市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
お金を使って病気になる

『受動喫煙禁止法制を徹底させよう』


産業医科大学 産業生態科学研究所 健康開発科学研究室
教授 大和 浩
欧米主要先進国ではがんによる死亡数が右下がりになっているなか、依然として右上がりを続ける日本。 どうもこの大きな要因が、日本の喫煙によるものではないかと思えてならない。 来年のラグビーワールドカップ、再来年のオリンピック・パラリンピックは願ってもない禁煙のチャンスだ。
何度も書いたが編集子が舌がんの治療で入院中に、病院の喫煙ルームで痩せ衰えた震える手でタバコを吸っていた老婆の姿が忘れられない。 あんな状態でもやめられないタバコ。これが麻薬でなくてなんだろう。 本来、麻薬として取り締まられるべきものだと思っている。
がん患者会としては、がんにならないで済めばそれに越したことはないので、できるだけ発がんの危険を伴うものについては、排除するように進めて行きたいが、その筆頭がタバコだ、5月31日は国際禁煙デー。 これを機に産業医科大学の大和 浩教授にご寄稿いただいた。
(會田 昭一郎)

タバコが健康に悪いことは誰でも知っています。 しかし、健康リスクの内容と大きさまで知っている人はほとんどいません。 2016年、厚生労働省が14年ぶりに改訂した「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書(タバコ白書)」には、 喫煙することによる早死には毎年13万人が死亡していることが述べられています(図1)。 がんについては、煙と直接接触する肺、口腔・喉、鼻腔だけでなく、 発がん性物質は唾液にとともに流れていく食道、胃、 さらに血液の流れによって曝露される肝臓、膵臓、膀胱、子宮頸部のがんが「喫煙との因果関係が科学的に十分」とされました。 「因果関係が示唆される」まで含めると、喫煙はほぼすべてのがんのリスクを上昇させます。


図1. 生活習慣病等による日本人の死因
図1. 生活習慣病等による日本人の死因

死亡に至らずとも、心筋梗塞や脳卒中、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、糖尿病により身体機能が低下して介護の原因となります。 図2は電子顕微鏡で撮影したタバコの副流煙です。 左下の白い線の長さが2マイクロメーター(1マイクロメーターは1メートルの100万分の1)ですから、どの粒子もそれよりも小さいことが分かります。 つまり、タバコの煙は中国からの越境汚染で問題となっている微小粒子状物質(PM2.5)なのです。 酸素と二酸化炭素の交換をする「肺胞」と呼ばれる肺の一番奥まで吸い込まれ、そこで異物反応(炎症)を起こします。 そのため、肺の構造が壊れるCOPDが発症しますし、炎症物質は血液に乗って全身の動脈硬化を引き起こし、その結果、心筋梗塞や脳卒中になるのです。


図2. 副流煙の電子顕微鏡写真
図2. 副流煙の電子顕微鏡写真

 喫煙者の周囲で生活する人はタバコの煙を吸い込まされるので、がんや心筋梗塞、脳卒中などの病気のリスクが上昇します。 「タバコ白書」には、他人の煙を吸わされる受動喫煙によっても肺がん、心臓病、脳卒中、乳幼児突然死症候群で毎年1.5万人が死亡していること、 死亡の3分の2は女性であることも強調されています。


図3. 日本人の受動喫煙による死亡は毎年1.5万人
図3. 日本人の受動喫煙による死亡は毎年1.5万人

喫煙と受動喫煙が健康リスクであることは明らかなので、 世界保健機関(WHO)は「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」を提唱し、 現在と未来の世代の健康を守るために以下の対策を推進しています。


表1 たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約
第5.3条 公衆衛生施策のタバコ産業からの保護
第6条 タバコの課税及び価格政策の実施(1箱1000円)
第8条 受動喫煙からの保護(喫煙室は不可、屋内を100%禁煙化)
第9条 タバコ製品の含有物の規制
第10条 タバコ製品の情報開示
第11条 タバコ製品の包装とラベルにリスクを明記
第12条 教育、情報の伝達、訓練、啓発
第13条 タバコ広告、販売促進、スポンサーシップの禁止
第14条 禁煙治療の普及
第15条 タバコの不法取引防止
第16条 未成年への販売と未成年者による販売禁止
第17条 経済的に実行可能な代替活動支援の提供

例えば、タバコ1箱の値段は、イギリスでは1100円、フランスは1300円もします。 図4のようにオーストラリアでは2017年でも2000円(23.4豪ドル)する値段を2020年には3200円にする予定です。 このぐらいに値上げすれば禁煙する人が増えますし、喫煙を続けた人でも消費量が減ります。 日本のタバコはまだまだ値上げせねばなりません。


図4. オーストラリアのタバコの価格(2016年秋)
図4. オーストラリアのタバコの価格(2016年秋)

多くの国でタバコのパッケージに写真を用いた大きな警告が印刷されていますが、日本のパッケージは小さな文字の警告なので、インパクトがありません(図5)。


図5. タバコの箱の警告表示
図5. タバコの箱の警告表示
左:喫煙(吸煙)は肺がんの原因、と明確に書かれた香港のパッケージ
右:日本のパッケージ

日本で特に遅れているのは、屋内の全面禁煙化です。図6は日本の居酒屋の店内のPM2.5の測定結果です。 もちろん全席喫煙可で、測定時はあちこちの席で常に2〜3名が喫煙していました。 タバコから発生するPM2.5は1立方メートル当たり250〜350マイクログラムで、環境基準の約10倍に相当する高い濃度でした。


