市民のためのがん治療の会
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消費税の危険なワナ

『良い病院が潰れる!』


ロハス・メディカル編集発行人
川口 恭
大震災や大きな経済変動などが無い限り、2019年10月には消費税が現行の8%から10%に引き上げられることになっています。 医療の問題に限ってみると、患者が支払う医療費には消費税はかかりませんので、患者としては「私たちには関係ない」ように見えますが、 実は病院などの医療施設では治療のための機器や消耗品などたくさんのものを購入するときに消費税を支払いますが、 患者からは消費税がもらえないので、その差額がマイナス、つまり損になります。 零細な事業者などは消費税納税が免除されますので、こちらは消費者から預かった消費税分が得になり、 これを益税と言うのに対し、病院などのような場合を損税と言います。
治療機器などは高額のものが多く、したがってこの損税も多額になり、8%の現在でもかなり医療施設の経営を圧迫しています。
ロハスメディカル誌は前回消費税が5%から8%に引き上げられた直後の2015年12月号でこの問題の仕組みを詳しく解説しており、 改めてこの問題を理解するうえで参考になるので、同誌の許可を得て、転載させていただきました。
時間的なずれをお考えになりながら、損税の仕組みと問題点のご理解に資することを期待しております。
(會田 昭一郎)

社会保障の充実のために必要という謳い文句だった消費税増税。 でも、そのせいで首都圏にあって患者のため積極的に活動する病院が、軒並み潰れそうになっています。


2014年4月に消費税率が8%へと上がり1年半が経過しました。 同じ時に診療報酬の改定があり医療機関に対して負担増分の補填が行われたということになっていたため、 医療機関の経営にどう影響するか読めない部分もあったのですが、昨年度を〆てみると、事前に業界内で危惧されていた通り、 特に首都圏で、多くの大規模病院が赤字転落か赤字スレスレになりました。

あれ、医療って消費税非課税じゃないの? と思った方、はい正しいです。 医療機関は患者から消費税を徴収できません。 でも、医療機関の経営には消費税が大いに関係あるのです。

医療機関は、薬や機器や備品、消耗品など様々なものを購入しています。 建物も定期的に建て替えます。 その支払いの際には消費税が上乗せされます。 これらの項目を総称して「課税仕入れ」と呼びます(人件費などには消費税がかからず、「非課税仕入れ」と呼ばれます)。 その税率が2014年3月まで5%だったのが、その年4月から8%へと3%上がりました。 つまり課税仕入れ額の3%分だけ支払いが増えたということになります。

元々、特に都会の大きな病院では、売上に対する利益率が1~2%と極めて小さくなっていました。 支払いが増えた分に見合うだけ、収入が増えなければ経営の危機です。

通常の課税業種であれば増えた消費税3%分をお客さんに払ってもらえば収入も増えるのですが、 医療は公定価格の上に消費税非課税ですから機械的に3%余計にもらうわけにいきません。 そこで厚生労働省は、医療機関の支出が増えるのに見合う分だけ、診療報酬を増やして(公定価格を値上げして)補填した、と主張しています。(図参照)



受け取った消費税額と支払った消費税額の差額を納付・還付するという課税業種と比べると、随分と回りくどい仕組みです。 医療機関も帳簿は当然付けているのですから、払った消費税分を正確に還付してもらうことは難しくないのに、 消費税導入当時に日本医師会などが医療の非課税扱いを強く主張したため、こんなワケの分からないことになってしまいました。 課税扱いで税率0%だったら還付を受けるだけで済み、診療報酬を経由して補填を行う必要などなかったのです。

そして、この「補填」が不充分な上に偏っていたため、 これから医療需給逼迫が必至と見られている首都圏で、積極的に活動する大規模病院が軒並み経営危機に陥ってしまったのです。

まだ経営破綻する病院は出ていませんが、この構造を放置すると、税率が10%に上がる際には確実に潰れる病院が出ます。

補助金に化けた不足分〜そして強まる行政支配

前項で、診療報酬による補填が「不充分で偏っていた」と記しました。

まず不充分の方ですが、実は増税前の税率5%の時代から、日本医師会が、率にして診療報酬総額の2・2%、金額にするなら年8000億円程度、医療機関の持ち出しになっていると主張していました。 つまり、医療機関が仕入れの際に払う消費税の額と、診療報酬に上乗せされた額とに、それだけの差があったというのです。

2・2%の根拠は、かなり怪しいです。 ただ、非課税扱いのため何千億円も払い過ぎになっているということで業界の認識が一致していたことは間違いありません。

2014年度改定の際も、本来の趣旨から言えば、医療行為すべての価格を約1・028倍(1・08÷1・05)しないといけないはずですが、 そんな面倒なことはしていられない、と項目を絞った大雑把な補填になりました。

対応を決めた中央社会医療保険協議会(中医協)の会長自身が、当時のメディアの取材に対して 「合理的・公正に個別項目に付ける方法がなかったため、基本診療料にほぼ全額補填する裁定案を出した」 「率直に言って、個別の医療機関が負担した消費税を、患者個人が支払う診療報酬で還元するのは不可能だ。中医協の外で話を付けてほしい」と述べたそうですから、正確になるはずがありません。

その結果、大いに「偏り」が生じました。

診療する患者の数にほぼ比例する形での補填となったため、 1人の患者に対して使う高額設備の多い医療機関、積極的に設備投資する医療機関ほど消費税分の払い過ぎになりました。 つまり患者にとって心強い医療機関ほど経営が苦しくなったわけです。 そして、診療報酬が全国一律であることと相まって、原価率が高く(看護師の人件費や不動産取得にかかる費用が高いため)利益率は低くなりがちだった首都圏で、最も問題が深刻です。

