要となってくる。 「国鉄のタバコ野放し列車に乗って、タバコを吸わない者が健康被害を受けた」との要件に該当する原告として、4人(地方公務員2人、教員1人嫌煙権発案者の中田みどり)が名乗りを上げた。
WHOデーの4月7日、東京地方裁判所に、この4氏と伊佐山弁護団長他12名の弁護士が代理人となって、日本で初めての「嫌煙権訴訟」が提訴された。 第1回目の口頭弁論では、原告が新幹線の中で周囲の男性のタバコで健康を侵されたこと、 非喫煙者、特に子どもたちや妊婦が受動喫煙を受けないで旅行が出来るよう、せめて2両に1両は禁煙車を設けて欲しいと訴えたのだ。
■二人の大学教授が、「嫌煙権」を全面的にサポート
1978年から「タバコ問題」について数多くの新聞報道や週刊誌・雑誌の記事が目立った。 中には『週刊文春』や『週刊新潮』のようにタバコ擁護論、禁煙運動の誹謗・中傷もあったが、概ね嫌煙権運動に好意的な報道が多かったと思う。
特に「嫌煙権運動」にとって大きな力となったのは、神戸大学の阿部泰隆教授(行政法)と東京大学の小林直樹教授(憲法)の論文だった。 阿部教授は『ジュリスト』(有斐閣)の連載で(1980年9月15日号/10月1日号)「喫煙権・嫌煙権・タバコの規制」と題して、 タバコの歴史から有害性、非喫煙者の権利、内外の喫煙対策、今後の法的規制など4万字にも上る論文を書かれた。 阿部教授は「専売公社のPRパンフは、喫煙が肺がんの原因であると科学的に結論づけることはできないと述べているが、 タバコ有害論の根拠としては、統計的証明で十分であり、専売公社の主張は「白を黒」といいくるめる論法である」と手厳しく論断された。
小林教授は『ジュリスト』の増刊特集『日本の大衆文化』の中で「喫煙の法理と文化―嫌煙権をめぐる根本問題」と題して、次のような主張をされた。
「喫煙の自由は、わが国では余りにも寛大に認められ、喫煙者はTPOを越えて自由勝手にたばこを吸う特権を享受してきた。 反対に喫煙しない者の“煙を吸わされない自由”は法的にも社会的にも認められないという、甚だ不均衡な現象が続いている。 健康権と結びついた嫌煙権こそは、より本格の基本権ともいうべきであろう」、 「加害者たる喫煙者の自由は十分に保障される反面で、被害者は苦痛と健康被害を『受忍』させられるという不公正な扱いが国鉄の実態である。 これは奇妙な倒錯であり、不正義といわざるをえない。喫煙者は自らの健康と引き換えにあえて喫煙を選んでいるが、 彼らの自由には嫌煙者たちの幸福追求権や健康権を毀損する『権利』は含まれていないはずである。にも拘らず、一方的に加害行為を許すようにしているのは、 国鉄が不公正な乗客の扱いをしているからである。こうした不当な現状を是正しない限り、国鉄は被害者側の賠償要求に応ずべき責任を負うのは当然である」、 「嫌煙者の不快感や健康障害は『単なる一過的現象に過ぎず、喫煙が嗜好として許容されていることの当然の結果として何人も受忍すべき限度内の事象である』という国鉄の主張は、 とうてい20世紀の文化国家のものとは考えられない」。
「嫌煙権運動」は、その後も数多くのメディアの報道によって市民権を得るようになった。
■「喫煙と健康世界会議」への参加
1983年7月、カナダ・ウイニペグで「第5回喫煙と健康世界会議」が開催された。この会議に、日本から平山雄博士や、伊佐山弁護士などが参加し、私も出席した。
この世界会議は、米ニューヨークで1967年に初めて開催され、その後ロンドン(71)、ニューヨーク(75)、ストックホルム(79)などで4年置きに開かれていたのである。
ウイニペグでの最大の話題は、平山博士の16年間にわたっての疫学調査報告だった。 「喫煙者の夫を持つタバコを吸わない妻は、非喫煙者の夫の妻に比べて肺がんに罹る率が2倍以上になる」という研究報告で、この分科会は文字通り立錐の余地もない状況で、熱気に溢れていた。
現在「受動喫煙問題」が大きくクローズアップされており、厚生労働省の「たたき台」を巡って自民党議員の反対が盛んに報道されているが、 この平山博士のコホート研究は「受動喫煙」の問題を世界的な話題として提示した初の報告だった。
米EPA(環境保護局)から参加したJ.S.レペス博士も、受動喫煙問題で詳しい報告をして注目を集めた。 また、米ミネソタ州のベル電話会社に勤め、同じ会社の上司・同僚の受動喫煙被害を受け、訴訟に踏み切っていたドナ・シンプ女史も参加し、 受動喫煙の問題が大きくクローズアップされた初の世界会議となった。日本からは伊佐山弁護士が「国鉄・新幹線訴訟」について報告し、各国の参加者から励ましの言葉がたくさん寄せられた。
カナダのモニーク・べジャン厚生大臣は「カナダ国民の健康と生命を守るために、タバコ会社との徹底対決を行う」と宣言し、盛んな拍手を受けた。
■「分煙条例」を制定したサンフランシスコ市を訪問
カナダ会議の帰路サンフランシスコ市を訪ねて、喫煙規制対策条例の原文を入手した。 帰国後、この原文を翻訳すると、条例の骨子は「雇用者・経営者は、喫煙する従業員と吸わない従業員の席や部屋を分けなさい」ということだった。 日本のメディアは「禁煙条例」や「嫌煙条例」と紹介していたが、私は「席や部屋を分けなさい」という言葉が強く印象に残り、 翌1984年、この条例の施行を確認してから、当時発行していた公害問題の専門誌『環境破壊』3月号に「サンフランシスコ市で『分煙条例』実施」として紹介した。 これが「分煙」というネーミングのルーツだったのである。
■「空気を汚すタバコの煙」への追及が活発化
「嫌煙権運動」が全国に広がっていくにつれ、タバコの煙の有害性についての様々な取り組みや報告が行われるようになってきた。
その中で、特に目を引いたのは『暮らしの手帖』No.79(1982年8・9月)で「タバコの煙はこわい」と題して15頁にわたる特集記事を掲載した。 今から34年も前に「受動喫煙の人体被害」について、国立公衆衛生院(現在は、国立保健医療科学院)の実験室を使って行った実験について丁寧に解説を加えカラーの図表をたくさん掲載したもので、 今読んでもそのまま通用する内容となっている。
タバコの煙に含まれる成分、喫煙した場合の室内空気の汚染状態、喫煙者・非喫煙者の身体に及ぼす悪影響、国、専売公社の責任などがその主な内容だった。
■「たばこ問題情報センター」の発足
1985年4月、国立がんセンター研究所で疫学部長を務め、タバコとがんについて様々な調査とその結果を発表してこられた平山雄博士が退職された。 そして、東京・市谷駅近くの東京都予防医学協会とタイアップして「予防がん学研究所」をスタートされたのである。
平山博士は「禁煙・菜食・がん予防」というキャッチコピーを広めたことで有名で、世界で初めて受動喫煙の弊害を実証的に明らかにされたことは前にも触れたが、 「がん予防」に生涯をかけて取り組んだ学者として、日本国内よりはむしろ海外での評価が高く、国際がん学会やWHOから何回も表彰を受けた数少ない日本の学者の一人だった。