図6. 居酒屋の微小粒子状物質(PM2.5)濃度
図6. 居酒屋の微小粒子状物質(PM2.5)濃度

サービス産業を最初に禁煙化したのは2004年のアイルランドです。 その後、徐々に増加し、2016年までに55か国がカフェやバー(居酒屋)を含めて全面禁煙となっており、アメリカも27州が全面禁煙です(図7)。 喫煙する席を残す分煙ではなく全面禁煙がひつようなのは、従業員の受動喫煙を防止するためです。


図7. 全世界で進む屋内全面禁煙化
図7. 全世界で進む屋内全面禁煙化

それらの国では閉鎖空間での受動喫煙がなくなったことにより国民全体の心臓病、脳卒中、ぜん息による入院数が減ること、 しかも、レストランやバー(居酒屋)まで禁煙化されている方が減少度合いも大きく最大39%も減少したことが分かっています(図8)。


図8. 禁煙化により減少した疾患別入院リスク
図8. 禁煙化により減少した疾患別入院リスク

すでに禁煙化された国でも禁煙化される前はサービス産業の営業収入が減るのではないか、ということが議論されました。 しかし、レストラン等が実際に禁煙化されてみると営業収入の減少はなかったこと、 逆に、タバコの臭いを敬遠していた非喫煙者の来客が増えて収入増になったことが多くの科学論文で証明されています(図9)。 しかも、研究者が書いた論文は66論文中63論文が影響なし、と結論していました。 逆に、タバコ産業から助成金を得ていた15論文中の14論文が「営業収入マイナス」、タバコ産業との関係が書かれていなかった怪しげな論文も同様の傾向でした。 レストランやバーが禁煙化されるとタバコをやめる人が増えます。 それを阻止したいタバコ産業の意図が透けて見える結果でした。


図9. 禁煙化とレストランの営業収入の分析
図9. 禁煙化とレストランの営業収入の分析

これらの事実を踏まえて、日本でも昨年1月、サービス産業を含めた受動喫煙対策を強化する法律案の検討が始まり、 2018年3月9日、健康増進法を改正して100平方メートル以上の大型店舗は原則禁煙(喫煙専用室可)とする方針が閣議決定されました。 基本方針を図10に示します(赤文字は筆者)。 本来、望む・望まないにかかわらず、また、施設類型にかかわりなく受動喫煙をなくすべきですが、 受動喫煙に弱い子ども、未成年、患者の存在をクローズアップした点は高い評価が得られています。


図10. 健康増進法を改正する閣議決定の概要
図10. 健康増進法を改正する閣議決定の概要

新規店と100平方メートルを超える大型店は原則禁煙とされましたが、残念なことに喫煙専用室の設置を認めています(図11)。 また、客席面積が100平方メートル以下の小規模店舗は「喫煙可」の掲示をすることで当分の間は規制の対象外とされる方向です。 世界標準の全面禁煙ではないとはいえ、大きな前進です。 6月20日に閉会される国会で成立することを期待しています。


図11. 既存の飲食店の取扱に関する健康増進法を改正案
図11. 既存の飲食店の取扱に関する健康増進法を改正案

その一方、注目が集まっているのは東京五輪大会が開催される東京都の方針です。 2010年、世界保健機関と国際オリンピック協会が五輪大会を開催する都市・国は屋内全面禁煙であることを求めた合意文書に基づき、 近年の五輪大会は屋内が全面禁煙の国で行われてきていることから(図12)、東京都は2020年大会のホストシティとして国よりも厳格な規制をおこなう予定です。


図12. オリンピック開催地の受動喫煙防止に関する法律・条例
図12. オリンピック開催地の受動喫煙防止に関する法律・条例

まず、2018年4月に「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」を施行しました。 子どもがいる場合は自宅や自家用車で吸わないようにすること、子どもをレストランの喫煙できる席に連れて行かないことが求められています。 さらに、「従業員を雇用する店舗は原則禁煙」とする都条例第2弾を6月の都議会に提出する予定であることを4月に発表しました。 行政が動けば民間も動きます。 全国に180店舗を運営する串カツチェーン店が喫煙室を設けることなく全面禁煙とすることが「禁煙化で子どもを守ることは従業員の労働環境の改善でもある」というコメントと一緒にニュースになりました。 最近の若者はタバコを吸いませんので、アルバイトも容易に集まって「客良し、従業員良し、オーナー良し」という状況になることでしょう。

五輪大会は千葉県や静岡県など8道県に会場が予定されています。 それらの自治体でも同様の動きがすでに始まっています。 2019年のラグビーのワールドカップにも全世界から多くの選手と観光客が来日します。 それに間に合うように、きれいな空気で「おもてなし」をできるように各方面に働きかけていきましょう。



大和 浩(やまと ひろし)

58歳、3男2女。
現職:産業医科大学 産業生態科学研究所 健康開発科学研究室 教授
資格:医学博士、労働衛生コンサルタント、
   日本産業衛生学会指導医

昭和61(1986)年、産業医大卒。呼吸器内科(6年間)を経て、労働衛生工学研究室にてアスベスト代替繊維の生体影響、効果的で安価な作業環境改善、職域の喫煙対策、社会全体の受動喫煙対策(医歯学部と大学病院の敷地内禁煙、地方自治体の建物内禁煙、JRの特急や新幹線の禁煙化、サービス産業従業員の受動喫煙)の調査と評価について研究。
平成18(2006)年より現職。多忙な勤労者が運動習慣を獲得・維持できる職場環境の整備と指導方法の改善、その効果について研究。

喫煙対策HP:http://www.tobacco-control.jp/
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