市民のためのがん治療の会
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『若き医療者へ伝えたいこと』


堂園メディカルハウス
堂園 晴彦
本年7月29日第59回日本婦人科腫瘍学会学術講演会と「婦人科腫瘍の緩和医療を考える会」合同企画の報告会が熊本市で開催された。 その開催報告のなかから、基調講演として「婦人科特有の緩和医療」というタイトルで、草創期からの地域医療における緩和ケアの実践をご紹介された堂園先生のご講演抄録を、 婦人科腫瘍の緩和医療を考える会などご関係各位のご許可をいただき、掲載させていただきました。感謝申し上げます。
會田 昭一郎

1991年に、無床診療所での在宅ホスピスを開始しました。当時は全国でも珍しい試みでした。 1996年には、全国初の有床診療所でのホスピスを開始しました。

基本理念を「医療の本質は親切」とし、具体的な方針として

  • ①手の温もりとおもてなしのシャワー
  • ②通院・入院・在宅のいずれの場所でも親切な医療を受けられる
  • ③本人が望む場所で、望むような最期を迎えられる
としました。

「可能な限り、1日でも長く」を目指しつつ、患者さんが苦痛なくQOLの高い生活を送ることを目指しています。 患者さんが緩和ケアを「受けたい場所で受けることが出来る」・「死にたい場所で死ねる」医療を実現するには、どのようなシステムが最も有効か考えました。 新しいシステムを模索するために、外来・入院・通院を同一スタッフで行うシステムを考案し、「コンビネーション緩和ケアシステム」と名付けました。

ケアを受ける場所が変わっても、新しいスタッフが「はじめまして」ではなく、 顔なじみのスタッフが「こんにちは」でケアを開始できるので、ケアの質の低下が生じにくいと考えています。 それにより、患者さんも御家族も、安心して終末期を過ごすことができます。

1.患者さん・家族への初診時の説明

初診時に、癌告知がなされている患者さんと家族の方へ、下記のプリントを渡します。 そしてスタッフも同席し、ケア方針を共有します。

【これからの過ごし方へのアドバイス】

「これからどうなっていくのか」、「今、何をしたらいいのか」と不安な毎日だとお察しします。

これからの人生をどう過ごすかは、皆の意見も参考にして、あなた御自身が考え決めていくことが大切です。 病気のことだけを考えるのではなく、一日一日を充実して 過ごすことを目指しましょう。人生をまとめる時期が来たと言えるかもしれません。

より良く生きるためには、①「あなた」 ②「家族」③「医療スタッフ」との三者のチームワークが最も大切です。 病気が治ることは難しくても、皆が協力することで、病を持ちながら長生きされた方はたくさんおられます。

病気には深い意味があると言われています。 あなた自身の人生を完成させ、家族や友人との関係を調え、納得するために、病気を与えられ、今この時間があるのかもしれません。 あなたがこれからの未来を、悔いのないものに作っていかれるようできる限りのお手伝いをさせて下さい。

また、患者さんを支える上の考え方を、医療面と精神面において説明します。

【当院での緩和ケアの原則(医療面)】

①できるだけ自然な流れで最期の時を過ごしていただく方針です。 ですから、医療行為は苦痛を和らげることを中心にいたします。 例えば、体温は触れることで、尿は回数で、血圧は脈を触れることでおおよそ判定します。 器具を使った検査は、不自然でストレスになると考えます。

生命力が弱くなっている身体に過剰な水分やカロリーの点滴をすると

  • 1)内臓がそれを処理するのに無理に働かされます。
  • 2)肺に水が貯まりやすくなり、痰が多くなり、痰を出すための苦労や疲労となります。
  • 3)また、尿が多くなり、起きたり寝たりが苦痛になったり、オムツが必要になったりします。 オムツは意識がある方には使いたくないと思っております。