私は、今まで取り組んできた「禁煙・嫌煙権運動」だけでは、なかなかタバコ問題の根本的な解決に直結しない、多くの学者、研究者、医療関係者、企業などにも働きかけて 「タバコ問題」のより客観的な情報収集や提供を行い、メディアにもアプローチすることが必要だと考えるようになっていた。
平山先生の退官を機に、禁煙・嫌煙権運動の拠点として“情報センター的な機能をもった組織”を創設したいと先生に提案した。 平山博士は直ちに賛成して、いままで一緒にやってきた弁護士や医療関係者、禁煙運動団体、マスコミ関係者などと相談し、 11月に「たばこ問題情報センター」(以下センター)を発足させた。平山博士には、趣意書作成等中心になって動いて頂いた。 センターの英文名は「Tobacco Problems Information Center」で、それぞれの頭文字を生かして、略称を「TOPIC」とし、このタイトルで情報誌を発行することとなった。 1985年12月、『TOPIC』創刊号に掲載された平山博士の「設立趣意書」から重要な部分を紹介したい。
「たばこは、現在最も普及している嗜好品で、しかも青少年や若い女性の喫煙率は上昇傾向にあり、その意味で社会的重要性の高い商品である。 たばこの社会的重要性は、その高い普及性と裏腹に『喫煙の健康に及ぼす深刻で広範な影響』があることである。 胎児の発育障害、慢性呼吸器疾患、心臓病、胃潰瘍などを多発させるだけでなく、がんの最大原因とみなされている。 最近、WHOの国際がん研究機関は、50人以上の専門家を集めて討議した結果『たばこの煙に人の発がん性があることの証拠は充分』と結論した。 「タバコの煙」とは、吸い口からの主流煙、点火部からの副流煙、それに一旦吸われた後吐き出される排出煙の総称である。
たばこ問題情報センター設立の最大の理由は、問題の重要性に加えて、タバコをめぐる情報の著しい多様性、流動性にある。 市場情報、医学情報、対策活動など、どれをとっても、目まぐるしい。それを総括し、要約し、要望に応じて提供することがセンターに課された任務である。 『機能する情報源』に成長することを目標に努力したい」。
平山博士は、1995年10月に他界されたが、TOPICの活動は継続している。
■23区で初の「分煙庁舎」誕生―足立区役所
1986年の大きな動きは、4月1日、足立区役所の本庁舎が各フロアとも完全に喫煙所を隔離した部屋とし、 換気装置も別系統にして「分煙庁舎」を実現させたことである。これは23区で初のことだった。
この問題に取り組んだのは飯田豊彦区議だった。しかし、議会の中に反対意見や無理解が根強く、また職員労働組合も強硬な反対意見だった。 しかし、私達の情報提供を始めとする粘り強い説得の末、ようやく「分煙庁舎」の実現となった。 それまで、東京都では、三鷹市役所(鈴木平三郎市長)が唯一の「分煙庁舎」だったが、足立区の庁舎が23区初の分煙庁舎となり、その後他の区に拡大していった。
■東京都の新庁舎計画にオピニオン・リーダー110名の賛同署名
そのころ新宿副都心への都庁移転計画が持ち上がっていた。 一旦建ってしまってからの分煙化は極めて困難なので、いろいろと考えた末、 従来からの協力者である作曲家中田喜直先生や大石武一氏(元環境庁長官/緑の地球防衛基金代表)を中心に15名が発起人となって、 著名人に「都新庁舎『分煙化』申し入れ」の賛同署名を募った。
その結果、予想をはるかに超えて、多くの学者・芸術家・作家・建築家など幅広い賛同者を得ることができ、 分煙庁舎の要望書を都庁に提出し、マスコミも大きく取り上げてくれた。
こうして新庁舎は、職場では全面禁煙、いくつかのフロアに換気装置を別系統とした喫煙室ができ〝分煙〟となった。 しかし、実は不完全分煙で、喫煙所からのタバコの煙と臭いが庁舎内に拡散しており、 「スモークフリー・キャラバン」で、全国46都道府県庁舎(神奈川を除く)に受動喫煙防止条例の制定を求めて要請・陳情行動を行ったが、東京都庁舎が最悪の状態だったのは残念だった。
■「嫌煙権訴訟」実質勝訴で幕
「タバコの煙で汚染されていないきれいな空気を吸う権利」を求めて、 国鉄、国、専売公社を相手どって提訴していた「嫌煙権訴訟」の判決が、1987年3月27日、東京地裁から言い渡された。 この裁判で原告側は、嫌煙権を憲法が定めた「幸福追求権」(13条)と生存権(25条)に基づく人格権の一部と位置づけ 「国鉄や国は、非喫煙者がタバコの煙の被害を受けないよう積極的な対策を講ずべきなのに怠っていた」と主張していた。
裁判長は、タバコの煙の健康被害について「健康を害し病気にかかる危険が増加するとすれば、人格権に対する侵害にほかならない」として、 差し止めや予防措置を請求することができる、とした。 しかし、原告側が国鉄全車両の二分の一以上を禁煙車とするよう求めた請求については「健康に関する侵害を求めるには、現実の危険があることが必要」とし、 国鉄が1976年以降、主要列車に禁煙車を設けるなどの方策を講じてきたことから「列車内でたばこの煙にさらされる危険が低く、健康被害も受忍限度を超えるものではない」として、 原告の訴えは退けられてしまった。国鉄に対する慰謝料請求についても、やはり「受忍限度内」として支払い義務を否定、国、日本たばこ産業に対する請求も退けられた。
弁護を担当した伊佐山弁護士は『週刊法律新聞』に穂積弁護士は『月刊・状況と主体』にそれぞれ問題点を執筆し、 訴訟中に国鉄は禁煙車両を増やして来てはいるが、このような判決は歴史の審判にたえられるものではないとして厳しく批判している。
■「第6回喫煙と健康世界会議」東京で開催
1987年11月9日から12日の4日間、東京大手町の経団連会館で「第6回喫煙と健康世界会議」が開催された。 当初、北九州市で開催することについて市長の内諾も得、カナダの第5回大会でも予告していたのであるが、 同市のタバコ業界や議員の反対があって、開催が見送られることとなり、急遽、結核予防会、日本心臓財団、日本対がん協会等医学関係4団体が中心となり、 厚生省と連絡をとりながら共催という形で東京開催となった。
大会のプログラムは、①世界の喫煙対策の実情、②女性の喫煙と健康、③未成年者の喫煙、④受動喫煙、⑤非喫煙者の権利、 ⑥禁煙の方法、⑦法規制による喫煙対策、⑧喫煙に対するマス・メディア対策、⑨開発途上国での喫煙対策、⑩喫煙の経済学、などだった。
■厚生省が初の「たばこ白書」(喫煙と健康問題に関する報告書)発行
「世界会議」を目前したこの年の10月25日、厚生省が国として初めてたばこの有害性を認めた「白書」を発行した。 『喫煙と健康』と題してA5版・370頁にのぼる本格的な報告書だった。 しかし、当時の厚生大臣の序文は、喫煙は個人の嗜好とし、ニコチン依存性を無視し、対策は個人の自覚に訴えていく、とするもので極めて消極的なものだった。
■「テレビのたばこCM禁止」特別決議
会議には、世界各国から約700名が集い、4日間にわたってタバコの害・受動喫煙の害から、人びとをどう守っていくかについて真剣な議論が展開された。
