市民のためのがん治療の会
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『腸内細菌とがん免疫療法』


昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科学部門主任教授
腫瘍センター長
角田卓也
最近、腸内細菌叢とか腸内フローラなどという言葉をよく聞くようになりました。 腸内の細菌といえば大腸菌ぐらいと思っていましたが、分子生物学的技術の進歩などにより多様な腸内細菌の実態が分かってきたようです。
その腸内細菌が肉体的な疾病と深く関わっているだけでなく、ギャンブル依存症、発達障害などの精神疾患などとも関わっているようだという研究も進んでいるようです。
そして私たちの最大の関心事のがん治療においても抗がん剤や免疫チェックポイント阻害剤などの効果に大きな影響を及ぼすことも分かって来ているようです。
これらについて昭和大学を中心としてUバンク(便バンク)プロジェクトを進めておられる昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科学部門主任教授で腫瘍センター長の角田卓也先生にご寄稿いただきました。 このプロジェクトから早く大きな成果が表れますよう、期待しております。
(會田 昭一郎)

どうやら腸内細菌とがん免疫療法は強い関係がありそうだということが分かってきました。 最近、腸内細菌は、潰瘍性大腸炎がクローン病といった炎症性腸疾患、糖尿病や高血圧など生活習慣病、脳精神疾患など種々の疾患と深い関係があるとも報告されております。

これはひとえに近年の分子生物学的技術の進歩が遺伝子解析を飛躍的に発展させたことによります。 すなわち、次世代シークエンサーといわれる遺伝子解析装置の開発により、腸内細菌の研究は新たなステージを迎えています。

【腸内細菌】

主に腸内細菌が生息する小腸や大腸はほぼ酸素のない環境であり、腸内細菌の大多数は嫌気性(酸素存在下では生存できない)の細菌であることが分かってきました。 糞便を材料とし、直接培養して検出する今までの培養法による腸内細菌の検出法では分からなかった腸内細菌の実態が徐々に分かってきました。 例えば、以前から便に生息する細菌といえば大腸菌が主たる菌と考えられてきましたが、この大腸菌ははほんの数%とそれほど多くないことも分かってきました。 それが次世代シークエンサーの登場によりこれまでは見つけられなかった細菌の発見や嫌気性で培養が困難な細菌が主役である腸内細菌叢(腸内フローラ、お花畑のように咲き乱れているイメージより命名された)が明らかになりました。

我々の体内には“生きた”細菌が、およそ1,000種類以上、100兆個の細菌が生息し、1.5から2kgの腸内細菌叢を形成していると言われております。 我々人間は生きた細菌と共存共栄しておりSuperorganismとも呼ばれております。 実際には、口腔内に唾液1mlあたり1億個、胃内には1000個/g、最も多い大腸には1000億個/gの腸内細菌が生息していると考えられております。 これらの腸内細菌と我々はお互いに複雑に影響を及ぼし合っているのです。

誕生前の赤ちゃんは無菌です。 出産時に産道や母乳、その他の要因に暴露されて初めて細菌が我々の体内に侵入します。 それを繰り返し5歳から10歳で腸内細菌叢は決定すると考えられています。 我々の腸内細菌叢は各個人個人でユニークであると考えられております。 また、国や地域により大きく異なると報告されております。 これは食事の影響だけでないようです。 たとえば、食事の内容は、日本と中国は近くにあるグループにクラスター分類されますが、腸内細菌叢は全く違うという報告があります。 驚くことにむしろ中国は米国と近いと言われております。 日本人は善玉の腸内細菌叢の一つと考えられているビフィズス菌が多く、悪玉の腸内細菌叢の一つであるプレボテラやバクテロイデスが少ないことを特徴とする腸内細菌叢を持つ優等生です。 一方、中国や米国は、ビフィズス菌は少なく、バクテロイデス、プレパラートが多い腸内細菌を持つと言う特徴があります。 明らかに腸内細菌叢は、食事により規定されているのではないことが考えられます。 中国と米国の腸内細菌叢が近似しているのは、環境中の抗生物質が影響しているのではないかと考えられています。 巨大農場のメンテナンスに空中に抗生物質を散布することが大きな因子ではないかと考えられています。

【腸内細菌とがん免疫療法(特に免疫チェックポイント阻害剤)】

腸内細菌叢と種々の疾患や治療効果との関係も報告されております。 主に大腸の疾患である炎症性腸疾患は早くから腸内細菌叢との関係が研究されてきました。 残念ながら現時点ではうまくいっていませんが、炎症性腸疾患の患者に健常な近親者の便を移植することで腸内細菌叢を変化させる治療法も研究開発されています。

腸内細菌と免疫チェックポイント阻害剤の関係について、世界で最初の報告は2015年シカゴ大のGajewski博士のグループとフランスのInstitut Gustave RoussyのZitovogel博士のグループが同時にScience誌に掲載されました。

