市民のためのがん治療の会
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『お酒を飲むと「癌」や「認知症」のリスクが上がる? 英国で驚きの研究結果』


ナビタスクリニック(立川・新宿)内科医
山本佳奈
この原稿は2019年7月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行メールマガジン (http://medg.jp) に掲載されたもので、原資料はAERA dot. (4月10日配信;https://dot.asahi.com/dot/2019040300030.html) からMRICメールマガジンに転載されたものです。転載ご許可に感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)

いよいよ今月で「平成」は終わりを告げ、「令和」という新しい時代がやってこようとしています。

新元号の「令和」は、最古の元号である「大化」から数えて248番目。 今までの漢文で書かれた中国の書籍からの引用とは異なり、今回初めて日本最古の歌集である万葉集の梅の歌から引用されたようですね。

さて、4月に入り、お花見や歓迎会が続きアルコールを飲む機会も多いという方も多いのではないでしょうか。 今回は、アルコールについて、興味深い論文をご紹介しながらお話したいと思います。

その前に、お酒の歴史から。 記録の上で最も古いお酒だとされているのは、なんと紀元前4000年頃メソポタミア地方のシュメール人によって飲まれていたワインだそうです。 次に古いとされているのがビール。 紀元前3000年頃にメソポタミア地方で作られていたことが記録に残っています。

一方、日本酒の起源は、残念ながらはっきりしていません。 日本酒の元となるお酒が700年代に造られていたことは記録に残っていますが、稲作が中国から伝わった後に自然発酵によるお酒が誕生したのではないかと推測されています。

摂取したアルコールは、体内でどう変化していくのでしょうか。 飲酒してから1~2時間でほとんどのアルコールは体内に吸収され、肝臓へと運ばれます。 肝臓内でアルコールは、アルコール脱水素酵素(ADH)によって分解され、悪酔いや頭痛、動悸の原因となるアセトアルデヒドに酸化されます。 その後、主に2型アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)によって酢酸へと分解され、血液により全身へと運ばれます。 そして筋肉や心臓で水と二酸化炭素に分解され、これらは汗や尿、呼気中に含まれて体の外へと排出されるのです。

アルコールを飲むと顔が赤くなったり、動悸・頭痛を生じることはありませんか。 これは、アセトアルデヒドを素早く分解する「ALDH2」という酵素を持っているかどうかに関わっています。 「ALDH2」の働きが弱い、または「ALDH2」を持っていないと、アセトアルデヒドが貯まりやすく、悪酔いや頭痛、動悸を引き起こしてしまうのです。 「お酒に弱い体質」と呼ばれるゆえんです。

「ALDH2」を持っている・持っていない、つまりお酒に強い体質・弱い体質であるかどうかは、遺伝子によって決まります。 つまり、「ALDH2」を作る遺伝子を両親から受け継いでいるかどうかなのです。 ちなみに、4割ほどの日本人は、「ALDH2」を持たないか、その働きが弱く、アセトアルデヒドが貯まりやすい体質であることがわかっており、 また、「ALDH2」が完全に欠けている人は、いくら訓練してもお酒に強くなることはないのです。

さて、そんなアルコールと健康に関する興味深い研究結果が、先月の28日に発表されました。 英国サウサンプトン大学病院のHydes氏らの調査結果によると、 なんとワインを毎週1本(750ml)飲むことは、女性ならタバコを週に10本、男性ならタバコを週に5本吸うのと同じ程度の癌の発現率の上昇を招くと推定されるというのです。

昨年9月には、1990年から2016年までの195の国と地域におけるアルコールの消費量や死亡との関連性を調べた調査結果がランセットに掲載されました。 なんと、16年の世界の男性の死亡の2.2%、女性の死亡の6.8%が飲酒に起因することがわかったのです。 健康に良い酒量などはなく、健康を害さないようにするにはアルコール摂取量を0gにする、つまり飲まないことが必要だと筆者らは言います。

アルコール摂取と認知症のリスクについても気になるところですよね。 昨年8月、フランスのパリサクレ大学のSabia氏らによる23年間にわたる観察研究の結果が、BMJ に掲載されました。 一週間あたりのアルコール推奨量を14単位(アルコール1単位は純アルコール20g)までとしている英国において、 なんと、その推奨量を超えて飲酒している中年や飲酒していない中年は、推奨量内(1-14単位/週)で飲酒している中年に比べて認知症になりやすいことがわかったのです。

昨年3月には、フランスにおける早期発症の認知症(65歳未満に発症した認知症)とアルコールとの関連の調査結果も、ランセットに掲載されました。 08年から13年の間にフランスの病院に入院していた31,624,156人を分析した結果、 アルコール依存や乱用は、男女ともに3倍を超える認知症リスクの上昇と関連していたことがわかったと言います。 さらに、65歳未満で認知症を発症した患者さんの57%は、アルコール依存や乱用があったこともわかったのです。

サラリーマンだった父親は帰宅すると必ずといっていいほどビールを飲み、また帰宅時間が遅いときは普段よりも空き缶が多くなっている、なんてこともよくありました。 「疲れた時はビールも美味しく感じて、ついつい飲んでしまう」とよく言っていましたが、長時間労働とアルコール摂取の関連性についても報告があります。 フィンランド労働衛生研究所のVirtanen氏らが長時間労働とアルコール摂取との関連性について解析した結果によると、 一週間あたりの勤務時間が欧州連合(EU)推奨上限の48時間を超える人は健康を害しうる程のアルコール摂取に陥りやすいことが示されました。 また、この長時間労働と危険なアルコール摂取の関連は、男女差や年齢に関係なく一貫して認められたということです。

私は「ALDH2」が欠損しているためにアルコールが全く飲めないので、アルコールを飲み、ほろ酔い気分になるという経験がありません。 乾杯のビールも飲んだふり、なんてこともしょっちゅうです。 飲酒できる人を羨ましいなあと思うわけですが、10年から11年にかけて16歳以上の成人13,983人を対象に行った英国のウォーリック大学のStranges氏らの報告によると、 野菜や果物をよく食べる人ほどより精神的に満たされており、逆に、アルコール摂取や肥満は精神的充足度が低いことと関連していることがわかったと報告しています。

お酒と健康についての報告をご紹介しましたが、お酒にはコミュニケーションのツールとして欠かせない側面もあります。 お酒を飲みながら語り合うことで、互いの距離が近づくこともありますよね。 さらには、自然を愛でながらお酒をいただくことで、四季を感じルことができ、人生を豊かにもしれくれます。

歓迎会が続くこの季節。是非とも参考にしてみてくださいね。


山本 佳奈(やまもと かな)

2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業後、南相馬市立総合病院勤務。 現在、ナビタスクリニック内科医、相馬中央病院・常盤病院非常勤医師、東京大学大学院医学系研究科博士課程、ロート製薬健康推進アドバイザー。
女性の総合意を目指し、日々研鑽中。著書に「貧血大国・日本」(光文社新書)。
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