初日には、米ミネソタ州から参加したドナ・シンプ女史が演説した。 シンプ女史は、職場の上司・同僚のタバコ公害に悩まされ、勇気をもって裁判所に差し止め、損害賠償を訴えていたが、州裁判所は、シンプ女史の訴えを全面的に認めた画期的な判決だった。 シンプ女史は、自身の体験談を語ったあと、最後に「Never Never Give Up!!」と力を込めてスピーチを締めくくり、感銘を与えた。
この会議の最終日には「すべての国は電波媒体のたばこCMを直ちに廃止すること」という特別決議が採択された。 実質的には日本名指しの決議だったが、この後、10年間、日本の民放テレビ局の画面からタバコのCMは消えることがなかったのである。
■月刊専門紙『タバコと健康』発行
1989年4月、全国協議会の機関紙として『タバコと健康』の創刊に踏み切った。
創刊号のメインテーマは「タバコの広告禁止」だった。1985年に外国タバコの関税が撤廃され、それ以降、特に米タバコの宣伝・広告は目に余るものだった。 JTもこれに対抗して、人気俳優やタレントを起用し、盛んにテレビ・ラジオ・新聞・週刊誌・雑誌などでタバコの広告を行い、 さらに電車の中刷り、街頭の看板、駅の掲示板などで、日米タバコ広告合戦が繰り拡げられて「喫煙と健康世界会議」の決議などどこ吹く風だった。
■海外のタバコCMはどうなっていたか
もっとも早く電波媒体のタバコCMを禁止」したのはイギリスで、1965年と50年も前のことだった。 その後アメリカは1971年、ノルウエーが1975年など、欧米先進国では1970年代の半ばごろまでに、「法律」でタバコ広告を禁止した。 特にノルウエーでは電波媒体だけではなく、印刷媒体や看板など全ての広告を禁止し、未成年者の喫煙率を下げるように禁煙教育(喫煙防止教育)を徹底させた。 カナダでは、タバコ会社とテレビ局が話し合って「自主規制」を行い、1972年からタバコCMがなくなった。
いわゆる自由主義国で電波媒体でのタバコCMを許している国は、 世界の中でフィリッピンとアフリカの一部の国、そして先進国ではわが日本国だけ、ということになっていたのである。
1987年の「世界会議」で正に日本名指しの勧告が行なわれたにも関わらず、政府もJTもそんな決議は全く無視の状況が続いていた。
大蔵省のたばこ事業審議会は、タバコCMの禁止時間帯をそれまでの夜8時54分までを9時54分までと一時間遅らせた。 しかしこの時間を過ぎると、アメリカと日本のタバコCMが深夜にいたるまで、続々と放映されていたのである。 テレビ番組で「タバコの害」「受動喫煙の害」などきちんと報道されることはほとんどなかったのである。
■『タバコと健康』平山博士の寄稿
次に『タバコと健康』で重視をしたのは「職場の喫煙問題」だった。 『タバコと健康』第2号で、平山雄博士は、次のような提言を行った。その内容はとても具体的で分かり易いものだった。
「労働者は原則として働く職場を自由に選択できず、一方、事業主は従業員の健康を守り、また職場の要望にこたえる責任がある。 多くの職場で近年、喫煙制限が行なわれるようになったのは当然のことといえる。職場での喫煙制限を行なえば企業イメージが高まり、その他にも次の利点がある。 ①従業員の健康水準が高まり医療費が減る。②欠勤が減る。③環境が快適になるので労働意欲が高くなる。 ④生産性と効率が上昇する。⑤電子機器などの故障が少なくなる。⑥清掃費が減る。⑦換気やエアコンの費用が減る。⑧火災が減る」
この『タバコと健康』は、1990年12月まで2年間にわたって発行され、全国の禁煙運動団体や熱心な医師、教師、弁護士の必読のミニコミとなって行った。
■『禁煙ジャーナル』に改題
ところで、この『タバコと健康』という名称に対して、 ネーミングがおかしい、タバコは健康と相容れないものであるのに、この名称では「タバコ=健康」ということになってしまう、という批判があった。 確かにその通りということで、名称を『禁煙ジャーナル』と改題したのである。
1991年1月に改題された『禁煙ジャーナル』の発行を機として、たばこ問題情報センターが発行・編集母体となり、平山先生の意向もあって、私が代表となった。
『禁煙ジャーナル』は、その時々の最新のタバコ問題を掲載し、毎月一回刊行され、2017年5月で通巻290号となった。 『禁煙ジャーナル』の発行主体である「たばこ問題情報センター」を始めとし、各禁煙運動団体が地道な活動を続け、 新幹線、JR・私鉄駅構内、地下鉄構内、航空機内、銀行・郵便局ロビー、公立学校等でどんどん「禁煙」が進んできた。
嫌煙権が提唱された1977年当時と今日の状況を大まかに比較すると、表「日本のタバコ事情」40年間の比較リストになる。しかし、まだまだタバコの害の防止には前途遼遠である。
以下では、タバコ問題を考える場合に前提となるタバコを巡る法制度や、オリンピックを契機にする受動喫煙防止策を見ておきたい。
【国民の健康促進に逆行する「たばこ事業法」】
■JT(日本たばこ産業㈱)の歴史的経緯
私は日本でタバコの規制が進まない最大の理由は、たばこの生産、流通、販売が全て政府によりコントロールされているからだと思う。その問題点を簡単に触れておきたい。
そもそも、明治時代の半ばまでは、タバコは〝民営〟で、ハイカラな紙巻タバコを千葉商店とか村井兄弟商会などが生産、販売していた。 政府は、1875年から「たばこ」に課税していたが、日清戦争後の財政建て直しの必要から、1896年に「葉タバコ専売制度」を作って、原料である葉タバコの供給を国が独占し、 さらに1904年には「たばこ専売法」を制定して、タバコの製造から販売まで、全てを国が独占するようになった。
第二次大戦後の1949年には、それまで大蔵省専売局が行っていたたばこ事業を日本専売公社が行うこととなった。 その後、中曽根内閣時代に民営化されることとなり、1984年「たばこ事業法」が制定され、翌1985年4月1日から、日本たばこ産業株式会社(JT)が発足した。
たばこ事業が「民営化された」と言っても1993年まではJT株は百%政府(大蔵大臣名義)が保有していた。 その後、JTの株式の一部を市場に放出し、1993年から2003年までは、株式の三分の二以上を政府が保有していたが、いわゆる「更なる民営化の促進」により、2013年以降33.35%の国家保有株式となっている。
したがって、JTの株式の三分の一以上は法律を改正しない限り今後も政府が保有し、政府がJTの大株主であることに変りない。 従って〝民営化された〟と言っても、政府による実質的支配がずっと続いており、基本的な構造は全く変わっていない。
■たばこ事業法の基本的特色
たばこ事業法の一条には「わが国たばこ産業の健全な発展を図りもって財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的にする」と規定している。 喫煙規制の観点は全くないのだ。法律が健康問題に言及しているのは、39条の注意表示規定(たばこを販売する時までに、たばこの消費と健康との関係に関して注意を促すための表示をしなければならない)、 40条の広告に関する規定(広告者はたばこの消費と健康との関係に配慮し、広告が過度にわたらないようにしなければならない)だけなのである。
