市民のためのがん治療の会
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画期的医療技術が現場で普及するまでのハードルとは

『ピロリ菌胃炎を内視鏡画像から人工知能診断、実用化への道のり』


ただともひろ胃腸肛門科院長
多田 智裕
このレポートは多田先生がJBpress昨年11月6日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51504)にご寄稿されたものをご許可を得て転載させていただきました。 いつもながらのご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

私たちの内ピロリ菌胃炎の内視鏡画像人工知能診断の研究成果が、世界4大医学誌「Lancet」と世界3大科学誌「Cell」の合同誌「Ebiomedicine」に掲載されることが決定しました。

人工知能が内視鏡画像からピロリ菌がいるかいないかを判定する精度が、内視鏡専門医並みであることを証明した論文です。

(論文)“Application of Convolutional Neural Networks in the Diagnosis of Helicobacter pylori Infection based on Endoscopic Images”


人工知能によって左上の画像は「positive(陽性)」、右上は「negative(陰性)」と診断された

現状では、胃がんの原因の98%を占めるピロリ菌の検査は、健診ではオプション扱い(5000円程度の追加料金負担)となっています。 そのため内視鏡検査を受けてもピロリ菌検査はやっていない人が多いことと思います。

今回の成果が臨床現場で応用されれば、内視鏡検査を受ける方への追加負荷は一切ないため、きわめて有用であると私たちは考えています。

しかし論文で認められても、実際に臨床現場で使用されるまでには超えなければならない壁があります。 今回は、医療現場における実用化のハードルについて紹介したいと思います。

ピロリ菌胃炎を人工知能で診断する意義とは?

胃がんの原因であるピロリ菌がいるかいないかは、現状では血液や呼気(吐いた息)、便や尿などで測定しています。 じゃあ、画像診断を人工知能が行う必要がないかというと、決してそんなことはありません。

7月28日にヘリコバクターピロリ学会がホームページにある勧告を掲載しました。
“抗体価3 U/mL未満のみで、胃がん低リスク(ピロリ菌未感染)と断定できない。 (中略)画像所見を加味してピロリ菌未感染と判断された場合には、ほぼ胃がん低リスクと判断できる。”
という内容です。

つまり、これまで 血液検査で「ピロリ菌がいない」と診断されていても、少なからず実際にはピロリ菌に感染している(ないしは、していた)ケースが存在するということです。 これは、加齢に伴う抗体価の低下や自然除菌後例(他の治療で抗生物質を内服したことにより除菌された場合など)がありうるからです。

そのためヘリコバクターピロリ学会は、今後は内視鏡画像で胃炎の程度を判定して、本当に胃がんのリスクがないかどうかを判定するべきである、 血液抗体陰性でも画像上ピロリ菌がいることが疑われる場合には、他の尿や呼気検査、検便などの検査を行って判定するべきである、という指針を提示しています。

胃内視鏡検診現場において内視鏡画像判定を人工知能でアシストすることにより、この指針に沿った、より精度の高い胃がんリスク判定が可能になるはずです。

論文の成果はすぐには現場で応用できない

ただし、有用性があるのであればすぐに論文の成果が現場で応用できるかというと、そんなことはありません。

医療業界の例でいうと、九州大学大学院の廣津崇亮助教らの研究グループによる“線虫を使ったがん検査”があります。 線虫は嗅覚が人間の100万倍ともいわれ、健康な人の尿には近寄らず、がん患者の尿には近寄るとされています。 線虫が尿に近寄るかどうかで、がんがあるかないかを9割方発見できるといいます。

しかし、実際に普及させるには大きなハードルがあります。 目視で線虫が尿に近寄ったか遠ざかったかを判定しなければならないので、大量の検査ができないのです。 現場で普及させられるように、現在、日立製作所などと自動解析装置の開発を行っているとのことです。

また、6月1日に保険収載された、難病である潰瘍性大腸炎の炎症度合いを判定するカルプロテクチン検査も例に挙げられるでしょう。 カルプロテクチンとは、腸に炎症があると便の中に放出される物質です。

カルプロテクチン検査は、潰瘍性大腸炎の炎症度合いを判定する際に、負担のかかる内視鏡検査の補助になることが期待されています。 しかし、「便を採取してから4時間以内に病院へ持参して冷凍保存しなければならない」「結果が出るまで1週間かかる」など現場での運用を詰めなければならない部分があります。

このように論文の成果が現場で応用され、広く普及するには様々なハードルがあるのです。

内視鏡画像人工知能判定がこれから直面するハードル

人工知能自体の画像処理スピードは、人間とは勝負になりません。 ピロリ菌胃炎の内視鏡画像の診断の場合、397症例の診断に要した時間は、内視鏡医の平均は「3.8時間」。 それに対して人工知能は「3.8分」でした。

医療現場で内視鏡医の画像処理のスピードが人工知能に追いつかないということは、普及の妨げにはならないはずです。 問題になるとすれば通信回線のスピードでしょう。 しかし、こちらもクリアできる可能性は高いと判断しています。

現場で運用する際の使い勝手については、製品版に落とし込んでいく過程で、内視鏡機器との接続、モニターとの接続、ユーザーインタフェースなどについて改良を重ねていく必要があるでしょう。

このように、新しい技術が現場で実際に広く使用されるようになるには、乗り越えなければならないハードルがいくつもあります。 ハードルをぜひとも乗り超えて、内視鏡画像人工知能診断補助機能が広く使われるように頑張っていきたいと思います。


多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、 東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、 東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、 日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、 東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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