『いまあらためて注目される放射免疫療法薬「イブリツモマブチウキセタン(商品名:ゼヴァリン®)」』
大坂 学
悪性リンパ腫に対するはじめての放射免疫療法薬として開発されたゼヴァリン®についてご多用の中JCHO東京新宿メディカルセンター血液内科部長大坂 学先生にご寄稿いただきました。
また、図表等に付き、ムンディファーマ(株)様のご協力をいただきました、併せて御礼申し上げます。
【はじめに】
ゼヴァリン®は悪性リンパ腫に対するはじめての放射免疫療法薬として開発されました。 2002年に米国で2008年には本邦で承認されていますから、特別新しい医薬品ではありません。 ところが放射性同位元素を扱う必要性から実施出来る施設が限られている事。 対象となる濾胞性リンパ腫の特に再発時の標準治療が確立していない事などから、ゼヴァリン®は広く普及していませんでした。 しかし国内外での使用実績が蓄積された事で、どの様な患者により効果的であるのかがわかってきました。
【ゼヴァリン®の対象疾患】
悪性リンパ腫の多くを占める非ホジキンリンパ腫は、その細胞の起源からB細胞性とT/NK細胞性に大別されます。 B細胞性非ホジキンリンパ腫はさらに幾つかの種類に分類されますが、 その中でも比較的ゆっくり病状が進行する「低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫(例:濾胞性リンパ腫)」と「マントル細胞リンパ腫」がゼヴァリン®の対象になります。 また国内では初発時には使用出来ませんので、過去に何らかの治療が施された方が対象になります。
【ゼヴァリン®の作用原理】
現在B細胞性リンパ腫に対しては、広くリツキシマブ(リツキサン®)が使用されています。 このリツキサン®はB細胞の表面に存在するCD20と呼ばれる蛋白(CD20抗原)に結合する事で、抗腫瘍効果を発揮する抗体医薬品です。
ゼヴァリン®もリツキサン®と同様にCD20抗原に結合する抗体医薬品の一種ではあるのですが、 β線という放射線を放出する放射性同位元素(イットリウム(90Y))を結合させています。 そのためゼヴァリン®が腫瘍細胞に結合すると、放射性同位元素からβ線が放出され、腫瘍細胞が破壊されます。 このβ線は最大11mm(平均約5mm)飛程※しますので、ゼヴァリン®が結合した腫瘍細胞だけでは無く、 薬が到達出来ないリンパ腫内部の腫瘍細胞やCD20抗原が発現していない腫瘍細胞に対しても抗腫瘍効果を発揮します。 抗体の力と放射線の力とを併せ持った医薬品のため放射免疫治療薬と呼ばれています。
※ 飛程:最大到達距離
図3
【ゼヴァリン®の効果】
従来の抗癌剤と異なり、ゼヴァリン®は1回の投与のみで効果を発揮します。 CD20抗原陽性の再発または難治性のB細胞性非ホジキンリンパ腫とマントル細胞リンパ腫患者を対象とした国内第Ⅱ相試験では、 82.5%の患者に奏功し、67.5%の患者は完全寛解に至ったと報告されています。
【投与スケジュール】
ゼヴァリン®は海外から輸入していますので、すぐに投与出来るわけではありません。 輸入するスケジュールが決まっているため、薬剤を発注してから到着するまで約2週間かかります。 発注前の検査も合わせると、治療開始まで少なくとも1カ月程度の時間を要しますので、早急に治療が必要な患者様には不向きな治療になります。
使用する薬剤には、90Y(イットリウム)で標識した「90Y-ゼヴァリン」と111In(インジウム)で標識した「111In-ゼヴァリン」それに「リツキシマブ」を使用します。
「90Y-ゼヴァリン」はβ線を放出する本治療の要となる薬剤で、「111In-ゼヴァリン」は適格性を判断するのに用いる検査用の薬剤になります。 骨髄にリンパ腫細胞が浸潤していると治療後に重篤な造血障害をきたす恐れがあるため、 「90Y-ゼヴァリン」を投与前にリンパ腫の病変が何処に存在するのか(骨髄に浸潤していないか?)、ゼヴァリンがきちんと腫瘍細胞に結合するのかを事前に確認する必要があります。 そのため「90Y-ゼヴァリン」を投与する前に「111In-ゼヴァリン」を用いてγカメラでの撮影を行い治療の適格性を判断します。 またゼヴァリンを効率よく腫瘍細胞に結合させ、正常細胞への被爆を少なくする目的で「リツキシマブ」も併用します。
具体的なスケジュールですが、下図のようにおおよそ10日前後の入院期間になります。 入院翌日に111In-ゼヴァリンを投与して2日後にγカメラを撮影します。 90Y-ゼヴァリンの適応と判断されたら翌週に90Y-ゼヴァリンを投与して退院となります。