シカゴ大学のグループは、同じ週齢の同じ種類のマウスがそれを供給する会社によって抗腫瘍効果が異なる事を発見しました。 すなわち、同じ週齢の同じマウスは遺伝子的に全く同じであるはずなのに、JAX社で購入したマウスは抗PD-L1抗体の抗腫瘍効果が強いにもかかわらず、TAC社で購入したマウスでは抗PD-L1抗体による抗腫瘍効果がほとんどないことです。 一方、Co-housing(これらのマウスを同じゲージで飼う)するとこれらの抗腫瘍効果が相殺されることが分かりました。 この原因は、異なる会社からのマウスがお互いの糞を食べていたことによることが分かりました。 糞便にある腸内細菌が抗PD-L1抗体の抗腫瘍効果に影響を及ぼしている可能性が考えられました。 この反応は免疫担当細胞であるCD8陽性T細胞を主とした免疫反応であることが示され、またこの抗腫瘍効果を規定している腸内細菌はビフィズス菌であることが解明されました。 この論文が発表されたあとスーパーからヨーグルトが消えたとのニュースがありました。

一方、フランスのパリにあるがんセンターの一つであるInstitut Gustave Roussyのグループは、抗CTLA-4抗体を用いた抗腫瘍効果を観察するマウスの実験系で、SPF(Specific pathogen free)のマウス、 すなわち、5種類の特定病原微生物のみを持たない状態であり、非病原性で影響を与えない細菌や未知の細菌が存在する可能性あるマウスでは抗腫瘍効果が観察されましたが、 germ freeマウスや抗生剤を投与したマウスではこの抗腫瘍効果が完全に消失したことを見いだしました。 このエビデンスは腸内細菌の存在が抗CTLA-4抗体の抗腫瘍効果に影響を及ぼしている可能性が示唆されました。 同様に、この反応はCD8陽性T細胞を主とした免疫反応であることが示され、またこの抗腫瘍効果を規定している腸内細菌はB. fragilisとB. thetaiotaomicronであることが示されました。 これらのデータは、マウスのデータでありヒトの状態を反映しているとは必ずしも言えないと考えられてましたが、 最近、Institut Gustave Roussyのグループは、抗PD-1抗体で治療した患者糞便からのデータでAkkermansia muciniphila が抗腫瘍効果と強く関係していると報告しました。 また、MD AndersonのグループからはFaecalibacteriumが多くあると予後が良好であり、Bacteroidalesが多いと予後不良でると報告をしております。 これまでの腸内細菌叢とがん治療の関連報告を見てみると、これらの同定された報告者により腸内細菌は全く異なることが明らかとなりました。 この矛盾は、今後の腸内細菌叢の研究にとても重要であると考えられます。 すなわち、真に生物学的に一致していない可能性があることを反映しているのか、または患者集団が地理的に異なる場所にあり、環境的要因や遺伝的要因が大きく関与しているのかが考えられます。

【昭和大学Uバンク―腸内細菌叢ビックデータベースプロジェクト―】

このように、腸内細菌叢は、ヒトの免疫と密接な関係があり、がんの発症や、発症後のがん免疫治療そして、積極的がんの予防には、 腸内細菌叢の情報や介入によって積極的に変化させることが、非常に重要な役割を果たすと考えられます。 また、人種間や国家間に特異的な傾向があることも分かってきています。 最近、私たちは昭和大学を中心としてUバンク(便バンク)プロジェクトを進めています。 東京、神奈川に8病院、およそ3,200床を有する昭和大学が中心となり、現段階では大阪市立大学、滋賀医科大学、神奈川がんセンター、群馬大学、福島県立医科大学などと連携し、100万件のデータを蓄積することを計画しています。 昭和大学Uバンクでは、患者の便を採取することで腸内細菌叢を検査、データ化すると同時に、舌の上面を綿棒でこすり取った検体を使用しての口腔内細菌叢も検査しています。


我々もこれまでの解析で、免疫チェックポイント阻害剤の有効性には特定の腸内細菌が強く関与している可能性を見いだしたのみならず、 従来言われてきた特定の菌種ではなく、菌種の多様性が臨床効果を強く規定していることを見いだしました。 また、その機序としてがん患者のがんに対する免疫反応は腸内細菌に強く依存していることを見いだしました。 このことは、腸内細菌叢を変化させることで免疫チェックポイント阻害剤の臨床効果を増強させる可能性を示唆しております。 今後、がん薬物療法において腸内細菌をターゲットとした新しい治療法が開発される可能性が高いと考えます。


角田 卓也(つのだ たくや)

1987年和歌山県立医科大学卒業後、同大学第二外科助教を経て2000年東京大学医科学研究所付属病院外科講師。 同院准教授を経て2006年ワクチンサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2010年オンコセラピーサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2015年メルクセローノ株式会社、MA Oncology部長を経て2016年昭和大学臨床薬理研究所臨床免疫腫瘍学講座・教授、2018年昭和大学医学部内科学部門腫瘍内科学部門・主任教授、昭和大学病院腫瘍センター長
1992-1995年City of Hope National Cancer Institute (Los Angeles)留学、同講師就任
医学博士(テーマ:腫瘍浸潤リンパ球の基礎的・臨床的研究)
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