市民のためのがん治療の会
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『健康寿命の延長とがん予防―禁煙支援のデュアル効果―』


香川県予防医学協会顧問
日本禁煙学会理事
森田 純二

近年人生百年時代とか健康寿命といったキーワードがいろいろな場面で目につくようになったがここでは健康寿命とがん予防を視野に入れた禁煙支援の重要性を考察したい。

長寿時代がもたらすこれからの課題

ご存知だろうか、日本では昭和38年100歳以上の人は153人だったが、平成10年には1万人を超え、平成24年には5万人を突破し、昨年(平成30年9月)には実に67771人に達している。 平均寿命を見ると、この17年の間に男性は75.92歳から81.19歳、女性は81.90歳から87.26歳まで驚異的に延びている (図1参照) 。 しかし最近話題になっているのが健康寿命だ(図2参照)。 日本は諸外国にくらべ平均寿命と健康寿命の差が大きいのも事実で寝たきりに近い高齢者が多いことが問題となっている。 ここ数年ではこれらのいわば過剰な延命処置に関する批判が議論され見直されているところもあるが、いまだに多くの矛盾を抱えている。 平均寿命と健康寿命の差が短いほど、いわゆる「ピンピンコロリ」で天寿を全うできるのかもしれない。


図1


図2

健康寿命を延ばすには

それではどのようにして健康寿命を延ばしたらいいのであろう。 2010年に多くの施設が30万人の調査から解析したデータが図3である。 人とのつながり(social relationship)がトップに位置しておりこれは認知症予防のためにも必須といわれている。 第2位を占めているのが禁煙だ。 喫煙が多くの癌はもとよりほとんどの生活習慣病の増悪に関与していることは多くの医師が理解しているのではなかろうか? しかしながら少し気になるのが呼吸器以外の生活習慣病で喫煙している患者さんと面談して、禁煙を勧めると、これまでほかの医師から禁煙の話など特になかったといわれる人が少なからずいることだ。 忙しい診療の中でも、すべての患者さんに喫煙歴を聴取して喫煙者には禁煙しましょうと一言声をかけて欲しいものである。 それだけでも生活習慣病のコントロールは良好となり健康寿命を延ばすことができるのではなかろうか。(図4)


図3


図4

禁煙は自らできるがん予防の最大の効果

イギリスのSir William Richard Doll(1912-2005)先生が1981年に発表した癌の原因をグラフにしたものが図5であり、日本人の半数近い人が罹患すると言われている今でもこの比率は大きく変わってはいない。 言うまでもなく癌の原因は極めて多彩ではあるがタバコという単一の物質がそのうち約30%を占めていることはすべての人に知ってもらいたいことである。 さらに図6で示しているように癌でなくなる人の年齢は他疾患で亡くなる人の年齢より10歳以上若いとされており、明らかに平均寿命を下げていることになる。 多くの喫煙者が禁煙することにより癌はもとより多くの生活習慣病までが予防され、健康寿命の延長に繋がる事ことは論を俟たない。


図5


図6

健康寿命とCOPD

健康寿命を縮める疾患の代表には脳卒中、認知症そしてCOPD(慢性閉塞性肺疾患)が挙げられる。 脳卒中の中で脳梗塞は近年注目されている心原性脳梗塞は心房細動の薬物的コントロールが重要で、脳出血は血圧のコントロールであろう。 認知症は先にあげたようにsocial relationshipと運動(physical activity)が大切とされているが、いずれの疾患も禁煙は重要である。

問題はCOPD。言うまでもなくこれはChronic Obstructive Pulmonary Diseaseという英語の略語であるが、ここに至るまでにいくつかの経緯がある。 1950年代にはCNSLD(Chronic Non-specific Lung Disease)と言われたこともあり、その後1960年代にはCOLD(Chronic Obstructive Lung Disease)を経て今のCOPDが世界的に医学用語として使われている。 日本語の訳としては慢性閉塞性肺疾患となるがいずれも一般の人への認知度は低いと言わざるを得ない。 厚生労働省はこの状態に危機感を抱き健康日本21の改訂版(第2次2013年)でCOPD認知度向上を推進しようと、2011年に25%であった認知度を2022年には80%に上げる目標をたてている。(図7) 今の所残念ながらその目標値は達成が困難な状態で、COPD(タバコ病)と表することを推奨する意見もある。 確かにCOPDという言葉は日本人に馴染み難いとは思うが、国際的な言葉となっている今となっては何とか一般の人にも知ってもらいたものである。 昨年COPDで亡くなられた桂歌丸さんは、晩年COPD認知度向上のために酸素を吸入しながら高座に上がり続け、禁煙の啓蒙活動もされていた事を全ての喫煙者に知って欲しいものである。(図8)

最近まで難治性とされていたCOPDではあるが、吸入療法の目覚しい進歩と呼吸器リハビリで治療はかなり進化している。 とは言え依然として禁煙の必要性はCOPDの認知度と共にまだまだ一般の人には浸透していない。 COPDは何と言っても長年の喫煙が原因である事が明らかとなった今、すべての医療従事者が喫煙者には禁煙を強く進める事を日常の診療に取り入れて欲しいものである。 さらに喫煙は高血圧、高脂血症、糖尿病など死因上位を占める疾患に関与し(図9)、肺癌のみならず各種の癌の原因や治療の妨げになる事なども知って欲しいものである。


図7


図8


図9

今年5月から元号が平成から令和へと変わった。 平成の30年間はタバコフリーのうねりが大きくなった時代でもあった。 平成のはじめ頃は本当にどこででも喫煙が可能であったが、タバコの害のみならず受動喫煙の健康被害が、これまで言われていた以上に深刻なことが明らかとなり、タバコフリーは確実に拡がっている。 しかしながらタバコ産業は加熱式タバコや電子タバコなどの新型タバコを次々と開発し、若者や女性をターゲットとして拡散しようとしている。 加熱式タバコに関してはそのほとんどが日本でしか販売されておらず、あまり検証されていないまま若者に広く拡散しつつある。 これら加熱式タバコ中のニコチン量はこれまでのタバコとそれほど変わらず、タールにしても公表されているより多く含まれているとも言われている。 ニコチンは言うまでもなく血管を強く収縮させるため高血圧や糖尿病に悪影響するのはもちろん、ニコチン依存症に関しては同じようになり易いわけで結局もとのタバコに戻るケースも多いといわれている。 令和の時代はいかなるタバコもなくなる時代にしたいものである。

今後ますます少子高齢化が進む中、平均寿命と健康寿命の差が大きくなると若者の負担は計り知れない。 日本がより健全な長寿社会となるためにも禁煙支援の輪を拡げたいものである。 令和は喫煙率を零に近づく時代になることを願っている。


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