市民のためのがん治療の会
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―浅側頭動脈からのECASによる動注療法―

『進行頭頸部癌に対する新しい治療』


伊勢赤十字病院 放射線治療科 不破信和

私は放射線治療医ですが、1992年から頭頸部癌に対する浅側頭動脈からの動注療法にも取り組んで来ました。 現在、伊勢赤十字病院で行っている新しい方法を紹介したいと思います。

1頭頸部癌に対する動注療法

頭頸部癌に対する動注療法は古くから行われていますが、近年、再度注目を集めています。 動注療法には鼠径部にある大腿動脈からアプローチする方法と耳の前にある浅側頭動脈からカテーテルを挿入する方法があります。 前者は複数の動脈に選択的にカテーテルを挿入出来ますが、その経路から想像されるように1-4%の頻度ですが、脳梗塞を発症する危険性があります。 また動脈硬化の強い患者さんではカテーテルの操作が困難なこともあり、高齢者には適用できないことがあります。 浅側頭動脈からの動注療法は脳への経路からはずれる外頸動脈内だけの操作で可能なため脳梗塞の発症の頻度は少なく、1000例を超える自験例でも脳梗塞の経験はありません。 ただ選択できる動脈は1本のみでした。 多くの進行癌は複数の動脈から栄養されているため、その場合はカテーテルを外頸動脈に留置せざるを得ず、治療効果に大きなばらつきが出ることが多く、この方法の大きな問題点でした。

この問題を解決するために浅側頭動脈から挿入するシース(External Carotid Arterial Sheath; ECAS) を開発しました。 シース(sheath)とは鞘という意味です。つまり鞘を太い動脈(浅側頭動脈)に入れ、その中から細いカテーテル(マイクロカテーテルと言います)を入れ、目的とした動脈に挿入する方法です。 この方法は先に述べた大腿動脈からの方法では一般的な方法ですが、動注を行う度にシースを挿入し治療後に抜去しますが、 今回の方法では治療中、耳の前にある浅側頭動脈に挿入したままになりますので、治療中の患者さんの負担は強くありません。

2動注の方法

ECASの径は5Fr (約2.7mm)、長さは10㎝と15㎝、表面はヘパリンコーティングされており長期留置が可能です。 マイクロカテーテルは2.3Fr(約0.8mm)であるため、1mm以下の細い動脈にも薬剤投与が可能です。 図1にECAS、図2に2種類のマイクロカテーテルを示します。


図1 ECAS(External Carotid Arterial Sheath)全体図。
マイクロカテーテルはECAS頭部から挿入され、舌動脈に挿入されています。

図2a ECASから挿入されているのは先端部がJタイプであるマイクロカテーテル。
図2b 手元で操作すると先端部が可動するマイクロカテーテル。

ECASの挿入は局所麻酔下に浅側頭動脈を露出し、ガイドワイヤー(細く柔軟性のある金属です)下に直接挿入し、先端部は顎動脈と顔面動脈の間に留置させます。 動注時は血管造影室でECAS本体から造影し目的動脈を同定し、その画像を参照しECASの頭部から挿入したマイクロカテーテルを目的動脈に挿入します。 図2の左に示すマイクロカテーテルはガイドワイヤーが必要ですが、右に示す可動式マイクロカテーテルではガイドワイヤーは不要です。 当初は動脈硬化が少なく湾曲の少ない症例では先端形状がJタイプのマイクロカテーテルを(図3a)、動脈硬化の強い症例では可動式マイクロカテーテルを使用してきましたが(図3b)、現在は手技が容易な後者を専ら使用しています。 顎動脈に動注する場合はECAS本体から投与すれば大部分の薬剤は顎動脈に流れることになります。


図3a 先端部がJタイプであるマイクロカテーテルは舌動脈に挿入されています。
図3b 可動式マイクロカテーテルは顔面動脈に挿入されています。湾曲が強い動脈

動注は週1回を原則とし抗癌剤としてCDDPを使用しています。 週1回の投与量は75歳未満例では50mg/m2、75歳以上例では35mg/m2を原則とし、同時にCDDPの中和作用を持つチオ硫酸ナトリウムを静脈から投与します。 CDDPは頭頸部癌治療では最も多く使用される抗癌剤ですが、通常量である75 mg/m2を静脈から投与する場合、 3週間の間隔を空ける必要がありますが、中和剤を使用することにより毎週投与が可能で、高齢者にも安心して投与が可能です。 動注環流域の確認はMRI(図4)と色素で行います。 75歳未満例には全身化学療法併用を原則としています。 その投与回数は2回で先に化学療法、次に放射線治療、化学療法、放射線治療と交互に施行する交替療法を原則とし、動注は2回目の化学療法後に放射線治療と同時に施行しています。 放射線治療の1回線量は1.8~2Gyで治療数年後に起こる晩期障害を軽減するために動注環流域の総線量は50~56Gy(通常は66~70Gy)に減らしています。


