市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
利権絡みで検査方法が改善されず、医師の人格が問題の場合も

『問題だらけの肺がん検診、見落としが相次ぐわけ』


医療ガバナンス研究所
理事長 上 昌広
このレポートは上先生がJBpress本年1月23日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55259)にご寄稿されたものをご許可を得て転載させていただきました。 いつもながらのご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

高齢化が進むわが国でがん対策は重大な課題だ。

政府も、この問題に真剣に取り組んでいる。 2006年にはがん対策基本法を成立させた。 この法律の肝の一つはがん検診の推進だ。

がん対策基本法成立以降、がん検診の受診率は鰻登りだ。 肺がん検診の場合、2007年に男性27%、女性23%だったのが、2016年には51%、42%となった。

ところで、がん検診の診断精度に問題があることは、みなさん、ご存じだろうか。

最近、この問題を痛感する経験をした。 それは、肺がん検診での見落とし事件を受けて、社会医療法人河北医療財団が設置した第三者委員会(委員長佐野忠克弁護士)の委員を引き受けたからだ。

昨年12月13日、厚労省記者クラブで開かれた記者会見を、多くのメディアが報じたため、ご存じの方も多いだろう。

まずは、事件の概要をご説明しよう。 きっかけは、昨年6月に肺がんで亡くなった40代の女性患者の遺族が、河北医療財団を訴えたことに始まる。

この女性は同財団が経営する河北健診クリニックで、2005年から15年の間に10回健診を受けていた。 うち1回は杉並区が杉並区医師会を介して、河北健診クリニックに委託した肺がん検診だった。

訴訟が提起されると、河北医療財団は、過去の診療記録を見直した。 そして、自らが見落としていたことを認めた。

同財団が第三者委員会に提出した資料によれば、2014年7月、2015年7月の健診、2018年1月の肺がん検診で異常陰影を見落としていたことを認めた。

我々の第三者委員会に参加した放射線専門医は、 「2014年7月、2015年7月の健診の画像では、異常陰影は乳房と区別がつきにくく、必ずしも見落としとは言えない」という見解を示したが、 2018年1月については、「見落としと言われても仕方ない」とコメントした。

河北医療財団は、過去に健診を受けた約3万人のX線検査を見直した。

この結果、新たに2人の肺がんが判明した。 この事実は、訴訟となったケースが氷山の一角であることを示している。

実は、わが国の肺がん検診が時代遅れで、現行の方法を続ける限り、見落としは避けられない。

いまどき、X線写真で早期の肺がんをみつけることができると、本気で信じている医師は少ない。

「UpToDate」という世界的に有名な臨床医向けのマニュアルがある。 このマニュアルの肺がんスクリーニングの項目には「胸部X線検査と喀痰細胞診検査を用いた肺がんスクリーニングは推奨しない」と明記されている。

「UpToDate」がエビデンスとして挙げるのは、過去の7つの大規模臨床試験の結果だ。

このうち6つは、被験者を無作為にX線検診群と何もしない群に割りつけるランダム化臨床試験だ。 臨床研究としては、最高のエビデンスレベルだ。

すべての臨床試験で、X線検診の効果は確認できなかった。 X線検診を受けても、受けなくても生存期間は変わらなかった。

このことは、X線検査の感度が悪く、多くの早期癌を見落としていることを意味する。 見つかるのは進行がんで、根治や延命は期待できない。 これなら、肺がん検診は受けない方がいい。

現在、肺がん検診の世界的な標準は、高齢の喫煙者などハイリスクな集団に限定して、低線量CT検査を行うことだ。 通常のCTの4分の1程度に被曝量を減らした検査である。

国立がん研究センター東病院のホームページでは、その特徴として次のように記している。

「胸部X線(レントゲン)写真では、肺の約3分の1は近接する臓器(心臓や血管、横隔膜など)と重なりますので、小さな肺がんを見つけることが困難な場合があります。 しかし、CTは断面像ですから重なりがありません」

