市民のためのがん治療の会
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『「がんゲノム検査、保険適応」Good NEWS? or Bad NEWS?』



昭和大学腫瘍内科 主任教授 角田卓也

5月29日、がんゲノム医療用の検査診断薬が保険収載されるとの報道がありました。 以前より言われていたことであり、特段驚きはしませんでしたが、2種類の検査診断薬が承認されました。 わが国独自で開発してきた、「NCCオンコパネル」と「ファンデーションワン(Foundation One)」です。 NCCオンコパネル114遺伝子、ファンデーションワン324遺伝子とファンデーションワンの方が検査できる遺伝子数が多く、 国際的には一番流布しておりますが、いろんな要因があり両者の採用となったのでしょう。 値段はともに56万円で患者さんは168,000円の支払いとなります(3割負担の場合)。 対象は標準療法がなくなった固形がん患者(白血病などは対象外)さんです。 主に腫瘍組織(一部血液でも可能)を検査して、遺伝子に変化があるかどうかを調べ、遺伝子に変化があればそれに特異的な治療薬を使用するための検査診断薬です。 従来のがん薬物療法では、大腸がんであれば大腸がん用の、肺がんであれば肺がん用の抗がん剤をというようにがんが発症した臓器ごろとに薬物療法を実施しておりました。 一方、ゲノム解析などによりがん薬物療法はめざましい進歩を遂げました。 がんに遺伝子異常がある場合、その遺伝子を標的として効果を発揮する分子標的薬が開発され、めざましい治療効果を上げてきました。 これは、従来のように臓器特異的な治療法ではなく、臓器に関係なく遺伝子や分子特異的な治療法となります。 例えば、HER2分子は乳がんの約30%に高発現しており、抗HER2抗体が乳がんの治療薬として使用されてきておりました。 一方、HER2分子は乳がんに特異的なものでなく、胃がんや大腸がんにも高発現しております。 特に胃がんでは約10%程度に高発現しており、抗HER2抗体をもちいた臨床試験で臨床的有用性が証明されました。 このように、臓器ではなく分子や遺伝子異常に着目し治療薬を使用することが一般化しつつあります。 この考え方に基づいて、臓器関係なく遺伝子異常から診断薬を決定するのをプレシジョンメディスン(precision medicine)と呼びます。 日本語的には、“精緻な医療”となるのでしょうか。 しかし、臨床的有用性はやはり臓器ごとに臨床試験で証明することが求められてきました。 胃がんや乳がんのように患者さんも多く、臨床試験を実施できるがん腫は比較的問題が少ないのですが、 患者さんの数が極端に少ない希少疾患や製薬会社の財政的戦略方針と合致しない疾患は開発が進まないという問題がありました。 せっかくいい抗がん剤があるにも関わらず、がん患者さんに使用できないといったジレンマがありました。

第12回都道府県がん診療連携拠点病院連絡協議会の資料より

実を言うとがんの特殊な遺伝子や分子を基準にした診断薬と治療薬は既に存在します。 2018年12月の承認されたMSI検査(マイクロサテライト不安定性検査)です。 MSI検査とは、マイクロサテライトの反復回数を調べミスマッチ修復遺伝子が機能しているかどうかを予測する検査でミスマッチ修復遺伝子であるMLH1/MSH2/MSH6/PMS2遺伝子やそのタンパクを調べます。 これらのうち2つ以上の異常があるとMSI-highと診断します。 MSI-highであれば、がん免疫療法剤にひとつでNivolumab(オプジーボ)と同じ機序の抗PD-1抗体であるPembrolizumab(キートルーダ)が高い確率で奏功します。 がん腫関係なくMSI highであればPembrolizumabの治療が保険収載されております。 これは画期的なことで今まで初めて臓器関係なく分子異常があれば抗がん剤が使用できる初めてのケースです。

グッドニュース? バッドニュース?

今回のがんゲノム医療用の検査診断薬が保険収載により、標準療法がなくなったがん患者さんには新しい薬が提供できるかもしれないというメリット(グッドニュース)があります。 しかし、一方実際に薬に到達できるのは2割もないと考えられております。 10人調べて2人あるかどうかです。米国のデータではもっと少ないと言われております。 この原因は、遺伝子異常が見つかってもそれに対応した治療薬がないこと(バッドニュース)が原因です。 遺伝子異常が見つかってそれに対応した治療薬がなく、まだまだがんに対する治療薬が十分ではないといこうとです。 また、可能性のある薬が本当にうまく見つかったとしてもこれらの薬は国民健康保険でカバーしてくれません(バッドニュース)。 たまたま臨床試験をやっていれば受けれますがそれがなければ自費となります。

更に、うまく抗がん剤や分子標的薬が見つかって完治となるでしょうか? 残念ながら、従来の抗がん剤や分子標的薬では必ず再発します。これは事実です。 現時点でステージIVの進行がんでは完治が期待できるのは免疫チェックポイント阻害剤を中心としたがん免疫療法だけです。 プレシジョンメディスンに対する期待は大きいのは事実ですが、がんの究極の目的が完治であるという観点からは、現状ではまだまだ不十分です。 がん免疫療法のみが完治を期待できことより、がん免疫療法の効果を発揮するがんやがん周囲にある組織の遺伝子や分子の解析も進める必要があると考えます。 今後はこれらの情報を統合し、種々の治療法をコンバインし、さらに完治する割合を増やす方向に向かうと考えられます。


角田 卓也(つのだ たくや)

1987年和歌山県立医科大学卒業後、同大学第二外科助教を経て2000年東京大学医科学研究所付属病院外科講師。 同院准教授を経て2006年ワクチンサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2010年オンコセラピーサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2015年メルクセローノ株式会社、MA Oncology部長を経て2016年昭和大学臨床薬理研究所臨床免疫腫瘍学講座・教授、 2018年昭和大学医学部内科学部門腫瘍内科学部門・主任教授、昭和大学病院腫瘍センター長
1992-1995年City of Hope National Cancer Institute (Los Angeles)留学、同講師就任
医学博士(テーマ:腫瘍浸潤リンパ球の基礎的・臨床的研究)
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