図4 左舌動脈に挿入されたカテーテルから少量のMRI造影剤を流した冠状断MRI像。 この白く染まった部位に抗がん剤が流れます。

3症例

2015年12月から2019年1月までに72例に施行しました。 原発巣の内訳は舌癌26例、中咽頭癌(主に舌根部癌)11例、上顎洞癌7例、下顎歯肉癌、頬粘膜癌各6例、下咽頭癌、上顎歯肉癌、口腔底癌、鼻腔癌各3例、硬口蓋癌2例、喉頭癌、篩骨洞癌各1例。 病理組織型は扁平上皮癌69例、腺様嚢胞癌、腺癌、悪性黒色腫が各1例と様々な頭頸部癌が対象となりました。 性別は男性53例、女性19例、年齢は28~92歳(中央値69歳)で80歳以上例は15例、内90歳以上例は7例であり、この治療は高齢者にも適用可能であることが判ります。

4結果

全例、ECASの挿入は成功し、マイクロカテーテルの挿入も全例目的動脈に挿入可能でした。 選択動脈は舌動脈、顔面動脈、後頭動脈、上甲状腺動脈、上行咽頭動脈、上行口蓋動脈、内頸動脈(脳に流れる血管です)でした。 上行咽頭動脈、上行口蓋動脈は非常に細い動脈で、従来の方法では治療できない動脈です。 内頸動脈へ動注を施行した症例は眼窩内、篩骨洞への浸潤を伴う症例で、手術ですと眼球摘出となる患者さんでした。 顎動脈への投与は前述した様にECAS本体からの投与で可能です。

5抗腫瘍効果と副作用

まだ経過観察期間が短いこと、また未治療例、既治療例が混在しており、局所一次効果のみ記載します。 全72例中CR (腫瘍の消失)47例(65%)、PR (50%以上の消失)19例(26%)、NC (50%未満の消失)6例(8%)。 ECASに関連する副作用は転倒によるECASの脱落1例、ECAS自己抜去1例を認め、軽度の出血を認めたのみでした。 最も危惧したことはECASの長期留置に伴うカテーテル感染でしたが、1例もなかったことは嬉しい誤算でした。 放射線治療と抗癌剤を使用しますので、粘膜炎などの症状は起こりますが、ほぼ全例治療完遂が可能でした。

6本治療の意義・今後について

ECASの開発により浅側頭動脈から複数の動脈への動注治療が可能になり、この治療は頭頸部進行癌に対する治療として市民権を得たとの実感を持ちます。

今回の対象例72例中80歳以上例は15例(90歳以上例は7例)であり、高齢者にも適用可能でした。 頭頸部癌では他の悪性腫瘍以上に機能、形態の温存が強く求められます。 今まで80歳以上の高齢者には放射線治療単独での治療が標準治療でしたが、超高齢者にも適用できることは人生100年時代を迎えるにあたり、社会的意義のある治療と思います。 また舌癌は20代、30代にも発症し、進行癌の手術はQOLを大きく低下させ社会的にも大きな損失をもたらします。 本治療による制御率は80%以上であり、動注療法は選択肢の一つと考えて良いのではないでしょうか。

現在MRIを用いて動注環流域を確認していますが(図4)、同時にその造影剤濃度を計測することにより、動注薬剤濃度を定量化する研究をしており、動脈別の最適薬剤量の決定に活用しています。 今後、腫瘍内の薬剤をさらに上げる方法としてマイクロカプセルに封入された抗癌剤の投与も検討したいと思います。 また抗がん剤以外の薬剤、例えば一部の免疫チェックポイント阻害剤の投与経路にも有効な可能性があります。

動注療法は元々頭頸部癌で開始された治療です。 今回提示した新たな動注療法はもう一度、動注治療に新たな光を当てるものと確信いたします。

図説明

図1
ECAS(External Carotid Arterial Sheath)全体図。
マイクロカテーテルはECAS頭部から挿入され、舌動脈に挿入されています。
図2a
ECASから挿入されているのは先端部がJタイプであるマイクロカテーテル。
図2b
手元で操作すると先端部が可動するマイクロカテーテル。
図3a
先端部がJタイプであるマイクロカテーテルは舌動脈に挿入されています。
図3b
可動式マイクロカテーテルは顔面動脈に挿入されています。湾曲が強い動脈の治療に適しています。
図4
左舌動脈に挿入されたカテーテルから少量のMRI造影剤を流した冠状断MRI像。
この白く染まった部位に抗がん剤が流れます。

不破 信和(ふわ のぶかず)

1953年名古屋市生まれ。三重大学医学部卒業
浜松医科大学放射線科、愛知県がんセンター副院長(放射線治療部長兼任)、 南東北がん陽子線治療センター長、兵庫県立粒子線医療センター院長を経て現職 趣味;映画、音楽鑑賞
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