②進行したがんの患者さんは、突然容体が変化することが多いのです。 つい2−3日前まであんなに元気だったのにどうして急に!と愕然となさることもよくおこります。 体力が落ちているがんの患者さん、またはご高齢の患者さんは予備能力が乏しいので、 ちょっとした風邪から肺炎になったり、痰を出せずに呼吸困難になったり、心筋梗塞が起こったりします。

③最期のとき、いろいろな機械はできるだけ身体につけません。心臓マッサージは原則としていたしません。 死亡のはっきりした時点をきめません。生から死へは流れとして移っていくと考えます。 今までの医療とかなり異なっている点が多数あると思います。以上のことが当院での考え方です。

【当院での緩和ケアの原則(精神面)】

治療中心の病院に入院しておられる患者さんは、からだの痛みや苦痛と病気がこれからどうなるのかいつ治るのかについての不安でいっぱいです。 お見舞いの方が「大丈夫、必ず治るから頑張れ」と励ましてあげると不安が減り元気が出ます。

当院に入院していらっしゃる患者さんの場合はずいぶん違っています。 からだの痛みや苦痛は似ていますが、こころの苦しみがまったく違うのです。 当院の患者さんのこころの苦しみは三点です。

①からだの痛みや苦痛への不安
からだの痛みや苦痛は薬でコントロールできます。当院はこの点では技術と経験を積み重ねています。しかし、あとの二点の苦しみに効く薬はありません。

②自分の未来が定かでないことの宙ぶらりん感宙ぶらりん感は本当のことを知ることでずいぶん癒されます。 自分の体調が一進一退しながらも下り坂にあることをどの患者さんも自覚していらっしゃいます。 当院ではできるだけ早く本当のことをお知らせするようにしています。 ご本人とご家族と医療者とが同じ真実を共有し、悲しみを共有し、より納得のいく満たされた最後へと協力し合うことが、③の一人ぼっち感を癒します。

③一人ぼっち感
自分の状態が下り坂にあることを実感している患者さんにとって、励ましの言葉はそれが愛情のこもった力強いものであればあるほど、理解されていないとの一人ぼっち感を強めます。 最後のときが近づいたとき、不安や錯乱になられる方が稀にあります。 真実の説明を聞かされていなかった方に多く見られることから、一人ぼっち感が大きな原因であろうと思います。 一人ぼっち感を癒すのは「絆」の感覚です。ご家族との絆、医療者との絆です。 そして絆とは、患者さんからそれを皆さんが貰って患者さんは逝かれるものですが、それよりもっと大切なのは患者さんがみなさんへ贈り残していかれる絆です。 患者さんの多くは年長者ですから、みなさんの色々な困りごとを話して助言を貰ってください。 そうでなくても、沢山の残す言葉と気持ちを受けてください。それによって一人ぼっち感は消滅します。

以上が当院からのお願いです。協力して、大切な方の残りの生涯が悔いのないものとして完成するよう努めたいと思っております。

2.「ともにある」緩和医療を実践して

患者さんの思いは、肉体・自然科学的には、「長生きをしたい・私の苦しみをとって」と思っています。 この思いを治療し、実現するマニュアルを作ることが可能です。 精神・人文科学的には、「私を見て・私の話を聞いて・私のそばにいて・私を忘れないで」と思っています。 この思いを治療するマニュアルを作ることは不可能です。

「ともにある」とは、「行き交い」です。 患者さんの意見・希望・想いを感じ取り、取り入れ、フィードバックすることで価値観を共有する努力をし、お互いが納得できる方針を決めていくことが大切です。 ケア方針は、それぞれの患者さんで違うことは当然であり、この過程に多くの時間を費やすことが大切と考えています。 患者さんと家族、医療者間で「いい“行き交い”がなされている」と感知する体験は、何にも代えがたい緩和医療の中心的な思想です。

痛みと苦しみは、患者さん、家族、医療者が「ともにある=行き交う」ための芽生えです。 安易に薬物で鎮静すると、死ぬまでの間に体験できたであろう新しい甦った自分や、回生した家族、つまり今まで覆われていた個々の目覚めが得られないまま、あるいは生かされないままに亡くなってしまいます。