今回のケースでは早期の異常陰影は乳房と解釈されて見落とされているが、CTなら、このようなことはない。

ついで、「CTは分解能に優れるため、胸線X線写真に比べ、より小さな病変やコントラストの低い病変も検出することが可能です」とある。

さらに、「低線量肺がんCT検診の成績」として次のように続く。

「従来の胸部X線写真による検診と比較して、より小さく、より早い時期の肺がんを発見できることが国内外の研究で報告されています」

「CT検診による肺がん発見率は、胸部X線検診に比べて10倍程度高く、発見された肺がんは早期の比率が高く、その治療成績も良好であることが知られています」

彼らが例示する臨床試験は、「UpToDate」でも詳細に解説されている。 それは、2011年に世界で最も権威がある『ニューイングランド医学誌』に発表されたものだ。

この臨床試験には、米国の33の医療機関が参加し、5万3454人の被験者を胸部X線検査と低線量CT検査に無作為に割りつけた。 対照は55~74歳のヘビースモーカーだった。

この臨床研究では、胸部X線群と比較して、低線量CT群で肺がんによる死亡および総死亡は、それぞれ20%、7%低下していた。

低線量CT検診を行うことで、早期の肺がんを見つけ、適切に治療できたことを証明している。

ところが、このような臨床研究の成果は、わが国では国民に伝わっていないし、医療行政にも反映されていない。

わが国のがん行政の司令塔は、国立がん研究センターだ。 同センターのホームページの「肺がん検診」の項目には、次のように記されている。

「肺がん死亡率減少効果を示す相応な証拠があることから、(中略)非高危険群に対する胸部X線検査、および高危険群に対する胸部X線検査と喀痰細胞診併用法を推奨します」

また、低線量CTについては「死亡率減少効果の有無を判断する証拠が不十分であるため、集団を対象とした対策型検診としては勧められません」と記している。

「UpToDate」はもちろん、前出の国立がん研究センター東病院の見解とも違う。

彼らは、その根拠として「最近のわが国からの4件の症例対照研究(肺がんで死亡した人と死亡しなかった人の検診受診歴を比較する方法)」では、肺がん死亡率減少効果が認められています」と挙げている。

しかし、症例対照研究は比較群を何にするかで、結論は何とでもなる。ランダム化比較試験とはエビデンスレベルは比べものにならない。

「UpToDate」は、症例対照研究をエビデンスとして採用していない。

さらに、このホームページの最終更新は2010年4月で、低線量CT検査に関する米国の臨床研究の結果が発表される前だ。なぜ、8年間も放置するのだろう。

メディアも行政もこのような人物たちを「有識者」として利用してきた。

今回の事件を受けて、杉並区が設置した「杉並区肺がん検診外部検証等委員会」には、中山富雄・国立がん研究センター社会と健康研究センター検診研究部長が参加した。

この委員会は河北健診クリニックの体制の不備を糾弾したが、胸部X線を用いた肺がん検診の限界については言及しなかった。 彼が、胸部X線検査の限界を知らなかったはずはない。

その証左に、中山医師は、前任の大阪府立成人病センター時代の2010~13年に、総額840万円の厚生労働科学研究費を受け取り、「低線量らせんCTを用いた肺がん検診手法の確立に関する研究」を実施している。

その総括報告書の「結論」で「低線量CT健診結果は、喫煙者では年1回で60歳代に小さな死亡率減少効果、非喫煙者では60歳以上に大きな死亡率減少効果が確認された」と述べている。

中山富雄医師のような専門家が、このような詭弁を弄するのは「大人の都合」が絡んでいるからだ。

本稿では詳述しないが、知人の厚労省関係者は、「がん検診の地方自治体の支出は約1000億円、肺がん検診だけで320億円」という。

今回の問題で記者会見した田中良・杉並区長は「区の検診には20億円かかっている。 医師会、実施機関に丸投げ状態でやられてきたんじゃないかと私自身は思っていて非常に残念」と述べた。

与党とも密接で、強大な政治力を有する業界団体を相手に、関係者は口をつぐんでいることになる。

これでは、今回肺がんを見落とされて亡くなった患者と遺族も浮かばれない。

がん検診の問題は、これだけではない。 CTやMRIなどを用いても、誤診は相次いでいる。最近、大学時代の同級生の医師から興味深いケースを聞いた。

この医師は健康診断を目的として、大手の画像診断専門のMクリニック(仮名)を受診した。 Mクリニックは、筆者が勤務するクリニックも利用しており、迅速な対応に好印象を抱いていた。