法律の重点は専ら「財政収入の安定・経済の発展」にあり、たばこの有害性を前提にした取り組みになってない。 「たばこにも害はあるが、こんなに沢山財政収入を上げています」と消費を促す表示広告しても、法律そのものには反しない。 酒もたばこも健康に関わるものであるに関わらず、専ら財政的観点が第一次的判断基準になっている。
国民の健康問題に正面から取り組むなら、財政収入をあげるために、 たばこの生産販売を国が行う制度、健康を害する物質の生産販売に国が関与する、このような制度は直ちに廃止されるべきである。
■たばこ事業の経済的機能
もっともこう言うと、タバコの財政収入は無視できない(16年度税収2兆円超)という意見が必ず出される。しかし、その場合には、同時にタバコによる経済的損失も考える必要がある。 タバコ由来の疾病に対する医療費、PC等の機器のメンテナンス費用、火災、疾病による欠勤、死亡による労働力の喪失等を合計した額は7兆円を超えるという試算(医療経済機構)もある。
特にタバコ由来によるガン等の疾病は概して高額医療費の対象となるものが多く、 しかも治癒に長期間を要するものが少なくないため、そのために支出される医療費は社会保険財政上も極めて憂慮される状態である。
政府は、高年齢化による医療費の増大を主張し、保険掛け金の引き上げ、医療費の削減に毎年度躍起になっている。 その根本的な対応のためには医療費の増大を生じないような生活環境の整備が必要であり、そのための一つの最も効果的な手段は、タバコの消費を減少させ、タバコ由来の疾病の発生を少なくすることではないか。
統計的には、タバコ由来の疾病患者は、非喫煙者の医療費負担によって、自己の医療費をまかなってもらっているといっても過言ではない。 財政収入といって沢山のタバコを売る政策を考えながら社会保険財政の悪化を主張し、そのつけを結果的に非喫煙者に押しつけるような政策は許せないと思う。
「タバコ規制枠組み条約」(Framework Convention on Tabaco Control)とは
この間、禁煙運動を一層加速させたのは、なんと言っても「タバコ規制枠組み条約」の締結である。とても重要な条約なので、その内容を紹介しておきたい。
■ブルントラント事務局長の熱意
「タバコ規制枠組条約」(FCTC)は2005年2月27日に発効している。 この条約は、2003年5月のWHO(世界保健機関)総会で、加盟192ヵ国によって採択された公衆衛生部門では初の国際条約だった。 WHOではすでに1970年代から喫煙が原因の健康被害について「予防可能な最大の疫病」と位置付け、その規制対策をたびたび勧告してきた。
しかし、タバコの広告や警告表示、スポンサ-シップ、価格などの諸問題について、 国境を越えた問題の解決のためには各国が共通した対策をとって対応することが必要であるとして、この条約作成となった。
この条約策定に最も力を注いだのが、元ノルウエー首相の、ブルントラント事務局長だった。 ブルントラント氏は、小児科医出身ということもあり、特に子供たちをタバコの害から守るために情熱を注いだのである。 同氏は、タバコ問題の国際会議には必ず出席、世界規模での規制対策を強化しなければ、2020年には1千万人がタバコの犠牲になると訴え続けた。
■悪の枢軸国、米・独・日
条約の採択には根強い抵抗があった。それは米・独・日の三ヵ国だった。 アメリカは、世界最大のタバコ会社であるフィリップモリス社を抱え、ドイツも日本も、政府は喫煙規制対策には積極的な姿勢を示してこなかったのである。
結局WHOの事務レベルでは、全ての広告の即時禁止や厳しい警告表示、自動販売機の禁止、マイルドやライトなど、 タバコの害を曖昧にする表現の禁止などについて、各国の実情に合わせて「段階的規制」ということで妥協を余儀なくされ、多くのNGO関係者から、この三ヵ国は「悪の枢軸国」として厳しく追及された。
しかし、ドイツはその後、熱心な国会議員と医学団体の連携などによって、現在、かなり厳しいタバコ規制対策が実施されている。
■「タバコ規制枠組み条約」(FCTC)の概要
条約の最大の目標は「タバコ消費の削減」ということである。これに向けて以下のような条項が盛りこまれた。その要旨は以下の通りとなっている。
- (1)条約の目的=喫煙と受動喫煙の壊滅的な影響から現在と将来の世代を保護すること。
- (2)条約の必要性=タバコの害は公衆の健康に深刻な影響を及ぼす世界的な問題で、 国際的な対応が必要である/喫煙と受動喫煙による死亡や障害は明白である/出生前にタバコの煙にさらされると、健康と発育に悪影響がある/青少年と若い女性の喫煙が世界的に増加しており、 危険な状況となっている/喫煙を奨励する広告、スポンサ-シップ、イベント等の悪影響が心配される/国際的なタバコ規制にはNGOの参加が必要である/タバコ規制を妨害するタバコ産業の活動を公表する必要がある。
- (3)締約国の義務=タバコの値上げ、増税が、年少者の喫煙減少に効果的であることを認識しタバコの増税、値上げを行なうこと。
- (4)受動喫煙からの保護=受動喫煙が死亡、疾病、障害を引き起こすことが明白である/屋内の職場、交通機関、その他の公共の場所の受動喫煙を防止すること。
- (5)タバコの煙の毒性成分の情報を公開すること。
- (6)包装とラベル=タバコの包装とラベルに、虚偽の表現や健康影響について、誤った印象を与える表現を禁止すること。 たとえば「ライト」「マイルド」などを用いて販売促進をさせない/警告は主な表示面の50%を占めるべきで、30%を下回ってはならない/写真や絵については、これらを含むものにできる。
- (7)教育、啓蒙活動=喫煙と受動喫煙の健康への危険を徹底する/タバコの生産と消費が、健康、経済、環境に及ぼす悪影響の情報取得機会を増やすこと。
- (8)広告、販売促進の禁止=全てのタバコ広告、販売促進、スポンサ-シップを5年以内に禁止すること。(11年が経過して、日本は全くこの条約に逆行している)
- (9)禁煙支援=保健施設等におけるタバコ依存の診断、予防、治療のプログラム作成。
- (10)未成年者への販売禁止=未成年者へのタバコの販売を禁止するため、 目につきやすい表示を行うこと/タバコの形をした菓子、玩具などの製造・販売禁止/タバコの自動販売機が利用されないようにすること。
- (11)締約国の責任=タバコ規制のため、刑事上、民事上の責任に対応する新たな立法、または既存の法律の適用促進を図ること。――以下略
■日本での問題点:「タバコ広告・販売促進の禁止」との関連
