市民のためのがん治療の会
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『乳がん術後のリハビリテーション課での取り組み』


常磐病院・作業療法士
小林奈緒美
がん患者にとっては手術などのがんの治療だけでは治療は完結しない。 むしろ治療によって低下するQOLを回復させる術後のリハビリテーションなどが重要である。 その一つが乳がん手術に伴うリンパ浮腫などである。
なお本稿はときわ会常磐病院乳腺外科の尾崎章彦先生を中心に作業療法によるリハビリテーションを実践しておられる作業療法士の小林奈緒美氏が医療ガバナンス学会にご寄稿されたものを、 ご許可を得て転載させていただきました、ご厚意に感謝いたします。 (MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp 2020年5月25日)
(會田 昭一郎)

私は、臨床経験10年目の作業療法士だ。 2018年より福島県いわき市にある中核病院であるときわ会常磐病院で勤務している。 常磐病院は、泌尿器科、腎臓内科を中心に診療をしている病院である。 2018年7月より乳腺外科の常勤として尾崎章彦医師が着任し、入院中の乳がん患者に対するリハビリテーションを行う機会が増えている。 私の役割は、そのチームの中で乳がん患者に作業療法を提供することだ。

私が乳がんのリハビリテーションを行うようになったきっかけは些末なものだ。 2012年から約5年勤務していた病院においては乳がんを行うリハビリテーション技師が足りなかった。 その中で、先輩理学療法士に乳がん患者に関わることを指示されたのだ。 当初は何もわからず先輩理学療法士に教えてもらいながら患者に関わっていたが、 その中で、徐々に乳がん術後の肩関節の可動域制限や蜂窩織炎、リンパ浮腫など日常生活に支障をきたすような合併症があることを知った。 実際、私がリハビリテーションを提供した患者から「腕が重く、生活でできないことも増えてきた。自分の着たい服を着ることができず、夏場はスリーブの見た目も気になる。」という声もあった。

リンパ浮腫は命に直接関わることがなく、軽視されやすい。 しかし、患者自身に知識がないことも多く、どのように対応したら良いのかわからないため放置し重症化してしまうこともある。 結果として、リンパ浮腫を発症した患者は、日常生活動作(以下、ADL)や生活の質(以下、QOL)に甚大な影響を被ってしまうのである。 こうした患者の声を聴き、リンパ浮腫で悩む患者に寄り添い、作業療法士として何かできることはないかと考えるようになった。

がんのリハビリテーション研修会やリンパ浮腫についての研修会に参加したことで、運動指導や日常生活指導など、リンパ浮腫の発症リスクを軽減することに繋がる患者教育を実施できることを知った。 また、常磐病院があるいわき市ではリンパ浮腫を専門に診療できる医療機関はないという患者の声を聴き、少しでも彼女らの不安を軽減できればと考えるようになり、リンパ浮腫療法士の資格を2018年に取得した。 現在は、資格を生かしながら、また、前医での経験も生かして、作業療法士としてがん患者の精神面、患者個々のQOLのフォローをしていきたいと考えている。

さて、少し前置きが長くなったが、乳がん患者に対してのリハビリテーションを改善するために行ってきた活動を、手前味噌ではあるが簡単に紹介したい。

一つは、乳がん術後のリハビリテーションの画一化である。 診療報酬上の制約があり腋窩リンパ節郭清を実施した患者にリハビリテーションを提供できていた一方で、センチネルリンパ節生検のみの患者に対してはリハビリテーションを実施することができなかった。 入院期間は平均2~3週間と短期間であり、手術翌日からリハビリテーションが開始されているが、入院中に完結することはほとんどない。 リンパ節郭清を伴わない乳がんの手術後の患者はリハビリテーション対象とならないが、腋窩の処置によりリンパ浮腫のリスクは0(ゼロ)ではなく作業療法士として何もできないことにもどかしさを感じていた。

そこで、それぞれのスタッフによる対応の違いを最小限にするため「乳がん術後のリハビリテーション」というパンフレットを理学療法士と共に作成し、パンフレットに沿ったリハビリテーションを提供することとした。 リハビリテーション対象患者が入院している間は、理学療法士、作業療法士が患者の評価、リハビリテーションを行っている。 リハビリテーション対象外の患者に対しては、病棟看護師が同じパンフレットを使用し運動指導、生活指導を行っている。 看護師が指導できるようパンフレットについての勉強会を開催し運動方法や指導内容についても情報を共有した。

もう一つが退院後のリハビリテーション体制の構築である。 入院中に使用する「乳がん術後のリハビリテーション」のパンフレットに退院後の運動や日常生活の注意点、リンパ浮腫についても記載し退院後も患者自身が通院しながらリハビリテーションを行えるようにした。 外来通院へ移行後も、患者自身が自己管理行えるよう入院中に患者教育を行っている。

最後に、リンパ浮腫を発症した患者さんへの対応である。 乳がんの手術が増えたことにより、患者が外来へ移行した際、看護師より「リンパ浮腫の患者が来ているがどう対応して良いかわからない。」という言葉を聞く機会が増えた。 現在の診療報酬では、がん患者のリハビリテーションは外来リハビリテーションとして実施することが難しくスタッフのリンパ浮腫に対する知識が不足しており、十分な対応ができていなかった。 「リンパ浮腫」についての知識を深めるべく乳がんに関わる看護師、リハビリテーションスタッフで勉強会を開催し、看護師が指導できるよう「リンパ浮腫について」というパンフレットを作成した。 こうした勉強会を通し、外来看護師との連携が図れ、リンパ浮腫を発症した患者が来院した際も多職種で関わることができるようになった。

2020年4月より診療報酬が改定となり、乳がんの手術を行った患者全てが入院中のリハビリテーションの対象となった。 当院では主に2名の理学療法士、1名の作業療法士が中心となり乳がん術後の患者にリハビリテーションを提供している。 身体機能改善はもちろんだが、患者1人1人に合ったリハビリテーションや指導を提供できるように、共通の知識、ツールを持つことも必要となってくる。 また、作業療法士として患者個々の生活スタイルに合わせた関りが必要と考えている。 作業療法士の得意分野である精神面の評価、フォローを行いながらQOLの向上ができるようにしていきたい。 また、リンパ浮腫療法士としてリンパ浮腫の予防の観点より乳がん患者に関わるスタッフが患者教育を行えるようにしていくことも課題と考えている。




乳がんリハビリについて、具体的な動作などを示したパンフレットがございます。 下記よりダウンロードいただけます。
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