一方、あまり積極的に設備投資しない医療機関は、上乗せで逆に儲かったという現象すら起きているようです。

日本医師会の主たる会員である開業医はこちらのケースが多いためか、 あるいは消費税の増税分から「医療介護サービスの提供体制の改革のための新たな財政支援制度」という総計904億円の基金が都道府県に設けられて医療機関へ配分されることになったためか、 日本医師会が現状を問題視する気配はありません。

しかし、通称「横倉基金」と日本医師会会長の苗字を冠して呼ばれることも多い「医療介護サービスの提供体制の改革のための新たな財政支援制度」は、要するに補助金です。 5年以上前の特集「指定病院そして補助金」(vol.47、ロハス・メディカルのwebサイトで電子書籍を読めます)でも指摘したように、 診療報酬だけでは赤字になってしまう分を補助金で埋めるという方法は、医療機関を麻薬漬けにするようなものです。

基金の構想が示された当時、亀田総合病院の副院長だった小松秀樹医師は「この基金は、医療機関から不当に搾取した金を、 担当官の裁量で医療機関にばらまき、行政に従わせようとする制度だ」と批判しました。

課税業種に変更〜解決へ唯一の道

この消費税を払い過ぎて病院の経営が苦しくなっている問題、理屈の上だけなら解決の方法は簡単です。

医療を課税業種へ変更した上で税率0%ということにすれば、医療に消費税がかからない一方で、 医療機関は課税仕入れに払った消費税を還付してもらえることになり、払い過ぎることも、儲かることもなくなります。

税の趣旨から言っても極めて真っ当な変更で、税率0%が妥当かどうかはともかく、課税業種へ変更することへの異論は多くありません。 また、税率10%への引き上げが行われる前に何とかしなければならないという機運も高まっています。 ただし、実行しようとすると難題が待っています。

これまで消費税分が上乗せされていた(ことになっている)診療報酬を、その分下げないと、 還付の分だけ医療界が丸儲け、言葉を換えると国民全体が損をします。

ところが、今回の上乗せ分を返上するのは簡単でも、その前の分となると、 1989年の消費税導入時に診療報酬で補填した時から全医療行為均等ではなく大雑把な項目への上乗せだった上に、税率引き上げがあった際にも大雑把に対応して、 その間に診療報酬の項目自体が大きく変わったため、今どこに上乗せ分が存在するのか誰にも分からないのです。

もしたとえ診療報酬への上乗せ分をキレイに全部返上できたとしても、問題は残ります。 日本医師会が主張していたように業界全体で消費税の払い過ぎが発生していたのなら、税率0%で課税業種に変更すると、 医療界が「払い過ぎていた」分だけ、今度は消費税税収に欠損が生じることになります。 その欠損分を誰かが埋めなければなりません。 普通に考えれば、医療の中で収支を合わせてくれという話になって、税率0%は許されない可能性があります。

今まで非課税だったものに対して何%かの消費税がかかるようになると、それは「医療には消費税がかからない」という国民の認識とズレることになります。 現場では、大変な混乱が起きることでしょう。 そもそも欠損分の穴埋めに税率何%が適正なのかすら、補填分の「見える化」が済まないと分かりません。

補填分の厳密な「見える化」は不可能で、となると客観的に適正な税率の決定も不可能。 万人が納得する正解はないということになります。 そして正解がないから、と放っておくと、基幹的医療機関が潰れます。

どう考えても、どこかで政治決着が必要になることでしょう。 政治家が勇気を持って火中の栗を拾うため、国民の理解と支持は大切です。

今でもコッソリ課税

理解の第一歩は、現状を正しく認識することです。 医療に消費税がかからないって、本当でしょうか?

現状の図を、よく見てください。 診療報酬へ上乗せされているという時点で、実は患者も医療に対して消費税を払わされています。 また、診療報酬財源の半分以上は健康保険の保険料です。 それで補填しているということは、健康保険の保険料にコッソリ消費税がかかっていた、ということに他なりません。

つまり実は今の状態でも、医療には消費税がかかっているのです。 払っている方に自覚がなく、誰がいくら払っているのか分からない分だけ、むしろタチが悪いかもしれません。 こんな仕組みを後生大事に守る意義、あるでしょうか。

読者の皆さんは、一般の国民よりも、高度医療機関が潰れてしまった時に困る可能性は高いと思います。 積極的に投資する病院が壊れていくのを黙って見ているのか、応援するため声を挙げるのか、考えてみていただけるでしょうか。 あまり時間的な猶予は、ありません。 もし後者なら身の周りにいる健康な人たちにも、この消費税の問題を説明していただけたら幸いです。 その説明の資料として、この記事が役に立つことを願っています。


川口 恭(かわぐち やすし)

1993年、京都大学理学部地球物理学科卒業、(株)朝日新聞社入社。 記者として津、岐阜、東京、福岡で勤務した後、2001年若者向け週刊新聞『seven』創刊に参加、02年土曜版『be』創刊に参加。 04年末に退社独立し(株)ロハスメディアを設立、翌年『ロハス・メディカル』を創刊。 一般社団法人 保険者サポーター機構理事、横浜市立大学医学部非常勤講師、神奈川県予防接種研究会委員。 (株)ロハスメディカルコミュニケーション代表取締役。 「ロハスメディカル」編集発行人。
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