日本のタバコ問題の最大のものが、先にふれたように、政府が財政目的からタバコの生産販売を行うという「たばこ事業法」体制にあることはいうまでもない。 これに関連して、条約が5年以内に求めていた「タバコ広告・販売促進の禁止」も守られていない。 今日JTはテレビCMはもちろん、各種のイベント(将棋シリーズ、ゴミ拾い運動、文化講演会、クラシック等の音楽芸術活動、自然保護活動、落語会、スポーツ教室、児童労働問題への取り組みなど)への助成、 スポーツチーム(プロバレー)、スポーツ大会(ゴルフJTカップ)への助成、博物館等文化施設の運営、NPOに対する助成、 アジア奨学金制度、JTロゴ付き商品の販売、企業・駅・空港などでの喫煙スペース提供、喫煙スタンド灰皿等の提供、 フィルター製造供給/香料開発・供給・販売/生産設備製造監視システムサービス/自動販売機器の開発・維持・管理/パンその他の冷凍食品の製造販売等の関連会社の運営など実に多様な活動をしており、 これらは総てこの条約に抵触する違法行為なのである。
日本の外務省は、タバコに関する国際会議においてタバコ産業の側にたった発言をする傾向があり、世界基準の認識を疑われ、 政府全体として枠組み条約の実施について、積極的でないのではないかとの疑われる場合も少なくない。 枠組み条約13条が全く守られていないのは、その疑いを実証しており、後に触れるオリンピックを契機にした受動喫煙防止の確実な実施に関する動向についても、まさにそのことの不名誉な典型例となりかねない。
【日本の受動喫煙防止法】
■健康増進法の制定(2002年)
この法律は「受動喫煙防止法」と言われているが、受動喫煙防止は、その法律のごく一部(25条)に含まれているだけで、受動喫煙防止を正面から規定したものではない。 もともとあった「栄養改善法」という法律(1952年)を改善したものなのである。
栄養改善法は、国民栄養調査の実施、自治体による栄養指導、集団給食施設における栄養管理、食品の栄養成分の検査・表示等を規定していた。 これにはタバコ関係の条文は入っていなかったのである。
「健康増進法」は、これらの事項を拡充すると共に、特定給食施設等の枠組みの中に、受動喫煙防止に関する条項を入れたのである。 また、栄養改善法では、法律を実施するために必要な活動は国、地方公共団体の義務になっていたが、健康増進法では、国民も健康について関心と理解を深め、増進に努める義務が課された。
喫煙については「学校、官公庁施設等多数の者が利用する施設を管理する者は、受動喫煙を防止するために必要な措置を講じるよう務める」と規定された。 これは「務める」であり、あくまでも〝努力義務〟に止まっているのが実態なのである。
■受動喫煙と喫煙
これまでも見たように、喫煙自体が喫煙者にとっても重大な害をもたらすものであるが、これについては「健康増進の総合的な推進を図るための基本方針」の中で、 「喫煙に関する正しい知識の普及」に関する事項を決める、基本方針実施の具体的計画「健康日本21」の目標として、 たばこの健康影響についての十分な知識の普及、未成年者の喫煙防止(防煙)、受動喫煙の害を排除して、減少させるための環境づくり(分煙)、禁煙希望者に対する禁煙支援が規定されるに止まり、 喫煙そのものの減少に積極的に取り組む姿勢は十分ではないと思われる。
もっとも厚生労働省は、立法の趣旨説明で、法律適用事業者の分煙措置が徹底されず、従業員や客がタバコ由来のガンになったときは、 その健康被害について被害者やその遺族から責任を追及されるおそれがある、禁煙になっていない職場で5年勤務した後退職し、 10年後にタバコ由来のガンになった場合には、状況により損害賠償を請求されるおそれがある、と具体的に重ねて指摘し、喫煙者もこれを契機にタバコをやめましょう、と呼び掛け、 立法の背景として、受動喫煙が妊婦、飲食店店員、銀行員に与える影響、アメリカでの児童に与える影響、タバコそのものの有害性についても触れている。(厚生労働省:健康増進法HP)。
この厚生労働省の説明は、条約に先立つものとしては、それなりに一定程度評価できる側面がないではないが、受動喫煙防止が努力義務に止まることのみが喧伝されて、 その趣旨が現実問題として十分に理解され浸透したかは疑問であり、 また、その後、その2年後に制定された枠組み条約の内容をキャッチアップして、より厳しい法改正が行われずに今日に至っていることは、まことに残念なことと言わざるを得ない。
WHOが枠組み条約後も、各種のタバコ抑制策を実行に移していることは、次ぎに見るところからも明らかであるが、WHOは近年は喫煙から生じる危害の防止(二次予防)ではなく、 喫煙に対する根源的予防(タバコそのものの除去)に軸足を移しつつあることからも、受動喫煙防止に取り組めば、タバコ問題は十分だとする考え方は、間違った考えではないか。
■十分でない喫煙に関する情報の提供
また、健康増進法実施の「基本方針」や「健康日本21」の中の「喫煙に関する正しい知識の普及」「たばこの健康影響についての十分な知識の普及」についても、 この間十分な情報提供が行われてきたかどうかについては、疑問の余地がある。
特に近年では「分煙」を一方的にすすめるJTのテレビCMが多くなり、 新聞紙上でも、禁煙デーにあわせてタバコの効用を主張する「識者」の見解が記事とされるなど「基本方針」や「健康日本21」タバコ規制枠組み条約第13条の趣旨に反する状況が続いている。
一部には、タバコに不利な記事が掲載されていないかどうかを、広告会社を通じてJTが積極的に情報をあつめ、 タバコの効用を進める記事の掲載を新聞社等に働き掛けている、JTが年間数百円の広告費を支出しているとの情報もあり 「喫煙に関する正しい知識の普及」「たばこの健康影響についての十分な知識の普及」は危機にさらされているといっても過言ではない。
国際的にだけでなく、国内的にも、国が自らに課した責務に違反して行動しているのではないかとの非難を免れがたい状況が続いているのである。
プロ野球選手とタバコ
■野球選手とタバコ
元読売ジャイアンツと阪神タイガースで活躍された小林繁投手が、2010年1月17日、「心不全」で他界された。57歳という若さだった。小林氏の「心不全」の原因は何だったのか。 57歳という若さでこの世を去ることとなった背景には、小林氏の〝喫煙〟が大きなウエイトを占めていたことについて、どのメディアもほとんど触れていないのは、なぜだろうか。
小林氏だけではない。これまで多くの元野球選手が、50代や60代で亡くなっているケースを見ると、ほとんどの方々がタバコを吸っていたことが判明している。
■「『タバコやめてネ』コンテスト」で一位になった金本選手
ところで、多くの野球選手の中に、タバコを吸いながらプレイしている人が沢山存在している。 例えば元阪神タイガースの金本知憲選手やソフトバンクホークスの工藤公康監督だ。「中年の星」などと、40歳を超えて現役選手として活躍していた姿を高く評価する記事も沢山読む機会があった。
お二人の活躍には心から敬意を表していたが、監督になられたお二人は、今でも喫煙という悪習慣と手を切っていないと思われる。
私が代表を務めていたタバコ問題首都圏協議会では、2002年から「タバコやめてネコンテスト」という企画を立て、 毎年5月31日の「世界禁煙デー」に合わせて、著名人でタバコを吸っている方々のリストを作成し、メディアに公表している。