Mクリニックが、友人の医師に送付したリポートには 「右内頚動静脈の外側に1.6 x 0.9センチ大の内部に小嚢胞を含むような軟部影が疑われ、リンパ節腫大や神経原性腫瘍などを疑いますが念のため、経過観察をお勧めします」とあった。

この記載を読めば、普通の医師は「悪性腫瘍は考えにくい」と判断するが、友人は念のために、読影者の「真意」を確認した。

Mクリニックからの回答は、 「非特異的なリンパ節腫大の一部と思われる所見で、悪性所見である可能性は考えにくく、やはりリンパ組織や神経原性腫瘍(筆者注 良性腫瘍)などを疑います。 いずれにしても経過観察で良いものと考えます」だった。

友人の医師の専門は消化器内科だ。 悪性腫瘍を扱っている。 この回答を読んでも、1.6 センチ大のリンパ節に不安を抱き続けていた。

知人の耳鼻科専門医と話したとき、このことに触れた。 友人は精査を勧められた。

生検の結果は中咽頭癌。

手術を受けることとなった。 幸い遠隔転移はなく、根治切除となり、現在、元気に働いている。

その後、友人は経過をMクリニックに報告した。

回答は「本件は読影ミスではなく、むしろ画像診断医のコメントがその後の治療の契機にもなって、結果的に、早期に治療が行われることにつながったと考えられる」と呆れる文言だった。

友人は激怒し、訴訟を起こした。

東京地裁は和解を勧めた。 友人は謝罪の文言を和解条項に入れることを求めたが、Mクリニックは拒絶した。

過失を認めたくなかったのだろう。 速やかに過失を認め、過去の検診まで見直した河北医療財団とは対照的だ。

では、判決はどうなっただろう。 昨年7月、東京地裁は、友人が求めたとおりの約50万円の賠償金を認め、友人の勝訴となった。

この事実は放射線診断の見落としが、日常的に起こっている可能性を示唆する。

CTやMRIなどの高感度の診断器機を用いても、がん検診では見落としが避けられないようだ。

そして、医療機関の中には不誠実な対応をとる連中もいる。 これでは高いお金を払って、がん検診を受けている患者は浮かばれない。

見落とされないようにするには、優秀な医師や病院にかかるしかない。

ただ、多くの方々にとって、医師や病院の実力を判断することは難しい。 医師と患者では圧倒的な情報の非対称があるからだ。

患者はどうすればいいだろうか。 私は、自分の立場になって、共に考えてくれる主治医を作るのがいいとお勧めしている。

胸部X線に限界があることは、医者では常識だ。 親が肺がん患者で喫煙をしているようなハイリスクの人から相談を受ければ、普通の医師なら「CT検査を受けた方がいい」と勧めるだろう。 自治体が実施しているX線検査では満足しない。

2例目の場合なら、患者への対応が不誠実で、こういう病院は利用しない方がいい。 ただ、この手の医療機関は中長期的には消滅せざるを得ない。

早晩、悪評が医師仲間で広がるからだ。 もし、そのような医療機関でがん検診を受けることを主治医に言ったら、「別のところに代えた方がいい」と助言してくれるはずだ。

患者に求められるのは、「まともな主治医」を見抜くことだ。 これは意外に簡単だ。

医師は自らの専門領域以外のことにコメントする際には、自らの実力を高く見せる必要もなく、率直に対応するはずだ。

その際、医師の人間性が現れる。

患者は礼儀正しいか、面倒見がいいかなどを見ればいい。

皆さんの普段の人間関係での評価と同じだ。人柄がいい医師には情報が集まる。

逆もまたしかりだ。 主治医に選ぶべきは、まさに前者である。 主治医選びは、患者の人間力が問われている。


上 昌広(かみ まさひろ)
特定非営利活動法人 医療ガバナンス研究所理事長。 1993年東大医学部卒。 1999年同大学院修了。医学博士。 虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。 2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年3月退職。 4月より現職。星槎大学共生科学部客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。
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