【ゼヴァリン®のメリット/デメリット】
放射線と聞くと副作用が懸念されますが、90Yから放出されるβ線は半減期が64時間、平均して5mm程度しか到達しませんので、 従来の抗癌剤や放射線治療に比べて、正常組織へのダメージは軽く済みます。 またβ線は体表面からは殆ど出ませんので、隔離される必要も無く、排泄物に注意が必要ですが一般の病室で治療が受けられます。 前述のように入院期間もおよそ10日前後ですので、従来の抗癌剤治療よりも短期間で済みます。
特徴的な副作用は、通常の抗癌剤よりも遅く、投与後約2カ月前後に現れる血球減少です。 主に白血球と血小板が減少しますが、定期的に採血を行い注意深く観察する事で十分外来でも対応可能です。 血球減少以外の副作用は比較的軽く、心毒性や神経障害、脱毛等も現れませんので高齢者にも優しい治療になります。
ゼヴァリン®治療に要する医療費は約500万円と高額ですが、保険適応であり高額医療制度が利用できます。 ゼヴァリン®の投与は1回で終了しますので、従来の抗癌剤の様に高額な医療費を何カ月も支払う必要が無く、むしろ費用対効果が優れている治療とも言えます。
【効果的な病態】
これまでの症例の蓄積結果から以下の様な患者に特に効果的であると報告されています。
- ①前治療歴が少ない(再発を何度も繰り返して前治療歴が多い患者よりも奏功する)図6
- ②再発早期で腫瘍量がまだ少ない時期。
- ③巨大腫瘤(5cm以上)を有していない。
- ④組織学的に形質転換をきたしていない。
しかしこれは絶対的な条件ではありません。 上記に該当しない場合でもゼヴァリン®の恩恵を得られている患者は数多くいらっしゃいます。 例えば腫瘍量が多い場合や巨大腫瘤を呈している場合には、別の抗癌剤で先に腫瘍を小さくしてから(debulking)ゼヴァリン®を投与するなどの工夫によって効果をあげています。
現在再発濾胞性リンパ腫の患者に対してリツキシマブとベンダムスチン(RB)療法で寛解させた後にゼヴァリンを地固め的に使用する治験(BRiZ2012)や初発時からゼヴァリン®を用いる治験、 他の抗癌剤と組み合わせた治験など欧米では複数の臨床試験が進行していますので、より効果的な治療方法の開発が期待されています。
【ゼヴァリン®は一生に1回のチャンス】
低悪性度非ホジキンリンパ腫は寛解と再発を繰り返す事が多く、抗癌剤の効果と副作用、患者個々の生活の質を勘案して治療方針が決定されます。 その中でもゼヴァリン®は従来の抗癌剤治療と比べて患者様の負担が軽く、生活の質を保ちながら治療が出来る事が最大のメリットになりますので、治療選択の1つとして大きな役割を持ちます。
しかしゼヴァリン®は決して特効薬でありません。また投与出来るのは一生のうち1度きりになります。 言わばトランプゲームに例えるとジョーカーの様な存在で、1枚しか無いジョーカー(1回しか使えないゼヴァリン)をどのタイミングで使用するのかが鍵になります。 切札ではありませんが、投与するタイミングによっては非常に効果を発揮し得る薬剤になります。
【最後に】
さてこのゼヴァリン®ですが、国内では限られた施設でしか使用出来ません。 と言うのも医療施設内で放射線同位元素の標識作業(RI)を行うため、RIを取り扱う施設基準(遮蔽など)を満たし、 トレーニングを受けた血液内科医、放射線科医、薬剤師が常駐する施設でしか実施が出来ないためです。
当院では血液内科と放射線科とが互いに連携し、濾胞性リンパ腫の再発時にはゼヴァリン®を積極的に検討しています。 またゼヴァリン®を希望される他院からの患者様も随時受け入れていますので、 ゼヴァリン®についての御相談、セカンドオピニオンを希望される場合下記宛に御連絡頂ければ迅速に御対応致します。
【連絡先】
JCHO東京新宿メディカルセンター
地域連携・総合相談センター
月曜日~金曜日 8時30分~17時00分
電話:03-3269-8115(直通)
F A X:03-5261-4738
1995年 北里大学医学部卒業
1995年 北里大学病院 内科 医員(研修医)
1998年 財団法人 竹田綜合病院 内科 医員
1999年 北里大学大学院医療系研究科 入学
2003年 同 卒業(医学博士)
2003年 北里大学病院 血液内科 助手、診療講師を経て
2011年 東京厚生年金病院 血液内科 医長
2014年 JCHO東京新宿メディカルセンター 血液内科 医長
2015年 同 血液内科 部長