2006年のこのコンテストでトップは金本選手だった。 この年、金本選手は、プロ野球公式試合の8年間、全ゲーム・全イニング出場という偉業を成し遂げ、記録達成翌日の4月9日、毎日新聞「ひと」欄、読売新聞の「顔」欄に取り上げられるなど、社会的なニュースにもなった。 当時、日本のプロ野球公式戦904試合に出場し、「連続出場の世界記録更新中の〝鉄人〟にタバコは似合わない」と、全国の禁煙団体から、沢山の票が金本選手に集まったのである。
■タバコの有害性
先ず何といっても呼吸器である。タバコを吸うということは、煙を肺に送り込むことであり、その煙の中に含まれている4000種類以上もの化学物質を毎日身体の中に取り込むこととなるのである。 「喉頭がん」の場合は、ほとんど100%近くが喫煙者で、吸わない人はこの病気にはかからない。野球選手はまず体が資本なのだから、タバコを吸わないことが、何と言っても最重要課題ではないか。
■心臓病とタバコ
最近、心臓病の死亡者がぐんぐん増えて、がんに次いで第2位となっている。その最大の原因がタバコであることが世界各国の研究で報告されている。 特に低ニコチン、低タールのタバコは一酸化炭素を多量に取り込み、心臓の負担を大幅に増やしている。 一酸化炭素は、酸素に比べて血液中のヘモグロビンと200倍以上もの強い結合力でくっついてしまう。 従って、赤血球の中のヘモグロビンが酸素を運ぶ機能が大幅に低下してしまい、喫煙を続けていると、血管の内側の壁が傷んで動脈硬化の原因となってくる。
■目とタバコ
喫煙はビタミンB12を欠乏させ、「タバコ弱視」の原因となっている。 さらに喫煙によって血液の流れが速くなり、酸素の供給が不十分になって、網膜の細胞と神経細胞にダメージを与えている。 野球選手にとって、「目」は最も重要な器官であり、特に打者の場合140キロを超える猛スピードの球を一瞬のうちに判断しなければならず、生命にも関わる問題だけに、タバコは絶対に吸うべきではないと思う。
■栄養とタバコ
喫煙はせっかく取り入れた栄養素を破壊してしまい、いわば〝逆栄養〟の行為となっている。 人間は健康を維持するために、多くの食物から栄養を取っているが、それが喫煙によって破壊されているのだ。 現在分かっているビタミンは20数種類で、ヒトの健康問題について何かと話題になり、また多くのビタミン剤も市販されている。 プロ野球選手は、シーズンになれば旅から旅の生活で、ホームゲームのとき以外は、全てホテルやレストランの外食だが、喫煙しながらいくら栄養たっぷりの食事をとってもそれはムダになってしまう恐れがあるのだ。
■アメリカ大リーグ選手とタバコ
現在、米大リーグ選手でタバコを吸っている選手はほとんど見かけない。1980年代までは、噛みタバコを吸っていた選手がかなり存在していた。 頬を膨らませながらバッターボックスに立ったり、ピッチャープレートの上で口を動かしながらピッチングをしていたシーンを思い出す。いま、そんなシーンはまず目にすることはない。
日本から大リーグで活躍した野茂投手、イチロー選手、松井選手、長谷川投手なども全員非喫煙者であり、タバコの有害性について充分理解していると思われる。
■少年野球とタバコ
私は年に何回か、多摩川の河川敷や世田谷の野球場などで草野球の審判を頼まれている。 草野球の場合、一人で球審と塁審を兼ねるので、なかなかたいへんだが、好きな野球であり、趣味と実益(多少の審判代が入ります)を兼ねて楽しくジャッジをさせていただいている。
ところで、多摩川の河川敷球場などでは、次のゲームで少年野球の対戦がある場合、監督やコーチ、母親たちとちびっ子選手が同じグラウンドなので、早めに来て待っているケースがある。 その際に、風向きによってタバコの煙と臭いが漂ってくる場合がある。振り返ってみると、監督やコーチ、母親がタバコを吸っている姿を見かける。 少年たちの目の前で喫煙している指導者や母親の姿は、実に問題が多いと言わざるを得ない。 受動喫煙の危険性は、たとえ屋外であっても、心臓発作や心臓疾患の原因となる場合があり、また、教育上からも見過ごせないと考えている。
また、球場の管理者は、受動喫煙を防止する努力義務があるので、ぜひともグラウンド内全面禁煙を実施すべきではないか。
タバコ問題「常識」のウソ①
■「意思が弱い」からやめられない?
タバコを吸っている人は「本当はやめたいのだけれど、意思が弱くて…」とよく言っているが、果たしてそうなのだろうか。 私は、この言葉を根本から考え直す必要があると考えている。内心やめたいと思っている喫煙者は7割以上という調査報告がなされている。 すると、タバコの有害性についてのマスコミ報道、子どもの突き上げ、周りの白い眼、タバコの値上げ、喫煙場所の規制、海外の動向―― これらの社会的現象に逆らって吸い続けているということは、相当〝意思の強い人〟ではないか。
実は「意思が弱いからやめられない」という“思い込み”が脳に強く刷り込まれており、 これがニコチンの依存性とマッチして、なかなかタバコと縁を切ることが出来ないと思われる。 従って、一旦、タバコに対する感覚を自動車のギアで言えば「ニュートラル」にする必要がある。この“思い込み”をなくしたことで、あっさりと禁煙に成功した人は沢山存在している。
ちなみに、私も「意思が弱い」から、いきなりの「断煙」に成功したのである。
■喫煙者のため「灰皿」(喫煙所)は必要か?
今JTは、駅前や繁華街、コンビニなどで「灰皿」「喫煙所」を増やそうと躍起になっている。
キーワードは「分煙」で「吸う人も吸わない人も仲良く」とメディアで盛んにキャンペーンを展開している。 しかし、多くの喫煙者は内心「やめたい」と思いながら吸っているのであり、灰皿や喫煙所はないほうが実はスモーカーのためでもあるのだ。
昔、英国の登山家ジョージ・マルロー氏は、新聞記者に「どうしてあなたはエベレストに登るのか」と問われた際「そこにエベレストがあるから」と答えた有名な話がある。
喫煙者は、そこに「灰皿(喫煙所)があるから吸ってしまう」のだ。全面禁煙であれば、最初から吸うことを諦める。 その証拠に、航空機、新幹線、地下鉄、バス、タクシー、野球場、サッカー場、競技場、映画館、劇場などは、現在ほとんど全面禁煙となっており、それに対して〝吸わせろ〟という喫煙者はほとんどいない。
ここで「ゴミ箱」の問題も考えてみたい。昔、東京多摩の陣馬高原でも、あちこちにゴミ箱が置かれていたが、 ほとんどが紙くずや弁当の空き箱、ペットボトルなどで溢れており、周囲の景観が台無しになっていた。 そこで、地元の自治体や観光協会が頭を悩ませて「ゴミ箱撤去」に踏み切り、持ち帰りのキャンペーンを行い、その結果、陣馬高原の自然環境がとてもきれいになった事実がある。
灰皿や喫煙所を設けることは、そこに吸い殻が散らかっていくこととなり、また煙と臭いの問題もあるので、設置しないほうが環境保全上からもベストな対策なのである。
■軽いタバコなら害が少ないか?
