市民のためのがん治療の会
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気持ちの悪循環
動くと断ち切れる

『うつや不安症状で、何もできずにいたりしませんか。動いてみると、案外好転するかもしれません。』


ロハス・メディカル専任編集委員(米ミシガン大学大学院環境学修士)
堀米 香奈子
がんに限らず病気になれば鬱症状になりがちだろう、特にがんは常に再発・転移などの恐怖に苛まれることも多く、「死」の影が過ることも多い。
そこで今回はこのような状況に対処するために役立つ行動活性化療法についてのレポートをご紹介した。 行動活性化療法は、国立がん研究センター精神腫蕩科でも活用されている。
なお、このレポートは「ロハス・メディカル」2017年5月号に掲載されたものを同誌のご厚意で、許可を得て転載させていただきました、感謝いたします。
(會田 昭一郎)

今回のお話はうつや不安障害だと行動的でなくなり、気分がますます落ち込む悪循環を生じます。 断ち切るには行動あるのみ。 気が乗らなくても、理想的な結果を求めず、まずやってみる。 行動活性化療法がその手助けをしてくれそうです、という話です。


うつや不安障害で気分が落ち込んでいると、やるべきこともやる気にならず、一人じっとこもりがちになります。 でも、「『どうせうまくいかない』『気が乗らない』と実際の行動を控えてしまうと、結果的に、『今日もやらなかった』『後ろ向きでダメな自分』といった自己認識が強まり、悪循環に陥ります」

そう話すのは、早稲田大学人間科学学術院臨床心理学研究領域の鈴木伸一教授です。

悪循環を断ち切るには行動すればよいのですが、「それができない」。 そこで試したいのか、行動活性化療法です。

気分はさておき

「あまり気乗りがしなくても、ますは避けずにやってみよう」というのが、行動活性化療法の肝です。

普通は、気分がいいからやる、乗り気になったらやる、などと「気分 → 行動」という順序で考えるもの。 そのため気分が落ち込んでいると、行動は制限されがちになります。

ところが行動が抑制され減少すると、肯定的な感情はますます小さくなり、相対的に否定的な感情や認識が大きく心を占めるようになります。

「楽しい」「嬉しい」といった肯定感情は、一人じっとしているより、自分からアクションを起こした結果生まれるもの。 「行動 → 気分」、つまり行動が気分を決めることは、実は多いのです。

だから、気分や内面の問題はさて置き、とりあえず一歩踏み出す。 目標や評価を先に気にせず、まずはやってみる。 その結果「意外と楽しかった」と実感し、少しずつ悪循環から抜け出せるのです。

自分で“見える化”

行動活性化療法では、毎日の行動とその後の気分を1週間ほど記録し、自分で点数を付けます。 自覚のなかった前向き行動と後ろ向き行動を、“見える化”するのです。

例えば、「面倒だったけど、友人に会ったら楽しかった」「午前中に出かけると一日活動的になれた」とか、 逆に「インターネットでうつについて調べたら、かえって不安材料が増えた」とかです。

そして、定期的に30分〜60分のカウンセリングを受けます。

「うつ状態だと、自分の行動の本来の目的や意味、価値を見失っていることが多いので、一緒に見つめ直していきます」と鈴木教授。

その人が価値を再認識でき、前向きになれて、なおかつ取り組めそうな行動を一緒に考えた上で、 「出かけてみて、しんどければ途中で切り上げてもいいんですよ」「理想の展開でなくても、一歩踏み出すことが良いことだと思いますよ」などと、背中を少し後押しするそうです。

同等の治療効果

行動活性化療法は、2016年12月号でご紹介した「認知行動療法」と同等の治療効果を得られることが昨年、英国から報告されています。

成人うつ病患者440人を行動活性化療法群と認知行動療法群に分けて1年間施術したところ、どちらも半数以上、うつ症状が大きく改善しました。 両群で効果の差は見られず、治療コストは行動活性化療法の方が21%低かったそうです。

なお、認知行動療法は、マイナス感情・行動の背景にある考え方や認識の偏りを正そうと、自分自身の固定観念や内面と向き合うことから入るので、 人によってはその手法自体が苦痛だったり難しかったりする場合もあります。

その点、行動活性化療法はご説明した通り、内面は後からついてくる、という発想です。 認知行動療法と同様、保険点数の不充分などクリアすべき課題もありますが、公認心理師の設立など普及の土台は整備されつつあります。 今後の発展に期待したいですね。

がん患者のケアにも

行動活性化療法は、国立がん研究センター精神腫蕩科でも、「日々の充実感やよろこびを取り戻すプログラム」として、精神科専門医によって無料で提供されています。 同院の患者でなくても利用できるので、がんの治療中で「病気のことばかり考えてしまって何もする気にならない」といった場合は、問い合わせてみるとよいかもしれません。



堀米香奈子(ほりごめ かなこ)

2000年、慶應義塾大学商学部卒業。04年、米ミシガン大学大学院School of Natural Resources and Environment修了、環境学修士。 (財)癌研究会、(株)日本医療企画、東京大学医科学研究所リサーチフェロー、同特任研究員を経て現職。男児2人の母。
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