市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
人工知能が検診の見落としを防ぐことは可能か?

『「人間と人工知能の併用」が開く医療の新時代』


ただともひろ胃腸肛門科院長
多田 智裕
市民のためのがん治療の会の会員の中にも定期的に人間ドックを受けていて異常なしと言われていたのに、突然肺がんと言われ、 あっという間に亡くなった方があり、検査に不信感を抱いておられた。こうした例は少なくない。
多田先生も本文中で「胃がんの内視鏡検査では、胃炎の中で胃がん部分を見分ける職人技が必要となります。 この技術の習得には、一般的に10年間の経験と1万件の内視鏡検査経験が必要です。」と述べておられる通り、 胃がんを見分ける技術には医師によって大きな差異があり、「「見落とし」は起こり得るのだということも心しておかなければなりません。」ということだろう。
そこに登場したAIによる支援システムだ。 将棋のようにもはや新手なども専らAI任せというのではなく、医学では名人芸を磨いていただくのと同時に、AIを活用して、「見落とし」をできる限りゼロに近づけていただきたいものだ。
なお、このレポートは多田先生がJBpress本年8月3日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50656)にご寄稿されたものをご許可を得て転載させていただきました。 いつもながらのご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

6月29日、NHKが「青森県のがん検診で多数の見落としがある」というニュースを報じました。 青森県が、県内でがん検診を受けた人を対象に調査したところ、 胃がんと大腸がんについて検診で患者の4割が見落とされていた可能性があることを示す分析結果がまとまったというのです。 内部告発にも近いインパクトのある報道でした。

これに対して、全国のがん検診を統括する国立がんセンターは声明を出し、 以下のような見解を発表しました(「情報提供:青森県のがん検診での見落としに関する報道について」)。

  • 青森県内の一部の自治体のみのデータであり、より多くの範囲で調べないと数値は信頼できない。
  • 照合のための観察期間が2年間と短く不十分である。
  • 小さい早期ガンは見落としに含めるべきではない。

国立がんセンターは、“報道された数値はごく予備的な数値に基づいて算出されているので、慎重に解釈し、適切な判断を行う必要がある“としています。 つまり、「報道ほどの見落としはないのではないか?」と言いたげな内容です。

がんの見落としの正確な割合を計測するのは非常に困難です。報道の内容については、確かに“慎重に解釈”することが求められるでしょう。

一方で、「見落とし」は起こり得るのだということも心しておかなければなりません。 医療界は、見落としを防ぐためにありとあらゆる努力を行う必要があります。

現在、私たちは「内視鏡画像人工知能診断支援システム」の開発を進めています。 このシステムは、がんの見落としを防ぐ手段の1つとして必ず役に立つと考えています。

乳がん検診では15~30%の見落とし?

青森県の今回の報告では、検診を受けて異常なしと判定されたのに1年以内にがんと診断された人を“見落としの可能性がある”と定義しています。 延べ2万5000人を対象に調査を行い、その割合を計算したところ、バリウムによるX線胃がん検診で40%、“便潜血検査“を行った大腸がん検診で42.9%でした。

調査範囲が限られているとはいえ、4割ものガンが見逃されているという事実は十分衝撃的です。 さらに、それ以上に反響が大きかったのは、“専門家によると、がん検診では20%程度の見落としは許容範囲”という部分でした。

その背景としては、がんの発見率を100%に近づけようとすると、本来必要でない精密検査を行うことで健康被害を引き起こすおそれがあることと、 20%程度であれば次回の検診で見つければ影響も少ないから、とされています。

実際に、NHKの報道を受けて国立がんセンターが出した声明文にも、 「感度は、例えば乳がん検診においては70%から85%前後」と明記されています(「感度」とは、がんが本当にある人が、検査でがんであると診断される確率のこと)。 つまり、検診で15~30%の乳がんが見逃されている可能性があるということです。 専門家的にとってはいくら当たり前のことでも、一般の方にとってはこちらの方が衝撃的な情報だったようです。

検診の精度はそれくらいが精一杯なのです。なので、検診で異常がなくても、気になる症状が出た場合はためらわずに再検査を相談することをお勧めします。

早期ガンの発見は職人技

さて、がん検診が20%の見落としを許容していることに違和感を感じる方も多いでしょう。なぜ、早期ガンの発見が難しいのでしょうか。

以下の写真をご覧ください。胃がんはどこにあるのでしょうか。




正解は次の通りです。


胃がんは右側の写真の矢印で指し示した部分になります。ただし、左側の写真もピロリ菌胃炎があります。 胃がんの内視鏡検査では、胃炎の中で胃がん部分を見分ける職人技が必要となります。 この技術の習得には、一般的に10年間の経験と1万件の内視鏡検査経験が必要です。

「m3」という医師専門会員制サイトで、この胃がんがどこにあるかのクイズを行ったところ、正解率は約8000名の医師の中でわずか31%でした。 もちろん、必ずしも内視鏡医が回答しているわけではないため、実際に内視鏡専門医が答えた場合には正解率は少なくとも倍になると思われます。 しかし、胃内視鏡検診における胃がんの見落としをゼロにする難しさが、ご理解いただけるのではないでしょうか。

「人間と人工知能の併用」の時代に

最近、ほぼ毎日と言ってもよいくらい、人工知能がニュースを賑わせています。 医療界でも人工知能の可能性に大きな期待が寄せられています。 人工知能に胃がんの画像を学習させ、内視鏡医師の診断支援を行わせるようにすれば、 典型的な(よほど珍しいタイプのがんでない限り)胃がんの見落としはほぼゼロにすることができるはずです。

私たちのチームは近々、胃内視鏡検診の現場で「人工知能診断支援システム」を運用することを計画しています(このシステムは、先の写真から正解を導き出しています)。

もちろん現時点では、人工知能が100%正確に診断を下せるわけではありません。 あくまで内視鏡医師と人工知能の組み合わせによって、より精度が高く見落としの少ない胃内視鏡検診ができるかについて検証を行っていく予定です。

人間と人工知能の併用による診断の時代が迫っています。ぜひ、恐れることなく新しい時代を迎えていただきたいと思います。


多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、 東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、 東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、 日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、 東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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