JTの「マイルドセブン」が「メビウス」という名前に変わったことはご存知のことと思う。 「タバコ規制枠組条約」で、「マイルド」とか「ライト」という表現を使えなくなったJTが、「メビウス」という名前に変更を余儀なくされたのである。
タバコは、たとえ低タール、低ニコチンの「軽い」タバコでも、その有害性に変わりがないことが多くの調査・研究で判明している。 タバコが。肺がんなど呼吸器疾患と密接な関係を持つことは知られているが、心臓病や他の多くの病気が喫煙と関係していることについては理解度が低く、 これが、タバコ業界の「マイルド・ライト路線」を助長する結果となっていた。 とにかくタバコは火をつけた瞬間から浮遊粉塵、一酸化炭素、アンモニア、放射性物質のポロニウムなど4000種以上の化学物質を周囲に撒き散らしており、 これは「低タール」だろうが「低ニコチン」だろうが、健康や環境に悪影響を与え続けており「吸わない」ことがベストであることに変わりがない。
■タバコは個人の趣味・嗜好?
これまで行なわれた多くの意識調査、アンケートでは、喫煙者の7割以上が「やめらればやめたい」と答えている。 さらに医学的・心理学的な設問を加えてみると、実は喫煙者の90%以上が「禁煙願望」を持っていることも分かってきた。
人は皆、何らかの趣味をもっており、嗜好も多様である。しかし、「やめたい」と思いながら続けている〝趣味〟や〝嗜好〟は「タバコ」以外にあるはずがない。
従って「愛煙家」という言葉は問題である。私自身20年間タバコを吸ってしまい、最後の数年間は1日に60本というヘビースモーカーだったが、タバコの煙を「愛した」記憶がない。 毎日、「やめたい、やめたい」と思いながら吸っていた苦い記憶が蘇ってくる。 「タバコに囚われていた哀れな喫煙者」だった私は、「愛煙家」という言葉を追放したいと心の底から思っており、哀しい煙の囚われ人=「哀煙家」が正しい表現と思っている。
また「嗜好品」に変わる言葉として「死向品」こそ、適切な表現ではないだろうか。
新聞、テレビ、週刊誌などで、盛んに「愛煙家」や「嗜好品」という言葉が安易に使われているがこれは大きな問題と私は考えている。 特に「愛煙家」は、今のJTの前身・日本専売公社が、意図的に「愛妻家」「愛犬家」というプラスイメージの言葉を念頭に「愛煙家」を広めてきたのであるから、これを使うべきではない。 英語では「スモーカー」=「喫煙者」であり、他の外国語でも「愛煙家」にあたる表現は全くない。
タバコ問題「常識」のウソ②
■タバコを吸って国家財政に寄与している?
日本のタバコの税率は約65%で、他のいろいろな「商品」「食品」「飲料」などと比べて、かなり高い税率となっていることは、よくご存知のことと思う。 従って、なかなかタバコをやめられない人にとっては、この高い税金を承知で吸っていながら喫煙を継続しているよりどころとして、このようなコメントをしているのかもしれない。
しかし、実際はどうなのか。医療経済研究機構が「喫煙の社会的コスト」を詳しく調べた調査がある。 すると、ここ数年のタバコ税収が約2兆円余とすると、医療費やメンテナンス、火災、労働力の損失などの総額は、なんと7兆円を上回るという数字が報告されている。 つまり、国家財政をトータルで考えてみると、タバコ税収の3倍以上もの大赤字と言うのが結論である。 タバコは、肺がん、肺気腫(COPD)、喉頭ガン、心臓病、糖尿病をはじめ、多くの疾病・死亡の最大の原因であり、多くの国々で厳しい喫煙規制対策を実施しないかぎり国家財政はもたない、 という観点から禁煙活動に力をいれ、その結果喫煙率の低下と医療費の低減を促進していったのである。
「健保の赤字タバコ病」は、故平山雄博士が提唱した標語であるが、まさに日本の甘いタバコ対策に一石を投じた表現だったと思う。
■禁煙教育(喫煙防止教育)はあまり早いと「寝た子を起こす」
喫煙に関する教育・啓蒙活動を早いうちから行なうと「寝た子を起こす」ことになるので、幼稚園や小学校の低学年でやるべきではない、という親や先生はまだ相当多数存在していると思われる。 これは日本独特の現象で、欧米先進国では、1970年代から「ノースモーキング・ゼネレーション」を合言葉にタバコを吸わない世代作りに乗り出し、 幼稚園や小学校低学年から、いろいろな教材や絵本などを使って喫煙の危険性を分かりやすく教えるプログラムに取り組んだのである。
WHOでも、この取り組みに注目し「喫煙防止教育は家庭と小学校低学年から」と加盟各国に勧告したのである。 子どもは、親の背中をみて育つと言われるが、親や先生、そして映画俳優や人気タレントがタバコを吸っていると、やはりそのまねをしたくなって、喫煙開始の大きなきっかけを作ってしまうのだ。 身近な親や先生がタバコを吸わずに、喫煙・受動喫煙の害を子どもたちに教えていけば中・高校生になっても、タバコに手を出す機会が減ることは、これまでの数多くの調査・研究で判明している。
「寝た子を起こす」という考え方は、将来のタバコに手を出す可能性のある子どもたちに、きちんと喫煙の有害性を教えてもらっては困るたばこ会社の陰謀かも知れない。
■禁煙・嫌煙権運動はファッショ・魔女刈りだ
公共の場所、交通機関、職場などの喫煙規制が広がっていく中で、禁煙・嫌煙権運動に対する“誹謗・中傷”もまたエスカレートしている。
たとえば「不気味な正義感―個人的嗜好への干渉やめて」(作家・故生島治郎氏)、「嫌煙権運動は魔女狩り的」(評論家・故岩見隆夫氏)、 「タバコは何も規制するような問題じゃない」(養老孟司氏)、「禁煙運動は陰謀の臭いがする」(作家・猪瀬直樹氏)、などというコメントが盛んに語られてきた。
しかし、タバコを規制しているのは「禁煙・嫌煙権運動」ではなく、交通機関や自治体、民間企業の判断なのである。 もちろん私たちは、交通機関や自治体、飲食店などに対し「喫煙規制対策」を求めてはきたが、それを、「喫煙者追放運動」などと受けとめる識者・文化人の視野の狭さには唖然とするばかりだ。
また、これらの〝文化人〟の中には、「何でもアメリカの真似をしてタバコを追放しようとしている」などとも主張している。 確かにアメリカで1964年に『喫煙と健康問題に関する公衆衛生総監報告書』が発行されてから、連邦政府が先頭に立って、がん協会、医師会、肺協会、心臓協会などもこれを全面的にサポート、 広告規制や警告表示、タバコ規制が広がっていったことは事実であるが、「タバコの生産・販売・流通を全て法律で禁止する」という方針は現在でもとっていないことは周知の事実である。
1970年代以降、WHO(世界保健機関)でもタバコの有害性・危険性に対して「予防可能な最大の疫病]と位置づけて加盟各国に厳しい規制対策を勧告してきた。
その流れの中でWHOは、2005年2月「タバコ規制枠組み条約」(FCTC)を発効させ、 現在180カ国(国連加盟国の94%)がこの条約に従って、抜本的なタバコ規制対策に取り組んでいるが、残念ながらわが日本政府の足取りは鈍く、 タバコの増税、警告表示のビジュアル化、職場や飲食店の全面禁煙化、広告・スポンサーシップの禁止などで、諸外国に比べて大きく水を開けられているのが実態である。 私たちの運動は、この世界的な流れに沿って展開しているものであり、「ファシズム」や「魔女狩り」と同一視されるのは全くの筋違いと言わざるを得ない。
「禁煙・嫌煙権運動」はタバコの煙に悩む非喫煙者と、「やめたい」と悩んでいる多くの喫煙者の双方を救いたいと、 タバコ問題の正しい情報提供・啓蒙活動を主眼に取り組んでいる、心優しい運動なのだ。
オリンピックと受動喫煙防止の強化?