3.亡くなってからの命を支えて

私が尊敬し、共同研究者でもある精神科医の神田橋條治先生は、「死に臨んで最も有効な処方は納得である」と、教えてくださいました。

私の経験から、「肯定的な別れをした遺族は、その後の人生を肯定的に送ることができ、否定的な別れをした遺族は、その後の人生を否定的に送りがちである」と感じています。 「肯定的な別れ」をするためにも、誰もが納得する終末期を送ることはとても大切です。

4.いよいよというときのケア

死が近づいてきた時のケアは、より重要です。終末期の過程で、最も大切な感覚は「触覚」です。 私たちは、家族や親しい方が患者さんに触れるのではなく、患者さん自身が自分の大切な人の顔や手に触れることができるように指導しています。

触れることで、患者さんからの有言無言の最後のメッセージが伝わってきます。触感から感情が「行き交う」コミュニケーションが始まるのです。

おわりに

私は、「死」というものはないと思っています。「一生」が終わる瞬間を「死」と呼んでいるだけだと思います。 マザー・テレサは「生はひとつの達成であり、死はその達成の成果です」と話しています。

多くの人を看取ってきて、亡くなられる方へのサポートがはたしてどれだけできたのか、最近自問しています。 肉体的な症状コントロールは、ほぼ100%できるようになってきましたが、精神的サポートがしっかりなされていたのか、強い自信はありません。 いいスタッフに恵まれていることで、救われています。

今後、自己価値観の強い団塊世代の方々が亡くなっていくとき、価値観の相違から苛立つこともあるかもしれません。 特に若い世代の医療者は、心が沈むこともあるでしょう。 私が、多くの患者さんを看取ってきた経験を、これから癌治療を目指す若い医師に伝えたいと思います。

―若き医療者へのメッセージ―

患者さんは不都合なことや困難な目にあうと、混乱し理性を失い、わがままになるものです。
あなたが良いことをしてあげても、役にたたなかったと言われるものです。
でも優しさを失うことなく、患者さんに役立つはずの良いことをしてあげましょう。その良いことで、良い結果になっても、明日には忘れ去られるものです。
それでもめげずに 優しさを持ち続けましょう。
寛容・誠実・正直であるせいで、かえって傷つき燃え尽きることもありましょう。
でも治す仕事に留まりましょう。
一生懸命努めても、罵声をあびることだってあります。
でも一生懸命であり続けましょう。
患者さんも、ひたすら助けを求めているのです。なのに、手助けする人を責めたり、無視したりしてしまうのです。
だから手助けを続けましょう。
あなたの中の最良のものを、患者さんに与え続けましょう。
文句を言うのは、手助けを求めている姿です。そう理解して、最良のものを与え続けると少しの時間が過ぎた時にわかります。
あなたが患者さんのために一生懸命する行いが、あなたの魂を豊かに大きく育ててくれていることを。
それは天からのご褒美です。
医師は、自分が治療した患者さんの最期を看取ることで、最も成長すると思います。最期まで付き合う気概で、患者さんに接していくように切にお願いしたいと思います。
Oncologist(腫瘍医)でありながら、Onkologist(温厚医)を目指しましょう。


堂園 晴彦(どうぞの はるひこ)

慈恵医大卒業後、国立がんセンター、慈恵医大講師・鹿児島大学産婦人科講師を経て1991年堂園産婦人科で在宅ホスピスを開始。 1996年有床診療所堂園メディカルハウス開院。通院・入院・在宅をコンビネーションしたホスピスケアを開始。
現在、堂園メディカルハウス理事長・院長、NPO法人風に立つライオン理事
著書:絵本「水平線の向こうから」(絵 葉祥明)と「サンピラー お母さんとの約束」(絵 本田哲也、北海道在住)、エッセー「それぞれの風景 人は生きたように死んでいく」 医学博士
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