市民のためのがん治療の会
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『心の健康管理:Mindfulnessについて』


独立行政法人 国立病院機構
災害医療センター放射線治療科
早川和重(北里大学名誉教授)

最近,NHKをはじめテレビ等でMindfulnessが取り上げられる機会が増えていますが,皆さんはご存知でしょうか? 実はMindfulnessは医療の中で患者さんをはじめ家族や様々な関係者の方々の心のケアに有用なものとして注目されています。 Mindfulnessとは「注意深さ」や「留意すること」と英訳されていますが, これが転じて「今,生きている瞬間に心を留めること」あるいは「今,生きている,ということを実感すること」を意味する言葉として使われています。

人は,不安になったり,気分が落ち込んだりすると,「今」からこころが離れてしまいます。 「なぜあんなことをしてしまったのだろう」,「なぜ自分だけがこんな病気に罹ってしまったのだろう」と過去を後悔したり, 「うまくいかなかったらどうしよう」,「これから自分はどうしたらよいのだろう」と未来を案じたりします。 そして,寝ても覚めても後悔や不安といった雑念がグルグルと頭の中を駆け巡るようになってしまいます。 このように思考が反芻し始めると,思考で作り上げられた悲観的な現実を「本当の現実」ととらえてしまい,気分が沈み, バランスのよい対応がとれなくなり,状況がますます悪化して鬱状態に陥ってしまいます。 すなわち鬱状態は,心の中で負のスパイラルをグルグル回ってしまう結果,生じるものと考えられます。 この負のスパイラルを解消する方法としてMindfulnessを発達させるためのトレーニングが提唱されています。 具体的には,禅の瞑想などの手法を取り入れた注意力のトレーニング法で,マサチューセッツ大学医学部のジョン・カバット・ジン教授が始めたと言われています。 過去や未来でなく,「今」に「意図的」に,「価値判断することなく」注意を向ける練習を通じて,自分の考えや感情に巻き込まれず,現実に適切に対応できることをめざす瞑想エクササイズは, 言わば,「疲れにくい心」を育む心のストレッチとも言えるでしょう。 さまざまなストレス(後悔,不安など)に対する「心の使い方」を体得する手法であると言えるかもしれません。 瞑想エクササイズの基本的な方法の一つに,背もたれがまっすぐな椅子に座り,目を閉じて,息が入ったり出たりする時の感覚に注意を向けるという方法があります。 その際に注意を向ける対象は,鼻腔や口腔を空気が流れる呼吸の感覚,もしくは腹部の動きなどに限定します。 実践者は呼吸を自分でコントロールしようとするのではなく,自然な呼吸のリズムや空気の流れにただ気づいていることのみを体験しようと試みるのです。 この間,心に雑念が浮かぶと注意が散漫になっていることに気づかされ,偏った個人的な判断をせずに受容的に注意を呼吸へ戻すようにします。これを繰り返すことで心が負のスパイラルをリセットできるようになると言われています。ただ,人にもよりますが,瞑想は非常に難しいエクササイズではないかと考えています。

実はMindfulnessを発達させるのに何か特別なエクササイズを取り入れなくても様々な工夫でMindfulな時間は持てると思っています。 皆さんは美味しい食事をしたり,美味しいワインを飲むときに,料理やワインの味に心が惹きつけられて「味わうこと」に無意識に集中した経験があるのではないでしょうか。 また,音楽や映画で感動しているときも集中しているはずです。 実は,これがMindfulnessそのものなのです。 Mindfulness瞑想が難しいと思ったら,親しい方々と何か集中できる機会を持たれたら良いと思います。 とくに感動することで「今生きていることに感謝する」ことができれば最高ですね。 Mindfulnessを発達させる機会は沢山あります。 皆さんも是非,Mindfulなひと時を経験できるよう工夫されたら如何でしょうか。


早川 和重(はやかわ かずしげ)

1978年群馬大学医学部卒業。 79年群馬がんセンター,80年癌研病院,81年群馬大学助手,83年山梨医科大学助手,85年群馬大学助手を経て,91年同講師。 93年~94年米国テキサス大学MDアンダーソンがんセンター留学。 2000年北里大学医学部教授。2003年~北里大学病院副院長。 2018年北里大学を定年退職とともに同大名誉教授。 災害医療センター勤務。 日本医学放射線学会・日本放射線腫瘍学会の放射線治療専門医。日本放射線腫瘍学会第27回学術大会(2014年)大会長。
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