■WHOとIOCの2010年合意
WHOとIOCは「健康なライフスタイル推進に関する合意」(オリンピックにおける禁煙原則)を発表した。 両組織は、国際レベルでも国内レベルでも、心臓病、ガン、糖尿病等の生活習慣病のリスクを減らすための活動と政策を推進するために協力することになり、 そのリスクを減らすためのもっとも有効な手段が、受動喫煙を防止することであるということになったのである。
IOCは、すでに1988年のカルガリー大会後、オリンピックでの禁煙方針を貫いている。 2008年北京オリンピックは「タバコ規制枠組み条約」の締結後初のオリンピックであり、中国が喫煙大国と言われてきたことから、中国の対応が注目されたが、 アメリカを中心とした禁煙団体の後援も受け、タバコのない大会が行われた。
WHOは「タバコ使用と防止政策についての情報収集」「タバコの煙からの市民の保護」「タバコ使用を止めるための助力の提供」 「タバコの危険に対する警告」「タバコの広告、販売促進及びスポンサー活動禁止を守らせること」「たばこ税の引き上げ」の六つの手段でタバコ問題に取り組んでいる。
受動喫煙防止のためにどのような施策を採るべきかについては、WHOが「受動喫煙防止のための政策勧告」(2007年)、「受動喫煙からの保護に関するガイドライン」(同)を発表し、 条約締結国(日本を含む)に送付している。各国がとるべき措置は明らかになっている。
オリンピック開催地には「受動喫煙防止法・条例」が必要であり、東京以外の招致都市はすでにこの条例を定めている。 2020年の東京オリンピックは、万一、国の法律が制定されなかった場合、東京都以外でも開催されるので、それぞれの都市で条例が定められる必要がある。
■受動喫煙防止対策の強化へ(2016年10月厚生労働省)
厚労省は、わが国も締結国である「タバコ規制枠組み条約」(FCTC)が受動喫煙防止対策の推進を求めていること、 わが国では、3割を超える非喫煙者が過去一箇月間において飲食店や職場で受動喫煙に遭遇し、 行政機関や医療機関においても受動喫煙に遭遇するものが一定程度存在するところから、わが国における受動喫煙防止対策は十分とはいえず、 さらにオリンピック開催をひかえ、WHO・IOCが「タバコのないオリンピック」開催を求めていること、 日本を除く近年の競技大会開催地、開催予定地は公共施設・職場について受動喫煙防止対策をとっていることから、早急に受動喫煙防止対策を強化する必要があるとし、 基本的方向性として(1)受動喫煙防止のために必要な措置をとることを法的に義務付ける(2)イギリスのように建物内禁煙とすることが極めて有効であるが、 日本の現状を踏まえ、建物の用途により、➀建物内禁煙、➁敷地内禁煙、➂原則建物内禁煙とし「喫煙室」の設置を可能とするものに分け、 施設管理者に対し利用者に喫煙禁止場所で喫煙させない義務等を課し、この規制の趣旨を遵守しないときは最終的には処罰するこことを提案した。 (➀としては、官公庁、社会福祉施設、運動施設、大学、バス・タクシー、➁としては、医療施設、小学校、初等中等学校、 ➂としては飲食店等サービス業、事務所(職場)、ビル共用部分、駅、空港等、鉄道、船舶。個人の家、ホテルの客室は対象外)
■停滞する法制化
上記の“たたき台”を関係者に示したところ、主として与党である保守系の議員で構成された「たばこ議連」及び飲食店経営者などから、 たたき台では客が減少し経営が成り立たないなどの激しい抵抗があり、小規模飲食店舗について禁煙を義務付けるべきではないという意見、 バー等特別な飲食店に例外を認めるべきだなどの意見が示され、厚労省も小規模飲食店舗(30平方メートル以下)では換気を行う条件で喫煙を可とする修正案を出した。 たばこ議連の案は、それ以外にも、たたき台の殆どに反対し、現状維持に近いものである。JT、飲食店、ホテル業界などは、法的規律に激しく反対している。
しかし、医療・福祉・スポーツ団体などは、当初のたたき台を緩和すると、規制促進が実質的に無意味になり、 国際的に見ても条約上の義務、WHO・IOCの要請を充たさないことになる恐れがあるとして、たたき台通りの実施を求めている。このため最終的な成案が纏まらない状態となっている。
飲食店で喫煙ができなくなったからといって、本当に経営上支障が生じるかどうかについては、疑いがある。 経営上の損失が大きいという意見もあるが、飲食店の中には禁煙に踏み切ってかえった客が増加した、変化がないと答えた事例が少なくないとの報告がある。
■危ぶまれる「ノースモーク・オリンピック」
この際、わが国で実効的な受動喫煙防止策がとられない場合には、それこそオリンピック開催能力が問われること、国際的要請の全く不確かな共謀罪の比ではない。
国民の健康を維持できないだけでなく、世界から集まるアスリート、観光客に対して、健康で安全なオリンピックを保障する義務を放棄することになる。
反対派の議員、飲食店店主の中には、タバコの害自体に対する認識を欠く人も少なくないのではないか、自分がタバコを吸いたい、やめられないから反対しているのではないか。 これらの人は、枠組み条約のとっている立場、タバコの害に関する医学的所見を真摯に学び、 多くの国民が賛成している厚生労働省の「たたき台」をベースに早急に「受動喫煙防止法」の制定に反対すべきではない。
1937年旧満州ハルピン生れ/早稲田大学文学部卒/1970年「公害問題研究会」事務局長/1979年「嫌煙権確立をめざす人びとの会」代表/1985年「たばこ問題情報センター」設立、 事務局長/1988年・WHOから「禁煙運動賞」受賞/1989年4月『禁煙ジャーナル』創刊。現在、通巻290号まで発行/2010年7月、一般社団法人タバコ問題情報センター発足、代表理事に。
禁煙ジャーナル編集長/日本禁煙学会理事/全国禁煙推進協議会副会長
主な著書=『タバコの害とたたかって』『たばこ病読本』『禁煙新時代』など多数